歓天喜地の由縁は黒布の向こう
●足跡
仙人の肉体を保つノーメン・ネスキオー(放浪薬師・f41453)は都市国家を放浪しながら思う。
自らの体は老いることはない。
しかし年齢を重ねぬということは、歳を得る生物からすれば奇異なるものに映るだろう。
故に放浪しているのだ。
「今日も今日とてってね」
ある都市国家で彼女はいつものように露店で商売をする。
主に扱っているのは薬だ。
薬は良い。
どこだって重宝される。それにあまり疑われない。
何故なら、旅の薬師と名乗れば大抵の人間は、ああ、そういうものか、という顔をしてくれる。
だから、ノーメンは今日も露天で構えているのだ。
「あ、あの……」
「ん? どうしたんだい?」
ノーメンの黒いの布越しに見える二人の幼い兄妹の姿を認めて首を傾げる。
この歳の頃の子供らが自分の露天に興味を持つ、というのは些か珍しい。ここが薬を売っている、と知っても興味を示すことはないだろうと思っていただけにノーメンは驚いたのだ。
「ち、父と母が、寝込んでしまって。お仕事をたくさん頑張ってくれているから、働きすぎだと言われたのですが」
「でもでも、それだけじゃない気がして。病気なんじゃないかって」
二人の言葉にノーメンは頷く。
ふむ、と症状を聞き出せるだけ聞き出すと彼女にはそれが、過労だけではない症状であることを知る。
初期症状は過労。
そこから、一気に悪化する病気だって無いわけじゃない。
「それに効く薬を、と。ふむ、ならこれが良いだろうね。一日三回。食前に飲んでもらうんだ。それ以上はいけないよ。用法は守れるね?」
其の言葉に兄妹は頷く。
で、お代は、とノーメンは差し出されたものを見る。
それは石だった。
絵の描かれた石。馬だろうか。たてがみがあるからそうなのだろうと判断できる。顔料は何を使っているんだろうか。
しげしげと見つめる。
とは言え、薬の代価とはならない。
ただし、ノーメンの店以外では、だ。
「良いとも。さ、お行き。父上と母上に飲ませてあげるんだ」
そう言って兄妹たちを送り出すノーメンは黒布を捲って手にした石と駆けていく兄妹の背を満足気に見送るのだった――。
●月日は
流れて、またこの都市国家にノーメンはやってきていた。
十数年経っていただろうか。
あの日のことをノーメンは覚えている。あの絵の描かれた石を代価として受け取った日を。
あの日もこんな感じだったかな、と思う。
露天の場所まで歩いてくと、何やら人の集まりができている。
「商売繁盛、羨ましいね」
なんて、思っていると其処に在ったのはあの日自分が代価として受け取った絵の描かれた石だった。
「それ」
「なんだ、あんた知らないのかい? ここらじゃ有名なんだ。絵石といってな。送られた人を護る力が籠められているんだ」
「へえ……」
ノーメンは少し驚いた顔をする。
あの日、自分は確かに後で全快した兄妹の両親が改めて代価を払いに着た時に告げた言葉を覚えている。
「私が作る薬は、誰かを思って一生懸命作ったものが側にあると作りやすいんだ。だから、これにはそれだけの価値がある。お代としては十分さ」
だから、とノーメンは告げたのだ。
誰かを思って描く絵石には力があると。
それが十数年後もまだ連綿と続いている。ノーメンは自然と笑みがこぼれる。
自分が求めていたのは、こういうものだ。
巡り巡る縁。
それによってなされる形。
どれだけ長く掛かったっていい。
大事なことは、いつだって遠回りだ。
だから、あの日の兄妹に再び見えることがあっても、何も告げることはない。
ただ、あの日の代価は今日という日を持って、さらなる価値を得たのだと一人微笑むだけなのだ――。
成功
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