男子高校生の正しい夏休みの過ごし方
茹だるような夏の日、冷房の効いた部屋で勉強机に向かっていた一ノ瀬・帝(素直クール眼鏡男子・f40234)は、枕元に投げだしたスマホが聞きなれた着信音を鳴らすのを聞いてシャーペンを置いた。
「はい」
『はっや、え、電話取るん早ない? ツーコールも鳴らしてへんよ』
「待たせるよりいいだろう」
それはそうやけど、という電話の向こうの主――知花・飛鳥(コミュ強関西弁男子・f40233)が笑いながら帝に問う。
『な、今何してたん?』
「宿題」
『真面目か! そんなんやめやめ、今から|家《うち》に遊びにけぇへん?』
「今から? いいぞ……何かあったか?」
『それがな、でっかいスイカもろてな。一緒に食べよう思って』
「スイカ……わかった、今から行く」
飛鳥が苦手な虫でも出たのかと思ったが、違ったなと思いながら帝がそう返事をした。
『おー、よー冷えてるからなー』
また後で、と通話を切ると、帝はちらりと姿見を見遣る。
「……着替えておくか」
別にこのまま外に出ても差し支えない部屋着だけれど、それでも外に出るんだしな、と誰に言うでもなく呟いて黒のスキニーパンツに穿き替え、ロング丈のタンクトップにシャツを羽織る。財布とスマホをポケットに突っ込むと、いってきますと飛鳥の家に向かった。
帝の家から飛鳥の家まではすぐの距離、ご近所さんとも言える距離なので夏の暑さが身に染みる前に到着する。インターホンを押そうとすると、庭の方から飛鳥の声が飛んできた。
「ミカー? こっちやで!」
「ああ、今行く」
縁側の方か、と勝手知ったる他人の……飛鳥の家、とばかりに裏手に回ると|簾《すだれ》で影ができた縁側に座り、水を張った子ども用の小さなビニールプールに足を突っ込んだ飛鳥が帝に向かってひらりと手を振った。
「おばさん達は?」
「チビら連れて出掛けてったで」
「飛鳥は留守番か?」
「市民プール行くって言うからな、おかんら行くんやったら俺はええかなーって」
たまには静かな家で過ごすのも悪くないと思ったのだけれど――。
「……一人でいるのが寂しくなったか?」
「そんなんちゃうよ、子どもやあるまいし! スイカ! おかんがもろたスイカ置いてったんやって、こんなん一人で食べきれへんからミカ呼んだろって思ってな」
図星だったのだろう、あちこちに視線を揺らす飛鳥を内心可愛いと思いながら、帝がわかったわかった、と隣に座った。
「で、スイカは?」
「取ってくる!」
ビニールプールから足を引き上げ、タオルで軽く拭くと飛鳥が台所へと向かう。すぐに戻ってきた彼の手にはお盆に載せられたスイカと麦茶の入ったコップがあった。
「どや、でっかいやろ?」
「……確かにでかいな」
切り分けられているのに、その一つ一つのサイズが大きい。真っ赤に熟れた美味しそうなスイカを置くと、飛鳥も再び同じ場所に座る。
「ミカも足つけーや、あっついやろ?」
「いや俺は」
「えーから、ほら」
有無を言わさず飛鳥が帝との間にビニールプールを移動させ、ちゃぽんと足を浸ける。それから、ミカも! というように、にこにこと見てくるので帝は黙ってスキニーパンツの裾を捲り上げた。
「お邪魔します」
「はい、どーぞ」
律儀やなぁ、と笑う彼の足に触れぬよう、少し間を空けて足を浸ければ、それだけで涼しくなるような心地に小さく息を吐く。
「どや、気持ちえーやろ?」
「ああ、足を冷やすと全身冷却に繋がるからな」
寝苦しい夜にもいいぞ、と真顔で帝が言うと、飛鳥がぷはっと吹き出した。
「うん、覚えとくわ」
ミカらしいなぁ、と笑いながら飛鳥がスイカを勧める。
「塩もあるからな!」
「いただきます」
先ずは何もかけずにそのまま一口、しゃくり。
口の中に広がるのは瑞々しくも甘いスイカの味、飲み込めば身体の中に籠る熱が引いていくような冷たさ。
「美味いな」
「あ、ほんまに? 俺まだ食べてへんかったんよ」
どれどれ、と飛鳥もスイカに齧りつく。大きな一口で、しゃくり。
「あっま!」
美味い、と笑みを浮かべて飛鳥が口をもごもごとさせ、帝と反対の方へを首を向ける。
「どうした?」
「ん、|ひへへにゃ《見ててな》」
そう言うと口を僅かに尖らせて、庭に向けてプププとスイカの種を飛ばしだした。
綺麗な放物線を描いて黒い種が庭の地面へ落ちていくのを見ながら、思わず帝がスイカを置いて小さく手を叩く。
「どや!」
「なんというか、器用だな」
「へへ、弟たちとようこうやってな、種飛ばし勝負しとったから上達したんよ!」
すごいやろー、と自慢気にする飛鳥に、帝がすごいすごい、と頷く。それから、こちらを向いた飛鳥の顔を見て軽く目を瞬いた。
「飛鳥」
「ん? なんや? もう一回見たいん?」
「いや、口元に種が一粒残ってるぞ」
ここ、と指先を伸ばし、ちょんっと唇の横に付いた種を取ってやる。
「っと、おーきに! これなぁ、弟らもよう顔に種を貼っつけて、おかんに取ってもうとったな」
ふふ、と思い出し笑いをして飛鳥が種の付いていた場所に舌を伸ばし、ぺろりと舐めた。
「……そうか」
あれ、こんな光景前にも見たな、と帝は思う。つい先日の、学食でのあれか……と僅かに遠い目をして、雑念を追い払うようにスイカに齧りついた。
「お、ええ食べっぷりやなぁ! ようけあるからな、遠慮せんと食べてってな!」
帝の心、飛鳥知らず――である。
それから暫く、二人がスイカを食べる音と蝉の鳴く声、風に揺れる風鈴の音だけが響いていた。
すっかりスイカを食べ終わり、麦茶を飲んでひと息つくと飛鳥が夏休みの計画について話し出す。
「でな、部の皆で海とか行くんもええんちゃうかなって思うんよ」
「ああ、いいんじゃないか」
彼らが行く、と言えばだけれど。
「海の家の食べもん、美味しいやんか」
焼きそばにイカ焼き、カレーにラーメン、それからかき氷……と、飛鳥が指折り数えて笑う。
「行くのは構わないが……飛鳥、夏休みの宿題は進めているか?」
「えっ、そんなん八月後半になってからやるもんやろ」
正確には、学校が始まる一週間前くらいだが。
「そんなこと言ってると、あとで泣きを見るぞ。毎年そうだろう」
「……ぐっ、いやいや、でもほらな、高校二年の夏は一度きりやんか!」
「去年も言ってたな、それで夏休みの最終日に泣きついてきたのは誰だったかな。今年はもう頼まれても手伝わないからな」
「えー! そんな殺生なー!」
いざとなったら帝に泣きつこうと思っていた飛鳥の眉がへにょりと歪む。
「……早めにやるんだぞ」
「えー、あかん? ミカが手伝ってくれたら百人力なんやけどなぁ」
ああ、これだ。俺はこの、飛鳥のお願いという目に弱いのだと帝が吐息混じりに飛鳥を見遣った。
「ミカ~~」
「ああ、わかったわかった」
降参、というように両手を上げて、帝が飛鳥に提案する。
「なら、明日からだな。一日に少しずつやれば終わるんだ、俺が来ればいいか?」
「明日から~!?」
「早く終わったらそれだけ遊べるぞ」
「うう……藪蛇ぃ……」
がっくりと頭を垂れつつ、その代わり絶対海に行くからな! と、飛鳥が抜けるような青い空に向かって叫ぶのであった。
成功
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