水神祭にて縁に言祝ぐ
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賑わう通りに辿り着くなり、襟元に潜り込んでいた真っ白の毛玉雛がちょい、と肩に。そこから更に、頭の上に飛び乗った。たぶん、興味を惹いたのだろう。リヴィ・ローランザルツ(煌颯・f39603)はくすと笑った。
白い羽毛に短い翼、短い角に桃の花。それは桃華獣と呼ばれる霊獣。桃源郷で出逢ったリヴィの新しい『家族』だ。
出掛けようか、と声を掛けたのは、水が気持ち良い季節だったから。
セラ、と名付けた毛玉雛が水遊びが好きそうだったから。
水、と考えて浮かんだのはやはり、出逢ったときにも思い浮かべた水神の顔。
「ここが、水神祭都アクエリオだ」
街はまさに水神祭の真っ只中。色とりどりの旗が水路や街路の上空を飾り、そこここにアクエリオ様のタペストリーが翻る。リヴィ自身も久々に訪れたけれど、この鮮やかな景色は他にないと思える。
頭上のセラの翼の下を指でくすぐってやり、懐に潜りに戻って来ないところを見ると気に入ったのだろうと察して、霊獣が居心地悪くないようなるべく人混みを避けて、リヴィはそのまま歩き出す。
「あれかわいいー!」
幼子の声につい視線を遣れば、こら指差さないのと親に注意されて不服気な少女が居て。でも視線はまっすぐセラを見つめていたから、リヴィは穏やかな笑みを浮かべて少女へ軽く手を振った。ぱぁと明るむ表情に作った笑顔も自然と緩む。
アクエリオ様型のクッキーの露店を覗いたり──「食べるか?」くてり。「そうか。まあ、じゃあひとつ」──創作演武会を遠巻きに眺めたり──「綺麗だな。参考になりそうだ」ぴょい、ぴょい。「セラはだめだ、まだな」──。
ふたりで色んな場所を巡って、色んな景色を見て。
気付けば足が向いていた、アクエリオの水瓶を見上げる場所。風に誘われた、とでも言うのだろうか。
「あれ……」
リヴィとセラは揃いの碧の双眸を瞬いた。水瓶の下の姿。スピカ耳のついたフードをかぶる少年。その横顔に見覚えがあった。
「久しぶり」
いつも通りの柔和な表情で声を掛ける。『初めまして』の方が近いかもしれないと一瞬脳裏を過るけれど、それはあんまり寂しい。それに、彼が誘いを掛けてくれたからこそセラと出逢えたのは確かな事実だ。
「ん。……ああ、うん。久し振り、リヴィ」
ぼんやりとした表情は、こちらもいつも通りなのだろう。振り返ったリコ・ノーシェ(幸福至上・f39030)も特に意に介す様子もなく、左右色違いの双眸をおっとりと細めた。
折角の偶然だ。リヴィは少年の様子を窺い、彼の視線が頭上のセラに注がれているのを感じて告げた。
「良かったら、少し歩かないか? 貴方とはもう一度会って、話をしてみたかったんだ」
「おれ、と? ん、いい、よ」
「この子との縁にお礼も言いたくて」
頭の傍に手をやってセラを掌に乗せ、彼の前に差し出す。白い毛玉雛は碧の目を丸くしながらリコを見上げ、くてと首を傾げた。リコは、
「……、ううん。おれは、なにもしてない、よ」
「?」
ぱちと瞬いた表情の意味は、リヴィには判らなかったけれど。すぐに少年の表情が和らいだので「いや、そんなことないんだ」と告げつつ掌を差し出せば、リコが応じるように両手を揃えて差し出して──セラがちょんっと跳んで移動した。
「良ければ、構ってあげてくれると嬉しい。潜り込むのが好きだからそのフードとかには要注意かな?」
悪戯っぽく笑って見せれば、ぱたぱたと毛玉雛が短い翼を動かす。「……かわいい」敢えてフードの傍に寄せたなら、セラは素早くそこへ跳び移って身を収めた。
「ん、……へへ。ふわふわ」
ふやり緩んだ笑み。転がり落ちたりしないように手を添える姿にリヴィも安堵する。
「行こうか」
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水路の傍を歩いた果てに、そこはあった。
幾多の水路から流れ着く先。打ち寄せる波は塩気を含まず、弧を描くように白砂の浜が伸びていた。上層から見下ろせば確かに視認できる場所ではあるものの、
「こんなところが、あるんだ、な」
「ああ。俺も初めて来た」
途中ふたりで一緒に求めたかき氷のカップを握り締めて感嘆をこぼすリコに、リヴィも美しい景色へ目を細めた。
行っておいでと促せば、セラはリコの掌を一旦経由してから砂浜に降りる。細いふたつの足跡がちょこちょこと砂の上に刻まれていくのも微笑ましく、打ち寄せる波に興味を示しては引く波を追いかけ──たかと思うと新たに寄せる波に慌てて翼を広げながら転がるように逃げる姿に、ついリヴィもリコも笑ってしまった。
匙を口に運べば、甘さと共に溶ける冷。真上に届いた陽の下で、その冷たさは身体に心地好い。
「……改めて、ありがとう」
白浜に並んで座るリコへと告げたなら、「?」当然のように彼は首を傾げた。
それはそうだろうと思う。様々な冒険に出向くうちに時の流れが捻じれてしまったけれど、リヴィにとってここ十五年の間に大きな変化があった。養父母を看取り、広い家にひとりきりになって。
良い齢の男だし、充分に別れを惜しむ時間も取れたが故に、その事実を受け止めるのに拒絶は全くなかったけれど。セラと共に暮らし始めて満たされる感覚に──養父母とはまた違う『家族』を知る感覚に──己の空白を知った。
「セラと一緒に過ごすようになって。霊獣といえど、小さいながら一生懸命生きている姿を見ていると同じ『命』なんだなって思う。……そんな当たり前のことに、久しぶりに気がついたんだ」
ぴちちぱたたと砂に転がっては、ぷるると身を震わせ砂を払う毛玉雛。
今、大切な『家族』が傍に居るのはリコのお陰だと思うから。心を籠めて、礼を伝えたかった。
「……家族、か」
ほんのちょっぴり身に余るな、なんて顔で「どういたしまして」と告げてから、リコはそっと呟いた。彼にもなにか複雑な思いがあるのかもしれない。……己がそうであるように。
セラ以外の『家族』。知識としてしか知らないその存在を、今はもう、知っている。
その距離に惑う時期も確かにあったけれど、でも。
リヴィはそれもぜんぶ含めて、咲うのだ。
「……大切なんだよな、どうしても」
「ん……、わかる、すごく」
どうしようもなく、自分の中心にあるもの。
そう在れる己が、誇らしくもある。
そんな彼の元へぱたたとセラが舞い戻ってきて、リヴィの服の裾を短い嘴で引っ張った。おそらく、水遊びしたいのに波が怖くてうまくいかないのだろう。幸い、氷はあらかた食べ切った。
「……ふ。判った判った。何処へだって一緒だって、約束したからな」
ブーツを脱ぎ波打ち際へ進めばくすぐる白波が肌を撫でて、陽に温められた水は思ったよりも冷たくなく心地好い。セラが翻弄されて流されてしまわぬよう、リコも波の勢いを手で弱めて。時折頭上からリヴィが掬った水をこぼしてやれば、セラは文字通り跳び上がったりして。
「はは。だいじょうぶ、だよ」
水滴が散る羽を優しく撫でて払ってやるリコに、懐かしい感覚がする。誰かとこうして遊ぶということが、繋がる縁が、胸に灯りを燈すから。
「また、遊んでくれたら嬉しいな」
セラとも、俺とも。
めいっぱい遊んだ末、うとうとし始めたセラをしっかり拭ってやってからそうっと懐に収め、リヴィが告げる。「疲れちゃった、かな」とそれを覗き込んでいたリコが顔を上げた。
「もちろんだ、よ」
その迷いのない応えに、自然と唇が綻んで。
「じゃあ、また今度」
成功
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