波の|榮《さか》えに咲く六花
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この日、波咲神社のとある一室では、紙上を走るペンの音が続いていた。
確認のためか参考書のページを捲る尾花・ニイヅキ(新月の標・f31104)のペンは時折止まる。
しばらく迷いなくペンを動かしていたのはリコ・リスカード(異星の死神・f39357)。今は自身の書いたレポートを読み直していた。
ガリリ、と魔法のスクロールに力強く文字を書き込んでいるのは冬原・イロハだ。ニイヅキやリコから質問がくれば重ねた座布団の上に立ち、猫の身体をそれぞれへと伸ばす。
「あの先生だと属性の割り当てから示した方がいいかな……」
「ですねぇ。基礎クラスの分は素直な記述が良いかと。次年からは基礎はそのままに得意術式のクラスにも分かれていきますから」
私も今ルーン攻撃魔法のクラスですし。と、イロハはニイヅキに言った。
「イロハセンパイの課題はどんなの?」
「ええと、ルーン魔法は術式が曖昧なものなのでさらに細やかな式で定義していくものです。見てみます?」
リコが終わった課題分を見せてもらうと、属性は火なのか黄色い円の中に広域か狭域か、類感か感染かと細やかに派生していくルーン文字が書かれている。
「術内容を解して精緻な魔法も扱えるように?」
「そういうことですね。……私は細かいのは苦手なんですけど」
そんな風に話しながら課題を進めていると、真剣にペンを走らせていたニイヅキが「終わった……!」と喜び安堵したような、解放感ある声を上げた。
「ニイヅキさん、おはやいですね」
「うん、頑張った……! 攻撃魔法学のレポート、少しやる気が起きなかったんだけど、イロハのおかげでどうにか終わったよ」
ニイヅキの言葉を聞き、リコも穏やかに頷いた。
「理屈は分かっていても、こうして記述した方がいい、みたいな……伝え方とかも聞けたから、集まって仕上げが出来たのは良かったかもね」
「やっぱり一年の差は大きいな……!」
後輩二人の言い分にイロハは若干の挙動不審。
「そ、そうですか? お二人とも優秀だからそう言われると照れてしまいますね」
リコとイロハももうひと頑張り。二人が終わるのを待つニイヅキは麦茶を注ぎ足したり、提出するレポートの確認をしたりとしている。
――作業を終え、それぞれが息を吐いたところで、ひょこりと青梅・仁(鎮魂の龍・f31913)が顔を出した。
「終わったみたいだな。お疲れさん」
学生は大変だなぁと言いながら今しがた片付けられた卓上に、駄菓子を盛った盆を置いた。
「あっラムネいただきます」
「最中あるといいな、ミニ最中」
駄菓子をひょいぱくするイロハとニイヅキに、やはり勉強後は甘味が欲しくなるもんなんだなぁと妙な感慨を仁は抱いた。いやニイヅキはいつもの事ではあるが。
大変そうだが勉強会をする三人の様子は楽しそうだったので、仁は微笑ましさを感じる。
「……甘味、足りなさそうだな」
「みたいだねェ」
ブドウ糖摂取のためかラムネ一つを食べたきり、リコは早々にニイヅキたちへと盆を寄せている。
ふむ、と一考する仁。
「勉強にもケリがついたようだし、外に甘味でも食べに行くか?」
「甘味?」
仁がそんな誘いをしてくるなんて珍しい――どこか機嫌も良さそうだし――ニイヅキのふとした思いと呟きだったが、それはそれとして今は甘味欲。
「それなら僕、気になってたお店があるんだ!」
ニイヅキが取り出したスマートフォン。どこですか? と、イロハが彼女の手元をのぞき込む。グルメマイリストから開いた画像には美味しそうなかき氷の数々。
「わ、美味しそうですね。ふわふわ」
「ね! ここに行ってみたいと思って保存しておいたんだ」
帝都の中ではちょっと珍しいかき氷を扱うカフェーだ。スマートフォンをひっくり返して仁とリコの二人にも見せるニイヅキ。
「珈琲やケーキも美味しいらしいし、抹茶も飲めるらしいぞ」
「場所は――サクラミラージュなんだねェ」
レビューの満足度も高く、写真はどれも美味しそうなものばかり。
チェックしたリコがいいんじゃない? と呟いた。
「サクラミラージュに訪れたことはないけど、雰囲気ある感じ」
「ほう、思えば俺も仕事でサクラミラージュに行ったことはねえなあ。たまに煙管の手入れにはいくが……そこにぱっと行ってぱっと帰ってきちまうしな。イロハちゃんは行ったことある?」
「何度か。温泉地を観光したり、即売会で同人誌を買ったりしてますね」
聞けば女子の熱量MAXな即売会だったらしく、そっかぁと男子組は頷くに留めておいた。
「よし、それじゃあ簡単な道案内はお願いするとして――おじさんのおごりだ、打ち上げ代わりのかき氷パーティでもするかー!」
わぁ! と喜ぶニイヅキとイロハに対して、えー、と声を上げたのはリコ。
「俺、暑いなか出掛けたくないから皆で行ってきなよォ……」
そう言った瞬間「えっ」とイロハが声を零し、立ち上がったニイヅキは仁と共に仁王立ちスタイルとなった。
圧が掛けられた時間は三拍ほど。
「……わかったってばわかった、行くって。行くからそんな顔しないでよォ……ニイヅキちゃん、それ俺のスマートフォンに共有してくれる?」
リコは降参とばかりにひらひらと両手を振った。
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サクラミラージュの景観はどこを切り取っても華やかな和洋折衷を楽しむことが出来る。
可愛らしい煉瓦道、幾何学的なデザインの建物。店の顔となる掛け看板も愛らしい提灯や繊細な額縁風など、一つ一つに魅入ってしまう程素敵なものばかりで「まあ」とアミリア・ウィスタリア(綻び夜藤・f38380)から感嘆の声が零れた。
「ポノさん、見てください。こちらのお店の可愛らしいことといったら」
「あら、ほんとね」
扉の開かれた店内は、一見してもレトロアンティークで溢れている事が分かる。
ちょっと中を見てく? と言うポノ・エトランゼは繋いだ手を辿るように一歩、二歩と戻りアミリアに身を寄せた。
「あっ、でもよろしいのですか?」
「かき氷は逃げないから大丈夫、大丈夫」
色彩豊かなランプ、キャンドルグラス、まるで万華鏡のような店内を見て回る二人の手は繋いだままだ。
アミリアの気になった場所。そこで可愛らしい品々に目を輝かせるポノを見て、アミリアは一層嬉しくなった。
(「断られないか少しドキドキしていましたが……勇気を出してお誘いしてみて良かったですね」)
今日はリコが課題の仕上げにと波咲神社に出かけている。同じアルダワ魔法学園に通うニイヅキとイロハと一緒が作業をしているのだ。
「文具コーナーも素敵ですね」
「そういえば……三人とも無事に課題を進めているかしらね?」
「ふふ、そう願いましょう。大変そうではありますが、学生さんの夏休み感があってちょっと羨ましいですね」
「ま、私達も夏を満喫しに来たし~」
でしょ? と軽やかな声のポノにアミリアは「ええ」と応える――ちょっとばかり意気込んだ声になってしまったかもしれない。
少し燥ぎすぎてしまったかしら?
ふわふわとした心のまま思い返すのは少し前の事。
『夏!』という感じのイベントに挑戦してみたくなったアミリアは、最近評判のかき氷屋へとポノを誘ったのだ。
食べに行くのなら一人でも大丈夫なのだけれども。
美味しいものが好きだというポノの顔が過ったから――。
『行く行く~!』と快諾のメールを見た瞬間から、心がふわふわしている。
何気なく入った店ではステンドグラス風のペンやレターセットを購入し、再びサクラミラージュの通りへと出る二人。
時折立ち止まってはスマートフォンで位置を確認し、目的の店を目指していると――。
「あら、あちらにいらっしゃるのは……?」
よく知る四人を見つけて、アミリアは再びポノの手を引くように立ち止まった。
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花弁舞う帝都は今日も賑やかだ。
「カクリヨの気温に慣れてしまってるからか、サクラミラージュも結構暑く感じるな……!」
「いつでも仄暗いカクリヨに比べちまえば、きちんと日が昇ってくるここは暑いよな……」
サクラミラージュに着いて言ったニイヅキの言葉に仁も同意する。
「だがまあ、UDCアースよかマシだろ。あっちはもっと暑い」
「まあ、日照時間の問題だよねェ。シルバーレインのがもっと暑いし」
仁とリコの声が被り、イロハはくすくすと笑っている。
「……それに授業とかで魔導蒸気機関を使う時なんかもっと暑いじゃん……」
「それもそうだな。アスリートアースも暑かったが、UDCアースやアルダワよりは涼しかったかな」
ぼやくリコに、キャンプのことを思い出しながらニイヅキは「ね」とイロハに笑いかけた。
まあ、それはそれ、これはこれだけども。とリコはぼやきを終えて。
ふとちらちらと視界の端に映る花弁から少し遠景へと視線を向けた。
「……それにしても、あれが幻朧桜か。実際見てみると迫力があるなあ。綺麗だね」
どこか儚い桜の景色。仁もまた周囲に視線を巡らせた。
こが在るから暑気も和かなのかもしれない。
「夏でも咲き誇る幻朧桜か……何とも風流だな――ん?」
その時、人通りの多い場所を突っ切るようにして見慣れた二人がやってくる。
あれェ? と迎えるようにリコが一歩二歩と前に出た。
「リコさん! イロハさんとニイヅキさん、仁さんも。課題は終わったんですか?」
暑さなど感じさせない、涼しげなアミリアの声。隣でポノも「こんにちは!」と挨拶をしている。
「終わったよォ」
「それはそれは。お疲れ様でした」
ニイヅキとイロハの『ばっちり!』というポーズも見てアミリアは労いの言葉をかける。
「主とポノちゃんは? どうしたの? 買い物?」
可愛らしい紙袋を引っ提げている二人を見て、リコは問う。
「買い物もしてるんだけど~」
「ミラ達、今からふわふわかき氷のお店に行くんですよ!」
ニコニコとしたポノとアミリアの言葉に、ニイヅキがハッと何かに気付いた。
「もしかして、今、評判の……」
「「フラッフィ・チェリィ」」
店名を告げるアミリアとニイヅキの声が重なって、場は一気に華やかな燥いだ雰囲気に。
「凄い偶然! イロハがアミリアとポノを呼んでくれたのかと思ったよ」
「私は三人で勉強会ってイロハさんから聞いてたから、いますっごいびっくりしてる」
会えて嬉しいわ。そう言ったポノはニコニコで、ニイヅキも笑顔になった。
仁は奇遇だなと呟いたのち、「そうだ」と声を掛ける。
「俺達の行く店と一緒なら、一緒に行くか。二人が良ければおじさん奢るぜ?」
仁の申し出にアミリアとポノは目を瞬かせ、
「――良いのですか? うふふ、ではお言葉に甘えてしまいましょうか」
「さっすが仁さん! ゴチですー」
にっこり笑顔で提案に乗っかってきた。さらにポノは言葉を続ける。
「じゃあイロハさん」
わかってるわよね? みたいな副音声が聞こえる。
「はわ……」
戸惑う声が聞こえ、ニイヅキがイロハへと目を向ければ小さなケットシーは仁のほぼ真下に潜り込もうとしている。
「イ、イロハ??」
ニイヅキもぎょっとしたが、更にぎょっとしたのは仁である。思わず龍の尾をひらり上げてしまう。
「わ、私は大丈夫ですよ! 仁さんの近くを歩きますから……!」
「いや何言ってんの。この人込みだと通行人の迷惑になるでしょ」
ちょろちょろと動くケットシー故に色んな危険があるようだ。ポノがイロハを抱えれば、このケットシーは顔を覆ってしまった。先輩のいげんがとか何とか呟いている。
壁にされるところだった仁は「はあ成程」と呟き、「危険は無い方がいい」とニイヅキも頷いた。
イロハがリコとアミリアの方を見れば『にこ……』とした笑みが返ってきて、ようやく彼女も諦めたようである。
ポノの腕の中で立ち、肩を掴んだイロハは目線の近くなったニイヅキ、アミリアとお喋りしだす。
「イロハさんとはクリスマス以来だったかしら。いつもリコさんからお話は聞いていたのですが……お元気そうで良かったです!」
「アミリアさんも! びっくりしましたが、お会いできて嬉しいです。水着コンテストではお見掛けしましたけど声を掛ける暇がなくって――」
「あの時は皆忙しかったからな」
会えなかった時間を埋めるように、話す事は尽きない。
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店内に満ちるのは珈琲の仄かな香り。
ステンドグラスの窓は陽射しを柔らかなものとして店内に届け、照明はあたたかだ。高い天井ではシーリングファンがゆっくりと回っている。
蓄音機から流れる穏やかな曲が時間の流れをゆったりとしたものにしていた。
(「落ち着いた雰囲気は流石サクラミラージュというべきか。品がある」)
内装は仁とアミリアの気を惹くものが多い。
木の床に木のテーブルと、木製に揃えた調度品はアミリアが少し懐かしく思ってしまうもの。
人気の店だと聞いていたが喧しいわけでもない。
店の広さと席幅が絶妙なのだろう。案内されたボックス席のソファはふかふかとしている。
さっそくとばかりにメニュー表を開いたニイヅキが目を輝かせた。
「ねえねえイロハ見て! 思っていた以上にかき氷の種類が多いぞ!」
隣のイロハと一緒に見られるようにとニュー表を開いたニイヅキの声はワクワクとしたもの。
「あっマンゴーのかき氷がある」
「この前言った宮崎を思い出しますねぇ。あっ、シロクマもある」
すぐにメニュー表におさまるような声量となったニイヅキ。イロハとひそひそ話をしているようで何とも様子が可愛らしい。
どうやら帰路となる旅先でも甘味を楽しんだらしく、三人でシェアしたスイーツの思い出話。シロクマもそこで食べたのかもしれない。その間もニイヅキとイロハの目線はしっかりとメニューに注がれていたが。
女子学生の様子をほこほことした気持ちで眺めていた仁は、さてもう二人の方は、と目を向けようとして、ぽすりとメニュー表を渡され「ん?」となった。
「何。お前さんメニュー見ないの?」
リコに渡されたそれを流れるように開き、中身を見た仁は「確かに種類が多いな……」と感心の声。
「んー、ほら、俺そんなお腹空いてないしィ。アイスコーヒーでいっかなァ、って」
「えっ、リコさん、かき氷パーティに来たのにかき氷を食べないんですか??」
再び若干の衝撃を表情に浮かべるイロハ。
「折角来たんだ、リコも多少は何かを食べたほうがいいぞ。かき氷なら軽いし大丈夫だろう? ――というか、イロハを心配させるんじゃない!」
「嬢ちゃん、しーっ! ……あのなあ、お前さんも、こういう時は高い物頼むくらいが可愛げあっていいんだぞ?」
ニイヅキに注意しつつ、後半はリコに向けたもの。仁はそのままアミリアとポノにも告げる。
「ポノちゃんとミラちゃんも遠慮せずに好きなの食べなー」
はい、とアミリアはゆったりと頷いた。
「ミラはイロハさんとニイヅキさんのお話のマンゴーが気になったので、マンゴーのかき氷にしてみますね。ポノさんは何にします?」
「んー、|一角獣《ユニコーン》のかき氷が気になってるんだけど……」
「ゆに……何て???」
予想してない単語が出てきて仁が聞き返すもポノの意識はメニューに注がれている。
「ベリー系みたいだし、私これにするわ」
「チャレンジャーな」
その間にも「かき氷を作るための市場調査ですよ」と言うイロハたちの説得を受け、リコは渋々とメニュー表を眺めている。
「お待たせ致しました」
涼やかな色の器に盛られたかき氷が次々と運ばれてくる。
計六つ。テーブルにずらりと並ぶかき氷たちの何と壮観なことか。
「うわぁ、かき氷……なんか写真より大きい気がする! 嬉しい!」
ほくほく。とっても嬉しそうなニイヅキの声。
それぞれがいただきますと言って目前のかき氷へと向かっていく。
氷にスプーンを差し込むも、ふわっふわ。
「おお、大体こういうのって写真よりも小さい事のが多いんだが……しっかり盛り付けてあるな」
宇治金時風のかき氷を前にした仁は感心の声。
抹茶シロップは夏盛りの山の色を思わせ、たっぷりの小豆と滑らかもちもちの白玉。仁としては小豆多めなのが嬉しいところだ。
「シロップが結構渋めだが、練乳がちょうどよい甘さにしてくれてるなあ」
ニコニコと食べる仁のお供はホットコーヒー。
「……仁さんも珈琲なんて珍しいねェ?」
そう言ったリコもホットコーヒーに変更している。彼のかき氷はティラミス風のもの。甘いのは好きだけれど、甘すぎるものはちょっとだけ苦手だから……という理由で選んだ。コーヒーの氷を削ったほろ苦いかき氷はマスカルポーネチーズとココアパウダーとの相性も抜群。
「……珍しい? あー、こういう店の珈琲って美味しそうなイメージないか?」
店内をゆるり見回し答えた仁に、リコはわかるかもと頷く。
「珈琲に拘りがあるんだろうから美味しいだろうし、雰囲気もあって味が更に美味しく感じるのかもねェ」
ニイヅキとポノはダージリン、イロハはほうじ茶、アミリアはカモミール。かき氷に備えてそれぞれ温かい飲み物を頼んでいる。
「色鮮やかなかき氷――こんなにも綺麗だと、食べてしまうのが勿体ないくらいですね」
アミリアはうっとりとかき氷を眺めた後、鮮やかなオレンジ色の果肉とふわふわ氷を掬ってぱくり。
芳醇なマンゴーの香りと滑らかで甘い果肉、氷は口内でほろりと溶けていく。
ポノもゆめかわ色シロップとベリー粒、七色アイスの乗ったかき氷をぱくりとしている。
「んー幸せ~。アミリアさん、夏感じてる?」
ポノの問いに、「はいっ」とアミリアの良いお返事。
「シルバーレインでもふわふわかき氷のお店は見かけたことはあったのですが、まだ行けてなかったんです。できれば誰かとのおでかけの時に行ってみようと思っていたので……ふふ、小さな野望一つ達成ですね」
皆さんと一緒に食べる事ができてよかったです、とアミリアは微笑む。
メニューを見て色々と迷っていたニイヅキはイチゴソースとチーズケーキ味のかき氷。
選びの最中に『かき氷なのにケーキなのか……』と呟いた彼女は、メニューにあるケーキのチェックも抜かりなく。
イチゴ果汁とチーズケーキを思わせる練乳、グラノーラが敷かれたかき氷はまさに――。
「かき氷なのにちゃんと味がチーズケーキだ、凄い……! 美味しい! この美味しさを誰かにも知ってもらいたい! 皆、一口食べる?」
「あ、では私のシロクマも一口どうぞですー」
イロハが頼んだ『シロクマ』は練乳たっぷり、蜜柑やパイナップルなどの果物、小豆が散ったかき氷だ。
ニイヅキのシェアを始めとして、それぞれのかき氷を一口。美味しさの共有していく。
そういえば、とリコがイロハに声を掛ける。
「イロハセンパイから貰ったかき氷機でもこういうのが作れるのかなって思ったんだけど、対応してるんだっけ?」
「アイスコーヒーを用意してかき氷機の氷結魔法を発動すればいけそうな気も?」
「わかった。食べるのはさておいても、何かを作るのは好きだから……今度作ってみる時に挑戦してみるね」
「楽しみに待ってるからな!」
期待するニイヅキのぱあっとした笑顔。即反応すぎるニイヅキにリコは苦笑した。
「盛り付けの参考に写真も撮ったし、頑張ってみるよォ」
「ところで……いつの間にポノとアミリアは一緒に遊びに行くような仲になったんだ?」
かき氷の攻略が見えたところでニイヅキは気になっていた事を二人に尋ねる。しかし「あれ?」と応えるのはリコだ。
「ニイヅキちゃんには話してなかったっけ。イロハセンパイは知ってると思うけど、主とポノちゃんと三人でアルダワの本のお祭りに行ってきたんだよォ」
「そうそう、ブックキャラバンが開催されててね」
「素敵な本がいっぱいでした! リコさんは魔術本をたくさん購入していましたし、ポノさんもミラも美しい物語や可愛い物語に出会えたんですよ」
「……リコも行ったのか」
リコとポノ、アミリアの順で声となったのは楽しかった本の祭りの思い出。
「イロハセンパイも前に行ったんだよねェ。その時はどんな本があったのォ?」
「難しいのだと錬金術概論の初級と魔法陣設計論が気になりました。私は子守歌を纏めた『歌う本』や幻獣図鑑を買いに行ったんですけど、あれもこれもと欲しくなっちゃいましたね。ニイヅキさんの好きそうなグルメ本や戦術論文も売られてましたよ」
「……イロハも……くっ!」
ニイヅキの呻きは色々な感情が込められていた。まあ食べなという雰囲気で仁がメニュー表を差し出すと、追加のケーキーオーダー発生だ。
「仁、いいのか?」
「いいよ、遠慮しないで食べな。皆も何か頼むか?」
ニイヅキとポノはケーキセットを頼み、あとの四人は飲み物のお代わりだ。
その間にも転じていく話題。今は今日の課題がネタとなり、アルダワ魔法学園の学園生活について。
「精霊の使役と通じるところもあるけれど、アルダワの生活魔法って便利ね」
「……はっ。そういえばポノさんのおうちではお洗濯はどうされてるんですか?」
ポノの言葉とアミリアの疑問から、話題はアックス&ウィザーズでの暮らしのものへとなっていく。
「時間あれば、普通に手洗いだけど――」
「アース世界のコインランドリーに行くことも多くって……でも最近はずっとランドリー通いですね???」
疑問に答えるポノと言葉を引き継ぐイロハ。
「イロハさん、しっ!」
手抜きしている事をばらす同居人にポノが人差し指を立てた。
とりとめのない日常の話、落ち着いた声たちはどこか心地よく安心する。
これは人がもたらす佳景であることを仁は知っていた。
祭事に賑わう人の声。提灯はゆらり行き先を目指し。昔々に巡った子らは近いようで遠かった。
(「――たとえ話を聞いてるだけであっても、それだけでも愛しい子達の傍にいさせて貰えるのは凄くありがたいもんだ」)
刹那に生きる者らの愛しさ。
ふと、否、敢えてか。ぱちりとアミリアと目が合った。
「……仁さん、今日はご馳走様でした。ミントティーのおかわりまで頂いてしまって」
温かなカップに手を添えたままアミリアはにこりと微笑む。そして「お家でハーブを育てるのもいいかもしれませんね」と言ってみせた。
|きっかけ《縁》はそこかしこに。
それからそれぞれの『ごちそうさま』を告げられて、照れくさそうに仁は笑った。しょうがねぇなという笑みにも近い。
「ふう、美味しかった! またこうしてゆっくり美味しい物を食べに来たいな」
ケーキも食べてニイヅキは満足そう。エリシャも誘ってまた来よう、とイロハとお喋り。
「今日は思っていたよりも大人数でしたが、楽しかったです! 誰かと楽しい思い出を共有できるのは良い事ですね」
「思い出を増やすためにも、またどこかに遊びに行きましょうか」
と、アミリアとポノの笑顔。
「なんだか今日は賑やかな一日だったねェ」
――楽しかったな、と呟くリコの声はひそりとして優しい。
彼らの様子に仁は穏やかに頷いた。
「……任務のついでの食事も良いが、こうして一日ゆっくり色々食べて話してするのも良いもんだな。また色々頑張ったらご褒美に出かけるか」
発した後。
打てば響く声や表情は刹那に龍神の心をくすぐる。
――知り合った猟兵は皆、優しい。
――この縁は本当に大切にしたい。
(「それを守るためにも、もっと強くあらねばならんな」)
声として発しない言霊を仁は自身の胸に響き渡らせた。
成功
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