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夏色ふたり旅

#UDCアース #ノベル #猟兵達の夏休み2023

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#猟兵達の夏休み2023


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一ノ瀬・帝



知花・飛鳥




 ――近くのものはびゅうびゅうと、遠くのものはのんびり流れるように過ぎていく。
 車窓の向こうに広がる風景はもう夏一色だ。空はとにかく青く、浮かぶ雲は眩しいくらい白くてもりもりとしている。そしてこの時期の良過ぎるほどの天気は、時に嬉しく、時に悩ましいものだった。
「試合当日は晴れてほしいねんけど、あんま暑いのは勘弁やなー」
 スマホを見つめて「んむむ」と悩んでいた紫色が、くるっと桜色を揺らして隣を向く。その瞬間切れ長の目がほんの少しだけ瞠られた事も、その胸の裡も、知花・飛鳥(コミュ強関西弁男子・f40233)は知る由もない。
「ひゃっこい輪っか、買うてくればよかったわー。ミカー、あれって駅で売っとるかな?」
「ドラッグストアならあるんじゃないか? だが凍らせても観戦中に溶けそうだな……冷感シートの方がいいんじゃないか?」
 アイスやらクールやらが頭につく、首にかけるリング。商品名が出てこなかったのだろう飛鳥の『ひゃっこい輪っか』呼びを一ノ瀬・帝(素直クール眼鏡男子・f40234)が心の中でリフレインさせながら提案すれば、飛鳥の悩みは一瞬で吹き飛んだ。
 さっすがミカやなと隣でニコニコ咲いた笑顔はガラスにうっすら映っていて、その笑顔越しに見えていた景色に鮮やかな緑の列が元気に入り込む。それは窓際に座って帝の方を向いてた飛鳥にも見えており――。
「何や? えらい並んどるやん」
 結果、外を見始めた飛鳥の後頭部が帝の方に。けれど不思議そうな顔は窓ガラスに映っており、後頭部であろうともそれが幼い頃から見てきた桜色なのだから、何の問題もなかった。飛鳥、と声をかけ、飛鳥が見つめるその更に奥を指す。
「あそこにたくさん木が並んでいるだろう。ここ、春は桜の名所らしいぞ」
「マジか! うわー桜が満開になってるの生で見てみたいわー!」
「……じゃあ今度は春休みに一緒に花見に行くか?」
「めっちゃええなそれ! 行く行くー!!」
(「よし」)
 元気にこちらを向いた満面笑顔と大賛成。
 さくさくと決まった予定が飛鳥の中でどういった立ち位置なのか、帝にはわからない。けれど、ごく自然な流れで“次も一緒に行く”予定を作れた事は嬉しくて――。
「あっ、せや!」
「どうした?」
「花見で駅弁のこと思い出したわ! 食べよ食べよ!」
「そうだな」
 関東から関西までの旅路の供に駅弁は必要不可欠。飛鳥がうきうきで取り出したものは、炒り卵と桜田麩と鶏そぼろで綺麗な市松模様を描いた、目にも鮮やかな三色弁当だ。
 長方形の弁当箱の右端には何と焼売が四個も並んでおり、タンパク質や炭水化物ばかりではなく、ちゃんと野菜もある。プチトマト三個だ。
 と、飛鳥の箸が駅弁の上でぴたっと停止した。
「飛鳥? 腹でも痛いのか?」
「や、ちゃうねん。『映え駅弁メッチャ美味そうやーん!』思てこれにしたんやけど、『箸入れんの勿体なー』思て」
「……食べさせてやろうか?」
「えっ、あかんてそれは」
(「えっ」)
 なぜだ飛鳥そんなに俺に食べさせられるのは嫌なのか。帝の心に絶望の嵐が吹きかけるも、それを飛鳥のあったか笑顔が吹き飛ばす。
「イケメンの『あーん』はSSRなんやで? ここぞ!ってとこでせな! 安売りしたらあかんで、ミカ~?」
(「俺の『ここぞ!』は飛鳥限定でいつでも提供可能なんだが」)
 ああけれど、違っていて良かった。
 安堵した帝も自分の駅弁をぱかりと開ける。白米の上に焼き鮭の半身が鎮座する和食弁当は、卵焼き二個やアスパラガスの胡麻和え、ちんまりとした漬物も一緒で、ちょっとした定食のようでもあった。
 二人の頂きますがぴったりと重なってすぐ、それぞれ頬張った最初の一口は巨大駅で売られるに相応しい美味しさだった。鶏そぼろからいった飛鳥の目は輝きながら瞠られ、今度はこっちやと桜田麩に箸がぴょんと行く。
「これめっちゃうま~~! なあミカ、駅弁ってこんなうまいんやな! 他のも買うてみたくなるわ!」
「そうだな。帰りは、違う駅弁にするか」
「うーっわ、ミカ天才やん! どんなんあるか楽しみやな~。あっ、焼売もうまっ!? 映えでうまいてこの駅弁も天才やん……」
 一口食べては「うまっ」と嬉しそうに笑顔いっぱいで頬張る飛鳥。すぐ隣でくるくるキラキラと変化する表情に、箸を進めていた帝の中で『知花・飛鳥』という栄養がぽこぽこ積み重なっていた。
(「本当に幸せそうな顔で食べるな……可愛いな……」)
 プチトマトをぽいっと口へ放り込む様だって勿論可愛い。
 駅弁に舌鼓をうち、味の感想や他愛もない話をして、新幹線の外を眺めたりもして――そんな風に過ごしながら飛鳥の色んな表情を目に映していると、自分が一歩踏み出した後もこうして過ごせるだろうかという不安がふいに顔を覗かせる。
 踏み出したなら、自分達の関係は今までと同じとは言えなくなるだろう。
 それでも、帝の飛鳥に対する気持ちは変わらない。
 だからこそ思うのだ。
(「飛鳥の事をちゃんと見て、考えないといけないな」)
 自分の想いを伝える事ばかりにならないように。
 恋は焦らず、慎重に。
 うむ、と頷いて和食弁当最後の一口を頬張る。味わいながら完食した時、飛鳥がフッフッフと笑いながら紙袋をガザゴソし始めた。
「食後はこれ! デザートやろ!」
 ジャジャーンと言いながらそれぞれの備え付けテーブルに乗せたのは、艶々ジューシーな桃のタルトだった。カットされ綺麗に並ぶ桃は色のせいもあって人魚のよう。その上に点々と散りばめられた、ブルーやオレンジの星は飛鳥曰く「チョコレートやねんて」。
「いつの間に買っていたんだ?」
「ミカをびっくりさせたろー思てコッソリな! ……あんな、ミカ」
 声量を落とした飛鳥が急に真顔になり、体を傾けてくる。
 桜色の髪が、見慣れた紫の瞳が近くなる。
 ふいに近くなった距離に帝の呼吸が数秒忘れられ――。
「これ、ダブルで限定ものやねん」
「ダブル」
「せやねん」
 こくこくっ。
 飛鳥は無邪気に目を輝かせながら頷いた。帝の背後に『可愛い』のクソデカフォントが出ているなど知らないまま、帝にフォークを渡すその顔は、駅弁の時のようにウキウキ笑顔だ。
「今しか獲れへん桃を使った、あの駅限定スイーツなんやて。えらいジューシーでうまいって評判なんよ。ほんでなー、これミカと行く時メッチャ食いたいわーって思うとったから、今日買えたんはほんまラッキーやなって!」
 じわじわと話題になっているらしく、自分が買いに行った時は同じものを持った人が他にもいて――と語る飛鳥の顔を瞳に映しながら、帝は何度も相槌を打っていた。
 夏休み。二人で乗った新幹線。
 美味しい駅弁と、車窓からの景色と、食後のデザート。
 何だかこれは――。
(「デートみたいだな……」)
 しかも目の前にあるのは、飛鳥が自分と行く時に食べたいと思ったデザートだ。これが心に響かないわけがないしDNAに効かないわけもなかった。帝は手にしたフォークをタルトに近付け――ぷすりと行く前に、改めて桃のタルトを眺める。
「とても美味そうだ」
「せやろー!? ほんなら、食べよ食べよ!」
「ああ」
 フォーク横向きにしてタルトへと落とすと、桃の鱗の下に塗られていた純白クリームが狐色タルト台の断面と一緒に顔を出した。もうこの時点でうまいやん――飛鳥の呟きは、口に入れた途端に広がった桃の香りと瑞々しさで瞬間的にボリュームを上げた。
「うっま……!」
(「目が凄く輝いているな。可愛いな」)
「ミ、ミカ、これめっちゃうまい、あかんわこれ優勝や……この下んとこも何や、ええ感じやし」
「ああ、フォークがちゃんと入る丁度良さだ。食べやすくて有り難い。そして桃とクリームとのバランスも抜群だ」
「せやねん! さっすがミカ、俺もそう言いたかったんよ」
(「大丈夫だちゃんとわかっているぞ飛鳥」)
 帝は眼差しでそう語りながら無言で頷き、飛鳥はその反応にぐっと親指を立てて満面笑顔。
 駅弁に続き、桃のタルトでも二人は何度も視線と感想を交わし合い――夏空の下を駆ける新幹線でのひとときは、駅に着くまでの間、退屈さの欠片が一切ないまま過ぎていった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年08月29日


挿絵イラスト