●碧き海のみなそこで
深い深い青に染まる、巨大なブルーホール。
静かに海面を揺らすその穴に沈み、下へ下へと落ちてゆく。
そうして遥か遠い海の底を目指せば――。
陽の光さえ届かぬその空間に、幻想的な海底都市が煌めいていた。
都市全体を淡く耀かせるは、光を帯びる鮮やかなサンゴ礁。
海底から高く聳える建造物の群れは、大都市の眠らぬ夜景のように光り輝いて。
建物の間を幾重にも奔るレールは都市全体を囲み、その上を列車に似た乗り物が駆け巡る。
硝子張りの小型船も人々の移動手段なのだろう、海宙を縦横無尽に飛び回っていた。
一見すれば近未来にでも迷い込んだのではと、錯覚する光景。
けれどもその景色に、小魚の群れや大きなクジラの泳ぐ姿も加わって。
揺蕩う海のゆらめきに、いま一度ここが海の中だと思い出すのだ。
――海洋文明アトランティス。
太平洋の海底にある知られざる文明。人々にはそう呼ばれていた。
人知れず繁栄を築いてきた彼等の多くは地上に住む人間と同じ姿で、特殊な「適応光線」を浴びて海中生活を可能としている。
近年では地上との交流も再開され、海底の観光地としても注目を集めていた。
●
嘗ての大きな戦いは、既に過去の出来事となり人々の心から薄れ始めた頃。
多くの脅威が過ぎ去り、平穏と賑わいを取り戻した海底都市。
然しその片隅で、密かに苦悩する一人の少女が居た。
『――今日も、聴こえる、』
深い海のみなそこから、わたしを呼ぶ声が。
少女は長い黒髪を水中に揺らめかせ、その身一つで都市を抜け出し、広い海へと泳ぎ出る。
通い慣れた行き先は、海洋都市から少し離れた洞穴だった。
ぽっかりと空いたその大穴は、黒く深い真の闇に塗り潰されていて。
その不気味さに、巨大な怪物の棲家だとか、未知の海域に繋がっているのだとか、様々な噂が真しやかに囁かれていたが。
その実態は深過ぎる闇のため、碌な調査もされずそのまま放棄されている場所だった。
地元の海洋人さえ滅多に寄り付かない、暗く寂しい、その闇の奥底から――、
『……ああ、やっぱり。この洞窟から聴こえてくる』
少女の脳裡に響く声。
ずっとずっと以前から聴こえていた幻聴。
何処かの誰かもわからない、此の声に苛まれて続けてきたけれど。
『もしかしたら本当に誰かが、この洞窟の奥から助けを求めているのかしら……?』
有り得ない話、ではない。
けれどこんな危険な洞窟、自分一人で足を踏み入れるには流石に躊躇いが生まれる。
誰か、頼れる大人を呼んできた方が良いだろうか。
――そんな風に考えていた矢先。
『――っ……!』
頭に絞め付けるような痛みが走り、少女は思わず両手で顳かみを抱え、縮こまった。
鈍る視界を薄らと開けば、洞窟の奥に揺らめく黒い人影をその瞳に映す。
『……え、あれ、は――?』
その影は暗闇の中、赤く光る両目を怪しく耀かせながら長い黒髪を揺らし、ゆっくりと少女の方へと手を伸ばし、近付いてくる。
自分と似て非なる姿の影は、まるで助けを求めているようにも見えたが――、
その異質な雰囲気、纏う気配に。
少女は其れを倒すべき存在だと直感的に感じたのだった。
●グリモアベース
「――皆、集まってくれてありがとう」
集った猟兵達に改めて向き直った ノヴァ・フォルモント。
彼の星空を纏う色彩こそ何時も通りだが、その装いは何処か涼し気だ。
「今回、皆に向かって貰うのはヒーローズアースの海洋文明アトランティス。そう、海の中なんだ」
深海の環境に適応できる特殊な光線を浴びれば、普段の服装でも問題なく活動は出来る。
けれど地上は陽射しが降り注ぐ暑い夏。
せっかくなので、水を愉しむ装いで行くのも良いだろうと。ノヴァの姿の答えはそういう事らしい。
「転送先は深海、直接海の中へ行ってもらう事になるが……、向こうの環境に適応できるよう対応はしておく。いきなり溺れる事はないから安心してくれ」
それでも、急に海中へ放り出されるのは多少なり吃驚してしまうかもしれないけどね。
ノヴァは冗談交じりに話しつつ、緩やかな笑みを戻すと話を仕切り直す。
――もちろん、今回は海へ遊びに行くだけではない。
猟兵達が向かう先では一人の少女が、今まさにオブリビオンと対峙しているのだ。
「その子の名前は、ユラというらしい。彼女は先の戦いのため、後天的にユーベルコードを移植された、いわゆる強化人間だ」
かつて、人々を守るため手に入れた力。
それは味方を癒やし、鼓舞し、敵を屠る澄んだ歌声であっただろう。
けれども倒すべき敵、掲げるべき正義を失った今は、その力を奮うべき相手も居ない。
残ったのは変わらぬ歌声と、力と引き換えに得た代償だった。
「本来、得る筈の無い能力への反動だろうか。そうした後遺症に苛まれる者も少なくないようだな」
ユラもその一人。
彼女の場合、ごく最近になって頭に直接響くような幻聴が聞こえ始めたのだ。
それは自分を呼ぶ声、助けを求めるような声、少なくともユラにはそう聴こえたのだろう。
人知れず、声の出処を探していたらしい。
そして今まさに彼女が目の前で遭遇している自分に似た影こそが、幻聴が具現化した存在、オブリビオンなのだ。
そのオブリビオンはユラと同じ様な長い黒髪の女で、歌声で相手に干渉する能力を持っている。
「嘗ては市民を守るために戦うヒーローであったらしいが……もうその記憶は残っていないのだろう」
今は声で呼び寄せた者を闇へと誘う存在へと変わり果てている。
そして幻聴が具現化したオブリビオンは、強力だ。
ユラ一人だけで勝つのは困難だろう。
――だから、皆の力を貸して欲しい。ノヴァは真っ直ぐにそう告げた。
淡く視界が耀くのは、ノヴァのグリモアの力だろう。
――行き先は深海。
暗く深い、碧き海のみなそこへと。
朧月
こんにちは、朧月です。
ヒーローズアース、深海アトランティスへのご案内です。
どうぞよろしくお願い致します。
●シナリオ構成
第1章『奇跡の歌姫・エーレン』(ボス戦)
第2章『珊瑚の上に築かれた街』(日常)
全編通して深海、水中の描写になります。
特殊な適応光線により呼吸や会話、泳ぎなど海中生活は誰でも問題なく出来ます。
●水着
参照希望があれば「23水着」などでご指定ください。
特に指定が無ければ言及はしません。また、描写自体もプレイング次第となります。
●ユラ(NPC)
海洋都市に住む強化人間の少女。
水の中でも揺らぐことのない、透き通る歌声を持ち合わせています。
歌声による味方の支援が得意です(効果は猟兵のUCより劣ります)
●1章(断章なし)
ユラとオブリビオンが遭遇した場面から合流します。
彼女と共に戦い、オブリビオンを撃退しましょう。
特に指示はせずとも、ユラは後方から皆様のサポートを行います。
この章はプレイングの内容次第で、参加者様同士を纏めて描写する場合があります。
●2章(断章あり)
ユラが共闘のお礼にと海洋都市へ案内をしてくれます。
近年は地上との交流も盛んで、ちょっとした観光地化もしている大きな都市です。
海で採れたサンゴや貝、魔法石などを使用したお土産の購入。
新鮮な海の幸を味わえるレストラン。
深海用の乗り物で都市や周辺海域の散策なども出来ます。
詳しくは断章にてご案内を追記いたします。
また、この章に限りお声掛けがあればノヴァもご一緒させて頂きます。
●受付・進行
マスターページ、シナリオタグでご案内します。
お手数ですが都度ご確認いただきますようお願いします。
●共同プレイング
同伴者はご自身含めて2名様まで、でお願いします。
【相手のお名前(ID)】or【グループ名】をご明記ください。
お互いの呼び名が何処かに含まれていると大変助かります。
以上です。
皆様のご参加を心よりお待ちしております。
第1章 ボス戦
『奇跡の歌姫・エーレン』
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POW : 心の悲鳴
【聴いた者の心に響く悲鳴のような歌声】を放ち、自身からレベルm半径内の全員を高威力で無差別攻撃する。
SPD : 喉の確認
予め【歌う】事で、その時間に応じて戦闘力を増強する。ただし動きが見破られやすくなる為当てにくい。
WIZ : アナタの心に平穏を
【相手を知り】【相手の為に】【歌う】を対象に放ち、命中した対象の攻撃力を減らす。全て命中するとユーベルコードを封じる。
イラスト:透人
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔴🔴
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「リーベ・ヴァンパイア」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
春霞・遙(サポート)
UDC組織に所属して、UDC関連の一般病院に勤務している小児科医です。
行動の基本方針は困っている人が居るなら助けたい、人に害をなす存在があるなら退けたい。
戦う力はあまりないですけど、自分が傷を負うとしてもみなさんのお手伝いができれば嬉しいです。
基本的に補助に徹します。
「医術」「援護射撃」「情報収集」から、【仕掛け折り紙】【葬送花】での目くらましや演出、【生まれながらの光】【悪霊祓いのまじない】で照明や目印を付けるなども行えるかと思います。
攻撃は拳銃による射撃か杖術が基本で、その他はUCを使用します。
【悔恨の射手】【未来へ捧ぐ無償の愛】は基本的に使用しません。
シリアス以外ならいたずら好きの面も。
メーア・トロプフェン
わあ、水の海の中のはずなのに大体いつも通り動ける!
電子の海とはまた違う感じだし、ちょっと新しい感覚かも?
これだけ動けるなら戦うのも問題なし!
寧ろ周りが水に囲まれてる環境なら電気の伝導率も上がってやりやすいくらいかも?
ここはエレクトロニック・フォトンソードで電撃による先制攻撃でビリビリさせちゃえ!
ユラさんって言ったっけ?
ボクはユーベルコード使うとブラックアウト状態になっちゃうから歌声の支援はユーベルコードを使う前にしてほしいかな?
歌声の支援を受けたら後は全力で行っちゃうよ!
ユーベルコード、ハイゲイン・エレクトロ!周囲の水で伝導率が上がった電流をぶっ放す!
うーん…やっぱりこれ使うと意識遠のくなあ…
身体が淡いグリモアの輝きに包まれる。
遥か遠くへ征く感覚を覚え再び視界を開けば、転送された先は水の中。
ふわりと浮かぶ無重力感、纏う水は不思議と冷たさを感じなくて、視界も想像以上に鮮明だ。
此れが深海の環境に対応できる適応光線の力か、もしくは自分が電子の精霊バーチャルキャラクターだからか。
大きな金の瞳をぱちりと瞬かせ、メーア・トロプフェンは、わぁと先ず声をあげた。
「水の海の中のはずなのに、大体いつも通り動ける!」
ネットワークの広大な海は泳ぎ慣れたものだけれど、本物の海の感覚はメーアにとってはとても新鮮だった。
『――えっ、と。あなた達は?』
声の主は件の少女、ユラだ。
突如、淡い光が水中に耀いたと思えば。その中から現れた自分達に少しばかり困惑した様子で。
「驚かせてごめんなさい、私達は猟兵。グリモアの導きで此処に来たの」
メーアに続き、光の中からふわりと泳ぎ出た春霞・遙は、落ち着いた口調でユラに声を掛ける。
『……猟兵、の方々。じゃあ、もしかして――』
ユラは理解したように、洞窟の方を見遣った。
長い黒髪を揺蕩わせ、虚ろな赤い瞳を映す女が変わらず此方をじっと見つめ佇んでいる。
「そう、あの女性はオブリビオンなの。……正確には、オブリビオンの幻影らしいのだけど」
「うんうん!そーゆーこと、ボクたちはユラさんを助けに来たんだよ☆」
遥の説明に続きメーアも元気よく追随すれば、彼女の両手に双剣が何処からともなく表れる。
それはピリピリと、黄色い稲妻を走らせていた。
「周りが水に囲まれてる環境なら、電気の伝導率も上がってやりやすい、かも――?」
メーアがやる気満々と、エレクトロニック・フォトンソードを軽く振り、ユラの方へくるりと向き直る。
「ユラさん、って言ったっけ?あと遥さんも!ボクはユーベルコード使うとブラックアウト状態になっちゃうから、後のサポートはお願いしたいな♪」
メーアの使う『ハイゲイン・エレクトロ』は広範囲の電流を放つ強力なユーベルコードだが、全身から膨大な電流を発生させる、言わば全身全霊を込めた捨て身の攻撃に近い。
共に戦う仲間のサポートがあってこそ、発揮される能力なのだ。
「――なるほど。それでしたら私もメーアさんのサポートに回りますね」
遥も状況を理解し、手元にふわりとひとつ、何かを浮かばせる。
それは、サカナ。折り紙で作られた魚だった。
遥が水中に向けて手を翳せば、折り紙の魚たちは一斉にその数を増やし、群れとなって水の中へと舞い踊る。
青色に水色、黄色に赤色。
色とりどりの魚たちはまるでサンゴ礁を泳ぐ熱帯魚のように色鮮やかに輝きながら、オブリビオンへと向かい、周囲に纏わりついて相手の視界を翻弄する。
その美しい様子に、メーアとユラは思わず歓喜の声をあげた。
『――じゃあ、わたしも。この能力が活かせるなら……!』
ユラは両手を胸の前で軽く組み、一呼吸置くとその喉から澄んだ歌声を響かせる。
歌声は紙の魚たちを追うようにオブリビオンを包み込み、その動きを鈍らせる手助けとなった。
「わぁ、きれいなお魚さんに、きれいな歌声♪なんだか、ずっと見ていたくなっちゃうけど……」
けれど今はオブリビオンと対峙している真最中。
この美しい光景と音色は一旦心に留め、メーアは改めて雷を纏う双剣を握り締めた。
二人のサポートのお陰で敵は今、動かぬ的となっている。
「よーし、そしたら全力で行っちゃうよ!」
メーアが意識を集中すれば、全身から膨大な電流が発せられる。
それが全て両手の双剣に集まり、バリバリと鈍い電気の塊を作り出した。
「――いっけーっ!!」
声と共にオブリビオンに向かって放たれた電流は、まるで水中に落ちた稲妻のように、
―――ッドォォン!!
轟音と強烈な光が当り一面に響き渡った。
雷を正面から受けたオブリビオンの様子は水中の濁りで直ぐに確認は出来ない。
その前に、チカチカとメーアの視界が点滅する。
「うーん……やっぱり、これ使うと意識遠のく、なあ……」
言い終えるやいなや、電源がふつりと切れたように、メーアはブラックアウトした。
ゆらりと水中に倒れた彼女の身体を、遥はそっと支えたのだった。
成功
🔵🔵🔵🔵🔴🔴
アルクス・ストレンジ
オレのいる世界が
他世界と繋がってからまだ日が浅い
先の戦いとやらの詳細も知らない
だが、オブリビオンを放置はできないし
何より、ユラって奴が気にかかる
…行くか
ユラには「下がっていろ」と指示
有用な力だとしても
もし本人が望んでいないのなら
歌う必要性なんてない
ユラ。アンタ、歌うことは嫌いか?
もしそうなら辞めちまえ
戦いが終わった今、アンタは好きに生きていいんだ
だが、嫌いじゃないっていうなら
これからは自分の為に歌え
好きな歌を、好きなようにな
・戦闘
【静寂】発動
元はヒーローだろうが何だろうが
目の前のオブリビオンは
世界にとってのノイズに過ぎない
歌ってみろよ、聴いてなんざやらない
自分の生み出したノイズに掻き消されろ
リュカ・エンキアンサス
…深海
好きなんだ
人間がいない海の底。永遠に静かで、不思議な生き物がたくさんいる世界
だから、都市はちょっと静かとは違うけれども、この黒い闇の洞窟には興味がある
戦おう
あなた(ユラさん)も手を貸して
灯り木で攻撃
多分大丈夫だと思うけど、深海で火気使用が難しいようなら散梅に持ち替えて回りこんで刺す、暗殺を試みる
行けそうならとにかく灯り木を撃ちこんで、他の猟兵さんもできるなら援護しながら弱点を探しつつ削っていく
なるべく早く。でも焦ることなく確実にカタを付けたい
この人(敵)だって、昔はヒーローだったんだろ
じゃあ、周囲を傷つけることは望んでいないはずだろうから
…いや、正義の味方の考えることなんて知らんけど
ロヴァキア・シェラデルト
※協力アドリブOK
他人のための力など所詮こんなものだ。お前が人を助けても、お前を助ける者はどこにもいない。
望まぬ力を得て、挙げ句助けを求めるだけの善良な市民様に忘れられて、幻まで動き出して。どんな気分だ?
俺は人殺しだ。自分の強さのためだけに生きてきた悪人だ。
引退戦の相手には丁度いいだろう、ヒーロー?
怨嗟の鬼火を連れ、自らも真っ向から突っ込んで先制攻撃を狙う。
負傷を顧みず刺し違えるつもりで行く。肉を斬られれば内蔵をバラす、致命傷を受けたなら首をもらう。間合いにさえ入ればどこか斬り落とせる。ただでやられる気はないぞ。
これがヒーローに守ってもらえなかった者の悲鳴だ、受け取れよ。
●
未だ他世界の繋がりや、同志達が歩んできた道程を把握するには日が浅い。
アルクス・ストレンジは元を辿ればデウスエクス、螺旋忍軍だった。
けれど或日、地球の人々が織り成す音楽の色鮮やかさに魅せられたのだ。
――この惑星でなら、自分が自分らしく、居られる気がして。
そして彼は定命化し、地球を守る地獄の番犬の一員となった。
そうしたら次は猟兵として、更に沢山の世界が有ることを識ったのだ。
正義のために、この世界のために。
そんな大義を掲げているわけではない。戦う理由は至極単純。
(「自分が惚れ込んだものが壊されるなんて、気に食わないだろ?」)
それがアルクスの戦う理由だった。
初めて訪れる、深海の世界。色鮮やかな海底都市。
そして何よりアルクスが気掛かりなのは、件の少女の存在だった。
●
ふかい、ふかい、海の底。
真っ更な砂地の上は、凪のような静寂が広がっている。
そして陽の光の届かない闇の中には、未だ見ぬ不思議な生物がそこかしこに息を潜めているのだ。
――深海は、そう。
少なくともリュカ・エンキアンサスにとって、たぶんそんなイメージだった。
(「だから好きなんだ。人間がいない海の底」)
……いや、正確には人間も居るには居るのだけども。
転送されて海中にふわりと放り出されつつ、
そんな思考を巡らせたリュカの視線の先は対峙するオブリビオン――ではなく。
その背にある、吸い込まれそうな黒い闇の洞穴だった。
まだ誰も足を踏み入れたことのない未開の地、中は一体どんな様子なのだろうか。
思わず冒険心と好奇心に心躍らせてしまうけれど。
(「一先ずは、目の前の仕事だね。――戦おう」)
リュカは肩に背負った灯り木を腕に抱え直した。
●
俺は人殺しだ。自分の強さのためだけに生きてきた悪人だ。
ロヴァキア・シェラデルトは自らをそう例える。
嘗ては裏社会の用心棒としてその手も汚してきた。
人殺しと呼びたければ好きにすれば良いと。
だが、とある出会いをきっかけに外の世界。人智を超えた存在に興味を抱く。
全ては闘うため、強くなるために。汎ゆる能力を身体に刻み込んできた。
そう、全ては自分のため。
他人のための力など考えもしない。
どれだけ人を助けたとしても、その見返りに助けてもらえるなんて甘い考えはない。
(「ヒーロー、か」)
望まぬ力を得て、挙げ句助けを求めるだけの善良な市民様に忘れられて、幻まで動き出して。
そのヒーローは今はどんな気分だろうか?
(「ならば俺が相手をしてやろうか。引退戦の相手には丁度いいだろう?」)
●
新たに三人の猟兵が、深海の世界へ誘われた。
問題のオブリビオンは既に先に着いた仲間の猟兵の攻撃を受け、多少動きが鈍っているようだ。
「――アンタが、ユラか」
ふわりと泳ぐ姿は極彩色の竜、アルクスはユラの姿を認めると素っ気なく声を掛ける。
『あ、は、はい。ユラはわたしです!』
「そっか、じゃあアンタは下がっていろ。その力も、無理に使うことはねぇ」
『――え?』
猟兵達がわざわざ駆けつけてくれた。ならば自分もこの力を使って助けになれればと。
そう考えていた少女は大きな瞳に困惑の色を映し、眉を下げる。
アルクスは軽く息を吐くと、改めて言い換えるように言葉を紡ぐ。
「ユラ。アンタ、歌うことは嫌いか?」
もし、そうならば。本人が望まない力ならば、歌う必要性なんてない。
既に必要とされなくなった力に、何時までも縋り付いていなくても良い。
「……だが、な。もし嫌いじゃないって言うなら。これからは自分の為に歌え。好きな歌を、好きなようにな」
『――………』
少女は真っ直ぐにアルクスへ向き直り、次いでにこりと笑顔を返す。
『……歌うことは、もちろん好きです。なのでわたしも、好きなように歌いますね』
だから今この場は、皆さんの為に。
そう笑う少女の様子に、アルクスは小さく頷きを返す。
「……ってことで。あなたも手を貸してね。ユラさん」
リュカは二人のやり取りを待って、傍らでそう告げると。
愛用のアサルトライフル、灯り木の弾を確認した。
「お前の好きに動けばいい。俺も好きにやらせてもらうからな。――さて、敵は待ちかねているようだぞ」
黙って様子を見ていたロヴァキアも首をコキコキと鳴らしつつ、オブリビオンを見据える。
対したオブリビオンは、息を吸い、声高らかに歌う仕草を見せていた。
その歌声は水の揺らめきに乗って周囲一帯に瞬時に響き渡る。
美しく澄んだ音色、聴いた者の心に響く悲鳴のような歌声。
誰彼構わず、無差別に他人の心を抉り取るような。
「あ゙ーー……、なんかやな音だな」
リュカは思わず片手で耳を塞いでみるが、歌声は指の隙間を潜り抜けて身体の芯へと響いてくる。
『……!ここは、わたしに任せてください!』
ユラがそう言い放つと、彼女も輪唱するように相手の歌声に合わせて自分の声を響かせた。
不思議と似た両者の歌声は、合わさるように重なって、
やがて響き渡る音色はユラの声に完全に覆い尽くされていった。
「はは、やるじゃねぇか。後は俺らに任せな」
邪魔な歌声は消えた、オブリビオンは未だ歌うことに専念している。
今が好機と、ロヴァキアは怨嗟の鬼火を連れ颯爽と敵に向かって泳ぎ出る。
「――ん、じゃあ俺も」
リュカも片耳を塞いでいた手をぱっと戻し、改めて灯り木を構える。
ロヴァキアの動きに合わせ引き金を引き、敵の動きを阻害するように確実に撃ち込んでゆく。
「懐がガラ空きだな!間合いにさえ入ればどこからでも斬り落とせるぞ」
ロヴァキアの細剣がオブリビオンの身体を切り刻む。
幻影とは言うが、その実体は有るようで。
赤い鮮血こそ流さないものの、斬る感触は生身の人とさして変わりはなかった。
「これがヒーローに守ってもらえなかった者の悲鳴だ、受け取れよ……!」
虚ろだったオブリビオンの表情が、苦悶に染まる。
もはや歌声を放てる状態ではなかった。
「――そういえば、この人も昔はヒーローだったんだっけ?」
灯り木を構えたまま、ぽそりとリュカが零す。
ならば本当は。周囲を傷つけることは望んでいないはずだろう。こんな風に。
(「……いや、正義の味方の考えることなんて、俺にはわかんないな」)
ふるりと首を振り、自らの問いに返すリュカ。
「……元はヒーローだろうが何だろうが。目の前のオブリビオンは世界にとってのノイズに過ぎない」
アルクスは冷徹にそう言い放つ。
元の人格がどのような者だったのか、此処に居る自分達では到底知り得ないからだ。
「そう、ノイズはもう不要だ」
アルクスのその声に、周囲の音が一瞬にして掻き消える。
敵の、ユラの歌声も。戦う仲間の音も、全てを吸収して戦場は完全な無音となった。
それら全てを集めて放たれるのは凝縮された音のブレス。
「自分の生み出したノイズに、掻き消されろ」
アルクスの放つブレスは一直線にオブリビオン目掛け、直撃した。
沢山の音の塊、重圧を受け、それが最期の止めだった。
長い黒髪を揺蕩わせ、オブリビオンの身体はボロボロと崩れ、水中に溶けてゆく。
――そうして、再び暗く深い洞窟の奥底へと。
躯は力無く沈んで行ったのだった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
第2章 日常
『珊瑚の上に築かれた街』
|
POW : 都市群を泳いで見てまわる
SPD : 深海用の乗り物にのって街を移動する
WIZ : 深海に適応した街の人々と話す、聞き込みをする
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種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
●海底都市『アムニス』
地上人が呼ぶ『アトランティス』は海洋文明の総称だ。
此の都市の名は正式には『Amnis』というらしい。
海流を意味する言葉から付けられた名で、その名の通り様々な潮の流れが集まっている。
結果、海流の吹き溜まりとなっているお陰で、豊かな生態系にも恵まれているのだ。
太陽の光も届かない、海の底に築かれた都市を明るく照らすのは、魔法石や珊瑚礁たち。
海で採れる特殊な魔法石によって作られた街灯。
魔法が掛けられた、色とりどりに淡く耀く珊瑚礁の群れ。
それらは深海の闇を昼夜問わず照らし続け、まるで眠らない街のように煌めいていた。
地上から来た者は、その光景にしばしば時間の感覚を忘れてしまうのだとか――。
●海底都市観光
『みなさん、先程はありがとうございました……!わたし一人だけだったらどうなっていたか、』
ユラは助けに来てくれた猟兵達にぺこりと頭を下げると、あっと思い付いたように顔を上げる。
『そうだ、よかったら。わたしの住む街に寄っていきませんか?此処からはすぐ近くなんです』
ちょっとした観光地としても有名なんですよ、とユラは少し誇らしげに語る。
彼女に着いていった猟兵達は、珊瑚礁が織り成す大きな海底都市へと案内された。
近年は地上からの観光客も多く、街の案内パンフレットのような物もあるようで。
ユラはそれを一人ひとりに手渡してゆく。
海水でも溶けない特殊な素材出できた小冊子をぱらりと捲れば、まずは街の全体地図が目に入る。
続いてぱらぱらと捲ってゆくと、おすすめのお店、観光スポットなどの見出しが飛び込んできた。
『わたしのおすすめは幾つもあるんですけど……。あ、ここのお店の料理、美味しいですよ!』
ユラも一緒になってパンフレットを覗きつつ、指差すのはとあるレストランの見出し。
【海洋レストラン ラ・メール】
新鮮な海の幸を使ったシーフードレストラン。
カニの風味とトマトソースの絶妙なバランスの、ワタリガニのトマトパスタは人気No.1。
具だくさんシーフードパエリアは大皿を頼んで大人数でワイワイと分け合うのも楽しいもの。
軽く摘みたいならば、シュリンプの冷製カッペリーニもおすすめだ。
『お土産を買うなら……、ここの雑感店とかいいかもです!』
【光る海の魔法雑貨店】
海光石と呼ばれるこの土地の海底でのみ採れる魔法石を使用した様々な雑貨を取り扱っている。
ランタンなどの照明器具から、ペンダントなどのアクセサリー類など。
どれも淡く光り続ける、ひんやりとした海光石が使用されているのが特徴だ。
他にも、珊瑚や貝殻で作られた海ならではの雑貨が沢山並んでいるようだ。
『あと、街を巡ったり周辺の海を散策したいなら。乗り物を借りると便利ですよ』
海底都市アムニスは想像以上に広く、また建物の高低差も多い。
水の中を泳ぎ慣れていない者にとっては、移動するだけでもかなり苦労するだろう。
そのため、街の各所を巡りたいなら乗り物を借りるのが一般的のようだ。
一人用なら小型の水中バイク、数人が乗れる水中小型船なども用意されている。
どれも自動運転機能付きで、目的地を設定すればのんびりと安全に街中を移動できる。
手動モードに切り替えれば、街から出て周辺の海を散策も出来るようだ。
ただし、移動出来るのは街から近い範囲の海に限定される。
正確には、街からの明かりが届く範囲。
都市周辺以外は、深海の闇に覆われているからだ。
『乗り物には自動で帰還する機能も付いているはずですが、あまり遠くへは行かないように気を付けてくださいね』
猟兵のみなさんなら心配は無いと思いますけど、と添えつつ。ユラはにこりと笑顔を零す。
こぽこぽと浮かぶ水の泡、揺蕩う波に揺られる海底都市で。
――さて、どう過ごそうか?
* * *
●マスターより
二章は海底都市を観光したり、海中を散策したりする日常パートです。
時間帯は一応、昼間~夕方までとなります。
上記のご案内以外にも、自由な発想でお楽しみください。
ちなみに水中なので常に半無重力のような状態ですが、
あまり気にせずいつも通りに過ごしていただいて大丈夫です。
●ユラ(NPC)
皆さんを都市へ案内した後は自由に過ごしています。
会話をしたり、街の案内をお願いすることも出来ます。
詳細、説明は以上となります。
それでは、佳き時間を。
メーア・トロプフェン
海の中だし広いよねえ。
町の外なんかもちょっと見てみたいかも?
水中バイクだったっけ?
ちょっと借りて行こうかな?
外の様子を色々見てみたいから手動運転モードで!
わぁ!お魚さんがいっぱい!
施設だと普通は泳いでる所ってガラス越しにしか見えないもんねえ。
広がってるサンゴ礁もすごく綺麗!
それにしても…うーん、なんだかお腹空いてきちゃった。
あ、流石に此処でお魚捕まえて食べたりしないよ?
調理道具とか、持ってきてないし。
町に戻ってお店で食べてこようかな?
ラ・メールって言うお店だっけ?
トマトパスタでも注文しようっと!
うーん、シーフードパエリアも気になるけど…大皿だと流石に食べきれないかな?
「――わぁ!お魚さんがいっぱい!」
メーア・トロプフェンは水中バイクに乗りながら、広い海へと繰り出していた。
普段は厚い水槽のガラス越しや、映像でしか見れない海の生き物たちも、手を伸ばせば触れられそうな距離を悠々と泳いでいる。
海底に広がる珊瑚礁も都市に生えているものと一緒なのだろう、幻想的で淡い光を纏っていた。
そして出迎えてくれた魚たちも観光客にも慣れているのか、メーアの姿に意外と逃げ回る様子はない。
それどころかメーアの周囲を遊ぶように小魚の群れが泳ぎ回り、此方を愉しませてくれているようにも見えた。
「ふふ、歓迎してくれてるのかな? ありがと~★」
ちょこっと街の外を覗こうと足を伸ばしてみたのは大正解だった。
メーアはホクホクと満足げな笑顔を零しつつ――、
けれど次には、へにょりと頭上のキツネ耳が下がっていた。
「それにしても……うーん、なんだかお腹空いてきちゃった」
アレだけ動き回ったのだからそれもそうか、と思いつつ。
くぅー、と小さく腹の虫も鳴り。耳と一緒にふかふかの尻尾も元気なく垂れる。
ふと見上げれば、泳ぎ回る小魚達の群れ。
――塩焼き、煮込み、刺し身……も悪くないかもしれない。
(「……や、流石に此処でお魚を捕まえて食べたりは!」)
許可がいるかも知れないし、そもそも調理器具もない。
「……。――よーし!街に戻って腹ごしらえ、だ!」
そうと決まればメーアの思考は腹ペコモードに。
魚の群れ達に別れを告げ、水中バイクで颯爽と街へ舞い戻っていった。
「――ユラさんがおすすめしてたお店、ここかな?」
観光パンフレットの地図を頼りに辿り着いたのは、海洋レストラン ラ・メール。
新鮮な海の幸を使ったシーフードレストランは、観光客はもちろん地元の人にも人気のお店らしい。
タイミングよく席へと案内されたメーアは嬉々としてメニューを広げ、何を注文しようかと悩ましそうに首を捻った。
(「お腹空いてるから、何でも美味しそうに見えちゃうなあ……」)
メニューに並ぶ様々な料理の写真に、お腹の音がより大きく鳴ってしまうのを懸命に堪えつつ。
メーアはひとまず、人気No.1のトマトパスタを注文することに決める。
(「うーん、シーフードパエリアも気になるけど…大皿だと流石に食べきれないかな?」)
けれども、サフランの鮮やかな黄色とゴロゴロと乗る貝やエビ、魚介の写真がどうにもその誘惑を断ち切ってくれそうにない。
(「いや、今のお腹の好き具合ならいける?――うん、たぶんいけるハズ★」)
よし、とパエリアも頼むことに決め、メーアは手を上げて店員を呼んだ。
程なくしてメーアの元に運ばれてきた料理は写真以上に色鮮やかで。
トマトの香りにサフランの香り、そして新鮮な魚介の味に舌鼓を打ちながら。
お腹の心配をよそに、ぺろりと食べ切れてしまったに違いない。
大成功
🔵🔵🔵
リュカ・エンキアンサス
…よし、行こう
乗り物、もちろん借りる
楽しそう
というわけで水上バイクを借りて、海底都市の隅から隅まで走らせる
レストランは見た目的に奇妙なものがあったら行ってみる
美味しいとかわからないから美味しいだけならやめておくね
雑貨店も行く
面白おかしいモノや、A&Wに持ち帰って売れそうでかさばらないものを数点購入
人の話も積極的に聞きたい
この世界ならではの風習とか、生活感とか、聞くのは嫌いじゃない
トラブルの元になるから、感想は口には出さないけどね
後は、街の外を行けるところまで行ってみる
迷惑をかけるのは本意じゃないから、行ける果てまで
そこでしばらく静かに過ごすのもいい
不思議な生き物がいたら観察もできたらいいな
「……よし、行こう」
アルビレオとは全く違った乗り心地だけれど、バイクとしての扱いはさほど変わりない。
リュカ・エンキアンサスは一人乗りの水上バイクを借りて、海底の街へと繰り出した。
都市の隅から隅まで、興味の惹かれるまま、心惹かれるままに走りながら。
道中、目に留まったモノがあれば立ち寄ってみよう。そんな気ままな海底都市の観光だ。
リュカは一先ずパンフレットを頼りにレストランのある通りへと立ち寄った。
見た目的に奇妙なものがあったら入ってみてもいいかな、なんて思いながら。
食べるのが目的というよりも、好奇心と興味ごころの方が勝っている。
けれど、観光通りのレストラン街のメニューは地上でよく食べられているものと変わりなく、きっと具材が新鮮で美味しいだけなのだろうと思われた。
「……なんだ、あの人集り」
ふと目に留まった謎の人集り。どうやら通りにある出店のような場所だ。
何が売っているのかと、リュカはバイクを停めて人波の横からそっと様子を覗き見る。
――すると、ぎょろりとした目玉と思わず視線が合った。
リュカは一瞬、吃驚しつつも。
それがまな板の上に乗った深海魚だと気付けば、スッと驚きを引っ込める。
どうやら客寄せに、魚の解体ショーや調理をして振る舞っているようだ。
「深海魚って、やっぱりああいうの多いのかな……」
ぎょろりとした目玉、なんだかヌメヌメしていそうな鱗、アンバランスな身体のかたち。
けれど実際にこうして食べられているということは、味はそれなりに美味しいのだろうか。
『おや、兄ちゃんは観光客の人かい?』
呟きに気付いたのか、隣で同じ様に解体ショーを見ていた初老の男性が気さくに声を掛けてくる。
リュカが小さくコクリと頷くと、男性はへらりと笑顔を見せた。
『地上付近に住む魚と違って、見た目はちょいとヘンテコだが意外と味は美味しいんだぜ』
「……ふぅん、そうなんだ」
そうしてリュカも興味本位で列に並びつつ、深海魚の唐揚げを振る舞って貰う。
串に刺された小さな深海魚はまるごと素揚げにされていて、その形はちょっぴり不気味にも見える。
――いざ、と口に運んで見れば。
サクサクとした軽い食感と、あっさりと淡白な味わいに塩加減が絶妙で。
……普通だ、味は意外にも。とっても、とっても普通だった。
軽く腹ごしらえもして、リュカはふらりと街巡りを再開する。
気になったのは、お土産物を買えそうな雑貨店。
かさばらず此処だけの変わったモノがあれば……と、店内を物色しつつ目に留まったのは、
光る海の石、海光石を使った小さなお守りのようなモノだった。
淡く輝く小さな海光石に穴を開け、紐を通したシンプルなお土産品。
海のお守り、として。ちょっと人気のある商品らしい。
お守りと言うには、随分と簡素な造りだけれど。
確かにこの石は地上だとちょっとだけ珍しいかもしれない。
リュカはそのお守りを幾つか購入して、受け取った品の袋を鞄へと突っ込んだ。
* * *
都市を遊び尽くしたリュカは、街の外へとバイクを走らせた。
……実はこれが一番したかったこと、なのかもしれない。
水上バイクを走らせ、行けるところまで行ってみよう。
海中を泳ぐように走り、都市の光が届かなくなる果てまでと。
街から離れれば、徐々に少しずつ、闇が増してゆく。
それは夜が訪れるような感覚で、怖さや恐怖は感じなかったけれど。
(「本当に、都市以外の光源ってないんだ」)
征く先の闇を見つめて、リュカは改めて思ったのだった。
そうして気付けば、あの洞窟へ再び辿り着いていた。
……道中の道筋を、覚えていたのだろうか?
いや、初めて訪れる、目印もろくにない海底。覚えているわけが無い。
此処に辿り着いてしまったのは、偶然か、必然か。
(「――もしかしたら、俺もこの洞窟に呼ばれたのかな」)
なんて、冗談交じりにリュカは心のなかで笑ってみせた。
でもせっかく来たのだから、あの洞窟をちょっと覗いてみようか。
好奇心に任せて余所に迷惑をかけるのは本意じゃない、あくまでも覗くだけだ。
そう自分に言い聞かせながら。
水中バイクは海底の砂浜に停めて、念のためバイクと自分をロープで結んでおく。
大きくぽっかりと空いた大穴の奥は、変わらず真の闇に覆われていた。
見つめていれば、そのまま吸い込まれてしまいそうな、そんな気さえするほどに。
暗く、深い。
もしかしたら、この洞窟は本当に色々なモノを呼び寄せているのかもしれない。
そんな風に思いながら、リュカはふわふわと洞窟の入り口から遠ざかった。
――今は難しい、けれど。
何時かこの洞窟を探検しようとする人が現れたとしたら。
(「……その時は、奥底に何が眠っていたのか。是非聞きたいものだね」)
リュカはバイクを停めた砂浜まで戻り、ぷかりと浮かびながら宙を仰いでみた。
自分の吐いた空気が、水の泡となってこぽこぽと水中を上がってゆく。
――静かだ、
気付けば、沢山いた魚の群れも何処かへ消え去って。
今この場所に、世界に居るのがまるで自分一人なんじゃないかと思えてくるほどに。
そっと目を瞑れば、静かに揺れる海の音が聴こえてくる。
――もうしばらく、このまま。
リュカは揺らめきの中、深海の静けさに、そっと身体を預けたのだった。
大成功
🔵🔵🔵
アルクス・ストレンジ
アドリブ歓迎
深海は地球上で唯一、人間が到達していない場所だと聴いたことがある
宇宙にまで進出した人間が、だ
あくまでオレのいる所とは別の世界とはいえ
宇宙よりも遠いはずの場所に
実際こうして暮らしてる奴らがいる…不思議なものだな
手渡されたパンフレットに目を通す
海底都市の飯に雑貨…全く興味が無いといえば嘘になるが
どれも違うな。オレが欲しているのは…
ユラに聴くことにしよう
これだけでかい都市だ
心当たりの一つや二つはあるだろうから
「この街で音楽が聴ける所を知らないか?観光スポットよりは、地元の奴らが演奏してるような場所がいい」
例えば、路上ライブが盛んな場所
ライブハウス
バー…はユラにはまだ早いか?
彼女が特に勧める場所があれば、そこに行く
一刻も早く巡りたい
バイクを借りて、目的地までかっ飛ばす
色鮮やかな海底には、どんな音が響いてる?
ジャンルで言うと何だろうな
ロック?ジャズ?エレクトロニカ?
ピアノ演奏かもしれないし
ア・カペラでセッションしてる可能性もあるか?
さあ、聴かせてくれ
此処で生きているアンタ達の魂の叫びを
深海は地球上で唯一、人間が到達していない場所だと聴いたことがあった。
宇宙にまで飛び出したあの人間が、だ。
呼吸が出来ない環境は同じなはずなのに、大気圏を突破するよりも海へ沈む方がずっとずっと難しいらしい。
――あくまでも、アルクス・ストレンジ。彼が居た世界の地球での話しだ。
けれど、実際に目の前でこうして海の底で暮らしている人間たちの存在が居る。
そして今まさに、自分自身の居る場所がその未知の領域だった場所、深海なのだ。
幾つもの次元に跨って広がる世界は、まだまだ不思議に満ち溢れている。
何れもっと想像が付かない様な世界にも、足を運ぶ機会は訪れるかもしれない。
* * *
「――これが海底都市、か」
アルクスはユラに手渡されたパンフレットを開き、さらっと目を通した。
海底都市のご飯に海の雑貨、海中散策――。
観光客向けのおすすめスポットらしき記事や写真が並んでいる。
どれも興味がない……と言えば嘘になるが、けれど違う。
そのどれもが、いまアルクスが欲しているものではなかった。
アルクスは開いたパンフレットをそっと閉じ、ユラの方へと顔を上げた。
「この街で音楽が聴ける所を知らないか? 観光スポットというよりは、地元の奴らが演奏してるような場所がいい」
これだけ大きい都市だ、そうした活動をする者もきっと居るだろう。
それにユラは歌の心得も在るようだし、心当たりの一つや二つはあるかもしれない。
『――音楽が聴ける所、ですか?』
ユラは考えるように顎に手を添える。
「ああ。例えば、路上ライブが盛んな場所や、ライブハウス、バー。……はユラにはまだ早いか?」
アルクスは自分の住む地上でよく足を運ぶ場所を伝えてみる。
この海底でも同じ様な文化が在るかどうかはわからないが――、
『うーん、……あ、なるほど!』
ユラはアルクスの背に担がれた大きなギターケースが目に留まり、ピンと来たようだ。
『それでしたら、街の中心の大きな公園に行ってみると良いかもしれません!地元の方たちのイベントがよく行われている場所で、それに今日はちょうど休日ですから』
きっと路上ライブをしている方達も居るだろうと、ユラは言う。
パンフレットの地図を開き、ユラに場所を教えてもらったアルクスは頭の中で目的地までの道筋を記憶する。
ユラが道案内がてらわたしも着いていきますね、と提案しようとした矢先――、
「――悪いな、ちょっとオレは先に行く」
『えっ!?――あ、アルクスさん!』
アルクスは衝動に駆られ、借りたバイクに跨った。
――、一刻も早く聴きたい。
この都市に、海底に住まう人々が奏でる音がどんなものなのか。
地上から遠く離れた地では、音楽の在り方もまた違うのだろうか?
色鮮やかな海底には、どんな音が響いてる?
ジャンルで言うと、何だろうな。
ロック?ジャズ?エレクトロニカ?
ピアノ演奏かもしれないし。
ア・カペラでセッションしてる可能性もあるか?
様々な想像に胸膨らませ、アルクスは水中をバイクで駆け巡ってゆく。
そして公園が徐々に近付いてくれば、聴こえてくる。
~~♪~~♫
――音、音楽だ。
人の奏でる、人の想いが籠もった響き。
アルクスには直ぐにそう感じられた。
きっとそれは、自分自身も同じだからだ。
想いや感情を音色に託して伝える、音楽で表現する者同士。
(「――嗚呼、本物だな、コレは」)
アルクスは公園中央の大きな樹が見える広場で、バイクを停めた。
緩く窪んだ真ん中に、シンボルの様に植えられた大きなツリー。
円形の周囲はスロープと階段に囲まれ、その様相はまるで小さなコンサートホールのようだった。
響く音色はその中央から、人々に囲まれた男女数名と思しき若者たちだった。
きっとインディーズバンドか何かだろう。
アップテンポな曲調に、ボーカル女性の澄んだ歌声が響き渡る。
アルクスはその音に、暫く聞きってしまう。
――良い歌声だ、というのは勿論。
それ以外にも不思議と自分の裡に響く、妙に惹かれる音のような気がしたからだ。
ぷかりと視界に浮かぶ水の泡、ゆったりと流れる波の揺れ。
――嗚呼、そうか。
此処は海底、水の中だから。
海と波の揺らぎが音に混ざりあい、それが不思議な音色となってアルクスには新鮮に聴こえるのだ。
『アルクスさん……!』
自分を呼ぶ声に振り向けば、必死にバイクを走らせ後ろから追いかけてきていたユラがそこに居た。
「ユラか。置いて行って悪かったな」
『いえ、迷わず辿り着けたみたいでよかったです。――あ!ライブ、やってますね』
ユラもバイクを停め、人の集まる小さなライブ会場へ目を向けた。
「ああ、いま聴いていたところだ」
真剣に音楽へ耳を傾けるアルクスの横顔を見て、ユラがふと質問を投げかける。
『此処の音楽は、アルクスさんが知っているものと違いましたか?――わたし自身、この都市や海底から出たことはないので。地上での音楽は何か違うのかなって』
ユラの問いに、アルクスは暫し答えに悩む素振りを見せた後、言葉を紡ぐ。
「――いや、大きな違いはないさ」
地上と海底、大気と水中。
響く音色や場所が違っても、其処で生きる人々の想いや魂が込められている。
アルクスは再度それに気付き、少し嬉しげに心のなかで微笑んだ。
(「この後、もう何箇所か音楽と出会える場所へ行ってみようか」)
――そんな思案を膨らませながら。
ボーカルの女性の澄んだ歌声が響き、曲が終われば周囲から歓声と拍手が上がる。
アルクスとユラもまた、彼らに小さな拍手を送ったのだった。
大成功
🔵🔵🔵