我らシバイヌ同胞団、独立無限軌道隊
「隼人……海だな」
「はい、海であります」
道路の向こう側よりやってくる潮風を肌に受け呟く女に男は答える。
「まぁ……凍らない海は久しぶりね」
後部座席から大柄な女の熊が、顔を覗かせた。
「ナターリア、座れ」
狼が命じた。
「車が跳ねる」
彼女の言う通り三人が乗っていた小型トラックの後輪が浮き上がり、直後に振動が全員を襲った。
「あらあら……大丈夫?」
張本人の熊が問いかける。
「貴様を戦車で担いだ時よりはマシな方だな」
狼が悪態を突き。
「そうでしたね! あの時は大変でした!」
皮肉の通じない柴犬が楽しそうに思いだす。
それはドーラ小隊が混成部隊になった時の話……。
●諸兵科統合編成
「小隊に歩兵分隊を着けると?」
ドーラ・ラングナーゼが疑問形で復唱した。
シバイヌ同胞団義勇軍第三中隊。
その中隊本部の天幕の中で、痩せたドーベルマンが頷いた。
「西部戦線において九七式は目覚ましい活躍を見せてくれた。軍事顧問殿としてはアレをどう評価する?」
「改造に改造を重ねた戦車は猟兵二名での運用に堪えるものであり、少ない人員での戦車運用が可能であると評価されます」
近代戦車戦軍事顧問の立場としてドーラはまず、実戦においての結果とそれによって得られるメリットを口にした。
「それだけかね?」
目の前のドーベルマンが問いかけた。
分かっている。
チハ改には尖りすぎたが故の弱点も存在することに。
「しかしながら乗員二名と言う事もあり車両故障時の対応に時間がかかります」
「私も元は騎兵だ。キャタピラが切れた時は苦労したよ、軍事顧問殿」
どうやら、正解だったようだ。
「よって人員確保と多岐にわたる戦闘に対応すべく、歩兵分隊を着ける。勿論猟兵指揮下の部隊だ。編成はチハ改二両、兵員輸送トラック一台、小型トラック一台……以上だ、返答はドーラ小隊長?」
犬が二枚舌とは聞いていないと思いながらも狼を敬礼するのみ。
「了解しました」
「分隊と合流後、即任務だ。手短にな」
義勇軍とは言えやはり軍隊、理不尽はまかり通っていた。
●浸透
「総員、小隊長に注目!」
ナターリヤ・トゥポレフの声が響く。
猟兵にして元コマンド部隊の熊は小隊軍曹として兵を統率し、ドーラが自身の仕事に集中できる体制をもう整えていた。
「中隊本部より命令だ」
小隊長である狼が口を開き、その傍らでは柴犬が従卒のように控える。
「我ら第六小隊は一時間後、中隊本部を出発。別ルートにて浸透作戦を実施、敵本部を攻撃する――以上!」
命令を下せば熊が動き兵を急き立てる、ならばあとは――。
「隼人、エンジンに火を入れろ」
「暖気運転済みです、ドーラ殿!」
自らの仕事を成すのみ!!
夜が深い。
その中を小隊は前進する。
灯火に光は無い。
必要が無かった、遠くの戦場では照明弾が落下し、双方が砲撃戦を繰り返しているのだから。
「真夜中だっていうのに、なんでお互いに撃ち合っているんでありますか?」
九七式中戦車チハ改『|柴魂《しこん》号』のレバーを倒しつつ隼人が問いかける。
「隼人、砲弾の降る中、寝ることは出来るか?」
「はい、できないのであります!」
上官の問いに対してハキハキとした答えを返す柴犬にドーラは笑いを隠せない。
「そうだろう? これは眠らせないためにやってるんだ」
「……お話し中のところ悪いけど、ドーラちゃん、ナターリアよ」
犬と狼の会話の中、割り込む熊の声。
「どうした?」
「先行させたウマの班がルートを確保、いつでも浸透可能です」
ドーラの問いにナターリアが答えを返す。言葉が固い。何かがあるな?
「それともう一つ……敵の本部にキャバリアがあるのよね、しかも人型」
狼の背中に冷や汗が流れた。
人型のキャバリア――クロムキャバリアだ。
「参ったな」
「そうよねえ」
「困りました!」
狼と、熊と、柴犬、三者三様に口にした。
「そうなのよ、隼人くん。クロムキャバリアって強いんだから」
もう隼人の性格を把握したナターリアがやさしい口調で同意する。
階級で咎める事は無い、互いが何者かを把握しているのだから。
「では、いかがいたしましょう。攻性植物でも植えますか?」
「隼人、ぺしゃんこになるのは好きか?」
ドーラが難しい顔で答えた。
緊迫の中、この柴犬の行動は自分達の重荷を軽くしてくれる。健気すぎるのが玉に瑕ではあるが。
「ナターリア、歩兵分隊の練度は?」
「ピンからキリ、でも伍長に指揮を任せても浸透による本部の排除は可能よ」
狼が熊に問う。
察したナターリアの言葉にドーラの眉がちょっとだけ歪んだ。
「ドーラ殿、どうしました?」
こういう時だけ鼻の良い隼人が顔を覗き込む。
「近い、近い」
困った顔で狼が柴犬の鼻を押した。
「そこまで察しが良いと、我の仕事がなくなる」
ドーラの言葉にナターリアは吹きだすしかなく。
何も知らない隼人だけが二人の顔を見ていた。
●キャバリア
武相親衛隊大尉、ハインツ・ベックマン。
鋼鉄の両腕と千切れた片耳が目立つ黒狼。
傷跡は戦車によって刻まれ、以来ハインツは戦車を憎み、壊し。その結果、人型戦闘兵器を与えられた。
砲火で明るい夜の中、黒狼はキャバリアのコクピットに座し、煙草を咥える。
「本当に来ますかね?」
「ああ、来る」
傍らの副官が煙草に火を着ける中、ハインツは断言した。
「威力偵察と砲火の規模で互いの戦力が分かっている。お前は同じ戦力で正面から殴り合うのは好きか?」
「まっぴらごめんですね、大尉殿」
砕けた口調の部下に指揮官は笑った。
「そういう事だ。これより当部隊は夜襲に備え、先制攻撃をかける。私の他は駆逐戦車一個小隊、砲兵は敵の砲を叩いて支援を鈍らせろ――観測は出来てるな。よろしい」
キャバリアが起動し――そして戦場を駆る。
視界の向こうにはレジスタンスの機甲部隊。
さあ、戦争の開始だ。
人型兵器は5mという高さが被弾率を上げ、通常の戦場では不利となる。
だがキャバリアは違う。
戦車より速く動き、砲弾は打ち下ろす形で砲塔を叩く。
倒すには空から攻撃するしかないのだが、航空機はレジスタンスには扱いづらい。
故にシバイヌ同胞団は戦車で戦うしかなかった。
先頭を走っていた小隊はキャバリアに近接され砲塔を打ち貫かれて全滅。残った部隊も駆逐戦車が掃討にかかった。
砲塔無き帝国の戦車は闇と戦場の隆起に隠れれば、一方的に相手を叩くことが出来る。
戦争はこれで終わると思いきや。
森の神の咆哮が戦場を塗り替えていった。
「……裏をかかれたか」
ハインツ・ベックマンの顔が歪み両腕にかゆみが走った。
――戦車は壊さねばならないのだから。
●デサント
ドーラの顔が歪む。
「ドーラ殿」
車内で心配そうに隼人が見上げるがそれ以上の言葉が続かない。
「ナターリア……まだか?」
一言、一言、絞り出すように狼が無線に呟く。
「まだです『小隊長殿』」
敢えての兵隊言葉。
浸透は成功し、部隊は只潜む。
同胞が炎に召されていくのを見守りながら。
「小隊長殿は小隊が生き残ることだけをお考え下さい」
だからこそ熊は進言する。
「これが戦争なのですから」
猟兵だけではどうしようも無い事があるという事を。
四つ目の炎が上がった時、双眼鏡を覗いていたナターリアが叫ぶ。
「今です! 号令を!」
「小隊前進!」
無線機に叫びつつ、隼人の肩を蹴るドーラ。
柴犬がレバーを倒すと戦車の無限軌道が音を奏でる。
「一号車が先頭、我とナターリアが敵を引っ掻き回した後、二号車と歩兵分隊は攻撃開始。欲張るな、叩けるだけ叩いたら即時転身だ!」
続くキャタピラと軍靴がマーチを歌う。
戦場音楽と共にドーラ小隊は敵本部へと襲い掛かった。
「てっ敵襲!」
ハインツのキャバリアに悲鳴の如き言葉が響いた。
続く人ならざる咆哮。
間違いない――|猟兵《ユーベルコード使い》だ。
黒狼が機体を転身させ本部へと走らせる。
浸透作戦を取られたなら、司令部を守らねばならない。
この叫びの中では勇猛な兵士もただの案山子になり果てるのだから。
|夜の森の神《Бог ночного леса》
熊の持つ凶暴さが神格化され、ユーベルコードとして伝わったもの。
その姿を見た兵達は恐慌状態に陥り、ナターリアの対物ライフルの餌食となる。
勇気あるゾルダートが軍用トラックに備え付けられた機関銃を構える。
それをチハ改は砲塔を回転、一撃にてトラックと兵士を撃ち抜いた。
「天幕を探せ、ナターリア」
「13時の方向よぉ!」
狼の命令に熊が即座に応えた。
今やナターリアは『目』となって、戦車の弱点でもある視界を車上にて確保している。
タンクデサント。
戦車に歩兵を乗せる。
戦車の生存性と歩兵の機動性を補う戦術。
リスクも多いが――全員が猟兵なら問題は無かった。
柴魂号の砲が火を噴き、中隊本部を吹き飛ばす。
続くように二号車が砲撃を開始すれば、敵戦車が次々と吹き飛び、続く随伴歩兵が掃討を開始する。
「――ドーラちゃん」
「ああ……こっちでも確認した」
小隊長と小隊軍曹の視線が一直線に注がれる。
本命……キャバリアが迫ってきたのだ。
●決戦
「殺してやる……殺してやるぞ、戦車どもめ」
怨嗟混じる唸り声をあげ、片耳の狼はキャバリアのペダルを踏み込む。
「ドーラ殿! チハタンを出しますか?」
「出せ、目の前にだ!」
隼人が進言するとドーラが頷き、そして叫ぶ。
「ナターリア、キャバリアに牽制射撃! 効かなくてもいい、いやがらせが目的だ」
「わかったわぁ」
ナターリアが対物ライフルを構え、射撃を開始する。
明らかな牽制。
だがベックマンもそれが分かっている。
ならばどうするか――跳躍だ。
距離を詰めて、近接距離から砲塔を撃ち抜けばいい。
キャバリアのバーニアが火を吐き、鋼鉄の戦争人形が舞った。
そしてチハ改の目の前に着地した時、キャバリアは胴まで大地にめり込み、吹き上げる炎に機体を赤へと染めた。
|究極塹壕線《キュウキョクザンゴウセンセン》
犬巻・隼斗のユーベルコード。
塹壕を作り、地雷を設置するその力は普段は横へ広く展開する。
だが隼人は縦に深く塹壕を掘り、その下に地雷を用意した。
勿論キャバリアを倒すには弱い。
だが、時間は出来た。
ゾルダートグラード武装親衛隊大尉、ハインツ・ベックマンが見たのは機体が埋まったために同じ視界に入った戦車の砲。
ドーラ・ラングナーゼは迷わず、その引鉄を引いた。
|タンクキャバリア《Panzerkavallerie》
散っていった同胞の重みを乗せた砲弾がクロムキャバリアを貫いた。
●回顧
「思えば、あれが我々の戦争だったのだな」
助手席で空を見上げ、ドーラが呟く。
「ええ、戦争ですわよ」
覗き込むようにナターリアが顔を出してきた。
「だから、小隊軍曹殿!?」
隼人の叫び虚しく、熊の重さにバランスの崩れた軍用トラックが派手にジャンプし、全員が舌を噛んだ。
三人が顔をゆがめた後、やがて誰かが笑い、残りがそれに続いた。
過去は忘れない。
だが、今を生きるのが猟兵だ。
とりあえずはこの戦時休暇を楽しむのが――今の任務。
成功
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