空のヴィアベル・タイヴァイス
●これは召喚獣として召喚された元離反NPCの物語
数ある古代魔法の中において召喚術によって喚び出された存在を召喚獣と呼ぶ。
それはブルーアルカディアにおいては稀有なる存在であったが、しかし眉唾物の存在ではなかった。
「あーもー! 失敗した! なんでこんなことになってるんだよー!」
己を召喚したであろうおチビさんが喚いているのを瑞波羅・璃音(元離反NPC・f40304)は興味深い面持ちで見つめていた。
彼女にとって何故だかこうして世界に在る、という事自体が奇跡めいていたからだ。
とあるゲームの悪女の元側近。
離反したキャラクターにして、味方キャラクター。
それが彼女だ。
何の因果か、異なる世界に喚び出され、なぜだか今がっかりされているのだから、彼女の中に苛立ちも理解できるというものであった。
「それはこっちのセリフなの。どういうことなのこれは」
「どうもこうもないよ! 俺は『水を操る』召喚獣を召喚したはずなのに……!」
目の前のおチビさんはどうやら自分を『召喚した』と言っている。
バーチャルキャラクターって召喚されるものなのだろうか? いや、どうして自分が此処にいるのかを考える。
深い、深い海底に自分は居たように思える。
それはゲームのキャラクターであるから、誰かが電源を入れてデータを喚び出さなければ活動できない理。
けれど、璃音は深い海の底から助けを求める声を聞いたが気がしたのだ。
そして、気がついたらすでに此処にいた。
「何、『水を操れ』ばいいの?」
「どう見たってできそうな気がしない。ただの女の人だし。あーもー、本当にもーさー! 召喚術だって簡単にできるものじゃないっていうのに!」
話を聞いていると自分を呼んだ少年は術師のようだった。
そして、彼の言葉通り何かを喚び出す術というのは、どうやら高度であり、また成功率がそもそも高いものではないようだ。
その数少ない成功率で自分を呼び寄せたのだ。
確かにがっかりするのも頷ける。
だって、今の自分はただの『うら若き乙女』にしかみえないだろうから。力を持っているようにも思えなかったのだろう。
「ギュガァァァァァ!!!」
璃音が自分のことを伝えようとした次の瞬間、頭上より響き渡るは咆哮だった。
凄まじい声量。
耳をつんざくほどの咆哮だった。
「な、なに?」
「くそっ、もうこっちまで来やがったのか……! おい、アンタ、逃げるぞ! アイツは……!」
おチビさんの言葉に璃音は見上げる。
咆哮の主がそこにあった。
巨大な翼。艶めく鱗。ぎょろりとした眼。そして鋭い牙と爪。
そう、この大空の世界ブルーアルカディアにおける魔獣であった。竜のようでいて竜ではない。半端な竜と蜥蜴が混じったような姿の魔獣は怒りに満ちた眼球を璃音たちに向ける。
口腔にゾロリと生え揃った牙が打ち鳴らされる。
それはまるで火打ち石を打ち据えるような音でもあった。瞬間、その牙がこすり合わされることによって生み出された火花が何倍にも膨れ上がり、己を召喚したおチビさんと璃音を襲う。
「まずい……!」
「炎……そういうこと。なら、簡単ね。凍えて……固まって……」
璃音の瞳がユーベルコードに輝き、掲げた掌から荒ぶる流氷の渦が生み出される。それは一瞬で魔獣の炎を吹き飛ばし、その関節部分を凍結させるのだ。
翼を持って空に浮かんでいた魔獣は、羽撃く羽の関節を凍りつかされ、空に飛ぶことができずに、そのまま雲海に沈む。
その様を見ておチビさんは目をまんまるにしていた。
「どう? あたしなら、こんなこともできるけれど」
ふふん、と璃音は得意げな顔をする。
目の前のおチビさんの表情がみるみる間に明るくなっていくのを彼女は見ただろう。
彼の召喚術は間違っていなかった。
スカを引いたのではない。
これ以上無いアタリを引いたのだと彼自身も理解しはじめたのだ。
「や、やった……! すげーよ、アンタ! これならアイツらだってどうにかできちまうかもしれない!」
喜ぶようにして己の周りを跳ね回るおチビさん。
ん?
ちょっと待って?
今なんて言った?
「アイツ『ら』って言ったの?」
「ああ、さっきみたいな炎を操る魔獣がたくさんいて困ってたんだよ! でもアンタ……えっと、名前なんていうんだっけ。俺は……」
「璃音よ、えっていうか、待ってちょうだい。たくさん? あれが!?」
「そう、だからアンタを呼んだんだよ」
あーこれは、と璃音は天を仰ぎ見る。
そういうことか、と。
自身が元々お助けNPCだったことを思い出す。
ならば、これはきっと天命というやつなのだろう。それに乗りかかった船だ。
「いいでしょう。あたしだって水術師! 力を尽くそうじゃない!」
そう言って彼女は目くるめく炎を操る魔獣退治へと繰り出す。
これが始まり。
これが彼女の召喚獣として喚び出された大空の世界の第一日目だった――。
成功
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