一ノ瀬・帝(素直クール眼鏡男子・f40234)は、舞い上がっている自覚はあった。
浴衣姿の知花・飛鳥(コミュ強関西弁男子・f40233)が隣にいるのだから、有頂天にならないわけがない。
帝の全面に表れることはないが、この上なく浮足立っている。
こんなにも人がたくさん居ても、それぞれがそれぞれの会話に忙しく、他人は背景と化している。
誰もが目の前のことを楽しむことに集中して、周りを見ている|余裕《ヒマ》はない。
帝もご多分に漏れず、眼前の彼以外に興味を引かれるものはなかった。
まさに二人きり。
(「これは、デートっていっていいんじゃないか?」)
胸中で呟けば、そのことに照れてしまう。嬉しくて嬉しくて仕方ない。
この興奮の熱を、かき氷なんぞで冷ますことは至難だった。
「祭りのこのザクザクかき氷もええよなぁ!」
粗目に削られた氷の粒が赤く色づくかき氷にストローのスプーンで、じゃくっじゃくっと掻き混ぜて、ごきげんにぱくりと一口。
「ふあぁ、うま~い…!」
飛鳥と同じイチゴのかき氷を頬張って、冷たさを満喫。
夕暮れまでに蓄えた灼熱をそのままにした会場は、屋台の調理熱も相俟って、じっとりと纏わりつくような熱気に満ちていた。
氷も見る間に薄めたシロップになってしまいそうで、帝も飛鳥も氷を食べるペースは落ちない。舌の上で氷はいとも簡単に溶けてなくなる。
「やっぱりシロップはイチゴ一択やな!」
「飛鳥、知っているか?」
「なになに?」
「かき氷シロップは色と香りで違いを出してるだけで、全て同じ味らしいぞ」
「えっ、それマジ!? ちょっと食べ比べ……ってミカもイチゴやん!」
比べられへんやん! なんて上機嫌に笑いながらも、氷を減らす飛鳥の手は止まらない。
「やっぱりイチゴが一番やな」
「そうだな」
帝はしれっと同意した。イチゴを選んだのは、もちろん偶然ではないし、特別イチゴが好きだからなんて理由でもない。
飛鳥と同じものを食べたかったから――|理由《シタゴコロ》をそっと包み隠した。イチゴのかき氷が美味しいことは揺るがない事実だもある。
このささやかなオソロイは、偶然を装ったまま、誰に気づかれることもない。
「うわ~見てミカ! 焼きそば、うまそう…!」
「イカ焼きもあるな」
「から揚げ串もええな…なあ、シェアせえへん? いろいろ食べたいけど絶対食べられへん!」
「いいぞ、まずなにから食う?」
帝の即答に驚いたような、喜んだような――飛鳥は、大きくぱちくりと目弾。
「焼きそば!」
ふたり揃って、残りのかき氷を腹に収めながら、屋台の列に参加した。
◇
夕暮れ。陽は落ちたが、まだ空は仄明るく、紫の薄雲で小さな月は霞んでいた。
「ミカ、―――――」
耳障りな激しい発電機の音に掻き消されて自分の声ですら聞こえなかった。
「なんだって?」
飛鳥の声を聞き取れなかった帝は、耳を傾けてくる。大した話はしていないが、もう聞き逃すまいとしてくれる所作のひとつが嬉しかった――ただ、飛鳥もしっかりと声を張る。
「あとで射的せえへんか? って聞いただけ」
切れ長の双眸が間近にあって、彼の眼鏡に飛鳥の紫瞳が映り、瞳が重なる。帝の瞼が下りていくのを、いやにゆっくりだと感じた。
瞬間、彼の黒瞳は優しく細くなって、快く肯いた。
(「イケメンで、優しいって、ズルい気ぃする…」)
二つ返事で付き合ってくれる幼馴染を見上げて、彼の真意を読み取ろうとしたけれど、射的の屋台を探す黒瞳は、飛鳥を見ない。
「勝負しよ、ミカ!」
「なんの勝負だ」
「たこ焼き一船賭けて!」
「ん、いいぞ」
ほら、やっぱり。
二つ返事で付き合ってくれた。
いつも一緒にあってくれることを素直に嬉しいと思える。そんな彼が『一生のお願い』とまで言って強請った今日という日――彼は飛鳥が選んだ浴衣を纏い、行き交う女子の視線を集めていることに気づいていない。
帝が飛鳥を優先してくれることが、嬉しくないわけがなくて。
揃いの信玄袋を揺らせば、黒い裾に飛ぶ白い蜻蛉が目に入る――これも帝が選んでくれたものだ。
先日、ふたりでたっぷりの時間をかけて選び抜いた|浴衣《トクベツ》に身を包んで、共に歩いているだけで、楽しくて仕方がない。
たかが浴衣だろうが、ふたりにとって確かに非日常だ。
方や静かに、方や賑やかに。対照的ではあるけれど、心底楽しみ浮かれるふたりは人の流れに乗って、目当ての射的屋の前まで来た。
「おっちゃん、挑戦するで!」
「俺も一緒に」
「二人分だな、頑張って」
コルク弾をもらって、銃に装填。揚々とキメポーズ。無邪気な飛鳥の姿に帝のテンションも上がる。
「ゲットした景品が多い方が勝ちな!」
「引き分けだったら?」
「ん~……賭けてたん忘れよ」
引き分けは引き分け。勝負がつくまで粘るものでもないだろうと思っての提案だったが、帝は小さく微笑んだ。
そういうさっぱりしたところに、とてつもなく惹かれる。彼の仕草のひとつ、言の葉ひとひら、そのすべてに、ほこりと頬が緩む。
「ほな、やろ!」
しっかと肯いて、コルク銃を構えた。
◇
「|弾《コルク》が良くなかったんだ、スカスカだった」
「せやな……あんなん、景品取らせようとしてないやん」
ふたりの手には一船ずつの、たこ焼き。
ひとつも獲物を落とすことができなかったふたりは、腹いせのようにたこ焼きを買ってきた。あの店は良くなかった。渡されたコルクが軽すぎたし、使い古されてボロボロになっていた。だから軌道はとてつもなくブレたし、インパクトは弱かった。
曲げた腹は、甘く辛いソースとアツアツふわトロのたこ焼きで満たされていく。ねじれた機嫌もふたりして癒されて、
「タコ、でっかい!? むちゃくちゃ美味いやん!」
こりこりの歯ごたえを愉しみ、滲み出してくる旨味を噛み締めて、はふはふと。うっかり口の中を火傷してしまわないように気を付けて。
最後の一粒を食べ終えて、口の端についたソースを舐めとる飛鳥から、そっと視線を外して流れていく人を眺めた。
目に毒だった。心が掻き乱されてしまう――今はまだ、無害な友達の席に座っていたいから。
人ごみの中に、知った顔を見つけたのは、そんなときだった。
「あれ!? 一ノ瀬じゃん!!」
視線がぶつかった瞬間、名前を呼ばれて、飛鳥も顔をそちらに向ける。知っていて道理――中学最後のクラスメイトだった。
「やっぱ飛鳥もいる! めっちゃ懐かし!」
「おお! 元気やったか?」
ピョンピョンと跳んでブンブン手を振って、挨拶。中学の卒業式以来の再会だというのに、一足飛びに当時に戻ってしまう飛鳥のコミュニケーション能力の高さを思い知る。
この人懐っこさに焦燥を覚える。
「なぁなぁ、お前らも一緒にまわろうぜ!」
「あ~~…すまん! 今日は勘弁して!」
ぱちんっと手を打ち鳴らして、顔の前で合掌。
「今日はミカと二人でまわるって決めとるんや! せやから、すまんな!」
(「飛鳥……」)
あまりにもあっさりと、久方ぶりに再会した友人より帝を優先した飛鳥に驚く。
「えー、なんだよー、お前ら昔からほんと仲良いよな! ははーん、実は付き合ってるとか?」
付き合っているとは本心から思っていないから、易く茶化すことができるのだろう。
(「……もしそうだったら、どんなに…」)
この気持ちを素直に伝えることができれば。
そうして、通じ合うことができればどれほど倖せなことか。
心を灼く焦燥も葛藤も、ともすれば溢れそうな独占欲も――心を通わせていれば少しは楽に感じられるのだろうか。
喧しく冷やかす|戯言《おどけ》を音としか認識できなくなる。俄かに心に垂れ込めた、名状しがたい重苦しい感情を誰にも気取られないように、細く長い息に乗せて吐き出す。
「へっへーん! イケメンと一緒やぞ、羨ましいやろー!」
「羨ましくねえよ!」
刺々しく言い放ちながらも、彼らの笑みは刻まれたまま。その会話の全てが『戯言』として終わっていったし、「じゃあなー! たまには連絡しろよ!」と後腐れなく別れた。
「……本当に良かったのか」
「おん?」
――誤解をされたんじゃないか、お前は困らないのか。出かかった言葉を飲み込んで、唇を閉ざした。
◇
スクエアレンズが、提灯やスポットライトの光を反射させて黒い眸を上手に隠している。形のいい唇が、わずかに震えた気がして、飛鳥は首を傾げた。
「どないしたん?」
「いや、やっぱりなんでもない」
帝は小さく首を振れば、ぱっと夜空が明るくなった。一寸遅れて、腹に響く重い音が破裂する。
「始まった! ミカ、見に行こ!」
杞憂だと明言されたわけではないけれど――飛鳥の笑った顔がとても綺麗だったから、強張った心がほろりとほどけていく感覚に、やはり頬は緩んでしまう。
夜空を駆け昇る光条の末に、大きく賑やかしく開く火の華よ。
あらゆる光に照らされて艶やかに咲く愛しく尊い笑みよ。
決して短くない時間を共に過ごしてきてなお、一瞬の煌きに鮮烈に焦がされる。
躰の奥底に響く、たった一度の生の閃きに、飛鳥は歓声を上げた。
「でっか!! 見た!?」
「ああ、綺麗だな」
「ふわあ…ッ!」
夜空を明く裂く花火に|星眸《まなざし》はなおも輝く。
彼の横顔をこっそりと盗み見て、帝は人知れず笑んで吐息を漏らす。
――誘って良かった。
喜色満面に弾ける飛鳥が隣にいる倖せを、彼の隣を独占できる愉悦を、夜空に消え滲む花弁に託す。
「飛鳥、今日は一緒に来てくれてありがとう」
「なんやそんな改まって~。こっちこそ誘ってくれておおきにや! 来年も一緒に来よな!」
「ああ、もちろん」
肯いて、肯いて。
来年は恋人として訪れることができるならどれほど倖せなことだろう。
莞爾と笑む飛鳥が、鮮やかに彩られて、紫の眸は儚くも鮮烈な華を映し出す。
「むっちゃ綺麗やな、ミカ」
眩しいのは、花火か。それとも――。
成功
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