Mobile messengers bring us closer and lonelier.――UDC-Earth
――朝。起床を告ぐ|時報《アラーム》に伸びる手が重かった。
普段なら、|携帯《スマホ》がサイドテーブルで身を震わせると同時にタップが届くが、シーツから布擦れの音を連れて現れた長い腕は、目覺めを歌うノッカー・アップをそのままベッドへ引き込む。
「……|倦怠《だる》いな」
身体の不調は何となく理解って、体温を測ってみる。――37.8℃。
少々の頭痛もあるかと、海松色の髪をくしゃりと搔きあげた一ノ瀬・帝は、アプリで学校に欠席連絡を済ませると、次いでメッセンジャーを開き、手短に文字を打ち始めた。
“風邪を引いた。今日、学校は休む”
“マジか! どんな具合や?”
直ぐに反應を呉れたのは、幼馴染で親友の知花・飛鳥。いつも一緒に過ごしている彼には連絡が要るだろう。
あの朗聲がそのまま再現できると、黑橡の瞳がボンヤリと文字を|捺擦《なぞ》る間、彼からメッセージが相次ぐ。
“放課後、お見舞いに行こか? なんや要るモンある?”
“いや、気持ちだけ受け取っておく。伝染ったら悪い”
“ほんなら授業のノートは取っとく!”
“助かる。どこまで進んだか分かればありがたい”
眼鏡も掛けず、いつもより近い位置から返信する。まるでリアルに会話しているみたいだ。
素早い返答も親切も有難いと、言いかけて|咳嗽《せき》を挟んだ帝は、ここで「宜しく」と会話を終らせるのも憚られたか、もうひとつ、飛鳥に頼み事をした。
“することがなくて暇だから、休み時間に話し掛けてくれると嬉しい”
“そんなんお安い御用や! おにーさんに任しとき!”
「……同じ|年齢《とし》だが」
早速ボケにかかる飛鳥に、画面越しに掠れた聲を零す。――噫、彼が元気なのが救いだ。
最初に見せた心配の色も薄まっていると文面で確認した帝は、安堵して瞼を落とすと、ぽふっと枕の弾力に沈んだ。
†
而して飛鳥は實に律儀に、休み時間の度に一言二言と話し掛けてくれる。
帝はそれをベッドで、或いはソファに橫臥わりつつ、賑やかな学校風景を見るような気分でタイムラインを追った。
“始業前までにミカの休みに気付いた奴、7人おったで。ラッキーセブン、おめでとうさん!”
“風邪を引いた時点でラッキーでは無いような……”
“云うなて。ほんで俺らいっつも一緒におるやろ? 顧問に「今日は片方だけか?」って訊かれたわ”
“靴下か”
“俺も同じこと返したわ。サクランボちゃいますってな!”
“俺より瑞々しい”
同じ男子校に進学した二人は、所属する部活動も同じ。
特に今日は背の高い方が居ないから目立ったのかと、飛鳥は行く先々で帝の不在を尋ねられたと報告する。
友達が多く社交的な彼ならではの事と、寝転びながらテキストを走らせた帝は、そうして他愛ない会話を愉しむ裡、「片方」と云われた飛鳥がどう過ごしているかも気になってくる。
「――――」
小さな頃は気弱で、己にくっついてばかりだった泣き虫の飛鳥。
勿論、己が居なくとも快活に過ごしているだろうし、実際、樂しくしているとは本人からのメッセージで判然るが、其を“寂しい”と思うのは、固く結ばれた友情の所爲では無い。
(「俺が居なくても大丈夫。飛鳥は元気に過ごせている。――それで十分だろうに」)
進路を決めた時点で、彼に対する感情を受け入れた。覺悟もした。
自認したからこそ祕めると決めた想いが、目下、上昇する体温と共に擡げてくる。
「……あつい」
気怠げに額へ手を遣る。咳込む。
熱は、まだ下がりそうに無い。
†
“ほんまミカは休んで正解やった。4限の体育、バスケは地獄やったで”
“そうか。死なずに済んだ”
“安心してや。ミカの分もシュート決めてきたで!”
昼休み、ゴリラがダンクシュートをキメるスタンプ付きでメッセージが送られてくる。
「……そんなスタンプ初めて見る」
ともあれ、熱意や興奮がよく伝わるとゴリラの表情を眺めた帝は、己の分も頑張ったという飛鳥に「ありがとう」と返信する傍ら、汗をたばしり聲を張り、仲間と笑い合ったであろう彼の姿が見られなかった事を惜しんだ。
それだけでは無い。
直ぐに返答があるものの、画面越しにも伝わる飛鳥の佳聲や花顏が“遠い”と――黑彩の双眸に文字を捺擦った帝は、不覺えず、乾いた紅唇から溜息を零していた。
(「はぁ……早く飛鳥に会いたい」)
“早く飛鳥に会いたい”
あの胸を擽るテノールを聽きたい。
匂えるほど花やかな笑顏を見たい。
会えないのが、こんなにも|寂寥《さび》しい――。
ベッドに長躯を預けながら想いの儘を告げれば、我が恋心を知らぬ飛鳥は、純粋に、爛漫に答えてくれた。
“俺もやでー! ミカがはよ元気になりますように!”
「……噫、そうだな。きっと明日には――」
明日には逢える。飛鳥の傍に居られる。
そう己を宥めるように携帯を枕元に置いた帝は、長い睫を閉じ合わせて幾許、深い夢寐へと誘われた。
†
「おはようさん! ん、マスク?」
「熱も咳も収まったが……念の爲」
翌朝、飛鳥と合流して登校する。
あれから朝までぐっすり眠れたお陰で風邪は治ったが、マスクをしているのは他の理由が大きい。
体調は、顏色は……と、小首を傾げて上目遣いに己を伺う飛鳥を正面に、帝は普段通りの涼しげな表情を見せるが、胸奧は酷くザワめいていた。
(「何気ない遣り取りだったとはいえ、迂闊だった」)
――早く会いたい、なんて。
覺醒めに履歴を見て目を疑ったが、紛れもなく己は|デレていた《・・・・・》。
熱で弱っていたし、頭が回らなかったとはいえ、思った事をそのまま送ってしまうなんて「脇が甘すぎる」と、帝は羞恥心のあまり片手でマスク越しに口元を覆うが、隣する飛鳥はニコニコ。一日ぶりの再会に莞爾と咲んでいる。
「やっぱミカがおらんとな! 面白さが半減するっていうか」
「飛鳥」
「ほんま元気になってくれて良かった。ありがとうな!」
あのメッセージを交した後も、飛鳥は普段通り。いつもと變わらない。
やはり帝が右隣に居ると馴染むと、芸人みたいな感想を零して歩き出した彼は、颯と吹き抜ける夏の風に淡い櫻色の髪を搖らしつつ、朗々と昨日の出来事を話してくれる。
――俺もやで、なんて。
畢竟、飛鳥には文面に滲む恋心は伝わらなかったのだろう。でなければ|彼樣《ああ》は返せまい。
幼い頃から培ってきた友情と信頼が、良くも悪くも巧く隱してくれたのだ。
(「……バレなかったのなら、それでいい」)
マスクの下で、そと安堵を零す帝。
唯だ、その胸奧に一抹の淋しさが過るのも事実で、飛鳥は己を恋愛対象として見ていない、だから気付かないのだと思った帝は、もどかしい思いに搖れ始める。
(「脈なし、か――」)
二人、肩を並べて歩き続けて。あれからずっと平行線。
いつか自分達が正面から向き合い、交わる時が來るのだろうかと、帝は飛鳥の話に耳を傾けつつ、進む先を眺めた。
「学校に着いたらノートを貸して欲しい」
「せやな。頑張って映したやつやで、見て貰わな」
「――噫、頼む」
今は、今は唯だ。
褒めて貰おうとふくふく咲む飛鳥の隣、同じ道を歩きたいと思う。
マスクの下、佳唇に決意を結んだ帝は、眞夏の太陽を浴びて靑々と伸びる葉が、手を繋ぎ合うようにして出來た穹窿の並木道を、ゆっくり進むのだった。
成功
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