鍾乳洞の奥、無限竜は眠るのか
大魔女スリーピング・ビューティが討たれて早16年もの年月が過ぎた。
マスカレイドの脅威は消え去り、主要な都市国家間の街道は整備され、人々の行き来も容易になった。
「この山々を抜ける道も随分と整備されたものです」
鍾乳洞に足を踏み入れて少し歩いた後、白い短髪の青年が後ろを振り返って、同じく白く――但し長い髪を有する友人の存在を確認する様に視線を向けた。
「……最初にランスブルグに向かった時は此処を通ったのだろうが」
ヘーゼル・ナイチンゲール(葬送の城塞騎士・f38923)は薄らと光を帯びる水晶の洞窟に、軽く感嘆の息を吐く。涼しげな場所と珍しい鉱石を求めてみたい、なんて酒場での与太話がまさか斯様な場所に行き着くとは。
ワームパイプ・ホロウ。伝説に語られる魔獣が一つ、無限竜ワームが朽ちて化石となった海岸線。かつてはこの険しい山道しか件の都市国家に向かう手立ては無かったと言う。険しい山々の地下に存在したギガンティアは最早マスカレイドの巣窟では無くなり、冒険者達の鍛錬の洞窟となっているとかで。
「あの頃は鍛錬に随分と精を出したものですけど」
ヴァニス・メアツ(佳月兎・f38963)はフフッと懐かしむ様に告げた。若い見た目に似合わないその口振りは、実年齢との剥離のせい。この十数年、二人共加齢とはとんと縁が無い。
「戦うべき敵が居なくては鍛錬を積む意味も無いと?」
「平和に腑抜けてた時はそうでしたけど。最近は少しずつ鍛錬も見聞も重ねてるつもりですよ」
11の怪物とエリクシルの魔神。その戦いの果て、繋がったずっと外の世界。知らぬ文明に、元々好奇心を内に秘めていた旅芸人は最近色々な世界へと足を運んでいるのだと告げる。
「涼を求めるだけなら、他の文明が進んだ世界でも良いんですけどね。えあこんって言うんでしたっけ」
「ああ、あれか。どうも私は得意では無くて、な」
ヘーゼルは困った表情を浮かべてそう告げる。彼も多少は見聞きした他世界文明。科学とやらの力も悪くは無いが、自然の風や冷気の方が落ち着くのだと言えば。成る程とヴァニスは頷きながら、足元の大きな段差を軽く飛び越え進む。
「ならばやはり日の当たらない洞窟の中が最適でしょう。ほら、お望みの鉱石だってあんなに」
段差をよじ登るヘーゼルの手を掴み、引き上げてから指で示した先には薄く発光する結晶が壁のあちらこちらに見えていた。
「……美しいな」
「でしょう?」
地下に広がるギガンティアの魔力の影響でこの鍾乳洞の壁いっぱいに広がる水晶は常に淡い光を帯び、洞窟を進む際に灯りを必要としない。ヴァニスが足元を確認する様に先行し、遅れてヘーゼルも後を追う。
向かった先には、遠くから見えていた――壁面に浮かぶ不思議なもの。その前に立つとヴァニスは告げる。
「ドラゴンの化石……って言われてるブツですね」
「無限竜、のか?」
「それかどうかは解りませんけど」
少なくとも今はこの世界には存在しないドラゴン。古代に存在した証の様に、その巨大な頭蓋骨の化石をヴァニスはそっと触れてみた。
「名前だけしか私達も知らない過去の存在。骸の海から染み出て来られたらどうしましょう、ね」
「倒すしかないだろう」
真面目に真顔で応えたヘーゼル。その返答に表情にヴァニスは思わず肩を震わせて笑い出す。
「いや、冗談に決まってるでしょう? まぁその通りですけど……っ」
本当に、この男は真面目すぎて。故に安堵出来る。十数年経ってもその点だけは変わらないのだから。
「……ヘーゼルは、触れてみないのですか?」
てしてしとドラゴン化石の鼻っ柱を指先で軽く示しながらヴァニスは尋ねた。見るだけで全く近付こうともしない様子に首を傾げているヴァニス。だがヘーゼルはやはり神妙な表情で答えるのだ。
「いや。私は――」
手袋をした指先を振って否定を示そうとした。墓守の一族である己の身は穢れている――そう思っているが故、触れてはならぬと思ったから。しかし。
「遙か昔に生きた彼――いや、彼女?を弔うつもりで撫でてあげよう、なんて思ったのですけどね」
ヴァニスは冗談のつもりでそう言ったのだが。
相手が死した存在ならば。これが弔いであるならば。
そっと手袋越しに化石に触れる。骨とも石とも違う触感が布越しに伝わる。既にそれは命を失って幾星霜もの年月を経て来たものなのだろうが。
「…………」
冷たい空気の中に冷たい水晶の壁、そして冷たい化石の中に、かつて生きた命を感じた――そんな気がした。
「さて、石拾いにも行きましょうかね。結構高く売れるんですよ、ここの水晶」
「――せめてこの美しい洞窟に相応しい情緒のまま終われなかったのか」
「情緒だけではお腹は膨れませんからね。冒険に戦利品は必須ですし?」
しれっと涼しい笑みで告げるヴァニスに、ヘーゼルも釣られる様に静かに微笑み。
涼を得ながらのちょっとした洞窟探検は、始まったばかり。
成功
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