太陽に焦がされたアスファルトの上、陽炎はゆらめく。
空気を動かす風は弱く、抜けるような蒼穹には薄雲すらない――今日も今日とて茹だる暑さの快晴だ。
隣で揺れる、眩しい桜色を見やった。日焼けを知らない白い項に汗が浮いている。暑さにうんざりしたり、わめいたり。ただ暑がっているだけだが、彼の仕草は見ていて飽きない。
「アイス買っていこかなぁ……はぁ、もう、暑いわぁ……!」
「そうだな」
汗で額に張り付いた前髪をカラーピンで留めなおす。ささっとポンパドールを作れば、彼から「ふいー」と息が抜けていった。
「ミカぁ、コンビニ寄らへん?」
「ああ、いいぞ」
「よっしゃ、アイス買って帰ろ!」
また表情がころんと変わった。想像のアイスだけで、煌く笑顔が弾けた。
通りかかったコンビニの自動ドアが開いた瞬間、冷気が汗で濡れた頬を撫でる――火照る躰が冷風に吹かれて、ふたりは安堵の息を吐く。
「アイスーアイスー!」
彼は調子っぱずれな鼻歌を口遊みながらアイスケースの方へ。
暑い中で食べるアイスは夏だからこそ味わえるものだし、そんな夏だからこそ企てられるものある。
リムレスのスクエアレンズの奥――一ノ瀬・帝(素直クール眼鏡男子・f40234)の黒い切れ長の眸が、コンビニのウインドウに貼られた一枚のポスターを捉える。
大きな花火が咲いた写真を背景に、「夏祭り」の筆文字。
(「今年もやるんだな」)
川沿いに夜店が立ち並び、提灯は夜道を照らし、日没後には花火が打ち上げられる。
恒例のありふれた祭りだけれど。
今年の祭りは、この日だけだから――帝は、アイスコーナーで眸を煌かせながら物色している彼の名を呼んだ。
「ん~? どないしたん?」
「一生のお願いがある」
「一生のって重いな!?」
帝の真剣な眼差しに、茶々をいれかけた知花・飛鳥(コミュ強関西弁男子・f40233)も閉口した。帝の次の言葉を待つように、やわく垂れた紫の双眸が見上げてくる。
「一緒に……祭りに行かないか。浴衣を着て」
「………………それだけ?」
帝は、こくりと首肯。
飛鳥は、ぱちくりと目弾。そして、苦笑交じりに「もー!」と嘆いた。
「そんなことで一生のお願いを使うな! もったいないなぁ! 祭りくらいええけど、でも浴衣かぁ~……んー……」
浴衣を着る習慣は生憎と飛鳥にはないから、自前の浴衣を持っていない――それは帝も同じだが。
「……ミカも一緒に着るんならええよ?」
「よし、いいぞ」
「即答かい!」
思わずそうツッコミをいれれば、ふたりでふきだし、飛鳥は笑声を弾けさせた。
◇
なんてことがあったのは、つい二日前。
祭りは来週末に開催されるから、浴衣をレンタルできるという呉服店へと足を踏み入れたのは、つい一時間前。
並べられた浴衣は、ふたりでざっくりと選んだもの。すでに袖を通したものも、これから試着してみるものも一緒くたに並んでいる。
「ミカはさぁ、背高いし、イケメンやし……やっぱり浴衣も似合うなぁ」
「そうか?」
「俺の浴衣姿も、どやっ?」
ぱっと腕を広げて、袂を揺らす。にっぱと弾けさせた飛鳥の無邪気さが尊くて尊くて。
それでも帝の頬はぴくりとも動かない。心だけが大騒ぎしている状態だ。
(「めちゃくちゃいい……マジか、天使じゃないか。いや、当の昔から知っていたが、飛鳥が天使すぎてどうしよう……」)
そのバカ騒ぎを知る由もない彼は、
「おーい? 聞いとるー??」
じっと飛鳥を見つめたまま動かない帝の目の前でひらひらと手を振ってみた。惚けていたことを隠すように、慌ててブリッジを押して眼鏡を上げて――舞い上がる気持ちを落ち着ける。
「聞いてる、ちゃんと聞いてる……うん、いいと思う」
「そうか?! ミカに褒められると照れるー!」
嬉々として笑う彼は、試着中の襟を撫でて、弾む気持ちを隠すこともなく、浴衣を選ぶ。
「これ当てて!」
とても夏らしい――生成りの身頃に色彩豊かな大振りのハイビスカス柄がさんざめく一着を引き出して、帝の顔の横へと近づける。
アロハシャツにも通ずるなにかを感じさせるもので、飛鳥はくすくすと笑った。
「ちょっとチャラすぎるな」
「でも飛鳥が選んでくれるならこれでも……」
飛鳥の意見を無下にすることはできない。この派手一辺倒のハイビスカスを纏う――覚悟を決めかけて。
「ジョーダンやって、冗談! ミカはさ、もっと、こういうのとか」
笑う飛鳥は、ハイビスカスをひっこめて。白は白でも白波柄のシックな浴衣を帝に当てた。
「ほら、こういう、渋い感じの方がかっこええかも!」
言われるがままに濃紫のそれに腕を通し、さらりと羽織ってみせれば、飛鳥は目を瞠って微笑んだ。
「やっぱかっこええなぁ!」
「お前だってさっきから様になってるじゃないか」
「ほんまにぃ? それやったらええんやけど……おおっ! 見て、ミカ! トリケラトプスや!」
面白がって楽しんで、薄橙の浴衣を広げて、「こんなんもあるんか、おもしろいなぁ!」と鏡の前に立つ。
「どや?」
「ん、それもいい」
「ほんまに言うてる? 恐竜やで?」
「虎だってあるぞ」
「虎?! そんなん、かっこええんとちゃうの!?」
モダンにデフォルメされた恐竜を手放して、帝が見つけた虎柄の浴衣を羽織ってみせた。
「おおおっ! かっこええな! な! 見て見て!」
くるっと回って帝に全身を見せる姿に、うぐっと言葉に詰まった。
(「……本当、めちゃくちゃ、かわいい……」)
「………ミカ?」
「ああ、ごめん、聞いてる……――うん、それも似合ってる」
桜色の淡い髪が飾る愛らしい容貌、こちらを心配するような視線もくすぐったくて。
その彼が着ている、吼える虎の浴衣の――あまりにアンバランスないかつさに、似合っていると言ったものの――帝の視線は忙しなく上下する。
「……いや、虎もいいけど、飛鳥にはもっと似合うものがあると思う」
「恐竜か?」
「それもかわいかったけどな」
「ミカは? 俺のばっか選んでるけど、ミカも試着しやんの?」
「俺のは……あとで飛鳥が選んでくれるんだろ?」
せっかくなら、ふたりが納得するものを選びたい。
せっかくだから、そんな浴衣を着て祭りに出かけたい。
そんな浴衣で、今年の思い出をひとつ増やしたい。
いろんな柄や色を試して、いろんなパターンの浴衣姿を見ることができている今この瞬間すら倖せ――その延長上の祭りは、いわずもがな。
その日、飛鳥に選んでもらった浴衣を着た帝の横には、帝の選んだ浴衣を纏う飛鳥がいるだろう。
たったそれだけのこと。
その小さな幸福を夢想して、帝は飛鳥に着てほしい浴衣を選び始める。
「あ、そういう感じ? おっけーおっけー! 任せとけ!」
にっかり笑った飛鳥は、羽織った虎を脱いでハンガーへと戻し――帝の男っぷりを上げる浴衣を吟味し始めた。
◇
帝は背が高い。飛鳥が低いわけでもない。
くるくると忙しなく表情が変わるわけではないが、彼は――実に感情豊かだ。深く濃い抹茶のような緑の髪が飾る精悍な頬が強張ることも、涼やかな切れ長の黒瞳が曇ることもない。
そんな帝だから、なんでもそつなく着こなしてしまう。
濃紺地、右肩から裾へと流れる水が涼し気なものも、濃鼠色の菱つなぎの縞が入ったシックな浴衣も、実に堂に入った着姿だ。
「悩むなぁ……」
「ああ、どれもこれも、いいな」
「せやねん……こんなん、いつまで経っても決まらへんで……」
そう呻く飛鳥も、帝の選んだ浴衣をたくさん試着し、羽織ってきた。
しじらの凹凸が涼やかな黒地に波立つ青海波も、白地に若竹色の小花に伸びやかな笹――帯の色遊びも愉しんだ。
かえって選択肢が多すぎて決まらない。
どれもこれもが飛鳥に似合っているような気がして甲乙つけがたかったのだ。
しかし、どれかに決めなければならない。
「飛鳥は白っぽいのも似合うけど、こういう……黒い方がかっこよくていいんじゃないか?」
いくつか試着した中から、帝が選び取ったものを見て、飛鳥はきらりと紫瞳を輝かせた。
麻特有の艶のある黒地に白い大きな蜻蛉が飛び遊ぶ浴衣だ。
合わせる帯は、彼の髪色に近い淡い桜色の格子柄の帯。
黒い右近下駄の鼻緒は、浴衣と揃いの蜻蛉柄にして。
「おおっ、かっこええ……とんぼもええな!」
「さっきお前が着たとき、いいなって思ったんだ」
「俺、これにする!」
莞爾と微笑んだ飛鳥は、帝の選んだ浴衣を見つめる――その眼差しはやわく楽し気だ。
「俺が黒のにしたから、お前のんは黒じゃないやつにしよ!」
言ってから、飛鳥もまた真剣な眼差しで一着を選び出した。
綿麻のやわい雰囲気そのままのアイボリー、淡く降る雨絣が穏やかに青を浮かばせる、美しい浴衣だ。
無地の焦げ茶の帯が隙なく優しさを引き締めて。
下駄は焼き目がシックな右近下駄に濃緑の鼻緒のものを選んだ。
「これでどや? 嫌やない?」
「嫌じゃない。これにしよう」
彼が真剣にコーディネートしてくれたのだ。彼の思考を独占していた喜びもさることながら、彼のセンスに文句があろうはずもなく、帝の浴衣は(案の定あっさりと)決まった。
これを着て出かける週末が俄然楽しみになる。互いに選んだ浴衣を着る――その些細で特別なことに、帝は浮足立った。
◇
これでおしまい――と決めかけたとき、飛鳥の目に留まったものがある。
浴衣ばかりに気を取られていた。うっかりしていた。
幼馴染の名を呼べば、「なんだ?」と優しい声音が返ってくる。
「巾着、おそろいにせえへん?」
飛鳥の視線の先には、いろんな形の巾着やサコッシュがあった。
悩んだ末に選び抜いた浴衣で祭りに行くのだから、小物にまで拘らなければ損だ。その中のひとつ、麻の葉模様が描かれたグレーの信玄袋を持って、帝を見上げる。
「どう?」
眼鏡の奥で黒瞳を瞠った彼は――よく見なければ見逃しそうな喜びを滲ませて、大きく肯いた。
成功
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