好奇心は毒をも制す
●毒知らば
好奇心、というものは大切なものだ。
生きる原動力と言っても良い。知的生命体にとって、識りたいと願うことは何物にも勝る。時に三大欲求すらも凌駕してしまう。
少なくとも、ノーメン・ネスキオー(放浪薬師・f41453)にとってはそうだった。
ついこの間まで彼女は一般人だった。
と言っても、少々事情が特殊な一般人であったのだ。
メガリス――そう呼ばれる古代の遺産。それに触れた瞬間、彼女はキオクを失って神隠し……所謂、異世界への転移を果たしてしまう。
自身が何者であるのか。
そして、何故転移してしまったのか。
それについて考えることは少なくなってしまった。
「まあ、踏んだり蹴ったりって感じだったけれど、生きていればなんとかなうrものだよね」
彼女は自身の境遇をそう評した。
お気楽な、と言われたらそれまでであるが、赤と黄色が半々となった髪を揺らしながら、黒い布で目隠しされた奥で、その瞳は笑みの形を作っていたことだろう。
「せっかく、巨人の都市国家ガルシェンに辿り着いたっていうのに、大騒ぎなんだもんね……しかも、ものすごい毒を持った怪物が居るんでしょ?」
それは『11の怪物』の一柱にして最強たる座に在る『バシュム』と呼ばれる巨大な赤い蛇めいた怪物のことを差す。
噂程度であるが、屈強なるアビリティを扱う冒険者が瞬く死に絶えたと噂されている。
それに加えて、この都市に猟兵と呼ばれる者たちが耐毒性能を有する装備を作成しに来ていた、という話も聞き及んでいる。
凄まじい毒性を持つ怪物に立ち向かおうとしている者がいる!
それはノーメンにとって、恐らく己と同じ志を持つ者がいるのであろうという共感、シンパシーを覚えるものであった。
こう見えて自分は薬師である。
日々の生活は、この薬師としての知識、技術を用いてなんとか恙無く送ることができているほどだ。都市国家を渡り歩く時、薬師というのはとても重宝されるのだ。
だが、それ以上に今の彼女には好奇心が抑えられない。
「しかし、あの毒はどうにもならないと言うぞ?」
巨人の客が火傷の薬を求めてやってきて、そういう噂を教えてくれるものだから、余計に好奇心が掻き立てられてしまう。
「ノンノン、薬師としては、どのような毒かを識りたいんだ。薬は毒にも通ず。なら、逆も然りでしょ」
知りたい。
どうしても知りたい。
だが、どうしても無理なのだ。
自分はちょっとばかり頑丈な体を持っていて、薬への知識を有しているだけの冒険者未満の一般人。低めに見積もっても『バシュム』の毒性は自分を瞬く間に殺してしまうだろう。
でも知りたい。
死んでもいいから知りたい、とまで思ってしまったのだ。
「――……え」
そう思った瞬間、それはまるで天啓のような閃きであった。
己の魂が言っているような気がした。
往け、と。
ノーメンの目隠しされた瞳の奥でユーベルコードの輝きが満ちている。
「これって……つまり、そういうこと? 私、これが……?」
彼女は己の心に湧き上がる好奇心に従う。
そのことについて特に考えない。
刹那的だって構わない。これが気の迷いだって、己が識りたいと願うことを知らずに死ぬのならば、どうだっていい。
『私は名前を知らない』
けれど、己の心に湧き上がる『これ』は知っている。
なら、往くしかないだろう。
「お、おい、どうしたんだよ。急に立ち上がって」
巨人の客がノーメンを見下ろしている。
「なんでかわからないけど! でも、私、行かなきゃ!」
店じまいを慌ただしく終えて彼女は走り出す。
何処へ?
決まってる。
彼女の好奇心を満たしてくれる『バシュム』の元へ、だ――!
成功
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