ひと夏に懸ける青春~帝と飛鳥の場合
七月某日、その誘いは突然やって来た。
「なあなあミカ、甲子園に野球見に行こうで!」
スマホを片手にニッコニコで一ノ瀬・帝(素直クール眼鏡男子・f40234)に声をかけたのは知花・飛鳥(コミュ強関西弁男子・f40233)。ミカとは帝の愛称である。
「甲子園……?」
「あんなぁ、俺の親戚から連絡あってなぁ。そいつ野球部なんやけど、なんと今年の甲子園に出場することになったんやて!」
「ほぉ、それは凄いな」
「ちゅーわけで、一緒に甲子園まで試合見に行かん!? で、その後に周辺の観光もしようや!」
「成程、そういうことか。いいぞ」
炎天下の応援になるであろうことにも躊躇せず、帝は二つ返事で承諾する。だってこれは――実質的な『飛鳥と関西でおデート』というヤツだからだ! 動機が不純!
見て見て、と身体を密着させるように手にしたスマホを見せてくる飛鳥に内心ドキッとしながら帝が画面をのぞき込むと、高校野球のトーナメント表が映っていた。
「このガッコが親戚のコのトコな、んでもってまずは初戦を見に行きたいカンジ」
「……そうだな、まずは初戦を突破しないことには次はないからな」
後ろからべったりとくっついたままの飛鳥がスマホの画面をスワイプすると、美味しそうな関西グルメの数々が出てきた。
「たこ焼きはマストやろ? んで豚まんも美味い店があるねん、紹介したるわ!」
こちらの方がメインなのではなかろうか、と喉元まで出かかったのをグッと飲み込んで、帝はこれ以上は心臓に悪いとさりげなく飛鳥から離れると、気がつけばスマホを持つ飛鳥の手を己の両手で包み込んでいた。
「飛鳥、当日までのスケジュールはお前に任せてもいいか」
「え!? もちろんええねんけど……どしたん急に真顔になって」
普段ならば率先して持ち物や日程の調整をする側の帝だが、今回は飛鳥に頼らざるを得ない。そこが少々不安だったのだ。決して手を握りたかっただけではない。ホントだよ。
「何を用意すればいいかだとか、何時にどこに集合だとか、よろしく頼んだぞ」
「お、おう! ちゃんと確認しとくから安心してや!」
帝に気圧されるように飛鳥があわあわと返事をすると、帝はそこでようやく手を離し、それじゃあと一足先に帰路へとついた。普段なら途中まで一緒に帰るけれど、今日はそれどころではなかったからだ。
(「飛鳥と……関西デート……」)
表情には出さなくても、内心ではドキドキわくわくが止まらない帝。
思わず手を握ってしまったことに、今更ながら別の意味でも鼓動が早まるのだった。
八月某日。
飛鳥の親戚が所属する高校は2日目第3試合に登場することになった。
学校関係者で埋め尽くされた三塁側アルプススタンドはユニフォームカラーの赤に染まり、ご自慢でもある吹奏楽部の準備も万端。
新幹線で甲子園に乗り込んできた飛鳥と帝も、晴れ渡る青空の下、赤いメガホンを手に試合開始のサイレンを待ちわびていた。
飛鳥の気合いの入りようと言ったら大したもので、何と『甲子園応援ツアーのしおり』なるホチキス留めの小冊子を作ってくるまでの勢いであった。行き帰りの新幹線の時刻から球場までの地図、飛鳥なりに調べた親戚くんの高校チームの特徴から周辺のグルメマップまで完備された冊子が、二冊。
「これは……もしかして、わざわざ今日のこの日のために……」
「せやで! ミカにあないなお願いされちゃあ、張り切らんわけにはいかんやろ!」
それは、夏の青空の下に咲いた向日葵――を、錯覚させる笑顔であった。
(「学校の勉強もそれくらいやれとか言われたらどないしよ……」)
飛鳥は内心ヒヤヒヤで、それでも笑顔で冊子を手渡し、それをめくる帝の様子を眺めていた。どうだろう? 結構頑張って作ったんだけどな、褒めてくれるやろか?
「す……」
「す?」
「素晴らしいぞ飛鳥……! 学校の勉強もこの調子で頑張ろうな」
ズコー。案の定言われた。夏休みの宿題とかあるしね、しょうがないね!
「ま、まあ俺かてやればできるってコトで! 今日は張り切って応援せなな」
「お、おう、そうだな、そうだった。すまない」
そんな飛鳥お手製旅のしおりによると、そろそろプレイボールだ。
ウウウウウウウウウ―――――――――。
「「シャッス!!!」」
両チームのメンバーが向かい合って深々とお辞儀をすると、後攻である飛鳥の親戚くんの高校の選手たちがそれぞれのポジションに向かって散っていく。
「うちらの学校は後攻か、万が一でもワンチャンサヨナラあるで!」
「そうだな、有利を取ったと言えるだろう」
初回からエースピッチャーの登板で、ズバンズバンと気持ちよく三振を奪っていくさまはとても心地良く、1アウトの度に応援席から拍手が巻き起こる!
「ええでー!」
「うむ、本当に高校生かと見紛う投げっぷりだな」
キャッキャとはしゃぐ飛鳥に、冷静に分析する帝。
無事に1回オモテを三者凡退に抑えると、次はいよいよこちらの番だ。吹奏楽部の有名な応援曲に乗って、アルプススタンドが揺れる! 飛鳥も立ち上がって跳ねる!
「かっとばせー! かっとばせー!」
それを後方彼氏スタイルで見守っていた帝は見た。いきなり打線がつながり、初回に2点を先制するという出だしの良さを。
「うおおおおお! ミカ! 先制したで!!」
「見事だな。投手もいい感じだし、この調子で圧倒したいところだ」
「おわっ、また大チャンスや! 行け行けぇ!!」
遂に周囲の初対面の人々ともハイタッチを始めた飛鳥に、ほんの少しだけやきもちを焼きつつ、これを好機とも思いつつ席を外す帝。
向かう先は球場内の売店だ。この調子で応援を続けては飛鳥が倒れてしまうと思い、良く冷えたスポーツドリンクを自分の分も含め二本買い、応援席にそっと戻っていく。
応援席では、二死満塁のチャンスを相手の好守に阻まれ「ああ~~~」と言いながらしなしなと座り込む飛鳥が居た。
その背後に立っても全く気付かれないのを良いことに、ちょっとした悪戯心がムクリと湧いた帝が良く冷えたスポーツドリンクを飛鳥の背後から頬にそっと当てた。
「おわっ!?」
案の定の反応に笑いたくなるのを、自分でも理由が分からぬまま堪えて、帝は言う。
「熱狂するのもいいが、熱中症で倒れないようにな」
「スポドリやんけ! ミカってば気ぃ利く~、おおきに!」
確かに、熱くなりすぎていたかも知れない。帝が買ってきてくれたスポーツドリンクの栓を開けると、一気に口内に注ぎ込めば、生き返る心地がした。
「それで、試合は?」
「んっとな、あれ以来お互いゼロ行進やねん。このまま逃げ切れればええんやけど」
――今度は、相手が二死満塁のチャンス……コッチのピンチやねん。
ここまで好投を続けてきたピッチャーにのしかかる重圧たるや、いかほどなものか。
だが、監督が交代の指示を出さない以上は、踏ん張るしかない。
応援席の誰もが固唾を呑んで見守る中、ピッチャーの手から球は離れ――。
カァン!!!
金属バットの音が残酷なまでに心地良く、ライトを抜けていくタイムリーヒット。
「あっ!」
慌てた外野手が送球に手間取ったこともあり、結果は走者一掃の適時二塁打となる。
「あああ~~~」
「逆転されてしまったな……」
「ま、まだや! あと2回攻撃は残っとる、サヨナラのチャンスもあるで!」
「そうだな、その通りだ」
「野球は9回2アウトから言うやろ、俺は最後まであきらめへん!」
スコアは2-3。まだ1点差だ。諦めるにはまだ早い!
しかし8回の攻撃は途中交代してきた相手のエースピッチャーの前に沈黙。9回オモテの攻撃でダメ押しのソロホームランを被弾し、点差は2点に広がる……。
「俺は……俺はあきらめへん……!」
「飛鳥……」
両手を力いっぱい組んで祈るようにマウンドを見つめる飛鳥と、それを見守る帝。
先頭打者、三振。
二番打者、センター前ヒット!
「やったで、ここで一発出れば同点や!」
「……」
泣きそうになっている飛鳥と、試合展開を固唾を呑んで見守る帝。
――三番打者、ショートへの打球を拾われそのまま併殺、ゲームセット。
ウウウウウウウウウ―――――――――。
「「シャッシタ!!」」
両者、帽子を脱いで最敬礼。
そのまま、泣き崩れる選手が相次ぐ飛鳥の親戚くんが所属する高校生たち。
あの時、もっと上手くやれていれば。
あの時、しくじりさえしなければ。
悔しさは涙を堪えさせてくれなかったのだろう。高校球児たちは互いに肩を貸しあってベンチに戻っていく。
アルプススタンドの様子も同様だった。悲願の甲子園にやって来て、これで終わりだなんて。皆、目に涙を浮かべていた。
「う、うえ、うええ……」
「飛鳥!?」
尋常でない声に驚いて帝が飛鳥の方を見れば、当事者も驚きの泣きじゃくり方をしていているではないか。
「飛鳥……」
「うぅっ、あと少しで勝てたかもしれへんのに……一回ぽっきりで全部終わりなんてあんまりや……」
あの時、一発が出ていれば。そう思ってしまうのも無理はない。
だが、結果は既に出てしまった。受け入れるしかないと、帝は飛鳥の背中をさする。
「トーナメントとは、そういうものだからな……」
そう言いながら、帝はそっと『甲子園のしおり』を取り出して飛鳥に見せた。
「とりあえず、何か食べに行こうか」
「……ううっ、ひっく……」
あふれる涙を必死に両手で拭いながら、こくこくと頷く飛鳥。
「……うん……」
「美味しい関西グルメを、紹介してくれるんだろう? 楽しみにしていたんだぞ」
「うんっ……!」
目元を真っ赤にして、それでも帝の慰めにくしゃくしゃの笑顔で応える飛鳥だった。
――泣き虫なのは昔の話と思っていたが。
――今も昔も、お前は変わらないな。
感受性豊かで、他人の悲しみを我がことのように捉えて泣いてしまう、その優しさ。
そんな所も含めて、俺は、お前が――。
成功
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