過ぎ去る日々の中にある最良を作る、海の月
●毛づくろい
多くの生き物にとって猫というのは寄り添う|輩《ともがら》であったことだろう。
人間の文明、文化のそばに在ることは遥か昔から見受けることができる。
となれば、猫というのは他の動物たちにとっても寄り添いやすい……寄り添うことを好ましく思う動物であったのかもしれない。
そういう意味では巨大クラゲ『陰海月』とヒポグリフの『霹靂』、そして二又の尻尾を持つ猫『玉福』、そして悪霊でもあり猟兵でもある馬県・義透(死天山彷徨う四悪霊・f28057)が集う屋敷というのは種族の坩堝とも言えるのではないだろうか。
不可思議な力があれど、しかして、そこに信頼するものがあるのならば、それを介在して種族も、寿命も、何もかもが異なる存在同士が共に生きることができる。
その可能性というのを示していたのかも知れない。
と、そんな小難しいことを考えているのも、なんというか、馬鹿らしい。
そんな小理屈というのは、今目の前の光景より優先されることだろうか? いや、優先されるものではあるまい。
手にしたカメラのレンズ。
その向こうにあったのは、『玉福』をブラッシングする『陰海月』の姿があった。
「ぷきゅ」
「んなん?」
まあ、訳するのならば、ご加減はいかがですか、というところであろう。
『陰海月』にとって力の加減というのは難しい処理であったように思える。触腕の感覚と云うは、他の生物とは異なる。
故に、手先の細かい作業というのは本来難しいものであったはずだ。
けれど、多くの経験を経ることによって『陰海月』は微細なコントロールというものができるようになっているのである。
しかも『霹靂』で一度試した後である。
その涙ぐましい努力というのは猫の気まぐれな性質には伝わりづらいものがあっただろう。
通常のブラッシングセットというのをどうにも『玉福』は嫌がるようだった。
「端的に言うのならば、己の舌があるのに何故、というところであろうな」
「単純に感触がよろしくなかったのかもしれませんねー」
「だが、どうだろうか。あれは」
「うむ。やはりケルベロスディバイドの世界で品定めをしたのは良案であったように思える」
四悪霊は、『陰海月』に大人しく、それこそごきげんな雰囲気でブラッシングされている『玉福』を見やる。
そう、彼等はケルベロスディバイドでの戦いの戦績、功績の報酬を得て買い物に出ていた。ただ、その額がちょっと予想しない金額出会ったために戸惑うこともあったが、必要な経費であるのだから、と思い切って見た次第である。
「やはり最高級品は違うのでしょうか」
「ううむ、やはりウィングキャット、という存在がいるのであれば、やはり意思疎通が可能というのは大きいのではないか」
「あー直接感想聞けますものねー」
「そういう意味では『陰海月』がいんたーねっとで調べてきたのは、良いことでしたね」
四悪霊は頷き合う。
『陰海月』の教育上、過度にインターネットに触れさせるのはよろしく無いかと思っていたが、フィルタリングさえしっかりできたのならば、これ以上ない情報媒体である。
その結果がしっかりと確認できている。
「クエー」
そうしていると『霹靂』がとことこやってくる。
「どうしたのだ?」
「クエ」
それ、と言うように『霹靂』が示すのは四悪霊が手にしていたクラゲグッズである。
「おお、そうだったの。これを飾るつもりであったが、ついつい、な」
『陰海月』と『玉福』の様子にカメラを手にしていたことに気がついて、なんとも面映ゆい気持ちになる。
ケルベロスディバイドの世界は確かに戦乱が満ちている。
多くの戦いがあって、多くの破壊が生まれる。
そんな世界であるからこそ、戦うものに対する報奨は多く、刹那的にもなるのだろう。
それを思えば、四悪霊はまた違う所感というものを覚えるのだろうが、しかして、今目の前にある平穏とを比べるのは愚かなことであっただろう。
「クエー」
「ああ、おもちゃの礼か。及ばぬよ。よく働いてくれているからな」
「そうですよー何でもかんでも買い与える、というわけでないですけれどー」
「ほしい、と思う欲求もまた大切なことであるからな」
「一人で判断することもできようが……」
まあ、と四悪霊は『霹靂』の頭を撫でる。
彼等が自立する日も来るだろう。
それまでに自分たちが出来ることは何か。
「小難しいことは後回しでよいだろう。我らが考えるより多くのことを彼等は考えている」
四悪霊たちは『陰海月』、『玉福』、『霹靂』の睦まじい様子を見て、頬をほころばせる。どんな力も、どんな存在も、いつしか滅びていく。
ならば、その時までに多くを残せることを願うしかない。
「そして、叶うのなら」
より良きものを多く、と願うようにカメラのファインダーを覗き込み、シャッターのボンタンを押す。
今、この時における最も良き光景を――。
成功
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