●夏の夢
時間の経過は時として残酷である。
記憶を摩耗するには十分すぎるし、その主観は他者と共有することが難しい。
故に、後に『夏夢』と呼ばれるようになる揺蕩う幽霊は、今認識されることによって形をなそうとしていた。
三匹――つまり、巨大クラゲとヒポグリフ、二又の猫。
それぞれが認識する幽霊は、怪談話につられてきた、というよりもなんというか、この三匹に引き寄せられたものであると馬県・義透(死天山彷徨う四悪霊・f28057)は認識を改める。
害意があるわけではない。
今はまだ不安定な姿をしているのだが、これはひょっとすると、という予感があった。
「しかし、理由は明快なれど……」
「ええ、なんというか……これはー」
「すごいことになっていますね」
「ワシらも束ねなければ、このように不定形だったのだろうな」
四つの悪霊を束ねて猟兵とする。
それぞれに互いを認識しあい、そして外からの観測者である三匹を得て存在を確立させている。
故に彼らは気がついていた。
目の前の幽霊。
その正体をなんとなく察することができる。
この屋敷の立地。隣は嘗て邪神儀式の跡であり、また同時に推測するに、あの幽霊は儀式の犠牲者であろう。
「あ、あのぅ」
「ふむ。そちらの名前は……わかるかの?」
「いえ、わからない、です。名前、名前というものが、あったのかもしれないというくらいは」
「では、何か物体に干渉することは?」
「小さな小石程度なら、こう」
「意思疎通が出来るの我等だからでしょうか?」
幽霊はちょっと恐縮したような様子があった。不確定な形を取っているからか、いまいち姿が定まっていないようである。
「その、ものすごい呪詛が、というのはわかるの、です。でも、悪いもの、とは……」
幽霊が申し訳無さそうな評定をするのが四悪霊たちはわかった。
なるほど、と理解する。
目の前の幽霊は、たしかに彷徨う存在である。しかし、どうも悪いものではない。というのも、『玉福』たちを見て和むだけであったからだ。
干渉しようとせず、眺めているだけ。
ならば、それは排除すべき脅威ではないだろう。
「では、こうしましょう。形を取る、という方法は自ら得ることもできますが、他者からの観測に寄っても可能です」
「ですのでー、この三匹に貴方という存在を認識してもらいましょう。言ってしまえばー」
「認識の補助。他者の視線をもって鏡とする、というところでありましょう」
「うむ。故に一つ頼みたいこともある」
「な、なんでしょう? わた、私としては願ったり叶ったり、なのです、が」
「ええ。我等は度々屋敷を空けることがあります。その時に『玉福』を見守ってはくれませんか?」
それならば、居候として居てもらいたい、ということに不確定な姿を取る幽霊は声成らぬ声を上げる。
奇声みたいなもんだった。
ラップ音ってこういうことを言うのだな、と『陰海月』たちは思った。
「ふ、へ、えええ、いいんです? 推しのそばにいても!? え、四六時中!?」
「い、いやまあ、その、そうだがなんとも語弊がありそうな言い方だの」
「いえ! お任せください! 私がしっかりと見守らせていただきます!!」
その様子に四悪霊は圧されそうになっていたが、まあ、やる気があるなら、と良しとしたのだ。
それからというもの、名前もなく性別もなく声を発するのも難しかった不定形な幽霊は、もうすっかり形をなしている。
「あはは、お猫様~! お待ちになってください~!」
そんなふうに『玉福』の跡を付いて回る幽霊。
名を『夏夢』。
あの日見た犠牲の残滓は、挺身という意義を持って今日も元気に『玉福』の後を付いてまわるのだった――。
成功
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