それはある日の道すがら。
いつもの商店街が賑わっているなと感じながら歩いていると、鮮やかな五色が一ノ瀬・帝(素直クール眼鏡男子・f40234)の目に飛び込んできた。
アーケードに垂れ下がる豪華絢爛な吹き流しが涼しげに揺れ、そしてありとあらゆる場所に設置された笹の葉もさらさらと音を鳴らして揺れている。
そう、商店街では今、毎年恒例の七夕祭りが開催されていた。
「(――早いなぁ。もうそんな時季なのか)」
この祭りは、帝にとって子供の頃から馴染みの祭りだった。
その象徴たる立派に伸びた七夕笹も、昔から変わらぬ定位置に設置されていて、さらに目を下に向けたそこには、短冊に願いを書くことができるテーブルが一つ。
台の上にはセロハンテープで止められている張り紙が一枚。
織姫と彦星が寄り添い合うイラストが描かれていて、横には『どなたでもご自由にお書きください』と書かれていた。
「(願い事か……。短冊に願いを書くなんて、何年もしていなかったような気がするな)」
だが今年はなんとなく。
自分も書いてみるかと思い立って、ケース内に置かれたペンを手に取り、五色が並ぶ短冊の中から黄色を選ぶ。
さて、あとは願い事を考えるだけなのだが――それを決めるのがなかなか難しい。
願い事ならひとつだけあった。
それも子供の頃からずっと変わらない、唯一の願い事が。
けれど、その願いを書くことはできないからと帝は悩む。
「(……『飛鳥と結婚できますように』、なんてダイレクトに書くのは流石に恥ずかしいしな。それにもし飛鳥に知られたりなんかしたら、『俺と?』ってなるだろうし)」
そう、帝の好きな人は、帝から向けられている想いが恋愛感情だとはまだ気付いていない。
幼少期の約束を覚えていて、今も結婚したいと想い続けている事を知られたりしたら、きっと幼なじみは驚くことだろう。
帝は、今はまだそうなることを避けたいと思っていた。
高校を卒業するまでにはちゃんと告白したいという想いもある――だが告白したら今の関係が壊れてしまうのではないかという不安もあるのだ。
タイミングは慎重に選ばなければならない。
大切な人だからこそ、帝は一番の願いをぐっと心の中にしまいこむ。
そして他に何か願い事はないかと考え直していたところ。
そういえば、と。
昔の記憶が鮮明に蘇って、ある日のことを思い出すのだった。
*
あれは何年も前の、子供だった頃の七夕祭りでのこと。
“大きくなったらミカと結婚する”
以前そう言ってくれた幼なじみは、帝と離れ離れになることがとにかく嫌で嫌でたまらなくて。
二人が出会った日から一度だって離れたことなんて無かったのだけれど、それでも時々、どうしようもなく不安になる時があった。
それが偶々、七夕祭りと重なったようだ。
ーーミカが離れていったらどないしよう。そうしたら俺…生きていけるんやろか…。
幼馴染は、大好きな帝との別れを想像したようで、悲しくなって不安になりながら帝に引っ付いて歩いている。
そんな幼馴染に帝は言った。
たとえ離れ離れになっても大丈夫、と。
俺の一番は変わらないし、絶対に会いに行くから、と。
ーー嫌や…!
幼馴染は首を横に振って即答する。
その目には涙がいっぱい溜まっていて、帝だけを見つめていた。
ーー俺は織姫と彦星みたいに、年に一度だけとか絶対無理や。毎日だって会いたいもん。ミカの好きは俺とはちゃうの…?
帝はきゅんとしてしまう。
まるで愛の告白をされているみたいじゃないかと。
幼馴染はきっと無自覚なのだろう。
けれどぐっと心を掴まれて、帝は俺も同じ気持ちだと伝えた。
すると幼なじみは、帝の手を掴んで両手で握り込んだ。
ーーなら、二人で短冊にそうお願いしよか!
え?
帝は驚いて目を丸くしているが、幼馴染はおかまいなしに七夕笹の前のテーブルまで手を引っ張って行く。
ーーミカは『俺と結婚できますように』って書いてな。俺は『ミカと結婚できますように』って書くから。
え…!
帝はいつもクールで落ち着いていて、周りからよく大人びていると言われている少年だった。
だが表情の変化は薄かったものの、思わず驚く声が出てしまう。
さらに周りを見渡してみると、帝と幼なじみを見守っていた大人たちが、あらまあ可愛いと微笑ましそうに笑っていた。
そんな視線もあって、帝はかあっと赤くなっていった。
ーーちゃんと書いてや? 俺しっかり見てるで…!
幼なじみはよそ見をしていた帝の顔を、不満そうに見つめていた。
いつも帝の後ろを歩くような、気が弱いタイプだった筈なのに何故かこの時は積極的で。
気付いた時にはもうペンを握らされていた帝は、幼なじみを見つめ返しながらどきどきする。
「(書くしかないのか…?)」
皆に見られている中で書くなんて、恥ずかしいという想いが少なからずあるのだが。
しかし、幼なじみの気持ちが嬉しいというのも確か。
帝はこの頃から、幼なじみへの恋心を自覚していた。
だから二人で結婚できますようにと書くこと自体は嫌ではない。
寧ろ帝自身、本当に結婚したいと思っている程なのだから。
そう、恥じらいだけが帝の邪魔をしているのだ。
ならば男として覚悟を決めなければいけない。
帝は恥ずかしいという気持ちをしまいこんで、愛のある真摯な眼差しを注ぐ。
「分かった、いいぞ」
大人達に見られていたって構わない。
だって好きな人がそうして欲しいと望んでいるのだから。
帝は精一杯想いに応えようと、背筋をぴんと伸ばして、まるで婚姻届を書くかのように綺麗な文字を心掛けた。
ゆっくり丁寧に、『飛鳥と結婚できますように』と書いていく。
幼馴染も、そんな帝を見て満足したようで『ミカと結婚できますように』と書いていった。
そして結婚することを誓い合ったお互いの短冊が完成する。
幼馴染は微笑みを湛えて、とても嬉しそうな顔をしていた。
ーーよかったぁ。ほんまありがとう。ぜったい大人になったら結婚しよなぁ。
約束、と小指を絡めて。
絶対に忘れんといてな、なんて可愛い笑顔で言うけれど。
そう言った側の幼なじみは成長するにつれて忘れてしまい、言われた側の帝は憶え続けることになるのは、また別のお話。
それでも、今この時の少年達の想いは真剣で、いつまでもこの想いが、永遠のように思えていたのだった。
*
「(……そうだ。俺は一番の願いを、昔にもう書いていたんだった)」
今となっては懐かしすぎて。
恥ずかしいような、和むような、愛おしいような。
思い出に心が温められた帝は、願い事を思い付いて黄色の短冊に書いていく。
七夕なんて、短冊に願いを書いてもどうにもならないだろうと思っていた。
結局叶えるのは自分だったり、運だったするだろうと。
だがそれでも――叶うと良いな、とは想う。
(「今のあいつならどんな願いを書くんだろうな。甘いものが沢山食べれますようにとか、お小遣いが増えますようにとか?……いや、案外『次のテストで良い点取れますように』とか有り得そうだ」)
願い事を書き終えた帝は、立派な七夕笹に糸を通した。
長い時間を掛けて考えた帝が書いたその願いは、『好きな人が末永く元気でありますように』。
それは帝にとって、自分を抑えた願い事だった。
けれど満足そうに、眼鏡の奥で涼しげな目元を柔く細めていたのだった。
成功
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