夏に芽吹くは萌葱
●夏! それは修行! 夏! それは天啓!
煌めく夏の日差しを受けてお団子に結ばれた萌葱色の髪から垂れる髪房が揺れる。
飛天の羽衣と呼ばれる軽やかな着衣であっても、今年の夏の暑さは受け流すことはできなかった。
汗ばむ肌。
額に浮かんだ珠のような汗が、頬を伝って顎部より落ちる。
滴るそれは、大地を湿らせるが、同時に秦・美芳(萌葱色の降魔拳伝承者・f32771)の体躯が流れるように踏み出せば、陽射しを受けて煌めく。
其の様に見惚れるようにグリモア猟兵であるナイアルテ・ブーゾヴァ(神月円明・f25860)は見つめていた。
「素晴らしい功夫ですね。日頃からの積み重ね、鍛錬の過酷さが伺えます。なのに、美しい動きです」
彼女は何故か誇らしげだった。
これから模擬戦という名の交流戦を行おうとしている相手に対する賛辞としては些か気が早いようにも思えたかも知れない。
けれど、ナイアルテは美芳の見事に練り上げられた武術の――降魔拳伝承者としての在り方というものに感銘を受けているようであった。
「ここ一年あまりで同じ降魔拳伝承者とたくさん出会ったね。一子相伝の意味、多分、ご先祖様履き違えてるよ!」
彼女は己こそが唯一、一子相伝たる降魔拳の遣い手だと思っていたのだが、なんだか猟兵の中に多く降魔拳の遣い手が存在しているのだ。
けれど、それは気にしていない。
例え、己が多くいる降魔拳の遣い手だとしても、多くのものと拳を交え、己だけの降魔拳を編み出していけばいいのだと楽観していた。
「いえ、それでも所作の流麗さ、素晴らしいと思います」
「師匠、あんまり褒めるのよくないよ。これからめいふぁん、もっともっと強くなっていくね! だからこうして手合わせお願いしてるよ!」
「そうでした。あまりに見事なものでしたから」
なんて、美芳は共に拱手をする微笑むナイアルテを見やる。
「あとなんで、猫の手グローブ?」
「拳を保護するためと、あとは怪我をしないためですね」
そうなの? と美芳は彼女から借りていた同じ猫の手グローブをもふもふする。
そうなのかな?
そうなのかも? と美芳は己を納得させる。絵面が何ていうか、緊張感ないけど。
しかし、と思う。見やるは、ナイアルテの見事な体。
完成された、というのならば彼女の肉体のことを言うのだろう。
無駄のない筋肉。細く見えるのは女性の肉体としての柔軟さ、しなやかさを殺さぬために高度に積み上げられたものがあるからだろう。
身の丈は同じほど。
だがしかし、美芳は羽衣人である。色んな意味で雲泥の差であろう。いや、別に身体的特徴の一つを捉えて何かこう物申すことはないのだけれど、大丈夫。大丈夫よ、めいふぁん羨ましいとか思っていないよ。
「むむむ」
「難しいお顔ですね? どうなされました?」
自然体で佇むナイアルテ。彼女の所作は格闘家、というにはあまりにも無防備に思えたが、何処からでも打ち込めるように誘っているようにさえ思えた。
彼女と己の違いは質量の差。
ならば、と美芳が活路を見出だしたのは、空中戦だった
「はっ!」
蝶のように舞う美芳の蹴撃がナイアルテの頭上より振り落とされる。踵落としの容量で大鎌振るうようにして打ち込まれた蹴撃をナイアルテは交差させた腕で受け止める。
躱すのではなく、受け止めた。
衝撃が彼女の体を伝い、大地に走り、地面が砕けて破片が散る。
「見事です! ですが!」
そう、受け止めた、ということは互いの体が触れているということ。ナイアルテは交差させた腕で美芳の脚部を挟み込み、そのまま彼女の体躯を大地へと向けた叩きつけるように投げ放つ。
「わわっ! 投げ技もできるね!?」
「ええ、打撃、蹴撃、投げ技。これが……!」
叩きつけられる、と思った瞬間、美芳を襲うは蹴撃だった。連続攻撃! 蹴撃を投げ放たれる瞬間に美芳は身を捩って躱す。だが、安心はできない。
これが連続攻撃ならば、更に迫る攻撃がある。即ち。
「次は拳ね!」
正解、と言わんばかりに振り下ろされる拳の一撃を美芳は柔軟な体躯を捻るようにして蹴撃でもって打ち払うのだ。
何たる攻防だろうか。
一瞬のうちに互いの拳と蹴撃、そして技が絡みつくようにして互いを追い詰めんと放たれる。
散る汗があった。
死闘、と呼ぶにはあまりにも爽やかであったし、互いに飛ぶ汗を気にすることもなかった。
千日手のように続く互いの技の応酬。
それは数刻にも及ぶものであった。
手合わせを終えた後、二人は並ぶようにして腰掛け互いの健闘を称える。
互いの技で字だらけになった肌をいたわるようにナイアルテは美芳の白い肌を羨むように軟膏を塗っている。
「あのー、師匠? もう大丈夫ね」
「いえ! このきれいな肌に痕が残ってはなりません!」
えぇ、と美芳はナイアルテの過保護さに呆れながら、けれど、得難い夏の修行を終えて、まあいいかと満足気に笑うのだった――。
成功
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