――夏。
暑さで皮膚の表面がじっとりと汗ばむこの季節には、欠かせない音が出る。
じーじー、じゃわじゃわと辺りで鳴き散らすセミの鳴き声。
セミからすれば短い命の中での求愛行動なので、必死に叫んで伴侶を探すという大事な仕事だ。
けれど、人間からすればそんなものはどうでもいい。
うるさいし、飛んで来たのが当たったら痛いし、抜け殻がそこらへんに落ちてるのも嫌う人は嫌う。
そして、虫嫌いの人間にとってはある事が一番厄介な事象がセミには存在する。
世間一般的にはセミファイナルなんて呼ばれてる事象。アレは本当に、夏にしか起こらない事象だ。
「……う、わぁ……」
外でのショッピングを終え、家に帰ってきた飛鳥。
しかし彼は家に入ることはなく、玄関口より少し離れた場所で狼狽えていた。
普通に家に入れば暑さを和らげるクーラーがあるので天国になるだろう。
外のほうが地獄だと言えるほどの暑さは飛鳥の体力を奪っていくため、早急に室内に入りたい。
だが、しかし。今現在の飛鳥にとって、外の暑さなど2番目の地獄。
玄関前の地面に上向きになって倒れたセミの存在。
跨いで通ればいいだろうと考える人もいるだろうが、セミが上向きになって倒れているということは、ファイナルアタックをやられる可能性もある。
そんなの、虫嫌いの飛鳥にとっては1番の地獄でしかない!
「……ええ……どうしよ……」
飛鳥は虫がすこぶる嫌いだ。
普通の人なら可愛いと言って触るてんとう虫や蝶でも、男の子がかっこいいという理由で集めるカブトムシやクワガタでも、虫なのでダメというほどに。
なのでセミが地面に転がっているなんて状況、しかもファイナルアタックされるかどうかもわからない状況。飛鳥にとって地獄と言わずなんと言うのだろう。
どうしようかと何度も何度も玄関前を左右に歩いて悩む飛鳥。
棒など長いもので避けるのも怖いし、死んでるとわかっていても触りたくない。
本当に絶望の淵に立たされている状況だった。
もう夜になるまでここにいるか?
そう考えた矢先、ポケットに入っているスマホを思い出し、そういえば弟の澄春はもう帰っているのかと疑問に持つ。
「澄春、頼むから家におって……!!」
祈りを捧げ、電話帳から弟の名前を引きずり出して電話をかけた飛鳥。
数回のコール音が聞こえたあと、澄春の「もしもし?」の声を聞くことができた。
「あっ、澄春!? もう家に帰っとる!?」
「おー、もう部屋おるでー? なになにー?」
「ごめんっ、ほんっとごめん! 玄関の前にセミがおって入られへんのやー!」
「ええ? そんなん跨いで通ればええ話やん」
「無理! 無理無理!! だってコレ、急にジジジジって動き出すやん!! 俺死ぬって!!」
けらけらと笑って返す澄春に涙目のままに返答した飛鳥。そんな返答をするぐらい、本当に虫は無理だ。
そう返答されては流石に救出に行かないというのも居心地が悪いからと、澄春は電話を切って外に出てきてくれた。
澄春がドアを開ければ、ひっくり返って|足を閉じている《・・・・・・・》セミが1匹地面に転がっている。
弟が来てくれたことで安心感が溢れた飛鳥はもう少し離れ、澄春が処理してくれるのを待った。
「これ?」
「それ! なんとかして!」
「言うておにぃ、もうこのセミ死んどるで?」
「えっ」
澄春が指さしたセミ。彼がツンツンと触ってみても、ころんと転がるだけで動く様子はない。
そう、飛鳥が帰ってきたその時からそのセミはとっくの昔に死んでいる。ただ、飛鳥が怖がって近づかなかったためその死に気づけなかっただけなのだ。
「あんな、こうしてセミが足を閉じとったら死んどるんや。生きとったら足が開いとって、ジタバタする。近づいて見たら一発でわかるで?」
「そ、そんなん見てわかるほど近づけるかい! も、ええから処理してー!」
「はいはい。ちょぉ待っとってなぁ」
家の中に戻り、箒とチリトリをもってきた澄春は速やかに死んだセミを片付けた。
虫嫌いな兄を助けるため、これまでこうして何度も助けてきたため、かなり手慣れている。
それでも、死んだセミと生きたセミの違いぐらいは覚えて助けを呼んで欲しいぐらいは考えていたりもした。
「ん、終わったでおにぃ。入れるよー」
「う……もう、いない?」
「おらんおらん。ほら、はよ入らんとまたセミ来るで?」
「うぐっ。は、入る入る!」
澄春の脅しを受け、家の中に入った飛鳥。
まだまだ夏は始まったばかり。
このやり取りは、今日という日だけに非ず。
セミが鳴いている間、飛鳥に訪れる夏の戦争(?)は終わらない……。
成功
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