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Could you be my friend ?

#エンドブレイカー! #ノベル #猟兵達の夏休み2023

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ルシエラ・アクアリンド




 タン、タン、タン、タン。
 サンダルの踵をリズミカルに鳴らし、ルシエラ・アクアリンド(蒼穹・f38959)は空の籠を右腕に、長い階段を降りてゆく。
 目的地だった五階から地上までは、それなりにある。ここは思い切って、とルシエラは一歩の歩みで二段を跳ねた。
 ラッドシティの住宅街。星霊建築らしいこの集合住宅の階段には、外の風が入る。森とは比べるべくもないが、幾らかの涼しさにルシエラの頬が緩む――その時。
「「あ」」
 辿り着いた三階で、ルシエラは足を止めた。鉢合わせた人影も、間の抜けた声を発したまま固まっている。
「そういえば、イノンもここに住んでいたのだっけ」
「――はい」
 是の応えまで、微妙な間があく。上層階の男の勧めで住み続けていることに思うことがあるのか、誰にでも折り目正しい彼女らしくない態度に、ルシエラは気取られない程度に目尻を下げた。
「ルシエラさんはどうしてここに?」
「お裾分けに、ね。ほら、彼は料理が好きでしょう?」
「――そうですね」
 取り繕う気がないらしい相手の態度に、ルシエラは今度こそ小さく笑う。すると不意の遭遇を果たしたイノン・リドティ(暁風の魔獣戦士・f38920)の気配が解けた。
「ファルコンの気晴らしに、郊外の森に出かけたのだけどね。そこで鈴なりの葡萄と出会ってしまって」
 つい欲張ってしまったと、二人並んで階段を降りながら、ルシエラは事の経緯をイノンへ説く。
「わかります。私も安売りとか見ちゃうと、つい」
「そうなんだ。ちょっと意外」
「そうですか?」
「うん。いつも落ち着いて見えるから」
 思いの外、あっという間に階段を下り終えてしまった。開けた視界に、本物の夏空が眩しい。
 夕刻はまだ遠い時分、日差しに焼かれた石畳へ揃って踏み出す。
「ねえ、イノン」
「はい」
「このあと時間はある?」
「はい」
 歯切れの良いイノンの返事に、ルシエラは“思い付き”を決行するのを決意する。元々、どこかに立ち寄って、買い物でもして帰ろうと考えていたのだ。
「せっかくだから、デートをしない?」
 このまま「またね」をするには、どうにも惜しくて。イノセントの直感に任せ、ルシエラはイノンと共に盛夏の冒険へ繰り出す。

「皆さん、お元気ですか?」
「便りがない人もいるけど、元気だと思うよ」
「便りがないのは元気な証拠、って言いますもんね」
 街路樹が落とす影を頼りに街をそぞろ歩く。主にウインドウショッピングだが、気になるものがあったら店内にも入る。ルシエラとイノン、双方ともに年頃の女子だ。流行りものには、それなりに興味がある。
 今年の夏は締め付けのゆるい、それでいてギャザーがふんだんに入ったワンピースが主流のようだ。
「綺麗な色ですよね」
 冷やかすだけに終わったブティックを背景に、イノンはルシエラが羽織るショールに目を細める。
「夜明けをまとっているみたいです」
 言われてみれば、とルシエラは繊細な紗のそれを、そよと吹いた風に遊ばせた。深く、けれど柔らかい色味のショールは、今日の装いである白のサマードレスと共に、数年前に仕立てたもの。夏が廻るのを心待ちにするようになった“お気に入り”を褒められるくすぐったさに、ルシエラは笑みを深める。
 初めは幾らか緊張した面持ちだったイノンも、すっかり自然体であるように見えた。他愛ない言葉のキャッチボールが、とても心地よい。
「褒めてくれてありがとう。言われてみればそうだね。けど、ここだけの話――」
「――?」
「お裾分けの葡萄の色に似ていたから、今日はこれを選んだんです――って言ったら、イノンは信じてくれる?」
「――っ!」
 ルシエラが仕掛けた|内緒話《いたずら》に、イノンが慌てて両手で口許を覆う。間に合わなければ、音にして吹き出していたことだろう。
「っ、ん、もう。ルシエラさん、ったら……っ」
 初めて目にしたイノンの姿に、ルシエラの気持ちが上向く。
(――あ)
「ねえ、イノン」
「はい?」
 語尾を上擦らせるイノンの手を引き、ルシエラは雑貨屋へ駆け、硝子玉の葡萄が揺れる髪留めを買い求めると、イノンの手に握らせた。
「……これは?」
「お裾分けの代わり、かな。これ、褒めて貰えて嬉しかったのもあるよ」
 息つく間もない展開に、イノンは瞬きを繰り返す。ルシエラの知っている、これまでのイノンであったら、遠慮が勝ったはずだ。でも、今日のイノンは違った。
「あ、ありがとうございます。あのっ。良かったら、あれを一緒に作りませんか……っ」
 髪留めを大切に両手で包んだイノンの瞳は、雑貨屋の店内で催されているワークショップへ向いている。

≪Could you be my friend ?≫

 空だったルシエラの籠の中には、作り立てのグラスキャンドルがふたつ。
(なかなか上手く出来たんじゃないかな)
 一つは、 綿菓子めく白雲が浮かぶ青空と桃の花一輪。近ごろ縁を結んだ仔竜を彷彿させる出来栄えに、ルシエラは自画自賛をひそかに笑む。
 そしてもう一つは「髪留めのお礼です」とイノンから贈られたもの。緑の森に鈴なる紫は、本人曰く「お揃いの葡萄です」ということだ。
「改めて、ありがとうね。イノン」
「いえ、これでお相子です」
 ずいぶんと砕けてきたイノンの様子に、ルシエラの中の悪戯心と老婆心が疼く。|片方《・・》を突いた以上、イノンも突いて|公平《イーブン》だろう。
「そういえば。髪、一房染めたんだね」
「っ、え、あっ」
 自分の前髪を摘まみ、ルシエラはイノンの顔を覗き込む。途端、一気に染まった頬は、先ほどイノンが作った二つ目のグラスキャンドルの色によく似ていた。
「とても似合っていると思います」
 ルシエラがおどけるようにかしこまると、金の双眸に戸惑いと喜びを混ぜた光が燈る。
「ルシエラさん……ありが、とう……ございます」
 否定するのではなく、ただただ照れ恥じらうイノンに、ルシエラは大きな安堵を得た。ついお節介を焼きたくなったが、この分ならば大丈夫だろう。
 見知る人々の良い変化は、ルシエラにとって嬉しいことだ。
(嬉しいついでに、もう少し)
「ルシエラ、でいいよ」
「え?」
「齢も殆ど一緒になったしね」
 提案は、再びの“思い付き”だった。しかし、かつては年下だった少女は数多を経て、年の頃を並べる成長を果たしている。
 イノンの逡巡は、暫し。やがて大きな覚悟を決した顔で、イノンはルシエラと向き合う。
「あのっ。おともだちに、なってもらえますか」
(――おや、まあ)
「もちろん。喜んで」
 内心の驚きはおくびにも出さず――そうしないとイノンがまた萎縮してしまうだろうから――ルシエラは軽快に是を告げる。
 ルシエラの“お姉さん”気質の本領発揮だ。
「じゃあ、イノン。これからは遠慮なく『ルシエラ』って呼んでね」
「は、はい!」
「口調も、もっとリラックスしてくれたら嬉しいな。友達だもの」
「っ、ありがとうござ――ありがとう、ルシエラ」
 紡ぎ直されたイノンの、存外の滑らかさに、ルシエラは僅かに『抜け駆け』をした気分を味わうが、あちらはあちらでおいおい上手くやっていくだろう。
 自分にとっての大切な顔と、前髪を一房染めた青年の顔を思い出し、ルシエラは相好を崩す。
「ねえ、イノン。せっかくだから、夕飯の買い物にも付き合ってくれる?」
「じゃあ、お勧めのお店に案内しま――するね。この辺は、詳しいの」

 二人の明るい声が、夏空に爽やかに響く。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年08月04日


挿絵イラスト