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夏風、水音、水神祭

#エンドブレイカー! #ノベル #猟兵達の夏休み2023

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ルシエラ・アクアリンド





「……懐かしいな」
 さぁっ、と吹き抜ける風。水の上を渡ったそれは夏だというのに涼やかで、白いふわふわのスカートの裾が躍るままに、ルシエラ・アクアリンド(蒼穹・f38959)は淡い碧の目を細めた。
 腕の中の白いもふもふが彼女を見上げるから、小さく笑う。
「今でこそ気軽に来られるけどね。最初はそうじゃなかったんだよ」
 かつては都市国家間の交流などほぼなかった。だから不幸な終焉を破るため、エンドブレイカー達はそこへ至る道程の情報から探し出し、道なき道を進んできたのだ。そしてルシエラも、その道を探ったうちのひとりだ。
 未だ陽は──ドロースピカによるそれは──昇り切らぬ頃合いだが、既に水神祭は最高潮。
 あちこちで様々な催しが開かれ、人々は熱を上げている。水路が石畳の道を断ち切り、あるいは道は大きな太鼓橋になって、行き交うゴンドラの交通網としての重要さを端々から感じさせた。
「どう、シエラ?」
 腕の中の仔竜へと問い掛ければ、桃華獣は垂れた長い耳を器用に持ち上げ、ぴこぴこと揺らした。
 可愛らしい。ルシエラが眦を緩めると、仔竜はぴょいと腕の中から飛び降りた。すぐさま白い翼を広げるから、転落するような愚は冒さない。そこはルシエラも心配していない。だから呼ぶ。
「ライ」
 途端、風を巻き上げて蒼いファルコンスピリットが空へと舞い上がり、軽い旋回を経てから空を滑って白い霊獣の背を追った。聡くても幼いシエラを、見守ることは大切だと思うから。
「まったく、すっかり御転婆になっちゃって」
 誰に似たんだろ。長い尾を揺らして進んでいく霊獣を見遣る。遥か上空からライと呼ばれた蒼鷹がなにか言いたげな視線を彼女に投げるけど、とりあえずはそれだけだった。
「あ」
 仔竜が駆けていった先。スピカ耳フードの少年が「……どうした、の。ひとり?」シエラを見留めてしゃがみ込むのが見えた。ルシエラにとって、知った顔。
「リコ!」
「ん……ルシエラ。……ああ、この子、そっか」
 軽い足取りで駆け寄って「こんにちは」と微笑んだ彼女を見上げた左右色違いの目が、和らいだ。リコ・ノーシェ(幸福至上・f39030)。シエラの居た封神武侠界の桃源郷への案内をしてくれた少年だ。水神祭都アクエリオに桃華獣がいることに足を止めた彼も、その理由が判って安堵したようだ。
 仔竜だけがきょとんと黒い瞳を丸くして、ルシエラとリコを見比べている。
「その子、今はシエラって呼んでて。仲良くしてもらってるよ。リコがきっかけをくれたから、こうして一緒に色んなところに行ける。ありがとう」
「ん。おれは、なにもしてない、けど。でも、……どういたしまして」
 ふやと相好を崩す彼は、シエラの目を覗き込んで「良かった、ね」と話し掛けた。
 仔竜がぱたぱたと翼を開いたり閉じたりして応じるやりとりを微笑ましく見つめていたルシエラは「そうだ」と手を合わせた。
「リコは時間あるかな。良かったら一緒に巡らない?」
「いい、の?」
 しゃがんだまま瞬く少年に、もちろんと肯く。すると少年はおずおずとシエラへ「じゃあ、」視線を移した。
「……だっこしても、いい?」


「……♪」
 嬉しそうに腕の中の白いもふもふに頬を寄せる少年と瞼細める仔竜に、ルシエラの眦も自然と下がる。
 彼の“父”だと言うエンドブレイカーのことは、向日葵色の髪の友人を介して、一方的に知っている。酒場で見かけたこともある。だから懐かしい気持ちもあったけれど。
 こうして隣に並ぶ彼に時折、弟の姿が重なる。今も──どこにいるか判らない弟。生きているかどうかさえ不明な。特段、見目がリコと似ているわけではない。それでも。
 見遣れば周囲はかき氷や人形焼き、ジュースや綿菓子などを手にしてめいめいに笑う。ラヴァーズ・クライマックスの内容について楽し気に語り合う人々や、新調したらしい水着を褒めて欲しくてくるくる回りはしゃぐこども達。水路を飾る色とりどりの旗。至るところに飾られた星霊ディオス──否、アクエリオ様の肖像。どこかでちりりんと、風鈴の音。
 まるで一幅の絵みたいな光景に、ルシエラは風に煽られる髪をそっと押さえた。
「ねぇリコ、なにか食べる? 食べたいもの、ある?」
「え」
 シエラとの縁のお礼に。あるいは……ちょっぴり甘やかしたい気持ちもあって。
 そう問うた彼女に、リコはきょろりと視線を走らせる。その瞳に困惑が過ったのをもちろんルシエラは見逃さない。困らせるつもりはなかったけれど。「んん、と……んぅ……」一生懸命考えてくれているようではあるので、ゆったりと待った。急かさないよう、選択肢を増やせるよう、緩やかに歩きながら。
「! ルシエラは?」
「えっ?」
 良いことを思いついたみたいに、ぱっと顔を上げた彼に虚を衝かれて思わず声が出た。色違いの双眸と、霊獣の黒い瞳がまっすぐに向く。
「ええと、」
 ついと視線を上にやる。
「うーん……」
 頬に指先を添える。
「「……」」
 最終的に視線を重ねて、
「ふふ、難しいね」
「……へへ」
 ふたり顔を合わせ、笑い合う。
 己のことを他者に伝えることが苦手なのは互い、同じ。
 あれはこれはといくつか候補を挙げることさえ難しくて、最終的には甘い香りに誘われてクレープの露店の前で足を止めた。熱された鉄板の上にくるりと円を描くみたいにして伸ばされる生地。ふわと香るあまいそれを保温用の鉄板へ重ねていく手際の良さに、ふたりして──ついでにシエラも──釘づけで。
──私なら、こんなにきれいに作れるかな……?
 ついそんな目線で考えてしまうのは、甘いものは食べるのも作るのも大好きだから。
「これにしよっか。果物は好き?」
「ん、好き」
 こっくり肯くリコ。「サービスしとくよ!」これでもかと店員が幾多の果物をクリームと共に巻き込んだクレープをそれぞれ手にして歩き出す。零れ落ちんばかりに盛り盛りだから、小さな匙までつけてくれた厚意がありがたい。
 クリームに気を付けて、はむっ。もちもちの生地に、甘いクリームと果物の淡い酸味が口いっぱいに広がって、倖せ心地。
「……おいしい」
「ね!」
 ルシエラはつい彼の口許を懐紙で拭おうとして、はたと手を止めた。それはまるで弟──記憶の中の彼は随分と幼い──にするみたいだったから。いけないいけない。その紙を彼へと手渡す。
「ありがと」
 特に気付いた様子もなくリコが言って、そっと彼女は胸を撫で下ろした。


 風に導かれるように、歩を進める。
 水を渡るそれは涼しくて、ゴンドラの櫂が水を掻く音も耳に優しい。
──気持ちいいな。
 アクエリオの水神祭に来るのも久し振りだ。
 風にも地域の|特色《いろ》がある。アクスヘイムのいろやにおいとはまた違うそれ。ルシエラは胸いっぱいに息を吸い込んだ。
 隣の彼と他愛もないことを話しながら──「リコ、お祭りは好き?」「ん。……ルシエラ、は?」「そうだね。面白いお祭りはいっぱいあるなあ。あ、ころがるお祭りとか」「ころ……?」──辿り着いたのは、この都市国家を象徴する巨大な水瓶の下。
 ふわぁ、と嘆息をこぼすリコと一緒にルシエラもそれを見上げた。
「あの中が聖域で、あそこにアクエリオ様がいるんだ、っけ」
「そうらしいね」
──アクエリオ様……、会えそうにない、かなあ。
 ほんのちょっぴりの期待があったのは、否めない。あのウインクを直に見たいと願うのはきっと自分だけじゃないと思う。
 ほとんど同じ高さの碧色の双眸をちらと盗み見て、「……」少し思案して。
「ちょっと、待ってて」
「え?」
 抱いていた仔竜を彼女の腕に渡してスピカ耳を翻し、少年が駆けていく。ぱちぱちと瞬くルシエラの肩に、蒼い鷹が舞い降りて、共に首を傾げた。

「はい」
 しばらくして戻って来た彼が差し出したのは、アクエリオ様型の人形焼き。ふかふかとまだ湯気が立っていて、甘い香りが鼻をくすぐる。白い包み紙ごと受け取って、ルシエラはちいさく笑った。うーん、バレちゃってたかあ。
「ありがとう、リコ」
 お菓子は指先にぬくもりを届ける。どこかにいるかもしれないアクエリオ様を探すのも良いなと思っていたけれど、充分に嬉しくなってしまったから。
「今日はこれで満足しちゃったな。リコはこのあとどうする?」
「ん……。おれはもうしばらく、この水瓶を観てようか、な」
 もう一度水瓶を振り仰ぐ少年。確かに初めて観たとき、あまりの壮大さにルシエラもしばらく見入っていたっけ。
 それも懐かしい思い出で。
「そっか。じゃあ、またね」
「うん。また、な」
 なにも淋しがる必要なんてない。これからの縁を信じるからこそ、互いに笑って手を振った。
 

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年09月19日


挿絵イラスト