廻るワルドシューレ
●重ねる
歳を取るということは悪しきことであろうと思う。
生命体にとって年老いるということは即ち、衰退に他ならない。思考も肉体も、歳という寄る瀬にはどうあがいても勝利することはできない。
年老いた恩師を見る。
あれが己の辿る道だとメンカル・プルモーサ(トリニティ・ウィッチ・f08301)は理解している。故に歳をとった、と笑う恩師の言葉に頭を振る。
「……でも、腰をいわした、というのは無理したからでしょう。また」
彼女の言葉に恩師は苦笑いをしていた。
いや何、と彼は言う。
「大したことじゃあないわな。こう、ほれ……そこの戸棚の上にあるのを整理しようかのって、まだまだ年若いつもりで背を伸ばしたらこれじゃ」
とんとん、と腰を叩く彼をメンカルはまったく、と思う。
彼が示した先にある戸棚の上にあるボックスをメンカルは、軽く魔法を使って下ろす。
こうすればよかったのに、と言外に告げているつもりだった。
「……便利なものがあるのだから使わないと」
「確かに。次からはそうするわい。とは言え、すまんがの。もう一つ頼まれてくれても?」
「……なに」
メンカルは弱った恩師の言葉を無碍にできるほど人間が悪いわけではない。
もしかして、さっきの戸棚の上の、というくだりはこれにつなげるための会話だったのかと訝しむほどだった。
「じつはの……」
メンカルは後々、この時のことを振り返って、どうしてあの時、半端な里心を出してしまったのかと悔いることになる――。
●後悔
メンカルは猟兵である以前にガジェット研究者である。
無論、アルダワ学園において才女として知られているし、通常教科過程は特区の昔に修了している。今は個人的な研究コースに進んでいるが、彼女は今回のことを上手くできている自身がなかった。
これが試験であるというのならば、自分はきっと落第であろうと思ったのだ。
そう、今彼女はアルダワ学園の教育の過程である林間学校にやってきていた。自分が少女だった頃にやってきたことがある湖だった。
正確には湖に面した森に存在する宿泊施設である。そう、恩師の頼み事というのは、林間学校に年少の学生たちを引率するというものだった。
しかし、メンカルの息は途切れ途切れだった。
「……はぁー……はぁー……」
「こっちこっち~!」
「このガジェットすっげぇ~! びゅーん!」
「これは三精霊機関をさらに発展させたやつかなー?」
彼女が息を切らす目の前では、引率してきた子供らがメンカルのガジェットを奪って、森の木々の間を、まるで野生動物のように飛び回っているのだ。
いや、メンカルだって負けてはいない。
飛行式箒『リンドヴルム』に跨って木々の間を縫うようにして猿のようにガジェットを巧みに扱って飛び回る子供らを追いかけているのだが、彼らに体力という物量で持って押し切られてしまっているのだ。
「……こうなったら……」
メンカルの指先が震える。
息が乱れているせいだ。だが、彼女の情報解析眼鏡は年若い学生たちを捉えていた。ガジェットは三精霊機関によって得られた魔導蒸気の噴射によって推力を得ている。
ならば、その動きは直線的にしかならない。
故に彼女の放った術式組紐は蜘蛛の巣ように木々の間に張り巡らされ、彼らが如何に鋭く機動するのだとしても、それらの全てを尽く捉えるのだ。
「……捕まえた……」
「あははっ、捕まった!」
「今の術式何? どうやって起点を用意してるの?」
「それより、飛行術式組み込んでる箒の方が気になる!」
捉えても次から次に質問が飛び込んでくる。
知的好奇心と無限の体力。
この年頃の子供であったことが自分にもあるのだとは到底信じられない。
「……これは……」
「そろそろ昼飯だぜー!」
「飯盒炊爨!」
「カレーって聞いたけどスパイスからこだわりてー!」
メンカルが説明しようとすると彼らは拘束から、するりと抜けてまた走り去ってしまう。
メンカルは息を吐き出す。
それはそれは深いため息だった。
どれだけ悪戯を、トラブルを納めても次から次に舞い込むようにしてメンカルは彼らの間を奔走しなければならなかった。
「……本当に私にもあんな年頃があったかな……?」
思い返す。
いや、やったことがあるかもしれない。
恩師はよく爆発に巻き込まれていたし、まあ、偶に術式の影響で体が発光したり、体が宙に浮かんだりやらなんやらしていた。
うん、してるな。
とは言え、今の自分とは状況が異なる。
自分はこの一時だけだけれど。
「……あの人はこれを毎年してるっていうのか……」
メンカルは恩師を改めて尊敬するだろう。
これを毎年。途方も無いことだ。
何かを作ることと誰かを育てることを比べるべくもないけれど。
それでも、メンカルは確かに己を形成するものの一つに恩師がいることを知っている。
故に、メンカルは心身ともに未だに恩師に敵わないと知るのだった――。
成功
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