「奢って」
顔を合わせた第一声が、これである。
実に久方ぶり、しかもサシで会ったのは何気に初めてではなかろうか。
そんな、阿夜訶志・サイカ(ひとでなし・f25924)もサイカであるが。
「久しいな、サイカ」
「奇遇だな、ダーリン。とりま、奢って」
「ああ、いいぞ。丁度この近くに行きつけの店がある」
なんで? とか、第一声それ? とか、普通ならば思うかもしれないところを。
いきなり集られても特に何とも思っていない様子の、筧・清史郎(桜の君・f00502)も清史郎である。
ということで、突然のサシ飲みという、成り行き展開になったわけだが。
「おーおー、なかなか大層な店じゃねぇか」
やって来たのは、清史郎の行きつけだという看板のない料亭。
「隠れ家に使えそうなとこなんて、いい趣味してんなァ、ダーリン」
「ふふ、気に入って貰えたのなら何よりだ。何か飲むだろう?」
「ア? 当然だ。取り敢えず一番高い酒だな」
通された奥の個室にドカリと腰を下ろし、当たり前の様に即答したサイカはご機嫌だ。
それもそうだろう、ドブでも何でも食えるが。
金が掛かっている風なものを自分の財布を痛めることなく、人の金で飲み食いできるとなれば、言う事なしである。
だが、ふと己の懐を探れば、怪訝な表情を浮かべる。
此処が喫煙可能かどうかさえろくに確かめもせず、煙草に手を伸ばしたはずが。
きっと道中かどこかで落としたのだろう。
いつもの如く締切と借金取りに追われていたどさくさで。
そんな今日のサイカは、どことなく外見がささやかに違っている気がするが。
逃げ足が自慢とはいえ、今日も今日とて、実は逃げきれず狩られた後であったりするのだった。
そこに丁度良く出くわしたのが、眼前でにこにこしている、本日のダーリンである。
だが、酒や美味い食い物にはありつけそうだが、煙草がないのは少々興が冷める……なんて思っていれば。
清史郎はその様子に気付き、懐から己の煙草を取り出して。
「よかったら、1本どうだ?」
「おう、ダーリン、気が利くな」
遠慮などするはずもなくそれを咥えれば、雅やかに差し出される火。
そして普通に火をつけて貰った後、火を返すなど当然しないまま、漸く一服すれば。
別に何とも思う様子もなく自らの煙草に火をつけ、同じように……いや、やたら雅に煙を吐く清史郎に、サイカは笑う。
「なかなかエグいの吸ってんなァ。さすがは、せーさま」
上品な香りの割りに思いのほか重い味わいに、茶化すように言えば。
煙草は嗜む程度だがな、と、にこにこ相変わらずな微笑み。
見た目上品で品行方正なように見えるが。
意外と、眼前の相手の本質はそうではないかもしれない。
だが、その方がむしろ気楽であるし、そもそもそんなことはどうでもいい。
そう――取り合えず何よりも、酒だ。
ということで、これまた普通にお酌して貰い、当然のように返杯などするはずもなく。
乾杯、と微笑む清史郎と杯を合わせることもなく、嬉々と一杯飲み干して。
眼前に並べられた、いかにも金が掛かってそうな料理の数々に遠慮なく手を伸ばし、舌鼓を打つ。
そして早速、酒がなくなれば。
「まだまだ飲むだろう? 先程追加をお願いしたところだ」
「お、よくわかってるじゃねぇか。よし、次もってこい!」
程なくして運ばれてきた酒も、景気良く豪快にぐびぐび。
それから、酒が入って良い気分の中、自分を見つめる清史郎の視線にふと気付けば。
「ああ、すまない。俺の主……嘗ての所有者も作家でな。やはりどこか似ているなと」
「ア? 俺様に?」
「ああ。ふふ、俺の主も、ろくでもなかったな」
「ハ、言ってくれるじゃねぇか、ダーリン」
高そうなものから順に箸を伸ばしては、ご機嫌にげらげらと笑うサイカ。
そして同じくらい飲んでいるはずだが全く様子が変わらない清史郎は、眼前の酔っ払いに、やはり笑顔で続ける。
……だが、そんなろくでもない主と共に在った日々は非常に楽しかった、と。
酒は好物だがザルではないサイカは、このサシ飲みの記憶も恐らく、後日ところどころ飛んでいるだろうが。
「人の金でありつける美味い酒や食い物、それに楽しい時間を楽しめたらそれが一番だ」
「ああ、そうだな。今が楽しければ、それでいい」
空になった杯にそう頷きつつも再びお酌した清史郎の酒を、やはり遠慮なく飲み干すのだった。
その後も、どれくらい好き放題飲み食いしただろうか。
「そろそろお開きか? ま、悪くなかったな」
「ふふ、俺も楽しかった。一等美味い酒が飲める店をまた探しておこう」
「よ、せーさま、男前。その時もまた、ハニーの奢りで頼むぜ」
ふらり千鳥足ながらも、サイカはちゃっかりと言った後。
最後に一本、と差し出されたそれを咥え、当然の如く火を点けて貰ってご機嫌に喫む。
仄か桜の香がする、美味い口直しの煙草を。
成功
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