|競技者《アスリート》のグルメ~薄野裏通りの成吉思汗
「……っあー、涼し」
新千歳空港に降り立ち、荷物を受け取った少女――天山・睦実(ナニワのドン勝バトロワシューター・f38207)の第一声に、半分の旅客は同意する様に頷き、もう半分の旅客はマジかよ――と言う表情をした。
この日、北海道の玄関口である新千歳空港は晴れのち曇り。数日続いた快晴の為、この地域としては珍しく真夏日が続いたのだと言うが。30℃……そう、道民には灼熱の気温であるが、津軽海峡より向こう南の民にとってそれは充分『涼しい』のである。
そしてむっちゃんこと睦実がやってきたのは天下の台所こと大阪より。そこはお好み焼きがジュージュー焼けちゃう様な……そう、鉄板焼きさながらの猛暑蔓延る|西日本《ウエスタン》。夏休みを利用し、避暑を求めつつの地方遠征へとやってきたのである。
無論、試される大地の自然の中でバトルロワイヤルの試合が予定されているのだが、日程はまだもう少し先。何せ折角の北海道である。|グルメ《飯テロ》の聖地である。食いだおれなくては来た意味が無い。
早速、新千歳空港から快速エアポートで札幌駅に到達。周辺マップを眺め、軽く観光地などを物色する。
「なんや、京都の町並みに似とるんなぁ」
碁盤の目に整備された札幌中心部。明治以降に開拓され発展したこの町並みは、京都を参考にしたとも言われているらしい。札幌駅に近い大きな建物も割と真新しいが、新幹線が通るとかで周辺の建物は再開発の為に取り壊され建て直されとマチの新陳代謝が計られているらしい。
「あー、うん……こっちとちゃうな」
確かに観光客向けのお店などもあるのだが、新しく小綺麗過ぎて何かが違う。彼女が求めるのは高級な店でもチェーン店でもない。土地の人が親しむ様な大衆的で庶民的な店なのだ。
赤レンガの旧道庁や時計台、高くそびえるテレビ塔などを観光しながら、睦実は札幌駅より南にある筈の全国的に有名な繁華街まで足を伸ばす。
――|薄野《すすきの》。明治初期は遊郭が置かれ、今も昔も夜の街としての面が強いものの……実は札幌の『美味しい』は大体此処に集まっていると言えよう。
大きな通りに面した辺りは大きな建物が多くテナントには海鮮料理の店やらパフェで有名なカフェバーやらあるらしいが、スナックやパブなどもあるらしい雑居ビルに16歳の女子が入るには流石に人の目が気になる。
「裏通りの方、見てみよか……」
少し奥に向かえば、小路の先に色々なお店もあるらしい。薄暗くなる前に店を探そうと歩いて行く睦実。段々腹が減ってきた。腹が減っては数日後の試合も戦える筈がないのだ。
そこに。彼女の目を惹き付けたのは、一見の石造りの蔵――であった建物と、その軒先にぶら下がった赤提灯。
「……なんて書いとるん、これ。なる、きち、おも……あせ??」
「ジンギスカンって読むんだよ」
「え、これでそう読むの??」
成吉思汗――と書いてどないしてそう読むん。そんなツッコミを呑み込みながら、出て来たお店の女将に尋ねる。
「えっと……ジンギスカン言うと羊の焼肉やろ? 臭ぁない?」
「なんもよー。食べた事無いなら今日は空いてるし良かったらどう? 関西からご旅行?」
暖簾をくぐり戻っていく女将に睦実も思わず吸い寄せられる様に付いていく。料理も店の雰囲気も彼女の心をしかと惹き付けてしまったのだから。
どうやらこの建物は蔵であったのを改装したものらしい。木で出来た四角いテーブルにやはり木製の丸椅子が各4つずつ。飾り気の無い飲み屋の様でもあった。
荷物を置いて着席しようとしたら、大きなビニール袋を渡された。そういえば焼肉屋にありがちなダストノズルが設置されていない。つまり煙が服に臭いを容赦無く付けてしまうと言う事か。いそいそと上着と荷物をビニール袋に収め、テーブルの下に避難させる。
無いと言えば、焼肉ロースターも見当たらない。しかしメニューの書かれたシートを眺め、注文するモノを考えていたらすぐに答えがやって来た。
七輪である。その上に独特の半球状の鉄板鍋が乗っかって、熱を発しながら睦実の目の前にドンと置かれた。
「これで焼くの。注文はお決まり?」
「じゃあ、この盛り合わせと……」
頼んだのは生ラム・ラム肩ロース・マトン肩ロースの盛り合わせとラムスペアリブ。そして野菜を何品か。
七輪の中で炭がパチパチ燃える音。モヤシをジンギスカン鍋に載せ、頭頂部に近い所に肉を載せる
鮮やかで赤い肉はすぐに色を変え、軽く引っくり返して炙ったところで醤油ベースのつけダレをくぐらせ口に運ぶ。
(「っ!! 柔らかくて甘い……!」)
心配していた臭みなど全く感じられない。見れば女将が丁寧に肉を切り捌いているのが見える。新鮮な肉だからこその美味しさなのだろう。レアなくらいが丁度良い、と言うのは口の中で脂が溶けるので良く分かった。
マトンも口にすれば、ラムとはまた違った食感と味わいに声すら出ぬ。成熟した大人の羊ならではの旨味。
「すみません、もう一ついただけます?」
タレと肉の絶妙な絡み合いが睦実の食欲を爆発させた。盛り合わせを追加注文する間にもスペアリブを焼き、軽く塩胡椒だけ味付けされたそれに思い切り齧り付く。骨から肉が剥がされていくと同時に口の中にぶわっと広がる肉汁の旨味が堪らない。
肉をくぐらせたタレに焼けて程良く煮えたモヤシをくぐらせいただけば最高の箸休め。女将お勧めのニンニクの芽はとても甘く僅かに辛味もあって歯応え充分。
〆にと勧められたラーメンを注文すると。七輪より鉄板を下げられ、代わりに網を置かれる。小さなアルミ鍋が載せられ、細縮れ麺が茹で上がる。つけダレは先程肉を食す時に用いたタレをスープで割ったもの。
ちゅるんとつけダレに麺をくぐらせ口に運ぶと、そこまでに食べた肉の旨味が醤油タレに溶け込んで絶妙すぎる出汁となっていた。これは〆でなければ味わえぬ逸品である。
最後の一本を口に頬張り、喉を通らせ呑み込んで。
「ごちそうさん」
睦実は両手を合わせ、目を閉じて静かに一礼すると。会計を済ませ、そのまますっかり夜の街になった薄野を歩いて宿に向かっていくのであった。
成功
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