それは懐かしく、にぎやかな、夏の時雨
●
茜色に染まる直前の、僅かに光が和らいでいく空。最近はすっかりと暑さの増した気候だがこういった空の色は変わりなく。
そんな空に目を遣って。
まだまだ熱気を含む地を歩いていた鳥羽・白夜は、ふと、通りかかった公園でぎこちない動きをしている子供に気付いた。
自転車に乗る練習をしている。
(「中学生くらいかな」)
倒れそうになると直ぐに両足を地面につけている。反射神経は良さそうだ。
その子の年頃と状況に、ふと思い出す。
(「――あいつは危なっかしくて見てられなかったな」)
●
銀誓館学園を卒業し数年経った頃のこと。
あの頃の白夜は地方を旅していて、最中に立ち寄った田舎町での出会いだ。
夕方の田園風景は見事なもので、黄金色に染まり始めた米穂は風になびけばシャラリと軽やかな音色を奏でてくれる。
どこにいくという当てもなし。
ぼんやりと夕に染まる田園を眺めながら歩いていた白夜は、自転車の練習をしている一人の少女を見かけた。
ハンドルの扱いはぐらぐら。ペダルに乗せる足も忙しない。
自然と注視してしまう程の危なっかしさ――と認識したのも束の間。
「ひゃあ!?」
と上がった声は鋭く、そしてよろけた少女の姿は一瞬にして消えた。いや、脇の田んぼへと転がり落ちてしまったのだ。これは痛い。
見て見ぬふりも、まあ、ここまで確り目撃してしまっては出来ない。
倒れた自転車が少女を追わないよう押さえつつ、
「大丈夫か?」
と声を掛け、空いた方の手を差し伸べた。
「うぐ……うん」
ひっくり返っていた少女が応え起き上がろうとしていた。そして白夜の手に気付いて手を伸ばす。
「あ、ありがとう……わあっ!?」
「うわ」
手が繋がった瞬間、またバランスを崩した少女から引っ張られる形で白夜も田んぼへとダイブした。
「お兄さんごめんなさい!」
「いや、俺は平気だけど……怪我はないか?」
お互い怪我はなさそうだ。ほっとしつつも泥まみれの惨状。
「うち、近くなの! シャワー浴びてって!」
「はぁ? 男を家に入れるとかマズイだろ」
白夜の常識的に考えて無い。無い、のだが少女は納得せず、この辺りには銭湯も宿もないらしく。
仕方なく白夜は頷くのだった。
少女の名は|日向《ひゅうが》・|夏《なつ》。
「お祖父ちゃんと一緒に暮らしてるんだ~」
そう教えてくれたが、その祖父は在宅ではなかった。
家主が不在のままシャワーを借りることに難儀を示した白夜であったがまたまた夏に押し切られ――そして、今。
「誰だお前は!? おいっ、夏! 夏ー!!」
無事か!? と心配そうに夏を呼ぶ老人。この人が祖父の日向・|克《かつ》なのだろうなと白夜は見当をつけた。
まあシャワーを浴びた後の男が突っ立ってれば確かに吃驚する。彼の心情を慮ってしまう。
出てきた夏が事情を説明すれば「見ず知らずの男を家に上げるんじゃない!」と叱るのも当然のこと。
「あんたもさっさと帰れ!」
「そうした方がいいな。シャワーをありがとう」
長居は無用。さっさと退散しようと白夜が頷けば、怒鳴っていた克が突然前へと倒れ込むように身を崩した。
「うっ――あたたたたっ!」
腰が痛……! と腰を押さえているではないか。
「お祖父ちゃん!?」
「お、おい、爺さん大丈夫か?」
腰をやったか? と尋ねながら白夜は楽な姿勢へと導いてやる。
それからどうしたかといえば。
ぎっくり腰でしばらく動けない克に代わりに、白夜が泊まり込みで家の畑の世話をすることになったのだった。
●
(「あれからもう十年くらいは経つんだよな、さすがに夏も自転車乗れるようにはなってるよな……」)
白夜と夏と克。
夕暮れの景色は懐かしい思い出と共に。
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴