【ノベル】デビキンの遊園地で遊んだり凍ったりするの巻
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「はーいそれじゃあチルさん、いきますよぉ~」
ここはデビルキングワールド。
悪魔が住むなんでもありの地獄のような世界。
その街角の一角の店にて、妙齢の氷龍のドラゴニアンの女性、チル・スケイル(氷鱗・f27327)。
室温は-200℃
隙間なくびっしりと霜の降りた、純白の冷気が美しく彩るマッサージ室。
うつ伏せに寝そべった状態で、全身を覆う氷の塊に閉じ込められた氷漬け状態となっているチル。
絶対零度に近い状態で、美しい大人の美女の姿をした氷像のような氷の悪魔がゆっくりと、指を、チルの頭部周りの氷に、つ、と触れる。
ぱき、ぱき。
とても小さな亀裂の音が走る。
碌な対策・対処・耐性をしていない相手が完全に凍り付いた場合、対象はわずかな衝撃で砕けてしまう。
店員は絶妙な力加減でチルの身体を、氷を通してとても僅かな衝撃を加える。
これにより走る亀裂が、チルの体内の老廃物や体のコリを砕いていく。
ぱき、ぱき。
背中、腋、肩、太腿、足裏。
完全な氷漬けとなったチルの身体に小さく細い指先が触れ、ほんのごくわずかな力を与える。
「…(気持ちいいです〜…)」
一歩間違えれば全身がひび割れ、粉々に砕けてしまう危険な冷凍マッサージ。
チルには氷耐性があるので最悪の場合でも表面の氷が砕けるだけで済むが。
ここは常温や、人肌に触れるだけでも溶けてしまう、氷獄の悪魔達がこぞって通う冷凍エステサロンであった。
「あ、そうそう、お客さん、よその世界から来たみたいだけど、こんな店に訪れるくらいだから」
チルの寝そべるベッドの横、チルの装備品が入った荷物籠にチケットを忍ばせる店員。
「最近できた遊園地のチケット、私は要らないからサービスでつけておきますね。この店まだできて間もないからクーポンも用意してないんですよ。その代わりという事で。」
チルは喋れない。零下200℃の世界で氷漬けになっているからだ。
きしり、きしり、氷店員が氷の指で触れる度に入る気裂に、凍てついたままの顔がどこか幸せそうに見える。
返事が返ってこない為、こうして押しつけるように装備の入った荷物籠に忍ばせておくのである。
そのチケットには『絶対零度遊園地』と書かれていた。
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「ふう、気持ちよかったです。」
1時間後、解凍してもらったチルは冷凍エステサロンを出た。
心なしかすっきりとした表情をし、氷の鱗がつやつやしているように見えた。
「それで、ここが噂の遊園地ですか?今日は特に仕事も無いので、行ってみましょうか。」
冷凍エステの氷店員からもらったチケットを片手に前方を見る。
氷の世界が広がっていた。
園内全てに冷気が絶えずふわふわと漂い、至る所に巨大な氷柱が生えている。
霜で覆われていながらも、綺麗に造形を整えた様々なアトラクションに悪魔達が乗り、楽しんでいる所が見えた。
ここは『絶対零度遊園地』。
氷河期魔法をつかさどる悪魔、アイスエイジクイーンの領地である氷の世界に作られた、常に氷点下の氷結天国であった。
頑丈すぎて死なない悪魔達の為に悪魔基準で作られており、常人が迷い込めば凍死する間もなく永久冷凍される事だろう。
「涼しくて良い所ですね」
チルは入園ゲートに一歩踏み入れようとすると、その横を悪魔たちが駆けていく
「ヒャッハー!ここが最近トレンドの絶対零度遊園地か!お先もらったぜぇーっ!」
入園から一歩踏み出し、さふ と、音がすると、パキン!と足が凍りだす。
「!?」
表情だけは慌てる事が出来た悪魔達は、足から頭まであっという間に這い上がっていく氷にそのままなすすべもなく全身凍り付いていき。
ものの数秒でその場に佇む美しい氷像が出来上がった。
「これは…成程、想像通りの場所で安心しました。」
チルは氷像と化した悪魔の横を抜け改めて絶対零度遊園地に足を踏み入れる。
さふ、さふ。
永久氷の上を厚く覆う霜の地面に足跡が付いたかと思うと、足を離した瞬間に地面が霜で覆われ、足跡が消えていく。
氷龍であるチルは絶対零度にも耐性がある程の冷気耐性を持つが、それでも体が徐々に凍り付いていく。
「気持ちいい……ちょっと立ち止まるだけで、カチコチに凍ってしまいそうです。」
更に今日の彼女は氷で出来た美しいパラソルをさしていた。
常人が持てば触れた所から一瞬で凍り付いてしまうパラソル。その内側から凍てつく冷気が絶えず雪結晶と共にさした者へと降り注ぎ、ただでさえ極寒のこの地でチルを更に冷やし続ける。
「ソコノ嬢チャン!コートレンタルシテカネエカ!?」
入園してすぐ横に、アイスゴーレムの悪魔が露店を開いていた。
フードとファー付きの、もこもこ……に見立てた、頑丈で柔らかい雪で出来たコートの様だが。
「必須なのですか?」
「ア?必要ッツーワケジャネエガ」
「寒さ避けでしたら私は大丈夫ですので」
「アー、寒サ避ケジャナクテダナ」
その時、ごうっと園内に強い突風が吹く。
暴風雪混じりのその風は園内の氷点下な常温を著しく下回る凄まじい冷気を放ち、風が止んだ時、チルの全身はこんもりと大量の硬い雪に覆われて凍り付いていた。
「耐性自慢ノ氷ノ悪魔デモコウシテ凍リツクカラヨ、氷ガ勝手ニ落チヤスイ素材デ出来テンダ。凍ル度ニ気合入レテ、中カラ氷ヲ砕ク手間ガ和ラグゼ!ドウヨ」
チルは自身の氷の力でボロボロと凍った雪を振り落とすと。
「素敵なコートですが、今日はこのまま行きたいので。」
「残念ダ……アイスサキュバストカイルカラツッコマネエガ、水着ニコート、似合ウト思ウンダヨナ」
「突っ込む?よくわかりませんが、ごきげんよう。」
今日のチルはビキニだ。現在の季節は夏。
雪と氷で出来ているかのような、真っ白なビキニ。氷のパラソルをさして、裸足。
透き通る氷の翼が美しく揺れ、氷の角を避けるように結わえた青い氷髪のポニーテールに、綺麗な青い雪結晶の髪飾りとアクセサリーが白い鱗肌に素っ気なく合う。
『夏の行楽は水着で行うのがしきたり』と信じているチルは、このビキニ姿で絶対零度遊園地に遊びに来ていたのだ。
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「まずは遊園地の華、ジェットコースターに乗ってみましょう。」
チルは園内パンフ(折りたたまれて凍っているものを氷の力でどうにかして開けた)を広げながら園内を歩く。
ついた先はダイナミックな氷のコースを滑走する、氷のジェットコースターの発着場だ。
「はーい、お客様はこちらにお並びくださいー!」
従業員の氷悪魔が悪魔達を行儀よく並ばせる。
人気アトラクションだけあって、お客悪魔達も多いのだ。
チルも並んだが、急に床がスライドして勝手に進み出す。思わず足をとられかける。
「!?…驚きました。これは一体……」
ちょっと待つだけでどんな悪魔も凍結してしまうこの遊園地で並ぶという行為は、即ち凍るという事である。
並んでいる前方の悪魔達は、耐性が無かったり、ぼうっと待っているタイプの氷悪魔が容赦なくその場で凍り付いたままになっている。
恐らくベルトコンベアになっているであろうこの氷床で、強引にアトラクションまで進ませるつもりなのだ。
「ああ、氷像になった悪魔さんが…運ばれて…いきま……」
ぱききと氷の地面から冷気が迸り、油断したチルの身体が足元から凍っていく。
チルもまた、歩くのを止めた為にたちまち絶対零度の冷気に晒されて氷像となってしまったのだ。
氷の傘をさしてビキニ姿で立ち尽くした氷龍の娘は、氷像のまま氷のベルトコンベアの上。
機械の部品の如く他の客悪魔同様に、ジェットコースターの乗り場まで運ばれていく…。
綺麗な服をした悪魔がチルの顔を撫で、顔についていた霜や雪結晶を落とし、囁く。
「お客様、もうすぐ乗り場にございますので、起きてください」
「(はっ)……すみません、あまりにも気持ちよかったので」
乗り場目前まで来た所で、チルは自身の体の氷を自身の力で剥がした。
どうやら立ったまま凍ってうたた寝していたようだ。
「うわっ、これはすごいです…。」
チルが乗るジェットコースターの、前の客の成れの果てが発着場に戻ってきた。
客席は分厚い氷の柱が並ぶだけのものであった。
よく見ると透き通った氷の中に乗っていた悪魔達の姿が。全員氷漬けになっている。
従業員の悪魔達が氷の柱に群がり、客席を1つ1つまるごと外し、氷の柱をわっせわっせと運んで『解氷室』へと運んでいく。
中には氷の柱が独りでに砕け、悪魔が出てきたものもあった。
その悪魔は『すげえ…やっぱ刺激的だぜぜぜ…』とか言いながら全力で震え、鼻水を垂らしながら、犬の赤ちゃんの様に震えた脚でよたよたとジェットコースターを後にした。
「あれに乗るとここまで気持ちよくなれるのですね。」
目を細め、内心をわくわくさせながら、改めて新しい客席がセットされたジェットコースターにチルは乗り込んだ。
「お荷物はこちらに。目薬はさしますか?」
「目薬?」チルは訊いた。
「氷の中から外の景色が良く見えるようになる目薬です。濁った氷に閉じ込められた場合、真っ白な景色が続く事になりますので」
「分かりました」
雪で作られたスーッとする目薬をチルは従業員にさしてもらい、改めてジェットコースターに乗り込んだ。
安全ベルトは無い(悪魔の遊園地故、自己責任で客席を安定させる必要がある)。
チルは自前の氷の安全ベルトを体と客席に付けて固定させ、氷のジェットコースターが、発進する。
最初の緩やかな上り坂に差し掛かり、ごうっと吹雪が吹き荒れる。
どうにか視界は見えるものの、上昇しながらまともに吹きかかる吹雪に晒され続ける体。
この時点で既に樹氷の如く凍り付いた客がちらほら現れる。
レールの上り坂の頂点に着くと、美しい氷で彩られた、綺麗な絶対零度遊園地の姿を見下ろせた。数秒の出来事であるが。
「っ!!」
直後、下り坂へ。ジェットコースターは急加速してすごい速さでレールを爆走する。
急降下して地面につくかと言わんやな速度で走り続ける、否、滑走するジェットコースター。
直後、目前には巨大な水溜まり。
ウォータースライダーの如く、巨大な水溜まりの中にジェットコースターが突っ込んでいく!
「……!!」
バシャーン!と、冷水の中に突っ込んだジェットコースターによって、チルを含めた全員の全身が水に濡れる。
それも過冷却によってギリギリ水の体を保っていた水に。
ザバァと次の上り坂にスピードを保って水から上がったジェットコースターには、
チル含めた全ての客が美しい氷の柱に閉じ込められていた。氷漬けである。
残った水飛沫が氷に付いて、スピードも兼ねて後を引いたまま凍り、氷柱となってチル達の氷に付く。
驚いた客、衝撃に身構えた客、叫ぼうとして両腕を挙げバンザイした客、全員が凍っている。
叫び声も上がらず、風の音だけが鳴る静かなジェットコースターは爆走を続ける。
吹雪が巻き起こる中、猛烈なスパイラル回転のコースへ。
視界がぐるんぐるんと揺れ、恐怖の様なドキドキ感を凍って動けない状態で味わい続ける。
更に1回転ループをしてジェットコースターは爆走。
霜や雪が猛烈な勢いでチル達の氷に張り付き続け、凍らせ続ける。
客席の氷はどんどんと大きく分厚く、多層の氷となって冷たくなっていく。
ガタン!と音がして、ジェットコースターは終点に辿り着いた。
そこには氷の塊が並ぶだけの、ジェットコースターだった姿があった。
『解氷室』に運ばれる。
氷点下の室温を保っているが、あまりにも低すぎる外と比べるとまだマシな寒さをしていた。
従業員悪魔達に運ばれた氷が、氷の台座に乗せられ、トロフィーの様に展示されたあと、ぱしゃりと写真を撮られる。
中にはワインクーラーのような金属のバケツにがこがこと詰められる様に入れられた後に写真を撮られている悪魔もいる。
その様は等身大のアイスボックスの様であった。
その後、部屋の壁から伸びた無数の彫刻刀が、チルの氷を削ぎ落していく。
「中から氷を砕ける方でもそのまま動かないでくださいね。誤って体が削れるかもしれませんので。」
痛みも無く外側が削られる感覚。何かに持ち上げられる感覚。
(恐らくは機械のアームかと思われるが、動けないので誰に持ち上げられたのか見渡せない)
角度を変えられ、頭から足まで綺麗に表面の氷を削り取られていった。
「ふう。驚きました……。気持ちよかったです」
「お疲れ様でした。記念写真はいかがですか?」
「写真です?」
荷物を持ち次の場所へ……と思った矢先、従業員から提示されたそれは、急降下時に水を被った瞬間の写真。(驚いた顔で鼻先から凍り付こうとしている)完全に氷の塊となって解氷室に展示された時の写真。その2枚だ。
「リアクションの瞬間が見たい、という方がお土産に持って帰る事が多いので、多角カメラを設置して写しました。如何でしょう。」
「こんな風に楽しんでいたのですね。そうですね、折角なので頂いておきましょう。」
チルは氷のポーチに写真を入れて次の場所へ向かっていった。
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「次は…あっちに行きますか」
先のジェットコースターでは少ししか見えなかった遊園地の全景を、今度はゆっくりと。
チルは絶対零度遊園地の観覧車の前に向かった。
やや壮絶な光景が広がっていた。
大きくゆっくり回り続ける観覧車のゴンドラには、ゴンドラに磔にされたまま回っている悪魔や、ゴンドラ型の氷に閉じ込められ、ゆらゆらと揺れながら回っている悪魔が見受けられた。
「いらっしゃいませ。氷塊にしますか?吊るされにしますか?」
従業員の悪魔がチルを案内する。空いている様だ。
「これは……氷漬けになって吊るされるのですか?」
「はい。精神を直結させたちょっと特殊な氷に封印して、意識と視界を保ったまま観覧する氷結観覧車にございます。
自分の意志である程度揺れて角度を変えられるので、指一本動かせませんが、ゆっくりと外の景色を上空から見られます。」
「……普通のゴンドラにはできませんか?」
「あー…そういう方もいますけど、折角絶対零度遊園地に来ましたので」
「やっぱりこういうのは自分で自由に見られた方がいいですので、この観覧車」
会話している二者の後ろ、観覧車の発着場では、1周してきたゴンドラを筋骨隆々な悪魔ががっしりと掴み、外し。
次に氷のゴンドラに十字架のポーズで磔になって凍り付いている悪魔を運び、素早くガコンと観覧車にセットしていた。
「どうやらゴンドラは一から作ってはめ込むタイプですね?でしたら、ゴンドラの改造も可能なのでは?」
「くっ、ワル故の供述トリックを看破されましたか。そうです。ゴンドラは氷が扱えるなら自由に自作できますので、普通のゴンドラで楽しみたいならどうぞ!」
ほっぺを膨らませてむすっとする従業員。
「ありがとうございます。観覧車はゆっくりするものですから。」
そう言ってチルは冷気を操り、他の従業員悪魔と共に氷のゴンドラを作り出す。(観覧車との接続部分は従業員と協力しなければ作れない為)
周囲が絶対零度に近い為、とてつもない速さで理想の物が完成した。
そうしてはめ込んだ氷のゴンドラに乗り込み。
「回りまーす!」
ゆっくりと氷の観覧車が一周していく。
ふわり、足元の地面が無くなっていく感覚。
ゆっくりと、頂点まで回り、絶対零度遊園地を一望できる位置までたどり着く。
ゴンドラの室内は氷で出来ている為氷点下。動かなければたちまち凍ってしまう。
ゆっくりし過ぎて何度も凍り付いたチルだったが、頂点まで回った辺りでは氷を砕き、剥がし、外の景色を見る。
氷の窓ガラスをきゅっと手で拭き、クリアな外の景色が見える。
「……綺麗です~」
それはアリスラビリンスに来たかのような、氷のファンタジー世界。
雪と氷ばかりの場所に、色鮮やかなライトアップと、様々な巨大氷彫刻がアトラクションの形となって立ち並ぶ。
冷たき白と青の世界に、悪魔達がやってくる事によって山水画の様に色が付け足されていく様は圧巻であった。
「こんんちは!」
きゅっきゅと氷のゴンドラを布で拭く者が現れた。
氷で出来た翼をした悪魔、アイスハーピーだ。
「お姉さん凍ってないんだね!ちょっと上失礼していいかな?」
「こんな相乗りもあるのですか……」
チルは見上げつつも、あまり揺らさなければとハーピーを受け入れた。
止まり木の様に氷のゴンドラにとまるハーピー。一緒に見る遊園地の景色。
「そういえばあの辺」
ハーピーが片翼を指した。
「最近スシとかいうのを取り入れたって。……話してるとお腹空いてきたし、そろそろ行くね!」
「えっ、スシですか!?」
チルが見下ろすとそこには氷で出来たレストランがあった。
ちょうどお腹も空く昼時の頃である。
チルの次の目的地が決まった。
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観覧車から降りたチル。
「あそこですね。『食事処・樹氷の森』」
幾重もの樹氷(凍り付いた悪魔らしき輪郭が所々に浮かんでいる)に彩られたレストランを見つけたチルは、早速中に飛び込んだ。
「いらっしゃいませ!おひとり様ですね!」
席に着き、メニューを開くと、そこには寿司があった。
「この絶対零度スシセットを。」
早速頼んでみる。
「お客様その前に、固めか柔らかめかご指定願えますでしょうか」
「?」
「当店は氷点下の料理を出しますが、硬い氷をバリボリと食べる派と、柔らかい雪をサクサク食べる派に分かれているのです。」
「そうですか…おまかせはできますか?」
「喜んで」
そうしてやってきた料理は、白身魚を中心とした寿司である。
「いただきます。…美味しいです」
チルが一口一口味わって食べる。
「こちら、氷獄海で取れたフリーズシラミウオにございまして。頂くと油と共に冷気を放ちます。」
噛むと冷気が吹き出てきた。
-100℃の冷気がチルの口の中で吹き荒れる中、咀嚼し、舌で味わい。食べる。
柔らかく新鮮な味だ。醤油もついていないのに塩分も含まれている。魚の食感をした肉厚のポテトチップスを食べている様だ。
いつの間にか歯が凍り付いていき、狼の様な氷の牙になって行く。
サクサク、ガチガチ、大きな歯で豪快に寿司を噛み砕く様な形になって行ったのだった。
周りの悪魔も同様だった。
噛めば噛む程現れるうまみやジューシーな油は、それと共に冷気が噴き出して。
口の周りを中心に凍り付いていく悪魔が続出していた。
「…はぁ…このうまみを閉じ込めたスシの歯ごたえ…スシは鮮度の為に冷たいものがいいと聞きますが…これほどまでの冷たいスシが…」
チルはお腹が満たされるまで、極寒のスシを堪能した。
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いつの間にか絶対零度遊園地も暗くなっていき、光り輝く氷像が進む、氷のパレードが遊園地の道路を走るようになった。
「時間的に次で切り上げましょうか。」
きらきらと氷の欠片を雪の様に降らせながら、氷のパラソルをさして歩くチルが見つけたのは、『絶対零度お化け屋敷』というホラーアトラクション。
「ここは?」
『館内ほぼ絶対零度!入ったら必ずあなたも氷像に!』の謳い文句が看板に書かれていた。
「なるほど。」
「雰囲気が出ますね。」
白い冷気が絶えず、雪山の息吹の如く奥から吹き続けるお化け屋敷の中。
まず受付と、受付の横に立ち並ぶ展示品の氷像が目についた。
彼らはどれも苦悶や恐怖に彩られ、涙を流したままの状態で凍り付いている悪魔の様だった。
「いらっしゃいませ。こちらは当店に入った参加者の成れの果てでございます。」
スタッフが恐ろしい事を言った。
「当店はどんな氷の悪魔でも必ず凍り付いてしまいます。犠牲者はここがどれくらい恐ろしいものを体験したかを象徴するオブジェとして飾られる事となるのです!あらかじめアンケートに指定して頂いた期間まで。」
「なんと……すごいです。私も凍るのでしょうか。」
チルは期待していた。己の超越的な氷耐性でも凍てつく程ここは恐ろしいのだろうか。
それがお化け屋敷を選んだ決定打であったのだ。
お金を払い、いざとアトラクションの中へ。
おどろおどろしい和風の屋敷が全て凍り付いたかの様な極寒にして絶対零度の世界。
その中を(パラソルは邪魔なので置いてきつつ)氷で出来たビキニを纏った美しい肢体で優雅に進み続けるチル。
ぼんやりと薄暗い冷気が目の前をよぎると。
「ばあっ!」
一瞬で可愛らしいお化け悪魔が驚かせに来る。
「なるほどそういうアトラクションなのですね。横を失礼します。」
通り過ぎようとしたチルは不意に背中をつつかれた気がして、後ろを見る。
「ガアアッ!」
氷で出来た鬼の様な悪魔が飛び出てきて威嚇する。
チルはふっと微笑んで、進行方向に向きなおす。
そこには恐ろしい形相で部屋一面に、先程のお化け悪魔が奇形になって口を開き、おどろおどろしくも厳めしい顔をウイルスの如く大量に展開しながら。
「「「オガアアァアアァアァアアアアァアアーーーーーーーーーッッッ!!!!!」」」
全方位から血塗られた巨大な氷の爪でチルを引き裂きにかかった。
「!」
身構えようとしたチルは身体の違和感に気を取られ、全ての爪に直撃してしまう。
…が、幽体の爪故にチルの身体を透き通って貫通して明後日の方へ飛んでいった。
「…驚きまし」
と言った瞬間に床が抜け、真っ逆さまにチルは落下した。
「…流石に驚きました。」
床の底にはクッションの雪が敷き詰められていたので、しりもちをつきながらもチルは無事だった。
…しかし、その際に気づく。己の身体凍り付いていた。
「綺麗です…でもこれは…ちょっと落としてみましょう…だめです。溶けません」
自身の氷の力でも溶けない程にカチカチに、身体の一部が凍り付いていた。
そう思っている間にも氷は少しずつチルを侵食する。
チルは理解する。
恐怖すれば恐怖するほど、時間をかければかける程、このお化け屋敷内ではだれでも凍り付いていくのだと。
「…素敵です…どんな氷像になるのでしょうか。」
溶けない氷に期待を膨らませながら、チルは進行を再開した。
最早お化け屋敷の突破は考えていないようだ。
「あら、綺麗な氷像」
次々とお化けが驚かせたりしていく中、完全に恐怖に侵されて綺麗な氷になった悪魔達を見かける。
逃げ出そうと急ぐ悪魔は恐怖によりあっという間に凍り付き。
純粋に寒さを感じ出した悪魔は震えたまま氷像と化し、氷のお化けの置き物と差し支えない姿をさらしている。
「ここは天国でしょうか…涼しくて、良い所…」
チルもまた、どんどんと館の力によって気温が下がっていく。
その度合いは際限が無く、絶対零度を超えていくかのような寒さとなっていく。
足は既に膝を曲げる事が出来ない程凍っており、引きずるように歩いている。
「…なんだか…どんどん…うごけなく……なっ……て……」
出口が見える。光が差し込む。
しかし全身がガチガチに凍り付き霜も降りていたチルは、その光を見続けるだけ。
ついに芯まで凍ってしまい、美しい氷像となり全く動けなくなってしまったのだ。
「………………………………」
意識も凍り付き、冷凍睡眠の様に朦朧としながら脳内の視界さえもぼやけ、消える。
凍ったままのチルは、一晩経っても氷の中から目覚める事が無かった。
●
翌日、絶対零度遊園地。
「おいこれ見ろよ!」
「すごい……綺麗……」
絶対零度お化け屋敷の出口には、凍り付いてリタイアしてしまった者が全て展示されている。
美しい氷の彫像となってしまったチルも当然の如く、氷の台座に乗せられて展示されていた。
脱出しようと希望に手をかざしながらも、足は優雅に歩みを進めようとしている。
美しい竜の口元をさらけ出す氷の龍の美女の氷像。
ドラゴニアンのチルの氷像はケモノ系悪魔に受けが良い。
『当お化け屋敷はワルの遊園地なのでお触りOK!』との事。
アンケートに『数日間』と書いたチルは、文字通り氷が解ける数日間の間、その姿をさらされる事になった。
チルは道行く悪魔達に、数日間観られたり、撮られたり、触られたりする。
特にもふもふ可愛い(チルの主観)悪魔に好かれ、触られる。
「…(あ…誰かに触られて…)」
モフモフでふさふさとした人狼の悪魔がハグをする様にしてチルをもふっていた。
冷たい氷の状態であるにもかかわらず、意識の中には触られた感覚が反映されていく。
「…(もふもふです〜…)」
うとうとと微睡む氷の眠りの中でもふもふの毛皮に包まれたようになったチルは、なかなかいい気分で冷凍睡眠を愉しんでいた。
こうしてチルの絶対零度遊園地の堪能は終了した。
しかし氷像と化してこの場に居続ける彼女が家に帰れるかは分からない。
悪魔のもたらした絶対零度の氷が、気分次第で溶けてくれるその日までは……。
成功
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