ひんやり、ひんにゃり
●奇妙な友情
それを友情と呼ぶのはあまりにも簡単なことであったのかもしれない。
けれど、同時にそう呼ぶのはあまりにも浅はかな言葉であるようにも思えた。
少なくとも二又の尻尾を持つ猫『玉福』はそう思っていた。
自分は今日もしっかりと縄張りのパトロールをしている。
これは習慣というか、己の身に染み付いた本能である。変えようと思って変えられるものでもないし、教わったからしているというわけでもない。
「ふんふんふんふんー♪」
こういうのは基本的に一匹ですることである。
縄張りとは即ち己のパーソナルスペース。これを侵害するものとは戦わなければならない。
だから、一匹でやるものだ。
「あー! お猫様! あちらになんだか綺麗なお花がありますよ!」
「なぁん」
知ってる。
昨日見回りをした時に蕾をつけていたから、今日の朝にでも咲いているのではないかと思ったのだ。
今、自分の上に浮かんでいる『ひんやり』しているのは、主――馬県・義透(死天山彷徨う四悪霊・f28057)の屋敷に自分を追いかけて迷い込んだ性別不明の幽霊『夏夢』だ。
彼なのか彼女なのかはわからないが、『夏夢』は屋敷に住まうようになってから、ずっと自分の後を付いてまわってきている。
これは恐らく人間の言うところの崇拝にも似たものであるように『玉福』は思ったが、それを言葉にして伝えるのは猫である身には難しいことだった。
「にゃあ」
「あ! こちらですね! やあ、なんとも本日は日差しが強いですね」
ジリジリと照りつける日差し。
朝日が登ってから少ししか時が経っていないのに、もうこの暑さである。
以前であれば、屋敷の涼しい場所でのんびり寝そべっておこうと思う所であるが、今は違う。
そう、『夏夢』の周囲は『ひんやり』しているのである。
どういう理屈かは知らない。興味もない。
ただ、そこには純然たる事実があるのだ。
「にゃあにゃあ」
「はいー、もう少し下ですねー」
なんて呼びかければ、『夏夢』は近づいて己の頭を撫でる。
そうするとどうにも良い塩梅で撫でた箇所が『ひんやり』して良いのである。それとただ撫でるだけではない。
彼女は『陰海月』からブラッシングの手ほどきを受けている。
その手ほどきによって得た、抜群のブラッシングでもって己の肌は今、夏の太陽の日差しにもまったく負けずに『ひんやり』しているのだ。
これはとても良い。
めちゃくちゃ縄張りが捗る!
「なー」
「ええ、ええ、わかりますとも。そろそろお戻りになられるのですね!」
「にゃー」
「本日のカリカリですね。お味ってどれになさいます?」
そんな風に屋敷への道すがら訪ねてくるので、当然のように鰹節味大盛りで! と鳴くのだが、お供の『夏夢』はちょっとむずかしい顔をする。
「あー大盛りはちょっと。自動餌やり器のこともありますしー……って、ひゃぁ!?」
「にゃーん?」
それならば、こうしてやろうというのだ。
ぐりぐりと実体のない『夏夢』の膝小僧に額を押し付けて甘えるように鳴く。
「あ、あ、あああ~! いや、い、いやいや! 駄目です! 如何に推しと言えど! こればっかりは! 推しの体調、健康管理を任されるという栄誉! 然と全うしなくってはなりませんので!」
ちっ。
やはりダメだったか。
なんでか知らないが、この『夏夢』はカリカリの増量を拒む。
それは自分のことを思ってのことであったが、『玉福』にはわからない。
けれど、それくらいでいいのかもしれない。
でも、ちょっと癪に障る。
ぐりぐり。額を押し付ける。
悶える『夏夢』の声を聞きながら、もう少し意地悪してやろうと『玉福』はまた一つ鳴くのであった――。
成功
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