『ギャー――――!!』
画面の前で水着美女が絶叫しているのを、一ノ瀬・帝(素直クール眼鏡男子・f40234)
は淡々と見つめていた。無表情である。ひたすら無表情である。そして無言である。……否、
「ふむ。そもそもサメ映画だというのに女性の水着を前面に出してくるのは如何なものか。さらに言うなら色気を出すなら色気の方面に全面的に振るならともかく、サメのディテールも中途半端に凝っている……」
時折感想が入る。割とこだわり強めの見方をしているのかいないのか、ちょっと微妙によくわからない感想である。だが、本人は気にしないし、突っ込みをする人もいない。
……そう、今日は一人でひたすら映画を見る日、「そうだサメ映画を見よう」ひとりキャンペーン開催日なのである。
夏休みだ、そういう日もあってもいいだろう。借りてきたサメ映画はB級から一世を風靡した名作まで多種多様である。映画を見るのだ。ジュースと自作のポップコーンも完備してひたすらサメ映画を流す。ただサメ映画を流す。とにかくサメ映画を流す。
そういう日であるので、出てくる感想も他人をはばからぬものになっている。結局ただ今の作品「お嬢様鮫危機一髪」は中途半端、という結論を付けて、帝は次の映画を手に取った。
「次はこれだな。モグラvsキングサメラー。巷では名作と評判だが……」
敢えてレビュー等は見ていないが、聞こえてくる名声などはある。とはいえそんなものはあてにならないのも、帝はよく知っていた。
「己の目で見て、己の耳で聞き、己で判断を下す。そうでなければ、真実は得られない」
真面目腐った顔をしている。なんかかっこいいことを言いながらも、見るのはサメ映画である。帝は無表情に新たにDVDをセットした……。
「なるほど、名作と噂されるのも頷ける。モグラとキングサメラーの友情。そして友でありつつも戦わなければならぬ運命か。確かに一般受けするな」
感動の名作に偽りなしだろう。と見終わった後、帝は感想を口にする。やっぱり無表情である。映画館で何人泣かせました、とかいう映画でも、どんな感動の号泣シーンでも、帝は変わらず淡々と、映画を鑑賞し、そして感想を述べるのだ。もっとも、感動のシーンが理解できないわけでもない。
「モグラが小さいのがいいな。これがキングモグラなら台無しだっただろう。画面から見失うのが難点だが」
うん。と頷く。泣き所はわかってる。別に泣かんけど。しかしながら数秒後、帝ははっ、と口を開く。
「そういえばサメ映画なのに海が一度も出てこなかったな……」
それはこの映画を見て初めて、ほんの、ほんの数ミリだけ、感情が乗った瞬間であった。
「それを感じさせない腕前。なるほど確かに名作だった」
それからも、帝は映画鑑賞に没頭した。
「肝心のサメが最後の10分程度しか出なかったな……まぁB級映画なら想定内だが」
スタッフロールを眺めながらも目を細める帝。目を眇め、何やら若干言葉を探すような間がある。彼にしては珍しいことかもしれないが、この映画、非常にコメントしづらい。感情は動かされないが言葉を考えるのに数秒を要した。
「髪の長い女の幽霊が海に人を引きずり込むシーンばかりが強調されているし、これはホラーの領域だろう。最後に幽霊がサメに食われたからと言って、それでサメ映画と何故言い張ろうと思ったのかが知りたい。なるほど流石『サメ映画を見に来ようとしたバカップルどもを恐怖のどん底に叩き落そうと思った』と監督自身がコメントしているだけのことがある。ホラーとしては秀逸だった」
そもそもサメ映画はカップルで見るものだろうか、という疑問はさておき。とまできっちりコメントしてから、帝は次の映画を手に取った。
「低予算と侮っていたが、なかなか楽しかったな。この監督はチェックしておこう」
映画を見終わった時、帝の声には若干の満足そうな声が乗っていた。
「これぞサメ映画、とでもいおうか。サメがきっちり描写されているし、襲われる人間の配分もいい。海の恐ろしさと懐の深さの両方を感じることができる。低予算ではあるが、それに気づかれないよう丁寧に作成されているし、作っている人間の誇りが感じられる」
今日一番の収穫かもしれない。と帝は若干ご機嫌だ。ご機嫌と言っても、さほど表情が輝くわけでもなく、声がはしゃいでいるわけでもないのだが。……若干声音が上向きぐらい? のイメージである。
「ツッコミどころのない、いい作品だった」
総評、それだけ。さて、次の映画は……と帝が新たにDVDを手に取った時、帝は若干「いい映画を見た時よりあれな映画を見た時の方が言いたいことがたくさんあるな……」と気づく。気づいてしまう。
「……次はこれにするか」
そっと帝は、サメ映画の名作と名高い「サメウォーズ」というタイトルのDVDを横に置きなおす。そして手に取ったのは「フライングサメ!!」とか言う非常にアレ感の漂うDVDであった……。
……。
…………。
そうしてはっ、と帝は顔を上げた。
とっくにジュースの予備はなく、ポップコーンも空っぽである。
「もう、こんな時間か」
それもそのはず。今日見た映画は片手では数えきれない。日はとっぷり暮れて、お腹もすいてきた。……そういえば昼食はとっていない。ぶっ続けて見ていたようだ。その様子を帝は軽く顧みて、
「なるほど、いい休日だったな」
なんて、満足そうにうなずくのであった。目を閉じれば瞳の奥によみがえる、沢山のサメ、サメ、サメ……。良いも悪いもみんなサメだ。サメ万歳。
「……よし、もう一本見たら夕食だ」
腹の虫は若干なっているけれども、それもまた味なのかもしれない。
次の映画は『サメの世界~人間の味、覚えちゃった!~』などというふざけたタイトルのサメ主役映画であったらしい。
成功
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