ガンズ・フロム・サマー
●GuNs 'N Noobs
電光看板が明滅する。
古びた看板。窮屈な下り階段に煤けた扉。
どう見ても堅気が来る場所ではないそこは、裏通りに相応しい雰囲気であった。
扉を開けると呼び鈴が音を鳴らす。
足を踏み出せば、仄暗い店内――ではなく。
「夏! 海! グリードオーシャンですわ!」
そう、本日は地下のシューティングバーではなく。
砂浜に駆け出したラップトップ・アイヴァー(動く姫君・f37972)、その内在する双子の人格の姉、シエルの言う通り、目の前に広がっているのは海洋の世界、グリードオーシャンの砂浜であった。
照りつける太陽の陽射しに深島・鮫士(医食闘源・f24778)は鮫頭がトレードマークの体躯でもって荷物を抱えながら眩しそうに瞬く。
ここグリードオーシャンは故郷である南国の海を思わせる。
「陽射しが結構強いな」
「アツいですわ!」
二人が照らされた砂浜の熱さを素足で感じているとヴァシリッサ・フロレスク(浄火の血胤(自称)・f09894)とミスティ・ミッドナイト(夜霧のヴィジランテ・f11987)が水着姿でやってくる。
海に来ているのだから、当然である。
紅一点ならぬ白一点の鮫士は陽射しよりも眩いものを見るように砂浜に咲いた花々を見やる。
三者三様。
それぞれの趣がある。あえて感想は省かせて頂こう。鮫士にとって、いずれも夏の陽射しの煌めきに負けず劣らずの光を放っていたからだ。事細かく言うのも野暮というものであろう。
「それにしたって良い場所を知っているもんだな」
「ええ、この場所を知った時から皆様をお誘いしたいと思っていたのです」
「そりゃあ、ありがたい」
どさりと荷物をパラソルの元に置いて鮫士が頷く。
「とは言え、ただ泳ぐというのも味気なく。どうです、ビーチバレーで一勝負」
「夏のスポーツ対決ですの!?」
ぐわっと身を乗り出してきたのはシエルだった。
アスリートアース出身である彼女としては、ビーチバレー対決というのはとてもアツイものであった。
「そりゃいいけどさ、2on2ってことで?」
ヴァシリッサの一言でミスティの手にしたスイカ柄のボールは白浜に舞うことになるのだった――。
●アツい砂浜
「フフッ♪」
「どうされました、そんな笑って」
「いやなに、タッパもカラーも何ンだかバランス良いカンジだねェって思って?」
「ああ、言われてみればそのようですね」
ヴァシリッサとミスティはネットを挟んで対峙する鮫士とシエルの姿を見やる。
赤髪と青みがかった髪と肌。
そういう共通点を見つけてヴァシリッサは笑む。とは言え、気を引き締めなければならない。
「ッても、姉サン? 相手はピッチピチの現役プロアスリートに|大海《レディ・オーシャン》を征し者だ。こりゃ、ぼッとしてっとストレート負けだよ?」
ヴァシリッサの言う通りであった。
互いに猟兵。
「付け入る隙がないとでも?」
「いんや、あっちは即席チーム。こっちはそうじゃあないだろう?」
「そうですね。厳しい戦いになりそうですが」
スイカ柄のボールを空中へと投げ放ち、ミスティの腕が弧を描く。インパクトの瞬間、スイカ柄のボールは楕円へと形を変え、ビーチボールにあるまじき閃光めいた速度で持って鮫士へと叩き込まれる。
「うぉっ! っと!」
ともすれば、そのサーブ一発で決まってしまいそうな一撃を鮫士はかろうじて対応。
だが、なんとかボールを拾うようにして弾き、打ち上げる。
シエルは即座に反応し、プロアスリートとしての経験と技量で持って打ち上げられたビーチボールを柔らかな手首のスナップを使ってトスする。
「深島さん!」
「強烈サーブの後にこれは、ちっときついが!」
鮫士が飛び上がり、スパイクを叩き込む。
しかし、その一撃を読んでいたようにヴァシリッサがボールを砂浜ギリギリで捉え、打ち上げる。
「Damn! 流石動きが違うね……!」
コートの白線ギリギリを狙う一撃は見事と言うしかなかった。
あれで即席チームだというのだから嫌になる。こちらのサーブの一撃をさらりと受け流して強烈なスパイクを叩き込んでくる彼らにヴァシリッサは舌を巻く。
だが、こちらとて負ける言われはない。
「姐サン、上げておくれよ!」
「お任せ下さい。リサさんのサポートは慣れております」
さあ、とミスティがボールを打ち上げる。絶好のタイミング。即席チームである鮫士とシエルはきっと速攻に弱い。時間を与えれば、与えるほどに互いのギクシャクしたコンビネーションを修正し、熟練の連携へと変えてしまうだろう。
そのためには一にも二にもなく速攻なのである。
ヴァシリッサの体が宙を舞う。
陽射しを受けて彼女の眼鏡のレンズが白くきらめいた。
「さあ、そのパワーを見せつけてやりましょう」
ミスティはそういったものの、ちょっと心配だった。確かにヴァシリッサのパワーは本物である。けれど、彼女のパワーに、スパイクにビーチボールが耐えられるだろうか。
いや、でもコントロールを誤らなければ強烈なスパイクとなるのだ。
となれば、相手が現役プロアスリートだろうがなんだろうが、確実に点が取れるのだ。
「任せナ! 必殺ファイアボールスパイク!」
「なんて!?」
ヴァシリッサの気合一閃。
放たれたスパイクの一打は炎を纏うようであったし、それを目の当たりにした鮫士は目を見開く。シエルはむしろ喜々としていた。アスリートアースでは、むしろ、必殺スパイク名を叫ぶのは常道にして王道である。
シエルの見立ては正しい。
ヴァシリッサの怪力から放たれるファイアボールスパイクは強烈。受け止めれば、己の腕が持っていかれるかもしれない。
だがしかし!
「必殺スパイクを受け止められないでプロアスリートが名乗れますか! 限界を超えるのが私たちアスリート! 常に限界ぶち壊してさしあげますわ!」
限界突破。
いつも、シエルたちはそれをなしてきたのだ。
血潮が滾るのは強敵を前にして。ならば、今シエルが胸に感じている高鳴りはヴァシリッサの怪力が如何なる強烈スパイクを繰り出すのかという高揚そのもの。
受け止めてみせる。
いや、絶対ん異ブロックして見せる。
まるで走馬灯めいたものだった。
「ふふ」
笑みが溢れる。妹の美希がバレーボールのコツを教えてくれたことを思い出して笑むのだ。
だがしかし! 二度目であるが!
ヴァシリッサの強烈必殺スパイクが炸裂した、と思った瞬間、ビーチボールが空中で姿を消す。
「消えるスパイクでしたの!?」
「あ、いや、あれ多分……」
驚愕するシエルに鮫しは指差す。
凄まじい破裂音が聞こえた。そう、凄まじき怪力を誇るヴァシリッサのスパイクの一打は、空中でビーチボールを爆発四散させたのだ。
あまりにも凄まじい一打にミスティは思わず天を仰いでいた。
「HAHA♪」
「笑って誤魔化したぞ!」
「ノーカンノーカン」
「ボールが消失してしまった時のルールってどうでしたかしら……」
「いや、真面目か!」
「ご安心を。スペアのボールはご用意出来ていますので」
ミスティがとりなす。
こういうサポートも万全であるのがミスティのすごいところである。というか、長年の付き合いでわかっていたのだ。
ヴァシリッサが怪力をコントロールできずにボールを破裂させてしまうことは。
「まあまあ、次は大丈夫だから」
なんて彼女は言っていたが、彼女はこの後もボールを散々に破裂させてしまうのだった――。
●一戦の後
ビーチチェアに横になりながら試合を終えた四人はくつろぐ。
鮫士が砂浜に並ぶ出店から軽食を見繕い、ミスティとシエルが用意してきたスポーツドリンクで水分補給しながら日差しに照らされてのんびりとしているのだ。
「まずは水分補給を。スポーツドリンクから取って下さいましね。アルコールはそれからですわよ!」
ビーチバレーを終えた四人はパラソルの影に設置されたビーチチェアにて、汗をかく運動の心地よい疲労勘に揺蕩うように寝そべっている。
「それにしても用意したボール全てを破裂させてしまうとは」
結局、ミスティが持ち込んだボール全てをヴァシリッサは破裂させてしまっていた。
スパイク禁止まで出る始末であった。
「Phew? ノーカンだろ? 終わっちまえばノーサイドだ♪」
惚けた彼女からミスティがハイボール缶を取り上げる。
「Boo! 姐サン、それはアタシの分!」
「冗談ですよ」
「これがGuNs 'N Noobs流の水分補給というやつですのね、とてもイカしてますわ!」
二人のやり取りにシエルは、この場に妹がいたのならば頬を思いっきりふくらませることだろうな、と笑む。
「フハッ、まあ、大人の特権って奴だよな」
焼きそばをずるりと吸い上げるようにしてソースの甘酸っぱさを堪能しながら鮫士が笑う。ミスティからハイボール缶をもらって煽れば、喉を駆け抜けていく爽快感。
心地よい疲労と陽射しによって体から水分が抜けていっているのだ。
美味い。
とても。それはもう体の細胞が喜んでいるのがわかる。
天頂にあった太陽が傾き始めている。
「陽射しはまだまだ強いですが、風が心地よいですね」
「Ahh~、体が程よく冷えて……そこにこう、グィッと煽れば、これに勝るモンはないって感じる♪」
「とてもいい夏ですわ……」
「いやあ、良い夏の思い出になったねぇ。いっそ、リサのビーチボール連続破裂回数をギネスに申請してもよかったんじゃとも思うけどな」
「Grr! 姐サン、深島チャンからハイボール缶をボッシュートだ♪」
「うぉい! そりゃないぜ!」
「ギネス! それは燃えますわね! むしろ挑戦したくもありますわ!」
「それはそれとして、アルコール代はリサさん持ちですから」
「ノーコンテストだったろう!?」
笑い合う四人。
夏の思い出は、こんな風にして関係性をより良いものとしていくのだった――。
成功
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