ちまたで大人気の遊園地。キラキラした夏の陽射しの下、絶えなく歓声が響いていた夢の世界にも、夜の帳が下りて来る。
「やー、遊んだわー! 遊び疲れたわー!」
辺りが夕闇に覆われてきた頃、どっかりと椅子に座り込んだ知花・飛鳥は、大満足の笑顔で告げた。
朝から遊び通しで疲れているのは確かだろうけれども、それよりもまだまだ楽しさの方が勝っているようだったから。一ノ瀬・帝は心配することなく、向かいの席にそっと腰掛ける。
「ジェットコースターもゴーカートもおもろかったよなー! あれまた乗りたいわ!」
指を折りながら言う飛鳥につられるように、帝も様々なアトラクションを思い出し。
ふっと振り向けば、ジェットコースターのレールが真横に見え。ゴーカートのコースが小さく下に伺えた。
そう、2人が休憩に選んだ場所は、観覧車。休みながらもまだまだ楽しめるアトラクションだったから。
今日1日の思い出を、帝は感慨深く見下ろす。
その顔はいつもの無表情。しかし、飛鳥のように分かりやすく表に出ないだけで、帝も同じように、いやもしかしたら飛鳥以上に楽しんでいた。
のだけれども。
「ミカは今日ちゃんと楽しめたん?」
気遣うような飛鳥の問いかけに、帝は向かい合う席へと視線を戻す。
なにせ遊園地に来ることになった理由は、飛鳥が商店街のくじ引きで当てたペアチケットだったから。急な誘いが迷惑じゃなかったか、自分ばかり楽しんでいなかったか、優しいタレ目気味の紫瞳がこちらを見つめていた。
「ああ、もちろんだ」
だから帝は、その不安を打ち消すために、即答に近い速さで頷いて。
「お化け屋敷での飛鳥のリアクションとか特に」
「そこ!? それは忘れて!」
わざと飛鳥が恥ずかしがるアトラクションを挙げれば、その記憶を打ち消そうとするかのように、飛鳥はあわあわぶんぶん手を振る。
でもそれは、帝の希望を聞いて、苦手なのに一緒に挑戦してくれたからこそ。自分を楽しませるために頑張ってくれた、その事実を思い出してもらえていると確信して。
「あとは、ウォーターライドの写真か。いい記念になった」
「俺の変顔も置いといて!
ていうか、本当、何でミカは絶叫系でもいつもとおんなじ顔やねん!」
さらに別の事件も重ねれば、飛鳥はぷんぷんと楽しそうに怒っていた。
濡れた髪も服ももう乾いたけれど、一緒に過ごした時間は消えずに残っている。
それを実感させてくれる写真が入っている鞄にそっと触れて、帝は、縁のないスクエア型の眼鏡の下で、伏し目がちな黒瞳を一度閉じた。
――飛鳥が誘ってくれて、嬉しかった。
社交的で快活な飛鳥には友達が多い。その中からペアチケットの相手に自分を選んでくれた、それだけで、帝にとって今日は最高の1日になると決まっていたようなものだ。
高校も部活も同じ幼馴染。
誰よりも近くにいる一番の親友。
そして……
「わぁ、夏なのにイルミネーションやっとるんやなここ!」
思いを巡らせていた帝は、そんな飛鳥のはしゃぎ声に目を開ける。
ゴンドラの窓ガラスにべったりくっついた飛鳥が見下ろす地上は、夕闇から夜闇へと変わっていた暗い空とは対照的に、明るく鮮やかだった。
帝も、飛鳥が眺めるのと同じ、人工的な美しい光景を見て。
でもすぐに、その視線は向かいの席へと戻る。
イルミネーションは確かに綺麗だと思うけれども。それよりも、飛鳥の笑顔の輝きを見たかったから。
地上からの光に照らされて笑う、愛おしい存在に目を細める。
――飛鳥が誘ってくれたのは、幼馴染で親友だから。
飛鳥にそれ以上の感情はないと、帝は理解している。
帝が飛鳥を想う気持ちと、飛鳥が帝を思う気持ちが、違うことは分かっている。
だから。
(「高校卒業までに、ちゃんと伝えられたら……」)
何度目だろう。心に刻んだ目標を繰り返して、飛鳥を見つめ。
その視線に応えるかのように、不意に、飛鳥が帝へと振り返った。
どきり、と跳ねる心音。
飛鳥は楽し気で無邪気な笑みのまま、席を立つと帝へと近づいてきて。
「俺もそっちで見てええ?」
「あ、ああ」
帝の戸惑いを知る由もなく、遠慮なしに隣に座った。
「ほら、思った通りや! ミカの方からのが綺麗に見える!」
「……そうだな」
肩が膝が触れる程近くではしゃぐ飛鳥。
前を向いて、イルミネーションを見ていても、帝の視界の端に桜色の髪が映り込む。
そして、向かいの空席がさらに隣を意識させた。
2人に席が2つ用意されているのに、片方だけに並んで座るなんて。
(「まるで恋人同士みたいだな……なんて」)
綺麗な景色。
夜の観覧車。
2人きりの空間。
すぐ隣に感じる温もり。
フィクションの世界なら、告白シーンが始まるところだろう。
つまり、心に刻んだ目標を達成する絶好の機会。
視界の端の桜色に、帝の胸が高鳴る。
今なら伝えられる。
誰にも邪魔されずに。
膝の上に置いた帝の手に、ぐっと力が入って。
イルミネーションより美しい未来を掴むように握りしめられて。
……でも。
飛鳥は自分を、受け入れてくれる?
気持ちを伝えることで、飛鳥との関係は変わるだろう。
しかしそれが、帝の望んだ変化になるとは、限らない。
拒絶されてしまったら?
幻滅されてしまったら?
友達にすら戻れないかもしれない。
こうして隣に並ぶこともできなくなるかもしれない。
それならば、このままで。親友のままで。
一緒に居られる幸せな時を、続けていた方がいい。
でも、想いを告げて。恋人になれたなら。
より近くに居ることができれば、もっと幸せな時になる。
しかしそれは、飛鳥が応えてくれたなら。
嫌われてしまったら、2人で居ることはできなくなって……
ぐるぐると、帝の中を迷いが巡る。
愛している。
その気持ちは変わらないのに。
一緒に居たい。
その願いが躊躇いを生む。
ぐるぐる、ぐるぐると。
回り続けて終わりのない観覧車のように。
無表情の下で、帝は逡巡し続け。
唐突に。
隣の飛鳥が立ち上がり、帝から、離れた。
帝は咄嗟に手を伸ばし、飛鳥を引き留めようとした、けれど。
「あー、イルミネーション見えんくなったわ。
こんな低うなったし、もうすぐ終わりか。あっという間やな」
飛鳥の言葉に、帝はようやく気付く。ゴンドラが随分低い位置まで降りてきて、もう外の景色が見下ろせないことに。飛鳥が帝の隣に来た理由がなくなっていたことに。
だから帝は、さり気なく手を戻し。
飛鳥は何も気づかぬまま、向かいの席に戻って座る。
「でも、ええ景色やったな! また乗りたいな!」
にかっと輝く、無邪気で愛おしい笑顔。
それを帝は、嬉しくも苦しく見つめて。
「……ああ」
いつもの無表情のままに、頷いた。
そして、ゴンドラの扉が開かれると、係員の誘導の声がかかる。
笑顔でお礼を言いながらあっさりと降りる飛鳥の背を追い、帝も出口へと歩き出して。
ふと、他の客を乗せて上っていくゴンドラに、振り返った。
回り続ける観覧車。
ぐるぐる、ぐるぐると。
巡り続ける、想い。
(「……まだそのタイミングじゃない」)
呟くように、というより、自身を弁護し、納得させるように言い聞かせながら。
また今日も言えなかった、その事実に。勇気のない自分に。意気地なし、と恨めしくも思いながら。
帝は、ゴンドラの中での時とは違う力で、ぐっと手を握りしめた。
成功
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