乙女たちの秘密会談~夏
夏とは暑いものだ。
星霊建築と機械装置の融合で涼やかさが保たれた室内で、淹れたての紅茶を嗜みながらレミィ・レミントン(紫煙銃の城塞騎士・f39069)は、世の摂理を嘆く。
そう、夏とは暑いものだ。人々がこぞってバケーションに出かけるのも、その暑さゆえ。分かっている。分かっている――けれど。
「あまりに暑いと、おかしな人も増えますしね」
「そうなのです!」
白いティーカップを傾けるイノン・リドティ(暁風の魔獣戦士・f38920)の言葉に、我が意を得たり、とレミィが頬を上気させるのも止む無しである。それほどラッドシティ警察犯罪課の捜査官を務めるレミィの今夏は多忙を極めたのだ。
しかしレミィの虫の居所の悪さの理由は、それではない。
「だというのに、あの男ときたら」
じぃ、と。レミィは瀟洒なアフタヌーンティースタンドの傍らへ置いたグラスキャンドルをねめつける。
ルビー色の薔薇を一輪、透明なジェルで封じているだけのシンプルな作りだ。それでいて、散りばめられた気泡とグラスに施された複雑なカッティングが、星灯りを思わす輝きを放つことをレミィは既に知っている。
「レミィさんのことを一生懸命考えて、作られたんでしょうね」
「――……です、わね」
イノンの感想に含みは無い。どころか、抱く評価はレミィも同じ。けれど素直に頷き難くて、レミィはプティシューを指先で摘まむと、はむりはむりと二口で食む。
レミィがまともな睡眠さえ許されない最中、惚気に弛んだ顏で「土産~」と呑気に現れた小狡い男のことは、今以て度し難い。とは言え、頂き物に罪はない。だから使ってみたのだ。そしたら部屋は星空になるは、潮を感じるベルガモットの香りは心地好いはで、ぐっすり眠れてしまった。数日分の寝不足で荒れかけていたお肌が艶々になるくらいに。
「このセンスは、きっと彼女さんのものですわ」
フンと息巻き、レミィはルビーレッドの紅茶を唇に寄せる。幾らか落ち着いた温度に、ほっと心が憩う。そして鼻へと抜ける華やかな花の香りが、レミィの芯を冷やす。
「ごめんなさい。相変わらずへらへらしているのに、ものを選ぶセンスがいいのがなんだか悔しくて」
「レミィさんは、ミギナさんと仲良しですもんね」
「その言い方だと、若干語弊がある気が致しますが」
対面でにこにこ笑うイノンに、レミィの中から児戯めく苛立ちが抜けていく。
普段は表情の変化に乏しいイノンだが、甘いものを前にすると途端にガードが弛む。当然、誰に対しても、というわけではない。だからこそつい“女子会”と称して、予約必須なレストランのティータイムに誘いたくもなるのだ――ラッドシティ収穫祭でグルメキングバトルの審査員を務めたレミィの場合、それこそ“顔パス”なのはさておいて。
「イノンさん。こちらのブラウニーもお勧めですわよ」
「そうなんですね」
レミィの勧めのままに、イノンが小ぶりのブラウニーを口元へ運ぶ。そうして、ぱくり。
「!」
途端、下がったイノンの目尻にレミィは密かに得心を頷く。今ごろイノンの味覚は、ほろ苦いチョコレートに抱かれていた桃の蕩ける甘さに魅了されているはずだ。
確かにここのスイーツは、どれもレミィが認める一級品揃い。しかしレミィが欲しているのは、また別の“甘さ”である。
「ね、イノンさん」
音を立てずカップをソーサーへ戻したレミィは、口角だけで意味深な笑みをつくり、悪戯な仕草で自身の淡い色味の前髪を、一房だけツンと引く。
その後のイノンの変化は、お約束のオンパレードだった。
息を呑んで喉を詰まらせたかと思うと、慌てて紅茶を煽り。その熱以外の何かで、頬だけではなく耳の先まで朱を刷き上げる。
仕上げは潤んだ瞳と、甘い、甘い吐息。
「……レミィさん」
年下|だった《・・・》名残を色濃くするイノンの眼差しに、レミィはことさら優美に笑み返す。
「イノンさん、恋バナは女子の栄養でしてよ? わたくしの夏の疲れを癒すと思って、ぜひ」
レミィの強請る口振りに圧はない。無理強いにならないよう、逃げ道を用意しているのだ。だが、恋の話を聞きたい、というのは本心。
『恋は乙女を綺麗にする』――そんな冗談みたいな定説を、実際に体現するイノンのことが、レミィは少し眩しい。自分に恋が出来るとは思っていないからこそ、なおさらに。
ちなみに。|騎士《ナイト》然とした仲良しの存在と、レミィの色恋沙汰限定の鈍感さが“出逢い”を遠ざけているだけなのだが、その事実にレミィが気付く気配は一向にない、というのはさて置いて。
フォークを置いたイノンが前髪に指を絡める仕草に、レミィは胸を高鳴らせる。
「似合う、って言って貰えました」
「まあ! それから、それから?」
「ええと……」
聞きたがりのレミィと、存外に聞いて欲しかったらしいイノンと。
乙女たちの秘密会談の行方を知るのは、カーテンで和らげられた夏の陽射しだけ。
成功
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