ゆびさきの熱は冷えない
ごうごうと突風のごとく走っていくジェットコースター。くるくる回るティーカップ。ひまわりよりも大輪の花めいた観覧車。絶妙にゆるくてかわいいマスコットや、派手な衣装のキャスト達の華々しいパレード。
すべての要素がきらきらと夏の陽射しを浴びて輝いていて、入場客達の歓声に溢れた此処は、ちまたで大人気の遊園地。
午前中の時点で随分多種多様なアトラクションを楽しんだつもりだったけれど、パンフレットのマップを見れば、まだまだ遊びきれてはいないらしい。
「次は何処に行きたいんだ」
昼食の時間をセルフサービススタイルのレストランで過ごす二人のうち、一ノ瀬・帝は正面に座る友人に尋ねる。
ハンバーグを美味しそうに食べていた知花・飛鳥が、それぞれのプレートの間に広げられたパンフレットを眺めながら、そうやなぁと首をかしげる。
「ジェットコースターは並んで乗れたし、もっかい並んでもええかもな。あ、でも次はこのシアター型の奴とかでも……って」
そこまで言いかけて、桜色の少年ははっと我にかえった様子で帝を見る。
「さっきから俺にばっか付き合わせてとるけど、ミカもなんか気になるアトラクション無いん?」
「チケットは飛鳥が当てたんだ。俺のことは気にせず、飛鳥の行きたいところでいいぞ」
「そらそうやけど、俺かてミカが楽しゅうないと嫌やで?」
遊園地のチケットを商店街のくじで引き当てたのは飛鳥で、使い道のアテに困っていたところを幼馴染に泣きついた。帝がいつものように自分の頼みを聞いてくれてほっとしたけれど、つまらないのに無理をしていないか、すこしだけ不安が残る。
「俺も十分楽しんでいるが。けど、まぁ……行きたい場所が、無いことも無い」
「ほんま? なんや、あるなら言うてみって!」
いつも自分を優先してくれる帝の行きたいというアトラクション。ならば行かなくては損じゃないか、と食い気味に促してみれば、彼はマップの一か所を指さした。
「じゃあ、ここ」
「……え゛っ」
無表情のゆびさきが示したそれは、この遊園地唯一にして随一の恐怖を味わえるお化け屋敷だった。思わず声をあげる飛鳥を見つめて、飲んでいたコーラから唇を離し、帝は気遣うような口調で淡々と告げる。
「……やっぱりやめよう」
「い、いや、大丈夫やって! 行こう!」
軽めのホラー映画も見られない飛鳥とはいえ、ずっと自分の行きたいアトラクションにばかり帝を付き合わせている後ろめたさがあった。長年共に過ごして見慣れた無表情が、嫌々遊んでいる訳ではないということはわかっている。
けれどせっかくなのだから、彼にだって思いっきり楽しんでもらいたい。
「クオリティ高そうやん、ミカそういうのすきやろ?」
「ああ。本当に、行ってもいいのか?」
こちらの苦手を理解している帝らしく、何度も念押しする姿に、俺なら大丈夫やって、と飛鳥は不安な気持ちを心の隅に追いやって笑った。
夏のお化け屋敷の人気というのはそれなりに高く、大抵の人間は納涼を兼ねている。そこそこの行列に並んでいる間も、恋人同士や学生グループなどが身内同士での会話を楽しんでいた。
「此処って十二歳以下は入れないんでしょ、どんだけ怖いのよ」
「まぁコンセプトはめちゃくちゃっぽいけどね。えーっと、まずやばい細菌に感染したゾンビまみれの病院から逃げ出すけど、たどり着くのが院長の家で? 実は院長は快楽殺人鬼で? 最終的に呪いの人形と対峙しなきゃいけないとか?」
なんやその盛りだくさん。彼らと同じように並んでいた飛鳥は内心つっこんだ。
「ひとつに絞れや!」
思わず声に出てしまった言葉に、ふむ、と帝も頷く。
「ストーリーはめちゃくちゃであまりわからない気がするが、此処を手がけたプロデューサーの他のお化け屋敷は評判がいい。きっと此処もそれなりにクオリティが高いだろうな」
「ミカ、詳しいなぁ……」
心なしか眼鏡越しの瞳がきらきらと輝いているように思えて、飛鳥もそれ以上の文句は我慢する。だって、あまり自己主張することのない帝の喜ぶ顔が見たかった。
けれど、だんだんと列が短くなるにつれて、閉じ込めていた不安が広がっていく。それもこれも、スピーカーから聴こえてくるのは先に入場していった客の悲鳴だからだ。
わざと聴かせることで入場前から恐怖を煽っていることが伺えて、このお化け屋敷のプロデューサーとやらの才能を恨んでしまう。
そうして隣にある出口を見れば、泣きながら出てくる数人の少女のグループ。途中離脱も可能だとは書いてあるものの、それでは帝の満足した様子が見られない。
よし、と飛鳥がちいさく拳を握り、最後まで突き進むことを覚悟すれば、帝がそっとこちらを見る。
「飛鳥、ありがとう」
「え、あ、ん? なんや?」
「付き合ってくれて、うれしい」
帝の伏せられた目がふんわりとゆるく笑っているのを見て、飛鳥の決意は完全に定まったのだった。
「ギャアアア!!」
ゾンビが脅かす声よりも大きな絶叫が、帝の隣で響く。ぎゅっと握られた手はまた強く力が込められていて、飛鳥にもこんな力があるんだな、なんてのんきに思ってしまった。
「なんや今のゾンビ足速すぎやろ! こっち追っかけてくんなってもー!」
「きちんと足が腐り落ちているような妙な動きだったな、演技が細かい」
先ほど正面に立ちはだかったゾンビナースの役者の動きは、帝を唸らせるものだった。ぐずぐずに崩れた全身の特殊メイクに、血まみれでぼろぼろの衣装。それに見合うだけの演技をしているスタッフのパフォーマンス力には舌を巻く。
廊下を歩いていれば後ろからカンカンカンと何者かが追いかけてくるような足音がしていて、全力で逃げ出そうとする飛鳥に手をひかれる。早足になりつつも、背筋もちょうどよくほんのり寒くなって、帝は楽しさと恐怖を存分に味わっていた。
しばらく進めば、手術室と表札の書かれた部屋の扉に帝が手をかける。もう片方の手は飛鳥に繋がれていて、桜色の体温によってぬくいまま。
「あ~嫌やこれあれやろ、絶対なんかまた待ち構えとるやん、そらお化け屋敷は待ち構えとるもんやけどさぁ」
「……リタイアす」
「リタイアはせんからな!? 行くで!!」
怖がりな飛鳥を無理に引きずってまで、お化け屋敷を楽しもうとは思わない。そんな帝の言葉を遮って、飛鳥は繋いだ手にまた力をこめる。
「あっでも絶対手ぇ離すなや!? ずっと一緒やからな!?」
「ああ、わかった」
何気ない言葉に、ぽ、とちいさく胸にあかりが灯る。なんだろう、今のは告白みたいでいいな、と思った。
ずうっと大切に守っている約束と恋慕を口にしないのは、飛鳥が約束を思い出してくれるまで、あるいは自分が、彼を迎えられるほどの大人になるまで。
そうして扉を開けば、部屋の中央にはぼろぼろの手術台に何かが乗せられている。シーツのようなもので覆われたそれが、きっとお化け役なのはわかる。
さて、他にも隠れていそうなものだが、とぐるりと帝が見渡すと同時、飛鳥が言葉をもらす。
「あれ絶対あそこにおるやん、俺達が通ったら脅かすやろきっと、うわー……」
「他にも気をつけたほうがいいぞ」
「ほんま!?」
手、どころか肩にしがみつく飛鳥がかわいらしくて、大丈夫だ、と口にする。きっと想像している以上にひどく怖がっているのに、自分も楽しめるようにと諦めないでくれるそのやさしさがうれしかった。
がた。ふいに何かが部屋の隅で動く音がして、そちらに意識を取られた瞬間。
がしゃんと大きな音と共に、隠れていたゾンビの群れがこちらへ襲いかかる。その名演技をしげしげと眺め、おお、と感心の声をもらした帝よりも、案の定飛鳥の大絶叫がこだまする。
「ギャアアアアアア!?」
「飛鳥、落ち着け。走ってもいいが転ばないように」
ダッシュで手術室を突っ切ろうとする彼を宥めながら、ふたり駆け足で逃げていく。通り抜けようとした手術台のシーツからがばりと起き上がったゾンビがこちらへと手を伸ばす。
ちょうど、その伸ばされた手のゆくさきが飛鳥の腕だったから、思わず眼鏡の少年はすっと立ち位置を代わって。
触れられないようにしたのは、飛鳥がこわがると思ったからだったのか、自分が触れられてほしくなかったからかはわからない。
「み、ミカ、次って……?」
「ああ、院長の家エリアだな」
まだあるんかい、とがっくりと肩を落とした飛鳥の手を、帝がしっかりとつなぎ直す。
「大丈夫、進めばいつかは終わる」
「んな当たり前なこと言うなや~!」
そんな風に、もうすこしばかりお化け屋敷の脱出は続く。
この恐怖を乗り越えたあとには、楽しかった夏の記憶だけが残るはずだから。
成功
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