食物文化研究同好会~先輩と後輩~
スマホは割とマメにチェックする方だと、一ノ瀬・帝自身は思っている。
何故かといえば、飛鳥がメッセージをくれるかもしれないからだ。
だいたいは下らないやり取りだが、それだって帝にとってはかけがえのないものだ。
その時はちょうど夕食を終え、宿題も済ませてしまって時間が空いていたところだったので、メッセージアプリの着信音が鳴った時にはすぐさま画面を点灯させたのだった。
しかしディスプレイに表示された通知の名前は飛鳥ではなかった。
「水鳥川? 珍しいな」
部活の連絡用として繋がっていただけの後輩から、メッセージが届くのはこれが初めてだ。
「何の用だろう、明日の食研欠席するとか? それにしても俺じゃなくて部長の飛鳥に連絡が行きそうなものだが」
それに同じクラスの全に言伝を頼めばいいだけだろうし、更にいえば事前に連絡を入れる事さえ不要な気もする。一応同好会という形式上活動日は決まっているものの、集まったところでお菓子を食べたり駄弁ったりするくらいしかやる事がないのだから。
不思議に思いつつメッセージを開いた帝は、直後目を白黒させる事になった。
――水鳥川・大地。染めた金髪に両耳ピアスのいかついヤンキー。いつも睨むような目つきだが、しかし根っこは悪い奴ではなさそう。
そんな印象だった後輩からのメッセージが、あまりに予想外だったからだ。
『おい見てみろよ!!最高に可愛くねコレ!!!✨😻✨😻✨😻✨』
「何が?」
帝の疑問が聴こえたわけでは勿論ないのだろうが、直後猫の写真が送られてきた。二匹の猫が互いに毛づくろいをしあっている様子を撮ったもののようだ。確かに可愛らしい。
「…………」
しかし猫の可愛さなど吹き飛ぶほどの衝撃に帝は固まっていた。
「どうしたものか、これは」
→返信する
→見なかった事にする
→飛鳥に共有する
しかし見なかった事にするのは不可能だ。何せもう既読がついてしまった。
悩んでいると、続けて大地がメッセージを送ってきた。
『すんませんまちがえました!!!!』
「いや別に謝る事でもないと思うが。……そう送っとくか」
思ったことをそのまま送信する。向こうからも既読はついたが、しばらく待っても返事は来なかった。
「……返事が来たらどういう事か聞こうかとも思ったんだが」
わざわざこちらから話題にする程でもないかと思いながら、再度送られてきた写真を眺める。その背景に帝は見覚えがあった。
映り込んでいる建物。学校から少し離れたところにある、寂れた個人商店だ。
つまりこれはネットで拾った写真ではなく、大地が撮ったか、そうでなくともこの辺りに住んでいる人物から回ってきたものという事になる。
「まあ、いいか」
訊かれたくないかもしれないしな、と結局帝も返信はしないでおいた――のだが。
「……あの、一ノ瀬先輩。昨日のことは……忘れてくれるとありがてぇっス……」
翌日の部室で大地自ら切り出してきた。
ちょうど他の部員、つまり飛鳥と全はじゃんけんに負けてお菓子の買い出しに向かっていて、二人きりになっていたタイミングだった。
「? 昨日のって何のことだ? 水鳥川がいつにないハイテンションなメッセージと猫画像を俺に送ってきたことか?」
「あ゛ーーー!!」
机に突っ伏して大地が吼えた。耳まで真っ赤だった。
「やっぱりそうか」
「とにかく! 今回のことは誰にも言わないでください。知花先輩にも」
「バレても何も問題無いと思うが……水鳥川がそう云うなら、分かった」
「恩にきるっス」
昨日その場の勢いで飛鳥に転送するという選択肢をとらなくてよかった。良くも悪くもストレートな彼の事、真っ先にその事で大地に話しかけていたに違いない。
未遂に終わったとはいえ一瞬でもその選択肢が頭をよぎった事が何となく後ろめたく、帝は切り出した。
「事故とはいえ知ってしまった仲だ。良ければ俺からも何かいい猫写真を見つけたら送r」
「ください」
「食いつきいいな」
突っ伏していた筈の大地がものすごい勢いで顔を上げたので、思わず吹き出しそうになった。
「という事は、あの写真も水鳥川が撮ったのか」
「……マジで内緒にしてくださいよ、もう」
否定しないということは、そういう事であるらしい。
「まあ、いいよな、猫」
「ですよね!?!?!? ……あ」
帝としては軽い相槌のつもりだったのだが、またしても食い気味に大地が目をきらきらさせながら乗ってきた。かと思いきや我に返って、いつものしかめっ面に戻ってゴホンと咳ばらいをしていたりなどする。
(「……飛鳥が全く警戒していなかったのも判る気がする」)
話してみると、ただの年相応の後輩という印象だ。知り合ってしばらく経った今でも彼への警戒心が完全には抜けきっていなかった自分を少し恥じた。
「一ノ瀬先輩も好きっスか、猫」
「んー、猫もいいが、俺はどちらかと言うと犬派だ」
「そうなんスか、犬も可愛いっすよね」
動物の話になると、大地の仏頂面も自然と緩む。
「どんな犬種が好きなんスか? 大きい子とか小さい子とか」
「見た目というよりも性格が好きなのかもしれない」
無意識に視線が教室の壁時計に向いていた。二人が買い出しに行ってからは15分ほど、まだまだ帰ってこないだろうと確かめてから。
「誰にでも尻尾振って飛びつくのも、飼い主の後ろをひっついて離れないのも可愛い」
「へぇ~……」
大地が目をまたたかせた。
「犬飼ってたことあるんスか先輩」
「いや、無い」
「???」
大地が首を傾げた。具体的に体験したことがあるような話しぶりだったのにどういう事だろうと言いたげだ。
「親戚とか、仲のいいダチに飼ってる人がいるとか?」
「これ以上訊いてくるなら、昨日の秘密は保証できないな」
「ええ! いきなり脅しじゃないっスか、それ!?」
口を尖らせながらも大地はそれ以上訊いてこなかった。どうやら本気でバラされたくないようだ。
――本当のところは。
犬みたいな「誰かさん」が可愛くて仕方ないという、惚気でしかなかったのだけれど。
「犬も人を見る目があるよな」
「ん? あー確かに、犬っていっぱい遊んでくれる優しい奴が好きっスもんね。猫は構いすぎるとそっぽ向いたり難しいっスけど」
噛み合っていないようで噛み合っているような会話に、こっそり頬を緩める帝だった。
(「やっぱりあいつは凄い。惚れ直してしまいそうだな」)
しかし当の本人に惚れ直したなんてうっかり口にしようものなら、「そうか? 俺もミカが好きやで!」なんて他意ゼロの爽やかスマイルでトドメをさしてくれそうなのが玉に瑕ではある、が。
「ところで二人は何を買って来るっスかね」
ふと、大地がそんな事を云った。
「最近甘い系が続いてたからしょっぱい系が恋しいな」
「俺はあの固いポテチがあるといいな」
「リクエストしておけば良かったんじゃないか」
「そんなタイミングなかったっスよ、知花先輩がじゃんけん負けた瞬間に飛び出してっちゃって」
「確かに。源が慌ててくっついて行ってたな」
どこかぎこちなかった二人の距離は、誤送信をきっかけにすっかり縮まって。
返ってきた部長に「お? 二人ともすっかり仲良しやな!」なんて喜ばれたとか、なんとか。
成功
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