想い出は星華のように煌めいて
天風・光華
いつき兄様(樹f37164)とお願いしますなの!
兄様と花火なの!
兄様、いつもみつかに優しいの。
おかしもおようふくもおりぼんも色んなものかってくれるの。
でもみつかそんなに色んなものいらないのなの。
みつかだけいっぱいがやなの。
兄様といっぱい思い出作っていっぱい楽しみたいの。
だから今日のはほんとにほんとにうれしいの!
わかんないこといっぱいだから
これが初めての兄様とのうれしい夏休みなの!
うれしくてうれしくてぎゅーってしちゃってあわてて放して
兄様はお水もってちょっとだけ悪い事って言うの。
寮をぬけだすのもとってもたのしくって
いっぱいいっぱい初めてがどきどきするの!
それに花火さんもとってもきれいなの。
騒いじゃうとりょうぼさんがわーってきちゃうから
こっそりこっそり兄様とふわふわぱちぱちなの。
それに夜のうみって怖いと思ってたの。
でも兄様とみてるととってもきれいで
花火さんみたいにふわふわでここちいいの。
兄様の背中もあったかくってみつかもふわふわするの。
それがとってもとっても幸せなの。
|銀の雨降る世界《シルバーレイン》の鎌倉市内。この世界には銀誓館学園という巨大学園が市内のそこかしこにキャンパスとそれに付随する寮を置いている。
既に陽は落ちて久しく、夜が深くなり始めた頃合い。時間帯に似つかわしくない幼い影が二つ、そんな寮の一つからそっと現れ出でる。
深山・樹(処刑人・f37164)と天風・光華(木漏れ日の子・f37163)。銀誓館で出会い兄妹となった二人が、兄妹として過ごす初めての夏休み。
いつも自分を大切にしてくれ、期に触れ折に触れて様々なものを贈ってくれる兄だから。
日頃自分から訴える事が少なくなにかと我慢を強いているのではないかと妹が気懸りだから。
そんな二人の想いが、二人でささやかに花火を楽しもうとなったのだ。流石に幼い二人で夜中に外出というのは、猟兵の依頼でもなければ本来は許されない事。故に二人は|内緒で思い出作り《ちょっとだけ悪い事》を決行する事にしたのだ。
「兄様、花火はみつかがもっていくの!」
「荷物は僕が持つから……ああ、花火がぐしゃって……」
そんなやりとりも、押し問答の末に花火が入った袋ごと光華が樹にしがみついてしまったのも、そして、そっと抜け出す事も夏の思い出のスパイスにして、二人は海岸へと向って夜道を駆けていく。
夜の浜辺は幸いにして乱痴気騒ぎの喧騒も見られず、静かに二人を出迎えた。
何も知らない者であれば、幼い少年少女が二人このような時間に居る事を不審に思ったかもしれない。例え猟兵の加護が働く可能性があるとしても、|過去の残滓《オブリビオン》が関わる事象でない以上それが必ず働くとは限らない。そう思った二人は、そっと浜辺へ歩を進め、花火に適した場所を定める。
「火は僕が付けるから、みつかは花火を出しておいて」
「はーい!」
そう言いながら、花火と一緒に袋に入れて来た固形燃料に火を灯す樹の傍らで、光華は花火セットの包装を開けていく。沢山ではないものの多彩な種類の花火セットは、二人で満喫するには十分な量。樹は光華が抱き着いた拍子に花火が折れたり等していないかとも不安になっていたが、どうやらその心配も杞憂に終わったようだ。
「これで大丈夫。みつか、始めようか」
そう言って振り向いた樹の視線の先には、細長く色鮮やかな紙に巻かれたススキ花火を両手に待ち構えている光華の笑顔が。やる気満々な妹の表情に少し――ほんの少しだけ圧倒されるが、このひと時は樹が光華のために用意した時間。ならば、ここは大切なお姫様の望むままにと、樹は差し出された花火を手に取った。
空を描く大輪のそれとは違って、小さなささやかな花が小さな音をさせながら咲く。咲ききった名残を水の入ったバケツへ入れると微かな音を立てて、花の終わりを告げた。二人で一つづつ、花を咲かせていく。
「とってもきれい」
花火の煌めきの向こうで楽しそうに笑う光華に、樹は頷く。煌めき以上に輝いて見える妹の笑顔が嬉しくて、いつしか自然と笑みが零れていた。そんな兄を見て、光華は一層楽しそうに笑った。
楽しい時間が過ぎるのはあっという間。いつしか花火は最後に残していた一束だけになる。
「やっぱりこれは最後なのかなって」
「線香花火! どっちが長くつけてられるか、競争ね」
細い紙縒りの花火の先に、二人同時に火を灯す。ここまで咲かせてきた花と違い、くるりと丸くなった小さな火種から静かに繊細な花が咲く。息をひそめて身を寄せ合って、少しでも長く花が咲くように見守る。丸い火種が地に落ちて、もしくは、火種が光を喪うまで花を咲かせ続けた。
最後の花火が消えた後も、しばらく二人はそのまま夜空を見ながら星座を追ったり波の音に耳を傾けたりして過ごす。仄暗い闇の色をした海は、今は思い出せない記憶の蓋のように見えていたのだが、そうして二人で眺めているうち、二人で過ごす思い出に覆われいくようにその感情が和らいでいった。
「後片付けは僕がやるから。危ないし」
そう言って燃料とゴミを片付けていく兄を、浜辺に降りる階段に腰をかけて光華は見守る。
いつも自分を慮って色々なものを与えてくれる兄。与えてくれるのは、自分が大切だからなのだと判ってはいるが、ただただ与えられるだけで居たくはない。今日の事は、兄も思い出にしてくれるだろうか。きっと、そうなってくれているはず。
「――みつか。かえろうか」
そんな事思ううちにゆらゆらと意識が揺蕩っていた光華を、樹にそっと声をかける。目を開けているものの揺蕩った意識のままの妹を、樹は苦笑を浮かべながらその背に負って、帰路に就く。
「にいさま、またはなびさん、しにこようね」
「――うん。また、しに来よう。一緒に」
ふわふわと夢心地にそう零した妹の言葉に、兄ははっきり頷いて応えた。
成功
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