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ビバ・テルメは夏日に隆昌す

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月夜・玲




●夏の悩み
 温泉湧き上がる小国家『ビバ・テルメ』。
 その成り立ちは数奇な運命と猟兵によって編み上げられたものであり、あまりにも荒唐無稽な成り立ち故に、後年の歴史家たちの頭を悩ませることになるのだが、それはまだ確定していない未来であるがゆえに此処で語るべきものではないだろう。
 しかしながら、『ビバ・テルメ』の前身である『フォン・リィゥ共和国』は、これまで娯楽で成り立っていた小国家であった。
 背に鉱山。
 目の前に停止した工業地帯郡。
 謂わば、立地的に非常に優れた土地であり、戦乱渦巻くクロムキャバリア世界においては恵まれていた。そのため、『フォン・リィゥ共和国』は他国のプラントを求めて戦争を仕掛けることは稀であった。
 攻め込まれることは殆どなく。
 逆に人と物資の流入は滞ることはなかった。

 それは逆に言えば、ならず者や良からぬ物品が運び込まれるには絶好の土地柄でもあると言えただろう。
 娯楽闘技場は盛況だった。
「でも、逆にそれが今僕らのネックになっているとはね」
『神機の申し子』と呼ばれたクローン。
 アンサーヒューマンとして調節されて生まれてきた『エルフ』は頭を悩ませていた。
 彼らはある猟兵からこの『ビバ・テルメ』として新生した小国家を預かって運営している身である。
 小国家の運営において最も必要なものはなんであろうか。
 外貨か。
 それとも人か。物資か。
 いずれも否である。
 小国家の国力を支えるのは、遺失技術によって作られた『プラント』なのである。プラントの数イコール国力。

 そういう意味では『ビバ・テルメ』に不足はない。
 温泉地帯に座しているため、高い地熱とそれに負けないくらいに降り注ぐ雪が良い塩梅で拮抗しているのだ。だが、それは冬の季節の間だけである。
 そう、夏になれば雪は消える。
 湾内に未だ浮かぶ氷山はどういう理屈なのか解けて消える気配を見せない。
「そうなのです。確かに温泉という観光資源は私達によって管理され、上手く回っていますですが……」
「うむ! 夏の暑さだけはどうしようもない!!」
『ツヴェルフ』の言葉に『ドライツェーン』は力強く頷いた。 
 そう、暑さである。
 この暑さばかりはどうしようもない。如何に国力に余力があるのだとしてもだ。これまで温泉資源でもって外から流入してくる物品などでもってプラントにて生産されるものを代替して、生産体制に余力を齎していた。
 温泉という熱は、冬場には光熱費を大いに浮かしたことだろう。

 けれど、夏である。
 この暑さである。
「……やっぱり春先に比べれば、訪れる人達の数が減少してきているよね……」
『フィーアツェン』は数字を示して見せる。
 グラフにするともっと顕著に推移が見て取れてしまうだろう。急降下していると言っても良い。
 これがまた季節が回れば元に戻ることも予想できる。
 だが、夏場の光熱費、プラントの生産や稼働率を顧みれば、運営が破綻しかねない。それほどまでに今年の暑さは酷いものだった。
 そして、この暑さが来年は到来しない、という確約もない。
 ならば、今年こそ、この初動において対策を取らねばならないと考えるのは当然の成り行きであったことだろう。
 だから、四人の『神機の申し子』……いや、もうこの呼び名は正しくないだろう。
 温泉国家『ビバ・テルメ』の運営人たちは新たな集客を見込めるだけの何かを求めて連日頭を悩ませているのだ――。

●来客それも突然で唐突で
 四人の『神器の申し子』たちは唸っていた。
 色々考えたのだが、どうにも上手い打開策が思い浮かばなかった。
 領地にある湾内に浮かんでいた氷山を物見遊山で人々が集まった時は、一瞬助かった、と思ったのだ。
 けれど、氷山に封ぜられていた巨神が再び氷山と共に湾内に沈んでしまったのだ。
 あれだけ巨大な氷山が姿を表していたのに、湾内に深く沈んだことによって、あれを目玉にする目論見は御破算になってしまったのだ。
「確かにあれは惜しかったよね」
「本当にそうでした。巨神は確かに争い呼び込むものでしたが……ええと、なんておっしゃっていましたっけ。伝説の聖剣を抜くことができるのと同じ感覚で『巨神に選ばれるのはキミだ!』キャンペーンをすれば、なんていうお祭り」
「あの提案か! だが、あれは巨神ありきであるからな……本当に巨神が選ぶパイロットが現れたら、それだけで事なのだが!」
「で、でも、沈んじゃったしねぇ……」

 そんな風にして四人は会議室でぐったりしている。
 冷房も温度設定を高くして切り詰めているのだ。まあ、それも焼け石に水である。
 二進も三進も行かなくなっている自覚だけが、彼らの心を追い詰めていく。
「いつもお世話してまーす!」

 ――『!?』

 ドカン、と盛大な音を立てて会議室の扉が開く音が響く。
 その音に四人は、えっ!? と驚愕するがもうもうと熱波と共に会議室に踏み込んでくるのは、彼らがよく知り、恩人と思っている女性であった。
 そう、猟兵。
 我等が月夜・玲(頂の探究者・f01605)である。
 黒髪に一房の青い髪を持つ長髪の女性。赤い瞳は爛々と輝き、大胆不敵たる笑みを浮かべる表情はいつもと変わらない。
 というか、なんかこう、悪巧みっていうか、思いついた! というか、閃いたら即座に実行せずにはいられない性分というか、気質っていうか。
 そういうのが発露したキラキラな表情を玲は浮かべていたのである。
「水着コンテスト――やろうぜっ!」
 キラッ!

 キラッ、じゃないが、と誰もが思った。
 というか、扉蹴破って入ってくる意味あったのかなって四人は思ったけど、口には出さなかった。いや、出せなかった。
 玲からにじみ出る問答無用な雰囲気に飲まれていたからである。
 こういう時の玲さんは止まらない。
 壁にぶつかるまで全速力で突っ走る人なのだと彼らは知っている。
「え、ええと……なんと?」
「だから、水着コンテスト――やろうぜっ!」
 めちゃくちゃノリで来てるじゃん、あの人……と四人は思った。思っただけである。口には決して出していない。
 でも、玲は四人の表情から、そういう感情を読み取ったようである。

「『ビバ・テルメ』の観光事業……君らに任せたけどさぁ……」
 ゆっくりと、カツン、カツーンって玲さんは歩む。
 あっ、と『フィーアツェン』は慌てて観光収入と観光客の来訪の数字が下降しているグラフを見られた、と慌てて隠すが遅い。
「ね。下がってるよね、数字」
 にっこり。
 玲の言葉には、隠しても無駄だ、という意志が感じられる。『フィーアツェン』は烏滸がましくも玲さんに隠し事をしようとした自分を恥じた。
 この人は全部お見通しなのである。
 このタイミングで会議室に蹴破ってきたのも、全部計算のうち。自分たちの行動なんてお釈迦様の掌の上ならぬ、玲さんの掌の上なのである。
 どんなに姑息に数字を誤魔化そうとしても、元データを抑えられているような、首根っこ掴まれているような気分担ってしまう。

「そ、それは、その……な、夏場なので……」
「違うでしょ。夏だからこそ! じゃないかなって私思うんだけど。ねぇ『エルフ』」
「えっ!」
 ねって言われても、と『エルフ』は思った。
 確かに『ビバ・テルメ』の冬季の売上はとってもよかった。数字もよかった。けれど、それはオバケみたいな数字なのだ。
 実体のない数字。
 冬場であったということ。そして新興であたっということ。
 それら加味されての数字だったのだ。
 あの数字を超えるのは並大抵ではないし、維持するのも恐らく無理だと判断していたはずなのだ。だが、玲は違う。

「確かに今はピンチだと思うんだよ。わかってるよ。夏だからね。誰も暑い日に熱いお風呂に入りたいって思わないっていうのもね」
「そ、そのとおりだ! だから、夏季は温泉の運用を抑えて……」
『ドライツェーン』が何も対策はしていないわけではないと弁明する。けれど、玲は振り返える。なんか何処かで見た首の角度である。有名なアニメ会社が得意としてそうな角度で玲は振り返った。
 妙な迫力があった。
「ダメだよ。抑えてちゃ。逆。こういう時にこそ倍プッシュ……ッ」
 ざわ。ざわ。ざわざわ。
『ツヴェルフ』は思った。
 この会議室には5人しかいないはずである。なのになんで、ざわざわ言ってるんだろうかと。まさか目に見えない人達がいるとでも? もしかしてオバケ? やだ! と『ツヴェルフ』は別の意味で顔面蒼白になっていた。

「この『ビバ・テルメ』には何がある? 理解しているよね。温泉。湾。背には鉱山。目の前には工業地帯。後者二つはまだ活用できないけど、前者二つは違うよね?」
 玲はフリップをいつのまにか用意していたホワイトボードに叩きつける。
 ばぁん! って盛大な音がして四人の背筋が伸びた。
「湾、それも底には何でか知らないけど、解けない氷山がある! ってことは海水温が低いってことだよ! どれだけ燦然と照りつける太陽が強烈でもさぁ! 海に入ればひんやりして気持ちいいんだよ!」
 そして、と玲は示す。
「以前ほどではないけど、氷山の一角は湾内に浮かんでるじゃん! このロケーション! 利用しない手はないでしょ! 今でしょ! 水着コンテストやるのは!」
「で、でも海水温が低いってことは体が冷えてしまうから、そんなに海水浴ばっかりできないし、その、やっぱり水着では寒いってことになりませんか?」
「……シャワー」
「えっ」
「……温水シャワーからのジャグジー完備施設の敷設……ッ」
「あ、あああっ!」
 そう! 玲が示したのは水着コンテストという餌につられてやってきた観光客を囲い込む一大温水レジャー施設!
 温泉地帯故に潤沢に湧き上がる温水を夏場とは言え、海水温の低い海での海水浴を終えた客を癒やす温泉成分含まれる施設を生み出せば!
 冬場であっても泳ぎたい。遊びたいという客を呼び込むことができる。
 そして! 幸いにしてそういう機材設備というものは!

「利用不可能って思っていた工業地帯を再利用すれば、全部まるっと解決でしょう!」
 ね! ほら! やれちゃう! と玲の熱いプレゼンに会議室は沸き立つ。
 いや、五人しかいないんだけど。
 でもなんかすごい盛り上がりを感じる。
「い、行けるのでは!? これならば!!」
「うん、確かに。プラントの稼働状況を圧迫しなくて済むし、何より人の流れをまた呼び込むことができる」
「工業地帯の施設を再利用するために働き口も用意できるから……!」
「そうです、就労してくださる人も温泉街から引っ張ってこれます。いえ、それだけじゃない。そのまま温泉街に動線を引っ張れば、訪れた人々がお土産を求める……!」
 そう、そのための呼び込む起爆剤。
 そして、来年もまた人々を惹きつけるための恒例行事として水着コンテストは必須なのだ!

「ほら、やっぱり?」
 玲は四人にくいくいって指で示して見せる。
 こんな時になんて言うかわかってるよね? と言わんばかりの自信たっぷりな表情であった。それに四人は応えるだろう。
「今ですね!」
「ちっがーう! 今でしょっ! でしょー!」
 なんかよく分からなんところで怒られた! と四人は思ったのだが、しかし玲さんの熱血プレゼンで茹だった頭は、その熱狂のままに開催される水着コンテストへの意欲、そしてパッションをたぎらせるのだった――!

●水着コンテストin『ビバ・テルメ』
 その噂は矢のように早く荒野を駆け抜け、さらに光のような速度で周辺小国家に広がっていった。
 クロムキャバリアにおいて小国家同士の通信は途絶されている。
 空に浮かぶ暴走衛生のせいだ。
 そのために長距離通信はできず、それは人々の間に疑念と不信、そして不和を齎す。故に争いが常に絶えることのない世界なのである。
 しかし、そんな世界にあって娯楽というのは恐ろしく速い速度で人々の耳に飛び込んでいく。それは嘗て『フォン・リィゥ共和国』が催していた闘技場よりも早く駆け抜けていったのだ。
「水着コンテストのエントリーの方はー! こちらーでーすー!」
『フィーアツェン』が一生懸命、拡声器を持って己がサイキックキャバリア『セラフィム』のコクピットから水着コンテストに参加せんとしている人々を誘導している。
「すごい数……百人はいるのかな……」
 水着コンテストに参加しないでも、氷山沈む涼やかな湾内での海水浴という煽り文句に退かれた暑さに参っていたクロムキャバリアの人々が多く訪れていたのだ。
 キャラバンを結成して小国家間を行き来するトレーラーハウスを根城とするものたちや、亡国の民たち、それに『ビバ・テルメ』に定住している者たちも涼を求めて、この湾内へと訪れていたのだ。

 そんな彼らの中から水着コンテストに参加しようと思い立った者たちを『フィーアツェン』は誘導している。
 エントリーは自由。
 水着を着ているということ。
 それだけが条件だった。
「お名前と所在地を記してください。ここに虚偽が認められた際は、出場資格の剥奪となりますので。ええ、そうです。そこにお名前と年齢を。はい、そうです」
『ビバ・テルメ』に入国する人々と、もとより定住している人々を振り分けながら、さながら入国管理局みたいなことを一人で処理している『ツヴェルフ』が恐らく最も大変であったことだろう。
 けれど、彼女は恐るべき処理速度で持ってこれをこなしていくのだ。
 恐らく戦術と戦略を練るように調整されたアンサーヒューマンならではの瞬間的な思考速度があってのことだろう。

「では、このリストバンドを。はい、これが参加の証明になります」
「リストバンドを掲げてみせてくれ! こちらで顔写真と照合する!!」
『ドライツェーン』が『セラフィム』からリストバンドを感知し、データとして送られてきた水着コンテストの参加者たちの顔と姓名を一致させていく。
 こうした二重三重のチェックを経ることによって、脅威の種となろうものをはじき出そうという対策なのだろう。
「今の所、怪しい者はいないな。やはり杞憂であった!」
 確かに此処がクロムキャバリアにおいての小国家の本来の姿であったのならば、スパイなど言った好ましくない者が紛れ込む格好の機会でもあっただろう。
 けれど、現状において『ビバ・テルメ』を手に入れたいと思う存在は少ない。
 旨味がないからだ。
 プラントは確かに存在しているし、『巨神』という不安要素もある。
 けれど、それでも自分たちがいる。
 サイキックキャバリア『セラフィム』という強大な力を私利私欲ではなく、小国家を安定させ、人々に平和たる生活を知ってもらうことにだけ注力しているのだ。

 赤と青の装甲が太陽に照らされている。
 その下に『エルフ』は立ち、水着姿の人々をまねいきれている。
「一次審査は此方。良い水着だね。夏を楽しんで」
 微笑む『エルフ』ははっきり言って美男子である。中性的な魅力持つ容姿をしているため、上半身をオーバーサイズのパーカーで覆ってしまえば、男性か女性かわからなくなってしまう。
 そんな彼が笑顔でコンテスト参加者をもてなすのだ。
 これは効く。
 顔の良い者は、いるだけで人の心を癒やしてくれる。顔面の良さは健康に響くのである。
『エルフ』に促されるままにコンテスト参加者が向かった先には一人の女性がいた。

 言うまでもない。
 玲である。
 彼女は何故か眼鏡を掛けていた。レンズが光を反射して白く、彼女の赤い瞳を隠していた。
 後なんかこう、机に肘をついて掌を組んで大仰な態度で座っているのである。
「それじゃあ、アッピルポイントいっとこっか」
 大仰な態度との温度差なセリフである。
 玲さんはあまりにも尊大な態度であるが、それはこの水着コンテストの審査員長であるからだ。
 そう、ここでは玲さんが絶対権力者!
 白い鳩も黒い鳩に変えてしまえるほどの権力を持っているのだ!

「え、えっと、本日の水着はですね、パレオが可愛くって、私も気に入ってるんです。柄も綺麗で……」
「一億点!」
「えっ」
「その可愛い水着一億点! あと、ちょっと戸惑ったようなはにかんだ笑顔もプラス二億点!」
 玲さんの審査基準はガバガバのガバであった。
 とにかく心が、ときめいたらすーぐに加点してしまうのだ。
 それも一点二点の差異ではない。
 マジでカバ。
 そのガバ具合異次元である。言ってしまえば正規の水着コンテストではないのだ。絶対権力者である玲の胸三寸に全てが掛かっていると言っても過言ではない。
 それにしたって適当に過ぎるくらいに加点していくので、今まさに電光掲示板が忙しく回転している。
 ランキングが其の都度更新されて、湾内の海水浴場に示されるのだが、一位が変動しまくっていうる上に、後に行けば行くほどに点数のインフレが酷いのである。

 もう一位の点数は兆とか京とかになっているのである。
 まさに異次元水着コンテスト。
「いいねいいね~! その笑顔! 白く光る歯が爽やかポイント一兆点!」
 やりたい放題である。
 もうなんていうか、玲さんを止められる者はこの小国家に存在しない。
 でも、海水浴場で水着コンテストの推移を見守っている観光客には大ウケである。この破天荒さが受け入れられているところを見るに、彼らも玲さん的な素養を持っているのかもしれない。
 ていうか、やだ。
 こんな破天荒さを当たり前のように受け入れてしまえる民草って嫌だ。
 だが、現実である。
『エルフ』たちは、こんなにも大盛りあがりになるとは思っていなかったのだ。

 いや、正確に言えば、盛り上がるには盛り上がるし、概算ではこれで小国家の運営が上向きになって秋口までは安泰だと思ったのだ。
 所謂程よく繁盛して欲しいと云うやつである。
 稼ぎすぎてもダメ。かと言って稼ぎすぎなくてもダメ。
 そういう良いところを突くつもりだったのだが、そこは仕掛け人である玲さんの手腕の剛腕すぎる力を見誤ったと言えるだろう。
「どうしてあの人ってこうも商機をがっちり掴んで離さないんだろうね」
「その癖、実権を握るだとか、独裁をしたいとかはないんですよね。不思議な方です……」
 全てのコンテスト参加者を処理し終え、案内を終えた『エルフ』と『ツヴェルフ』は玲の独裁的な、それでいて独創的な点数の付け具合に呆れ半分、憧れ半分で見ている。

 審査の様子は中継されているので、ここからでも玲さんの剛腕具合がわかるだろう。
 なんていうか、止めようがない。
 というか、どうなるんだろう、このコンテストの結果、と思わないでもなかった。
「いやー眼福眼福。よい水着コンテストだったよね。それじゃあ、真打ち登場ってね!」
 すでにランキング1位のコンテスト参加者の桁は電光掲示板に表示できなくて、紙で『ドライツェーン』が『垓』って書いて貼り付けている始末である。
「どういう桁なんだこれは……!」
 審査員長席の玲の周囲にスモークが炊かれ、彼女の姿が見えなくなる。
 その演出に見物客たちは皆一様にどよめくだろう。

 何が起こるんだ、と期待もあった。
 ドラムロールが為る。
 クライマックスを示すように響き渡る音がひときわ高く打ち鳴らされた瞬間、水着コンテストの電光掲示板の上にいつの間にか降り立つのは玲さんだった。
 重力操作によって一瞬でテレポートじみた瞬間移動をして見せ、ランキングの頂点に彼女が立つ。
「それじゃあ、映え在る一位をお知らせするよ!」
 皆思った。
『神機の申し子』たちも思った。
 あ、と。
 これって、この流れって、とみんな思った。
「総得点数第一位!」
 無駄にランキング一位の部分の筋がぐるぐると回っていく。いち、じゅう、ひゃく、せん、まん、じゅうまん、ひゃくまんってなんか何処かの鑑定番組みたいなサウンドエフェクトが鳴っている。

 ていうか、まだゼロ表記が続いているではない。
 億まで行っているのにもはや驚きはない。だって今の一位は『垓』まで行っているのだから。
 けい、がい、じょ、じょう、こう、かん、せい、さい、ごく。
 明らかにおかしい。
「おい、おい……機械ぶっ壊れてるんじゃ……」
「え、というか、誰なの一位の人って……」
「ごくの次って何?」
 そんなどよめきを他所に電光掲示板が遂に止まる。そう、第一回『ビバ・テルメ』水着コンテスト第一位は!

「得点、恒河沙!」
「ごうがしゃ?」
「10の52乗ね」
「それって、えっと、ゼロがいくつ……?」
 よくわからん! な雰囲気を切り捨てるように玲さんは電光掲示板の頂点に立って、身を翻す。
 瞬間、さらされるのは、白と黒のツートンカラーにイエロー――が映えるジャケットwお羽織った伊豆ギ姿の玲さんであった。
 帽子を傾け投げ放つ。
 所々にジッパーラインが設けられた先進的なデザイン!
 体を締め付けているんじゃないかと心配なるほどに柔らかな太もものラインを見せてくれるキャットガーターベルト!
 半透明な素材の袖から見せる腕のしなやかさ!
 恐らくテーマはベルトとジッパー! そしてサイバーチック!
 そう、我々は知っている!

 あの股を! 背を! 棚(?)を!
 何度も当てこすられたネタだがそんなの関係ねー!
「|また《股》|せ《背》|たな《棚》! 第一は得点恒河沙で私だー!!」
 まさかのマッチポンプ!
 あの審査の熱はなんだったんだと言わんばかりのちゃぶ台がえし。
 これには『神器の申し子』たちも空いた口が塞がらなかった。

「そういうわけで、この優勝得点の『ビバ・テルメ』温泉街宿泊券プレゼントは私のもんじゃい!」
「えええええ――!?」
 会場にいた全員が叫ぶ。
 それもそうであろう。審査委員長が参加者なんて聞いたことがない。
 いや、確かに条文や約文には審査委員長が参加してはダメだという記述はない。だからオッケーなのかと問われたのならば、それはそれでどうなんだというモラル的な問題なのだ。
 だが、玲さんは、そういうのに頓着しない。
 そう、彼女が楽しみたかったのは権力をぶん回すという行為のみ!
 商品がほしかったんじゃあない。
 この圧倒的な権力を振りかざす楽しみを得たかったのだ。

「そういうわけだから、後はよろしくね!」
「ちょ、えっ!?」
「ま、待ってください、玲さん! これ、どう収拾つければ……!」
「みんなに宿泊券配ればいいじゃん。一位が恒河沙なんて得点なんだよ? 無理でしょ。ならさ、参加者みんなに平等に。ノーコンテストってしちゃえばいいじゃん!」
「それで納得するの玲さんだけですけど!?」
「いいいのいいの! 力こそパワーでしょ! こういう時に権力、使ってこ!」
 んね! って無駄に良い笑顔で玲は笑う。
 そして、ひょいっと電光掲示板から降り立てば、重力操作でもってあっという間に何処かに飛び立ってしまうのだ。

 その光景をみやり『神機の申し子』たちは空いた口が塞がらぬままに、しかして多くの人々からの突き上げを処理しつつ忙殺される。
 けれど、玲の齎した水着コンテストは、来年も確かに開催されることになる。
 それは後年の歴史家だけが知る事実である。
 今はまだ、という注釈が付くことになるが。

 しかし、これはまだ序の口に過ぎない。
 後年も玲という猟兵は必ず『ビバ・テルメ』の節々に現れては、今回のように引っ掻き回していく。
 この小国家を語る上で外せない要素となった彼女の存在は歴史が重ねられていく過程において、かつての人々の歴史がそうしたように気まぐれな神として名を残すことになるだろう。
 それほどまでに玲の振る舞いは楽しさだけを追求するものだった。
「はー、楽しかった。いやぁ、猟兵ばっかりが水着コンテストを楽しむのって違うと思ったんだよね。来年はなんかケルベロスディヴァイドの世界が立候補してるみたいだし、クロムキャバリアで定着するならいっかって思ったけど……」
 玲は重力操作でもって瞬間移動した鉱山の天頂から湾内での大騒ぎを見下ろして笑む。
 この戦乱の世界に生きる彼らの人生において、多くは戦火に追われるものばかりであったことだろう。
 けれど、人の人生はそれだけではないのだ。
 大いに泣いた、哀しみに、苦しみに、怒りに塗れた過去があるのだとしても。
 今という刹那に煌めくような笑顔をがあるのならば、多くの艱難辛苦はきっと彼らの人生を輝かしいものにするだろう。
「うん、大成功だね」
 そんな風に玲は綺麗に締めくくったのだが、しかし『神機の申し子』たちは違う。

「あの人は――!!!!」
 そう、楽しむだけ楽しんで後よろしくっていつものようにトンズラして帰っていった玲にどうしたって叫ばずにはいられないのだ――。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年08月13日


挿絵イラスト