さらば、死宝の邪神よ
「……まだ遠くには行って居ないはずだ!」
スペイン・バルセロナの上空にて、リンカ・ディアベルスターは何かを探していた。
その身を包む衣服を染める血は、まだ渇ききっておらず。その出血は常人であれば致死量に達しているはずのものだ。
彼女はつい先ごろ封印から目覚め、現地ギャング達に殺害れたが、これはわざとであった。
それは遥か昔、かつて未知の土地の開拓をしている時に見つけた宝石が全ての原因だった。
(まさかアレに『死宝の邪神』が宿っていたなんてね)
宝石に触れてしまったリンカは体を乗っ取られかけたものの、星神の加護により最悪の事態は免れた。
しかし邪神が体内に入った事で、彼女の身体からは生物を腐らせる瘴気が常に放出してしまうようになり、愛する家族からも離れて放浪せざるを得なくなったのだ。
その上に毎晩邪神の力に抗わなければならず、睡眠もままならないという生き地獄。
寿命が来ればと思っていた時期もあったが、邪神が宿主であるリンカを延命する為に『死宝人』に変えてしまい、コブラとしての特徴まで失いつつあった。
「運がよかったよ、今日は死宝の邪神の力が弱くなる日で」
【『知恵』の星神 ミスティ】の力で空中浮遊の魔法を発動しつつ、リンカは静かに微笑む。
死宝の邪神は数千年に一度だけ力が弱くなる時がある。その時にリンカが死ねば死宝人の宿命から開放されるというのが、長年の研究と観察の末に判明した結論だ。そして、その運命の1日がまさに今日だったのだ。
これまでにもリンカは「その時」を狙って自殺しようと思ったが、何度も失敗して心が折れそうになった。
邪神の憑り代に変えられた自分の意志だけでは、どう足掻いても宿命を変えることはできなかったのだ。
それを可能にしたのは運命の悪戯――彼女がこの日ギャングに遭遇し、殺害されたのはまったくの偶然であり、それゆえに彼女は死ねたのだ。
「まあ、代償がビハインドになっちゃったけどね……いた!」
オブリビオン化と引き換えに死宝人でなくなったリンカは、自分の体から弾かれて消滅寸前の邪神を発見する。
どうやら次の宿主を探してバルセロナを彷徨っていたようだが――。
『ク……ソ……イマハ……ヨル……ダカラダレモ……イナイ……』
「まあ……ギャングが居る場所を出歩く人なんているわけないしね……」
右往左往する怨敵に、怒気を含ませながら近づくリンカ。
幾星霜に渡る因縁に決着をつける時が来た。
「お前には散々苦しめられたけど……終わりだ!」
杖から放たれた振動の力が、死宝の邪神を分解する。
依代なき無力な邪神は苦しげに身をよじり――。
『オ……ノ……レ……アトスコシデフッカツデキ……』
「死ね!」
とどめの魔法によって、邪神の魂は完全にこの世から消滅した。
「終わったか……あの子は元気かな? 抱きしめて上げたかったな」
宿命に決着をつけたリンカは、バルセロナの綺麗な夜空を見上げる。
ふと考えるのは、猟兵という存在が現れた始めた時代にあった義理の息子の事。
過ぎ去った時間と別れに思いを馳せて、一粒の涙を流す。
「よ〜し、シリアスタイムは終わりだ!」
しかし彼女はすぐに涙を拭くと、瘴気の放出を防ぐマスクを外し、澄んだ空気を胸いっぱいに深呼吸する。
「空気が美味しい……久しぶりのマスク無しの空気だ……」
この時を永い時間待ち続けた。
何千年、あるいは何万年という時を経て、ついに彼女は自由を得たのだ。
「死宝の邪神から開放されたけどやりたい事いっぱいあるな……よし! 全部やろう!」
そう言ってリンカは夜空へと飛んでいく。
まるで自由になった彼女を祝福するように、星々がまたたいていた。
成功
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