熱を帯びた夏の風が、濃い抹茶のようないろをした髪をさらりと揺らして。
降り注ぐ夏の陽射しの眩しさに微か細められる、フチなしスクエア型の眼鏡の奥の切れ長の瞳。
季節は今、夏真っ盛り。
そして希望者制の学校の夏補講は、今日は午前中で終わりだから。
さて、午後からは、借りてきたあのホラー映画でも観ようか。
それとも、先に夏の課題を進めるか……なんて。
傍から見ればクールで無表情にみえる端正な顔立ちの彼、一ノ瀬・帝(素直クール眼鏡男子・f40234)がそう考えながらも歩いていた、そんな帰り道。
――くいっ。
ふと足を止め、振り返って視線を落としたのは、ふいに引かれたから。
やたら低い位置で、服の裾を誰かに。
それから、表情こそやはり変わらないように見えるけれど、帝は微か瞳を瞬かせる。
だって……小さなおててで一生懸命、きゅうと自分の服を握っているのは。
「子供……?」
そう、5歳くらいの男の子であったのだから。
しかも、男の子は帝の服をひしっと掴んだまま、ぐすぐすと泣いていて。
……迷子だろうか。こういう時は交番に連れていくべきか……。
なんて、思考を巡らせながらも。
その子へと改めて視線を移した帝は、不思議な感覚を覚える。
だって、こう思ったから――この子にすごく見覚えがある、って。
けれどすぐに、帝は気付くのだった。
「ひっく……ミカぁ、どっか行ったらいややぁ」
「えっ……もしかして、飛鳥、なのか?」
そう――目の前の男の子は。
幼馴染であり……そして片思い相手でもある、「飛鳥」であるということに。
いや、本来の知花・飛鳥(コミュ強関西弁男子・f40233)は、自分と同じ年のはずで。
なぜ飛鳥が小さく……? なんて疑問も生じてはいるものの。
ひとまずそれは置いといて、帝は彼の目線まで屈んでから訊ねてみる。
「どうした? 何で泣いているんだ?」
そんな優しい声色に、ちびっこの飛鳥は涙をいっぱい溜めた円らな瞳を帝へと向けて。
ぐすぐすとべそをかきつつも答える。
「ミカ……おなかすいた……」
――帝の午後の過ごし方が決まった瞬間である。
そして一緒に、近くのカフェに入って。
きちんとソファーの上に、ちょこりと座らせてあげた後。
帝はメニューへと視線を落としつつも考える。
幼児が好きなものといえば、お子様ランチか、それともハンバーグやカレーか……。
やはり無表情ではあるものの、そう5歳児の彼が喜びそうなメニューを探してみるも。
先程とはうって変わってうきうきとしている様子の彼に、訊いてみることに。
「飛鳥、何を食べたい?」
瞬間、ぱあっと笑顔を向けられて。
思わず目を奪われてしまえば、元気よくかえってくる声。
「パフェ!」
そう、ちっちゃいおててがビシッと指すのは――パフェ!
夏限定の豪華なチョコレートフルーツパフェであった。
それに勿論、いいぞ、と頷いて返せば。
情緒がすでにどうかなりそうなほど、無邪気に飛鳥は喜んで。
運ばれてきたパフェをキラキラした目で美味しそうに食べる姿をみれば、帝は思わずこう呟きを零さずにはいられない。
「小さい時から飛鳥は可愛いな……」
そして……ぱしゃぱしゃぱしゃっ、と。
デレながらも、その姿を連写モードで写真に収めるのであった。
それから、るんるんパフェを食べていた飛鳥はふと、掬ったパフェを差し出してきて。
「このパフェめっちゃおいしー! ミカも食うてみ!」
「ん、ありがとう。……っと、チョコがついているぞ飛鳥」
そっと口元をナプキンでふきふきしてあげれば、帝はまた思わず顔を覆いたくなる。
じいと拭かれているその姿が、可愛すぎて。
それから、ふと思い返す。今でこそ、社交的で快活な飛鳥であるけれど。
このくらい小さい時は、気弱で泣き虫で。
いつも不安そうに自分の後ろをついて歩いていた、と。
いや、先程までぐすぐす泣いていたことを思えば、やはりあの時のままの性格なのかもしれないけれど。
キラキラした瞳で嬉しそうにパフェを頬張るちっちゃい飛鳥のいちいち可愛い姿を、ガン見しつつ時折写真に収めながらも。
帝が思い出すのはそう、今だって決して忘れていない……いや、忘れるどころか。
そう在りたいと、今だって強く思う、飛鳥のあの言の葉――。
「ミカは食わへんの? はんぶんこしよ!」
「……ああ、ありがとう、飛鳥」
刹那、はい! と差し出されたひと匙に気付き、はむりと口にすれば。
顔にこそやはり出ないけれど……思わずそっと帝は瞳を細めてしまう。
マスカットとぶどうが寄り添うように乗ったチョコアイスのひと匙は……何だかひときわ、甘い気がして。
そしてカフェを出た後、飛鳥の興味の向くままにショッピングモールを歩いて。
「ミカ、見てみい! でっかいいぬさんや! めっちゃかわいいわぁ」
「……そうだな」
確かに、めっちゃ可愛い。
大きないぬさんにぽふりと無邪気に埋もれる飛鳥が。
「わぁ、ミカ! これめっちゃたのしいわ!」
確かに、めちゃめちゃ楽しい。
ちっちゃなおててで、えいえいって。
玩具屋に置かれたジャンケンゲーム機に夢中になる、可愛すぎるその姿を眺めるのが。
そして。
「人が多いな。飛鳥、迷子にならないようにな」
「じゃあ、ミカ、手ぇつなご?」
……な、ええやろ? なんて。
せがむように言われれば、いいぞ、以外の言葉なんてあるわけないし。
ちいさくて柔らかいおててと、そっと手を繋げば――ドキドキしてしまう。
それはパッと見、高校生が5歳児に恋しているという少々怪しい絵面ではあるが。
恋をしていることには間違いないし……見た目無表情だから、そんな想いを他の人に知られることは、きっとないだろう。
そう――5歳児ではない、普段の飛鳥にだって。
そしてそう思えば、ちょっぴり複雑な気持ちにもなる帝であるが。
次にやってきた公園で一緒にブランコに乗ったり、シーソーや滑り台で遊んであげる。
それから帝を見上げてふと、こう口にする飛鳥。
「ずーっとミカと一緒にいられたらええのになぁ」
そして……そんな無邪気な言葉に対して。
帝はふと再び同じ目線にしゃがんでから、こう紡いでみる。
「……じゃあ飛鳥が大きくなったら結婚しようか」
それを聞いて、飛鳥はじいと帝を見つめてから。
「うん、俺、大きくなったらミカと結婚する!」
満面のとびきり可愛い笑顔で、そう大きく頷いて返すのだった。
刹那、表情が変わらないはずの帝も思わず、一瞬だけ瞳を見開いてから。
ふっと優しく瞳を細めた後、小指を差し出す――約束だ、って。
そして、ゆびきりげんまん、って。
ちいさな飛鳥と指を絡め合いながらも、帝の胸の中は熱くなる。
だって、それはあの時――ふたりが幼少期に実際に交わしたやりとりのようで。
それから、そんないい感じの雰囲気になった……と思った、その時だった。
「……夢、か」
夢から帝が覚めたのは。
そして、胸に灯った熱い感情の余韻に浸りつつ、少しだけ目が覚めて寂しい気もしながらも。
ふとスマートフォンを手にすれば、丁度いいタイミングで、飛鳥からメッセージが。
『ミカ、今ひま? 食べたいもんあるんやけど、付き合ってくれへん?』
そのメッセージに、何を食べたい? とそう返せば。
次の瞬間、思わず一瞬だけ帝は止まってしまう。
そう――返って来たのは。
『パフェ!』
けれどすぐに、ふっと瞳を細めた後。
帝は勿論、こう飛鳥へと返事をするのだった――いいぞ、って。
成功
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