――スペースオペラワールド。
果てしない大宇宙が広がっている世界の最中に、或る無人惑星があった。
其処は地形の大半が海になっている水の星。
宙から見た星の色彩はマリンブルー。数多の星々の海に浮かぶ惑星には名前がないが、膨大なアーカイブの大海には存在が確かに記されている。いつ何処で、どのようにして星がこのようになったかは定かではない。だが――此処に、ひとつの宝の地図があった。
「今年の夏は冒険の夏っ! 行きましょう、ベアータさん!」
インターネットに転がっていた如何にもなアーカイブ。そして、浪漫を感じる謎の座標。
絶対に何かが隠されていると直感したメルトは現在、惑星の海へと訪れていた。その隣にはもちろん大好きなベアータの姿もある。
「それ、本当に宝の地図なの? 話だけ聞いてりゃ至ッ極胡散臭いんだけど?」
「でもでも、見るからに浪漫の塊ですよっ」
好奇心と期待でいっぱいのメルトに対し、ベアータは懐疑的だ。しかしベアータが付いてきたのは宝物に興味があるからではなく、メルトと共に過ごすことに価値と少しの心配を抱いているゆえ。
無論、そのことは一言も口に出さないのだが――。
「ま、良いわ。付き合ったげる。なんか見つけたらきっちり山分けよ?」
「はーい!」
元気の良い返事をしたメルトは|人魚症候群《マーメイド・シンドローム》の力を巡らせた。美しい鱗が二人の脚に生えていき、テレパシーが通じる状態になっていく。
ベアータは水中兵装・オルカ形態。メルトは人魚の姿にパレオを巻いた姿だ。
「これで海中探索もなんのその! さぁれっつらごーです!」
「はしゃぎすぎて一人でどこかに行っちゃ駄目よ」
二人で飛び込んだ海中は透き通っており、何処までも水の領域が広がっているようだ。まだに深海惑星と呼ぶに相応しい景色を眺めた二人は奥深くへと進んだ。
『へぇー……これはすごいわ』
『すごいですね。わあ、あれは何でしょうか?』
目の前を泳いでいったのはランプのような形をしながらも魚だとわかる不思議なもの。
更に猫耳のようなヒレが頭部についている魚、本当の月のように満ち欠けを繰り返す発光海月など。これまでデータベースでは見たこともないような不可思議で珍妙な魚がいっぱいだ。
『見てください、ベアータさん。珊瑚礁ですよ!』
『……!』
メルトが歓声をあげた先を見遣ったベアータが息を呑む。UDCアースやグリードオーシャンでは見られない海中の景色は圧倒されてしまうものだ。しかし、すぐにはっとする。
『どんな危険生物がいるかわからないし、そもそもが怪しい情報なのよね』
何らかの罠も仕掛けてあるかもしれない。
そのように考えたベアータは五感と野生の勘を研ぎ澄まし、警戒態勢を取る。
(……メルトもちゃんとやってるかしら?)
ちら、とベアータがメルトを横目に見てみれば再び歓声が聞こえた。
『どこもかしこもすごいです! あっちも、わっ! こっちもです!』
(……あー、心の底から楽しんでるわねこの子。自分で冒険だーとか言っといて、なんて緊張感のないヤツ)
『なんか冒険というか観光? はっ、むしろもうこれは……!』
ベアータさんとの海中デートなのでは、と考えているメルトは実に楽しそうだ。その様子もまた普段の彼女らしいと感じたベアータは肩を竦めながらも静かに口許を緩めた。
瞳を輝かせて自由に泳ぐメルトの姿は本当に人魚姫のようだ。思わず見惚れてしまうほどに。
『ベアータさんはどう思いますか?』
『うん、ホントに綺麗だわ』
ふとしたとき、深海惑星の景色についてメルトが問いかけた。その言葉に対してベアータは自然と彼女のことを褒める言葉を紡いでいた。はたとしたベアータは慌てて首を横に振る。
(――って違う違うッ! 綺麗って海のことだからッ! ……い、今のテレパシーでバレてないわよね?)
ベアータは再びメルトの方を見ようとする。
だが、その先に彼女の姿はなかった。
『あれ?』
メルトもデートについてふわふわ考えていたため、いつの間にか迷ってしまったようだ。視界にはいっぱいの海藻しかなく、ぐるぐると同じところを巡っていた。
『なんか、海藻がどんどん増えてきて……くっ、視界が遮られていく! メルト、応答してッ!!』
『ベアータさん! うんうん、そーいえばテレパシーで繋がってましたね!』
されど慌てたのも一瞬だけ。
二人はテレパシーを交わしながら、海藻の間を泳いで合流していった。
『ベアータさん、目印は海藻です!』
『この辺が全て海藻よ!』
『……え? そんなー』
『いいからこっち!このままじゃ絡め取られて動けないわね』
ベアータはメルトに手を伸ばし、その腕をそっと掴んだ。
海藻は揺らめいており、じっとしていると絡まってしまう。このままでは埒が明かないので考えた作戦は――。
『よし、突っ切るわよメルト。私にしっかり掴まってなさいッ!』
『はいっ!』
ベアータ自慢の水中装備があればこんな海藻の森など一気に駆け抜けられる。返事をしながらベアータにしがみついたメルトは、ふと以前のことを思い出した。
蘇るのは以前にも一度、こうやって水中で背中に乗せてもらったときのこと。
『あの時はなんかジェットコースター並に速度が出たような……こ、今回は安全運転でお願いしますね?』
『……安全運転? うん、出来たらね』
『え? あれれ?』
『鋼鉄鰭の威力を見せてあげるわ!』
困惑するメルトをよそにベアータは全力を出した。まとわりつく海藻を切り裂きつつブースト加速をするつもりだ。メルトが気付いた時にはもう遅かった。
『って言ったのにー!! やっぱりはやいー!?』
ベアータは海域から脱出するのに真剣であり、ぐるぐると目を回しそうなメルトには気付かない。そして、漸く海藻の領域を抜けた先にて。
『ふー。やっぱり一筋縄じゃいかないみたいね……。あれ? メルト大丈夫?』
『目、目が回るかと思ったのですよぅ……』
『安全運転だったわよね?』
『ベアータさんの安全って……?』
少しばかり齟齬があったような気もしないでもないが、無事に次に進めたので結果は良し。
二人は離れ離れにならないように気をつけながら件の目的地を目指していく。データの地図は不明瞭なところもあるが、もうすぐ到着するはずだ。
そんな中、メルトが何かを発見した。
それは何やら目を引く大きくて怪しげな岩っぽいものだ。
『ふふん、ここはボクが調べるのです!』
メルトは胸を張り、人魚形態からスキュラ形態へと形を変える。するとベアータがメルトの新しい姿を眺め、この海域にぴったりな姿だと感心する。
『おぉ、スゴい。蛸足だ。アンタにしては珍しいチョイスだけど、なかなかイカしてんじゃない』
(コレはコレでオトナな妖しい魅力があって良き……ってダメダメ! あぁもう、伝わりそうで伝わってないけどテレパシーって意外と不便だわ……!)
平静を保った様子でいながらも、ベアータは思考と会話の境界を定めようと頑張っていた。
『わかった。ここはアンタに任せるわ。気を付けなさいよね?』
『この触手腕で調査も思いのまま……って、ほぎゃー!?』
『言ったそばから~ッ!?』
「これ岩じゃなくてなんかタコっぽい巨大生物じゃないですか!? ベアータさん、たたた助けてくださいー!?』
パニックになったメルトはベアータに全速力で抱きついた。両腕とスキュラの無数の足で全身全霊でしがみつくメルトは必死だ。
『また抱き着かれて嬉し――じゃなくてぐる゛じい゛~!』
思考とテレパシー分離作戦は見事に失敗。
だが、メルトも慌てているのでベアータが聞かれたくなかった部分はいい意味で有耶無耶になっている。はっとしたメルトはベアータから絶対に離れない勢いだが、力の加減がいけないことに気付いた。
『ごほっ! た、助かった……な、何してくれてんのよッ!!』
『だって怖かったんですもの……』
『アンタのがよっぽど脅威じゃないッ! てかタコがタコを怖がってんじゃないわよッ!』
『っていうかタコじゃないですースキュラですー全然ちがいますー』
『……もう』
混乱はあったが、件の本物のタコは襲ってくる気配がない。寧ろ此方が落ち着くのを待っているようだ。不思議に感じつつ首を傾げたベアータはメルトを誘う。
『なんてゴール目前で言い争ってても仕方ないわね。ほら、腹括って行くわよ!』
『ボク的にはタコ扱いはカワイイが足りてないのでちょっと納得がいってませんが、たしかにお宝目前でこーしてても仕方ないですよね』
『もう既にイヤってほど括られたけどね。ほら、あのタコが待ってるみたいよ?』
『タコさん、案内してくれるんですか? よーし、それじゃぁ改めて出発! です!』
それからも二人は巨大タコと一緒に様々な場所を巡った。
虹色の波が巡る領域に真っ暗闇に光る魚達の群れ、更には機械めいた鱗を持つ鮫の巣などなど。
そして、暫し後。
巨大生物に案内された先、青のプリズムが巡る洞窟に眠っていたものはというと――。
『これって……』
『新しい宝の地図のデータ、よね?』
二人が入手したのはなんと更なる地図だった。巨大生物はメルト達がデータを受け取ったことを確認すると多足を振りながら何処かへ消えてしまった。
きょとんとしたメルトとベアータは顔を見合わせ、未知の領域が表示された地図を見遣る。
『つまりは――』
『まだまだボク達の冒険は終わらないってことです!』
『仕方ないわね、また付き合ってあげるわ』
『はいっ!』
本当のお宝はまだ手に入れられていないが二人は落胆などしていなかった。今回はこれでいい。楽しくて少しスリルがあって、二人だけの思い出が作られたのだから。
そうして、ベアータとメルトは自然と寄り添いあう。疲れたわね、そうですね、と言い合いながら――。
深海惑星から始まった大冒険は未だ、此処からも続いてゆく。
成功
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