🐈👻🐈ラプソディー
●残暑の夕暮れ
吾輩、という一人称を用いる有名な名前のない猫ではないのだが、『玉福』はこう見えて忙しい身である。
ただ、それは猫の中では、という但し書きが付け加えられる。
人から見れば、猫はなんとも気ままで自由で、何物にも縛られない羨望の存在に思えるものであろうけれど。まあ、そういうわけで自分はとっても忙しいのである。
昼寝というスケジュールをこなした『玉福』はゆっくりと顔をあげる。
「にゃあ」
「あら、どちらに?」
「にゃあにゃあ」
ちょいとお水を飲みに、という具合に『玉福』は性別不明の幽霊『夏夢』の呼びかけに気のない返事をした。
「ああ、そうですか。お水、先程変えておきましたので!」
ビシッ、と何故か敬礼する『夏夢』に『玉福』はご苦労、と言わんばかり頷く。
どうだろう。
この自分の見事な演技は。
気のない返事をしたのも、布石である。
何を、と思ったのならば、やはり人間というのは猫に及ばぬ生き物である。
「にゃあ」
お水を飲みに台所へ向かうと見せかけて、するりと勝手口から体を滑らせて外に出る。
夕暮れになって気温は日中からすれば幾分和らいだように思える。
けれど、それも幾分である。
夏日というのはいつだって、このうだるような暑さを齎す。熱帯夜の過ごしづらいことこの上ないことを『玉福』は知っている。
だからこそ、この屋敷は極楽浄土というものがあったのならば、きっとそれが近いのだろうと思うのだ。
おっと、話が逸れた。
自分がこれから何をするのかって話である。
そう、朝の縄張りパトロールには『夏夢』が付いてきていた。アイツは此処のところ餌やり器に補充するカリカリを増量してくれない。
なので、これから行くところには連れて行ってやらないのである。
『玉福』が『夏夢』を躱して、屋敷の外からゆっくりと、けれど音を立てずに道をゆく。
屋敷の近くには広場がある。
目指すのは其処だ。
「にゃあ」
「にゃああ、にゃあ、なん」
広場に近づくに連れて馴染みの猫たちが自分の周りに集まってくる。
向こうが挨拶をしてくるので、調子はどうだい、と言わんばかりに鳴く。すると向こうは諸々の諸事情というのは語ってくるのである。
まあ、『兄貴ぃ!』と言わんばかりにみんなオス猫がよってくるので、なんというか、こう、時たま暑苦しいなと思う時もないでもない。
しかし、自分が彼らから一目置かれているというのは、心地よいものがある。
猫という生き物は縄張りを持っている。
徒に縄張りを広げることはしないし、他の猫の縄張りと重複していたからといって喧嘩をすることはない。
要はタイミングなのである。
どれだけ縄張り巡回ルートが重なっていたとしても、時間帯さえずらして遭遇しなければ喧嘩にはならないのである。
集会とはそうした意味でも必要なことだったのである。
「ところで、あにぃ!」
「どうしたのである。そんな妙な顔をして」
「いえ、兄貴の上にいる『それ』なんです? なんなんです?」
「にゃん?」
くるりと振り返ると、そこに居たのは『夏夢』であった。
えっ! と『玉福』は目を見開く。
完璧に欺いてきたはずなのだ。なのに、そこに居たのは『夏夢』だった。ふんわりと宙に浮かんでいるいつもの性別不明な姿。
ひんやりした気配がそこにあって、残暑厳しい夕暮れであってもお構いなしに冷気をもたらしているのだ。
「は、はわはわわ! ここはお猫様天国ってやつじゃあないですか!」
「にゃぁ……」
えぇ……。
姿は判別できないが、しかし、なんていうか、どういう顔をしているのかというのが理解できてしまう。
絶対ろくでもない表情をしているにゃんね。
『夏夢』の言葉に『玉福』は息を吐き出す。
「って、あー! 気が付かれてしまいました! 流石はお猫様! 私の存在の看破など容易というわけですね! これは一本取られました、たはー! それはそれとして、はわわわん! あ、ワンちゃんってことではないですよ!」
いや、それはいいんだけど。
ていうか、他の猫たちは大騒ぎである。
なんかよくわからん宙に浮かぶ、俗にうところの幽霊というやつに大騒ぎではない。
近くによるとなんかひんやりしてきもちー! と大騒ぎしているのである。
わかる。
このうだるような夏の暑さにおいては、『夏夢』のひんやりはとてもありがたいものであった。
しかし、これでは集会どころではない。
「お猫様たちに群がられて! 此処が天国ですね! わかります! 成仏しちゃう! あ、嘘です。これが幽霊ジョーク……って、あー! かわいい! めちゃくちゃすり寄ってこられますー!」
その様子に『玉福』は猫たちを一括する。
集会を収めるボス猫としてではなく。
「|『夏夢』《ひんやり》はうちの! なのにゃー!」
あの屋敷の猫として、『夏夢』の所有権を主張するように『ひんやり』を巡って大騒ぎを巻き起こすのであった――。
成功
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