●猛暑のある日
「暑い……暑すぎですよぉ。」
隠神・華蘭(八百八の末席・f30198)は、和服の首元を少し緩めつつ、冷凍庫から取り出した水色の氷菓をパクリと咥える。
今年は、昨年に比べて、猛暑日が続く日々。あまりの暑さに、朝だというのに、華蘭は本日1本目のアイスをペロリと食べてしまう。ゆったりした性格だが、こうも暑いとアイスが溶けてしまうとパクパク食べては、頭をキーンとさせている。
「えんら……起きてこないですねぇ。」
今日は、一緒に住む把繰理乃・えんら(嫌われ者のバーチャルメイド・f36793)と共に、猟兵達の一大イベントである水着コンテストに着る装いを見繕う約束であった。
しかし、普段なら既に起きてきている時間になっても、未だえんらは自室から出てこない。
華蘭は2本目のアイスを半分に切り分けて、えんらの部屋の引き戸前に行く。
「えんら、大丈夫です?」
アイスを咥えて返答を待つ。片手に持ったえんらへのアイスが、じんわりと汗をかく。が、返答はない。このままでは折角のアイスも溶けてしまうし、水着を選びに行くのも遅くなってしまう。
「開けますよぉ。……あっつ!?」
返答がない事に心配になり、引き戸を開ける華蘭。スッと引き戸を引いた途端感じたのは熱波。思わず声が漏れる。
バグやエラーを抱えたプログラムの寄り集まりであるえんらは、熱に弱い。その為にクーラーも用意してある部屋であるのに、暑さを感じた。
その部屋の主のえんらは、というと、布団の上でタオルケットを被っている。こんなに暑いのに……。
「……ぁ、お嬢様……。」
「えんら!?大丈夫ですかっ。」
消えそうな程に小さな声で呟くえんら。華蘭はバッと近づくと、えんらの額に手を添える。
熱い。
明らかに発熱している。そして、体のあちこちが、バグがちらついて、チリチリとモザイクの様にぶれている。
「バグが……少し……悪い感じに。」
熱のせいで、静かを通り越して力ないえんら。
華蘭が心配してオロオロと、とりあえず、持ってきたアイスをえんらの額に当てる。これで少しでも冷えればと思うも、焼け石に水である。
「えんらぁ……。すぐに言ってくださいよぉ。クーラーは……。」
華蘭がクーラーのリモコンを探し、設定温度を見るも、既に設定できる最低温度。ピッピと温度を下げようとしても、これ以上は下がらない。クーラーも冷やすのが追い付いていない。
高熱にうなされるえんらの姿を今一度見る華蘭は、ふと、違和感を覚えた。
「え、えんら!あ、足が!足が!!」
タオルケットから覗いていた足が、バグでぶれ、そうして、白い魚の尾になる。一瞬、人の足に戻るも、またすぐ魚の尾になる。
「えんらの足が魚に……!人魚になっていますよぉ!!」
「熱暴走の、バグなので……一時的な……。」
このままバグが進んだら、と考える華蘭。足が魚になり、そのうち上半身も鱗に覆われて、手は胸ビレになって、仕舞には……。
「えんらが、ロップイヤーの耳が生えた魚になって、珍獣博物館に展示されてしまいますぅ!?」
「……はい?」
この先のえんらの変化をどう予測したのか分からないえんら自身は、呆気にとられた声を小さく出す。
「珍獣博物館になんていかせないですよぉ、えんら――!!」
華蘭は、困惑するえんらを見てか見ないか、えんらを救おうと、彼女をお姫様抱っこで持ち上げる。
「えっと……。」
「どうしたらいいですか、えんら!?」
「ひ、冷やせれば……自力でどうにかできます……。」
「わかりましたよぉ!!」
そうと決まれば、迷って止まっている場合ではない。えんらを珍獣博物館に行かせない為にも、華蘭はえんらを抱えて家を出た。
●助けて妖怪さん
最初は、えんらの故郷でもあるサイバーザナドゥに向かおうと思った華蘭。しかし、以前、えんらと出会った時のことを、はたと思い出した。
バグやエラーの塊という存在のえんらを消し去ろうとしたオブリビオンを倒したこと。またこのバグだらけの状態になっているえんらを連れて行ったら、追いかけられるかもしれない。それに、以前と違って、えんらを抱えている今、十全に戦えるとは言えない。ただでさえ今辛い状態のえんらに、また辛い思いはさせられないと黙る華蘭。
ならば、華蘭の八百八狸のネームバリューで何とか助けてもらおうと、そうして来たのは、妖怪の世界……そう、カクリヨファンタズム。
ここカクリヨファンタズムならば、バグの処理に長けた者はいなくても、冷やし涼やかにするのに長けた者はいるだろう、と。
「えんら、すぐ楽になるように、わたくし頑張りますよぉ。」
華蘭に抱えられてぐったりとしたえんらに声をかける。
寝巻に人魚の尾なえんらは、少し寝たふりをした。こんな状態で外に出るのが恥ずかしくて、もしかしたら体温が少し上がったかもしれない。
「冷凍妖怪の皆さーーん!」
木々が生い茂って、影ができ、水場も近い、避暑地と言えるようなところに来た華蘭は、そこに住む妖怪たちに聞こえるように声をあげる。
「あらあら、どうしたの?」
「そんなに慌ててどうしたのかしら……?」
死を表す白装束に身を纏って、白い冷たい息を吐く女性。片足でぴょんぴょんと雪を纏いながら近づく女性。氷のような髪の美しい女性が、まず近づいてくる。彼女らが近づいてきただけでも、ひんやりと外気が下がる感じがした。
「あ、これは、雪女さんに、シッケンケンさん。それにつらら女さん!助けて欲しいんですぅ。」
大きくフサフサな狸の尻尾を揺らして、えんらを抱えた華蘭は飛び跳ねる。
「わたくしの家族の、えんらって言うんですが、この連日の猛暑でバグ……えーと、体調を崩しちゃって、足が珍獣博物館になって……!」
「珍獣博物館……?」
大慌てな華蘭。説明も大慌て。
「ふむぅ……そのチラチラと光っている子が熱さで大変だと言う事じゃな?」
「そうなんです、ジャックフロストさんっ。」
小さな白髪の老人、ジャックフロストと呼ばれた妖怪は、霜の妖精。白い豊かな髭を撫でて、ふむぅと考える。
「もしかして、ケルピーみたいな下半身……それが普段と違うところってことかしらん?」
「そ、そうですっ!普段は人間の足なんですぅ。」
湖の水が大きな水滴のように宙に浮いて、それが寄り集まって形成された美しい女性ウンディーネ。ウンディーネが、傍によってきた優し気な雰囲気の下半身魚の馬……水棲馬ケルピーの尾を撫でながら補足する。
「あぁ、ダメよ、ケルピー。その子を食べたら、ダメよん。」
ケルピーは舌をしまうと残念そうにする。ケルピーは人肉を好んで食べる凶暴な妖精だが、水に関わる魔法を使いこなすという。
「人助け、狸助けするの!?ボク達も手伝うよ!!」
おかっぱ頭で、頭上に水の入った皿を持ち、背中に亀のような甲羅をもった河童たちが寄ってくる。
「河童さん達も、ありがとうございますぅ!そうなんです、氷や水があったら冷やせると思って、皆さんに助けてもらいたくって!」
説明がめちゃくちゃなんですよ、とえんらは聞き耳を立てて。
「わたくしの可愛いかわいいメイドで、家族で、大事なえんらを助けてください!」
えんらをお姫様抱っこしたまま、華蘭は深々と頭を下げて懇願する。可愛いや、家族、大事なと連呼されて恥ずかしくなったえんらは、華蘭の胸をぐっと掴んで、顔を隠す。ロップイヤーの耳までほんのり赤くなる。
「えんら、また熱が上がって……!」
「キャハハ、それなら、いっぱいいっぱい冷たい奴らを集めないとね!楽しい楽しい水遊びだぁ!」
騒ぎを聞きつけてきた半人半鳥の女性の海の怪物、セイレーンたちが楽しそうに歌い、笛を吹き、竪琴を奏でる。
全身毛に覆われた大きな雪男、イエティも駆けつけて、甲高い声で賛成と叫ぶ。
●カクリヨの夏
カクリヨファンタズムの木陰で開けた、湖の近く。
「じゃあ、はじめましょうか。」
「お祭りだー!」
ウンディーネがパンと手を打って指揮を執る。セイレーンたちが囃し立てる。
ケルピーが人語ではない、なんとも言えない音を発する。ウンディーネが湖に触れて水を幾らか丸くして浮き上がらせる。
「湖全てを凍らせるのもやぶさかではないのですが……。」
「湖の魚さんが死んじゃいますよぉ。」
雪女の冗談になっていない冗談に、華蘭が困ったように突っ込む。
「氷の妖怪の皆さん、頼みましたよん。」
ウンディーネとケルピーが持ち上げた水の塊を、陸へと移動させる。任されたとばかりに集うのは、氷や冷気を操る妖怪たち。
雪女、シッケンケンが水の塊に向かって、フーッと優しく冷たい吐息を吹きかける。つらら女が、ツンツンと指先で水の塊に触れる。
すると、次第に水の塊が凍り始める。
「ふぉっふぉっ。こうして皆で力を合わせてみるのも面白いのぉ。そぉーれ!」
豊かな髭を撫でていたジャックフロストが、飾りもあった方が良いじゃろうと、杖をトンと地面に突く。すると、地面から霜柱がピキピキと音を立てて伸び、凍り始めた水の塊を支える足になる。ネコ足のようにお洒落に決めてしまっている。
丸い氷の塊にネコ足が点いた物が出来上がる。
「今度はボク達力持ち自慢の出番だね!」
「――!」
河童たちが声をあげ、イエティが握りこぶしを作って待っていましたと言わんばかりの甲高い声をあげる。
河童たちは手作りのピッケルやスコップを持って氷塊に乗って、イエティも数人が氷塊に乗る。
「せーの!いち、に!えいや、こらさ!」
河童たちは掛け声に合わせて、それぞれの道具で氷塊を削っていく。小さな体でそれはもうドンドンと息の合ったペースで削って、削り氷は外に運んでいく。
イエティは河童たちの横で、拳を振り上げて豪快に氷塊を砕いていく。
「力自慢のお出ましだー、ドンドン削って、お風呂にしちゃえー!」
「わぁ!!ドンドン氷のお風呂が出来上がっていきますぅ!!」
えんらを抱えた華蘭と、ただ賑やかしているのか、応援しているのか分からないセイレーンたちが妖怪たちの働きをキラキラとした瞳で見る。
「はい、つんつんっと。出来上がりですよぉ。」
暫くすると、ネコ足バスタブな氷のお風呂が出来上がった。木漏れ日にあたってキラキラと輝くそれはまるで宮殿にある豪華な水晶で作ったバスタブのようだ。
「あぁ。最後の仕上げは我らじゃのぉ。ほれ、ケルピー、水を張るのじゃ。」
ウンディーネがケルピーをせっつくと、冷たい水が注がれる。
「氷で出来た水風呂ですよぉ、すごいです、妖怪さん達っ!」
「良いから、はよ、その子を付けるのよん。」
「つっめたーいお風呂でひっえひえー♪」
ウンディーネとセイレーンに促され、華蘭は礼を言いつつ、大きな大きな氷の水風呂に高熱なえんらをそっとつける。
まるでその絵は、弱った人魚を海に返すようで。
「えんら、すぐに冷えて楽になりますよぉ。」
「……ぅん。」
ちゃぷんと浸かるえんら。高熱で火照って苦しそうだったえんらの表情が、だんだんと落ち着き、ホッとしたような、楽になったという表情に変わる。
「……ありがとうございます、お嬢様。それから、皆様。」
「良かったです、えんらぁ!」
バグのチリチリとした光りが次第に治まっていき、えんらもいつもの声音を取り戻しつつあった。
「良かったわねぇ。私もこのお風呂なら入ってもいいかしらぁ。」
つらら女が水加減を調整しながら、ふふっと笑う。
「狸の娘も一緒に入るといいー♪」
「ぴゃ!?」
セイレーンがドンと、氷風呂の縁に立っていた華蘭の背中を押す。と、急な出来事に華蘭は止まることなく氷水風呂へとばっしゃーんと頭から入る。
「あ……。」
「つめたーーーい!」
えんらの呟きを掻き消すレベルの声量で華蘭は叫ぶ。ガタガタと、この真夏では思えない冷たさを味わう。
妖怪たちは愉快そうに笑う。華蘭もそれを見て、なんだか楽しくなって、けらけらと笑ってしまった。こんな夏もいいかもしれない。
えんらもまた、自分の為にここまでしてくれて妖怪たちと、それから華蘭に、ありがとうの笑みを小さく返す。
●いざ、水着コンテスト!
「で、バグは治ったのですが……。あの、お嬢様。」
「なぁに?」
カクリヨファンタズムで冷を楽しんだ帰り道。夕日が燦々と影を作る頃。華蘭はえんらを未だにお姫様抱っこしていた。足は既に人間のものに戻っている。
「なぜ、帰りも、その……お姫様抱っこでございますか?」
「なんとなくですよぉ。」
気恥ずかしい、と言いたげなえんら。でも、それよりも言いたかったのは、今日のお礼と、謝罪。
「あの、今日は申し訳ございませんでした。私のバグのせいで、水着を選びに行くこともできず……。」
申し訳なさそうに、えんらが言う。きっとお嬢様は疲れているか、残念そうにしている、そう思いながら華蘭の顔を見る。
しかし。
「そのことなんだけど、いい事を思いついたんですよぉ。」
「さーて、始まりました!!今年の水着コンテスト!!」
わーっと!!!会場が熱気と歓喜に盛り上がる。
そんな会場の中。
「えんら、かわいいですよーーっ!!」
「は、恥ずかしいです……こんな露出も多いですし……。」
アイドル風の桜柄の水着を纏った華蘭が、マイクを両手で持って、そのマイクに向かって思いを叫ぶ。ファンサービスをしているアイドルのようだ。
そんなエールを貰っているえんらはというと。この間の騒動になった魚の尾、人魚のようになっている。でも、今日はバグではない。
あの日の帰りに華蘭が言ったのだ。「今日の人魚を元に水着にしたらいいんだ」と。
それから華蘭は衣装棚を片っ端から開け放ち、えんらをコーディネートした。
白の魚の尾は、少し紫色のグラデーションにチェンジ。そのままでは素っ気ないと、ひらひらキラキラとしたシルクのレースを幾重にも重ねて。
上半身は普通の水着で、というえんらにNOを出す華蘭が出したのは貝殻水着。人魚姫の物語にあった挿絵ではこれだった!と。ブルーのリングとパールで飾り付けて、アクセントに白いリボン。
えんららしさも忘れずに、とメイドのエプロンとヘッドドレスも合わせて。
仕上げに、尾の先にブルーのリングとレースを付ければ、海の中でも煌びやかに流れる装飾に。
「さあ、えんらがアピールする番ですよぉ!」
「い、いいです……恥ずかしい。」
「ダメです、行きましょう、一緒にっ。」
ステージに上がるえんらと華蘭。
恥ずかしそうにえんらは、メイドエプロンをつまんで御挨拶。頬を染めたその姿は、可愛らしい人魚姫。
えんらのデータの中にあった人魚姫の物語。
最後、人魚姫は泡になって消えてしまう。きっと私もバグの泡になってしまう。
いや、違う、悲恋じゃないから、泡になんてならない。バグの泡になんてならないんだ、と。
「かわいいですよ、えんら!!」
「ステージで叫ばないでくださいっ。」
成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴🔴