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【スシ】アマビエの宿に行ってきました!【カクリヨ】

#カクリヨファンタズム #ノベル

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チル・スケイル
拝啓
 風に乗って春の精が駆け抜け、うららかな日差しが鱗を撫でる時節となりました。智依子さまにおかれましては、お健やかにお過ごしのことと存じます。

 つきましては智依子さん、X月X日にご予定などございますでしょうか?もしもお暇でしたら、私と共にカクリヨファンタズムにてスシを楽しむ小旅行などいかがでしょうか。

宿の名は『アマビエの宿』
スシを始めとする海鮮料理をはじめ、多種多様な和食を味わえます
露天風呂では薄雲に抱かれるような幻想の星空を楽しめます
智依子さんが生業とする配信については、事前に許可を得ています。『配信というのはよくわかりませんが、猟兵さんに宿を紹介していただけるなんて感激です!』とのことです
もちろん、費用は全て私が負担します

お返事、お待ちしております
             敬具



 ぴょこん。
 画面の下からせり上がってくる、ピンク色の狐耳。

 ぴろ、ぴろ。
 一対の三角が愛らしく動く。

 ちょこん。
 そして、その持ち主がぴょっこりと顔を出した。
 にんまり笑って、それから。

「ちょこちゃんねる! はーじまーるよー!」

 元気な叫びと共に、画面が鮮やかに彩られていく。ピンクを基調に、暖色の群れとちょっとの差し色が所狭しと跳ね回る。
 弾ける笑顔でキュートをお届け。キュッと引いてちょっと溜めてロゴがばーん!

 今日も今日とて、キマイラフューチャーに新しい動画がアップされました。


 などと。
「こんちょこわー! ちょこたんだよー!」
 桜色の狐獣人はきゃらきゃら笑う。魔改造した巫女服がトレードマークな彼女は、カメラの前で両手をぶんぶん振って、とても嬉しそうだった。
「みんなー、見てくれた!? アバン! アバンが出来ました!」
 ちゃんとしたスタジオと機材を借りた撮影。本職の動画製作者とイラストレーター、作曲家によるコラボレーション。
「ありがとう、ありがとう――みんなにありがとう、この世の全てにありがとう――ちょこはそんな気持ちでいっぱいです」
 時間にすればたかだか十数秒のシークエンスには、その実途方もない努力と時間と情熱、そして金銭がかかっている。
「今後もばりばり使っていくからねー! 動画、楽しみにしててね!」
 そんな苦労も、いざ出来上がってしまえば誇らしくも愛らしい思い出だ。

 彼女はぴょこぴょこと無邪気に跳ね回る。毛並み、髪、衣装を桜色に統一したこの妖狐は、名前を桜咲智依子という。猟兵であり、いわゆる配信者の一人でもあった。
 配信者としての名義は『巫女狐みこーん☆ちょこたん』。通称ちょこたん――本人が本来の名義を忘れかけているものと思われる。活動当初、魔法少女まで名乗っていたことを覚えている者は、恐らくほんの一握り。

 智依子はずびし、とカメラを指さす。
「そしてなんと! 今回はコラボ回! 期待のニューフェイスと一緒に飯テロ回だ……ゼ!」
 ズームアウト。ピンク妖狐が小さくなり、今回の舞台が映し出された。

 大きな月がよく見える。だというのに、夜空には負けじと星が瞬いている。幽かな薄雲がゆらゆらと漂い、絶妙にそれらを覆い隠しては離れていく。
 右を見れば東の風情、左を向けば西の情緒。彼方を眺めるとモダンないつか、此方を覗くと遠く遠い遙かな昔。
 何もかもまとまりがないのに、決して無秩序ではない。渾然一体となった、幽玄なる美しさがここにある。
 全てをまとめ上げているのは、こみ上げてくる|郷《・》|愁《・》という感情だった。

「というわけで! やってきました、カクリヨファンタズム! ちょこたん、夢の温泉旅行だー!」


 ててん。
 効果音。いわゆる一つの三味線SE。

『拝啓』
 和紙を模した背景に、さらさらと楷書体が流れてくる。

『風に乗って春の精が駆け抜け、うららかな日差しが鱗を撫でる時節となりました。智依子さまにおかれましては、お健やかにお過ごしのことと存じます』
 作法に則った丁寧な文章である、実に実に。

『さて智依子さん、突然ではございますが――――にご予定などございますでしょうか。もしもお暇でしたら、私と共にスシを楽しむ小旅行などいかがでしょう』
 流石に日付は隠されている。当然だ。収録日なんてもの、社外秘にも程がある。

『宿の名はアマビエの宿。スシを初めとする海鮮料理の他、多種多様な和食を味わえます。露天風呂も素晴らしく、カクリヨファンタズムの幻想的な星空を楽しめます』
 幻想的な異世界で、食事と温泉を楽しむ――なんとも贅沢で完璧な休日だ。

『智依子さんが生業とする配信については、事前に許可を得ています。――猟兵さんに宿を紹介して頂けるなんて感激です! とのことです』
 この世界の一般人――妖怪たちにとって、猟兵はそれだけでありがたい存在だ。何せ彼らが|見《・》|え《・》|る《・》のだから。

 そして、
『もちろん、費用は全て私が負担します。お返事、お待ちしております――敬具』
 とんでもねえ提案と共に、手紙は締められるのであった。

 ここにあるのは一通の手紙。
 今回のコラボ相手が実際に送ってきた文面――をちょっといじりつつ、あたかも筆と墨で書いたかのような、古式ゆかしいお誘いの再現である。

 それを。

「えっいいのマジで!? 全部おごり!? わーい行く行く、ちょこたんチルちゃん大好きー!」
 ハートマークと共に跳ね回る、やかましいピンクのゴシック体。うーん、このSNS世代。


 そうして場面が切り替わると、画面にはサムライエンパイアめいた大きな建物が映っていた。江戸時代風と言い換えてもいい。
「というわけで! 今回のコラボ相手は、チルちゃんことチル・スケイルさんです! 拍手ー!」
 その玄関前での挨拶となる。
 画面向かって左側、智依子が大仰に両手で示した先には、一人の竜派ドラゴニアンの女性が悠然と立っていた。
「ご紹介にあずかりました、チル・スケイルと申します」

 降り積もる雪のような白い鱗。
 遙かな海のように青く長い髪を、頭の後ろで結っている。
 涼やかな表情に、どこか余裕を伺わせる切れ長の瞳。
 紺をベースに金色をあしらった、魔術師風の装束。
 武装は――今回は|お休み《オフ》なのでカット。

「本日はよろしくお願いします」
 丁寧に腰を折る。楚々とした仕草で、このチャンネルには今までいなかったキャラクターである。
 だが、智依子はそんなことを気にせず進行していく。
「チルちゃんについては知ってる視聴者さんも多いかな?」
 二人は同じ|猟《・》|団《・》の所属である。キマイラフューチャーを拠点として、様々な配信を行っている旅団だ。
 智依子はそこの古株、チルは期待のニューカマー。視聴者としてはそういう理解で良い。
 もう一つ、UDCアースに居を構えるファッションブランドのモデル同士という共通点もあるが――まあ、接点としてはこんなところだ。

 で。
「チルちゃん、マジでいいのね? 全部奢りで……いいんだね?」
 なんとも小市民的。ピンクの狐は恐る恐る、と言った風に確かめる。
 青と白の竜はくすりと頷いた。
「もちろんです。急なお誘いをしたのは私ですから、そのくらいは当然のことかと」
 穏やかな笑みを湛えたまま、さらりと。今回のゲストはなんとも剛気なのだった。
 智依子は迫真の表情を作り、カメラに向かって叫んだ。
「お前らー! お前らー! 言質取ったからなー! ちょこたんが集ったわけじゃないからなー! そこんとこしっかり覚えとけよー!」
「……?」
 意図が分からず、チルは首を傾げる。だが、智依子は「気にしないで」と小声で言った。

 そういう芸風なのである。


 玄関に入る。
「まあまあ、遠い所をよくお越しくださいました。わたくし、ここの女将でございます。ささ、どうぞお上がりください」
 主である女将は明らかに緊張していた。彼女とてこの宿を長く切り盛りしてきた歴戦の猛者ではあるが、今回は少々勝手が違うのである。
「こちら、今回お世話になるお宿の女将さんです! 見ての通りアマビエさん! カテゴリとしては東方妖怪になるのかな?」
「は、はい。そうなるかと……あ、えっと」
 菱形の目、その瞳が当てもなく彷徨った。
 カンペ。カメラスタッフの判断は早かった――智依子は無邪気そうに笑う。
「――早速お部屋に連れて行ってくれるとのことで! 期待していいですか!」
「そ、それではご案内いたします。おほほ……」
 ただでさえ配信文化に疎いのに、物々しい機材に囲まれての本番だ。致し方なしと言えるだろう。

 改めて、ここはアマビエの宿という。
 その名の通り、主は妖怪アマビエだ。先を歩く女将は、菱形の目を持った、きらきら光る半人半魚である。
「うわあすごい……部屋ごとに、ふすまの感じが全然違う……」
「え、ええ。基本はお江戸の絵師様にお願いしたものになりますが。他の時代や、外つ国の妖怪様にも心得のある方が多くいらっしゃいまして――」
 着物の袖で口元――嘴を覆い、おずおずと答える女将。長い髪を纏めた簪が揺れた。
「チルちゃんはここにはよく来るの?」
「何度か。お気に入りです」
 氷竜の女はこくりと頷く。見た目の世界観がかなり違うが、実に慣れた風なのであった。
「チル様にはご贔屓にしていただいておりまして……」
 おほほ。そんなやりとりをしながら部屋へと向かう一行である。


 甘やかな|い《・》|草《・》の匂いがした。
「わぁ……――!」
 果たして、通されたのは立派な客室であった。
 広々とした間取り、敷き詰められた畳、重厚な机に、床の間にはいかにもな掛け軸と色とりどりの生け花。
 もちろん縁側にはテーブルと椅子が据えてある。その辺りはきちんと現代のニーズに対応しているらしい。
「すごーい! こんな本格的なの、ちょこたん始めてかもしらん……」
「そうなのですか?」
 表情を変えず、こてんと首を傾げるチルである。
「えへへー、こう見えてもUDCアースとキマフューで育ってるからね! こういうの、あんま自分じゃ選ばないっていうか」
 智依子は悪戯っぽく笑う。目に見えてはしゃいでいた。その姿に、竜の女は口元を綻ばせる。
「そういうことなら。存分に羽を伸ばしましょう」
「うん!」

 会話が一段落ついたところで、女将はすっと頭を下げた。
 これからの段取りの説明である。
「大浴場は何度でもご利用頂けます。必要な諸々は、その都度わたくしどもにお申し付けくださいませ」
 ようやく慣れてきたのか、普段の接客態度といった風であった。
「お食事は酉の刻――六時頃でございますね。こちらのお部屋に運ばせていただきます」
 諸注意その他諸々は編集でカット。極めて一般的な温泉旅館のルールとマナーが語られた、とだけ述べておく。


「へー、それじゃああの女将さん、最近のブームで一気に繁盛したって感じなの?」
「はい。大変な苦労をされていたそうですが、報われて何よりだと思います」
 そんなことを話しながら、狐と竜は浴衣を見繕っていた。
「そっかー。でも確かにちょこも、ちょっと前まで知らなかったもんなあ。何がきっかけでバズるかわからんね、ほんとに」
「まるで奇跡だ、と仰っていました。実際、その通りなのでしょう」
 知名度補正、と独りごちる桜色。そんなものがあるのかはさておいて、|膾《・》|炙《・》|す《・》|る《・》というのは、いかにもこの世界の妖怪には効果的に思われた。

 衣装箪笥の中には、上品で綺麗な浴衣がいくつも丁寧に畳まれている。崩すのは忍びないが、選ぶには手を出すしかない。二人の手が鮮やかな木綿の海に沈んでいく。
「|病《・》|を《・》|祓《・》|う《・》。ここの温泉と食事は、そういう加護があると聞いています」
「疫病からの守り神だもんね。うん、実にそれっぽい」

 ――妖怪アマビエ。江戸時代のとある瓦版にのみ語られた、豊作と疫病の予言をしたとされる何者か。
 それ以上の文献がないからこそ、疫病対策の護符として再び祭り上げられたもの。
 少なくとも、あの女将はそういう解釈なのだろう、という話。

 ここでカンペ。気付いた智依子はぬるい笑みを浮かべた。

「――じゃあ、ちょこの病気も治るかなあ?」
「えっ、智依子さん、持病があるのですか」
 知らなかった、と目を細めるチル。それに対してピンク狐は、
「ふっ……ちょこの逃れられぬ業と書いてカルマと読むっつーか……|宿痾《しゅくあ》っていうか……」
 顔にそれっぽく手を被せて気取ったポーズを取ってみせた。

「――炎上体質、みたいな!」

「……それはどういう病なのでしょう。私の懇意にしている医者を紹介しましょうか。どこかの世界には、何か知っている人がいるかもしれません」
 真顔で返された。
 真剣に、真面目に、神妙に、気遣われた。

「お前、おいお前。今の編集させねえからな。むしろテロップ出すからな。|私《スタッフ》がやりましたってな。雑なフリしやがってこのやろう」
「…………?」
 居たたまれなくなった空気を払拭すべくスタッフをいじるチャンネルオーナーと、それを不思議そうに見るゲスト。この反応も宜なるかな。智依子が|そ《・》|う《・》だった頃には、まだ接点はあまりなかったから。

 いやまあ、今もなお燃え続けているのなら、こうしてスタッフを雇う力もありはしまい。
 過去の話である。喜ばしいことに。


 果たして、智依子は金魚柄の浴衣を選んだ。
 薄い青を悠然と泳ぐ赤い魚たち。帯は無難に赤を合わせる。
「えへへー、かわいい!」
 そうしてはしゃぐ姿には、手に綿飴やうちわ、金魚すくいのビニール袋などが映えるだろう。無邪気で愛らしい、という表現に留める。

「……相変わらず、スシの柄はないのですね」
 一方のチルは、少し残念そうに息を吐く。
「いやー、そういうのは量販店とかオーダーメイドとかになるんじゃないかな……」
 ジャンク倉庫一歩手前な店舗を思い浮かべる狐である。少なくとも、古式ゆかしいこの宿には似つかわしくない。
 だが。
「……オーダーメイド。その手がありましたか。次回までには依頼しておきましょう」
 みるみる表情を明るくする白竜の女に、ピンクの狐はやべえという顔をした。
「ま、待って待って。こういうのってお宿のおもてなしでしょ? 用意されたものをありがたく使わせてもらうのが|ま《・》|る《・》|い《・》んじゃないかなーってちょこ思うな。ほら、チルちゃんにはこの|菖蒲《しょうぶ》柄が似合う、勝負だけに。今後の猟兵活動の必勝祈願っつーか」
 無理矢理な駄洒落に、しかしチルは納得したようだった。というか気が逸れたようだった。
「なるほど、そう言われると縁起がいいかもしれません」
 紺色をベースに、華やかな薄紫の花が咲き乱れる。帯は赤と緑のストライプ、うるさそうに見えて意外と馴染む。温かな木綿の色味が成せる技であった。

 ――これで流せるんだ……。
 智依子は失礼なことを思った。

 ともあれ、こうして浴衣に着替えた二人は、早速露天風呂へと繰り出すのであった。

「……待ってください。風呂も撮影するのですか?」
「しないよ!? 普通に迷惑行為だし、BANされるからね!?」

 ここからしばしカメラを止める。理由は上述の通り。データを求められても、ないものはない。
 せっかくなのでスタッフ一同も汗を流すことにする。ここまで来たのだ、楽しまなければ損である。

■■

 かこん、と鹿威しの音がする。
 一通り身体を洗い終わった二人は、ゆっくりと湯船に浸かっていた。
 底は色とりどりの石畳。空を見れば竹林から覗く幽世の星空。丁寧に磨かれた小岩に囲まれて、澄んだ湯に包まれる。
「風流、風流」
 智依子はそう呟いて、笑った。それはどこか大人びていて、
「いやー、ほっと一息。溶ける……」
 次の瞬間には瓦解していた。

「溶けるのですか? 智依子さんも氷に由来する力を?」
 そしてチルの言葉にずっこけ、るのは色々危険なので、姿勢を崩すに留めた。
「ちゃうちゃう。日頃のお疲れが溶け出していくような感じっつーか。ここんとこだいぶ忙しかったから、こんな風にゆったりした時間ってなかなか取れなくて」
「そういえば、最近は猟団でもあまりお見かけしませんでしたね」
「そだねー。行きたいのはやまやまなんだけど、どうしてもこうスケジュールが……空かなくて。嬉しい悲鳴といえばそうなんだけど、猟兵としてはどうなんだって話」
 桜色の狐は、掌で湯を掬ってそれを見つめる。
 その瞳はなんというか、

「繁盛しているのでしょう? 素晴らしいことだと思います」
 雪色の竜は、変わらない涼やかな顔で思ったことを口に出した。智依子は掌をぱっと離し、湯がぽちゃりと落ちる。
「そだねー。いやあ、誘ってくれて嬉しかったなあ。お仕事ついでに休暇だもん。一石二鳥、一挙両得、役得役得、ちょこここ」
 最後のそれは笑ったのか――ともあれ、ピンクの狐は湯船に身体を沈めた。頭だけを出す姿勢になる。
「そういうチルちゃんは? 儲かってまっか? 確か、仕送りのために猟兵活動してるんでしょ?」
 そんな問いに、チルは目を細める。胸元に手を当てた。
「ええ。私の生まれ故郷は過酷な凍土の地ですから。彼らが生きていくために、私は粉骨砕身する所存です」
 そこには何の気負いも衒いもない。ただあるがままに、そういう自分であるという思いの発露――智依子はそう感じた。苦笑する。
「えらいなー。ちょこにはとてもできない。実家のために何かするとか、ちょこは――ぞっとする。や、ぞっとしないかも」
「?」
「あー、いや、気にしないで。|私《・》はこう、家出してきた類のアレだから」
 失言した。誤魔化すように、桜色の狐は湯の中を進む。平泳ぎのように両腕を動かして、対岸まで辿り着く。

「そんなことより。お夕飯は期待していいんでしょ? 特にお寿司」
 智依子がそう振ると、チルは目を輝かせた。
「はい。ここのスシは一級品です。シャリ、酢、ネタ、どれを取っても隙がありません」
 うっとり、そして心なしか早口。本当に好きな物を語る時のそれだ。高速詠唱、と狐は独りごちた。
「そ、そうなんだ。……というかチルちゃん、どこでお寿司を知ったの? やっぱUDCアースとか?」
「いえ、私がスシに出会ったのはスペースシップワールドです。ザ・ゴールデン・スシという|スシ屋《ふね》に乗ったのが始まりで――」

 以下、思い出語り。そして女子らしい雑談。
 星月夜を見上げながら、二人の猟兵はまったりと時を過ごした。


 編集点。カメラが戻ってくると、そこには。

「わあ――! すごいすごい! 華やか!」
 部屋の真ん中に低く広い机が鎮座ましましている。その上を彩るのは、主役二人分の料理だ。
 アマビエの女将が頭を低くする。そして料理の説明が始まっていく。
「先付けでございます」
 いわゆる会席料理である。和食のフルコースと言うとやや語弊はあるが、やっていることは近いだろう。

 真っ赤な盃に清酒が注がれる。二人の女はそれを手に取って、口づけた。
「ちょっとだけ、ちょっとだけね?」
「……ほぅ。和食にはサケ、よいものです」
 突き出しである煮付けはほどよく濃い。肴としての役割を見事に果たしていて、どちらもあっという間に空になる。
「くっ、早く次が欲しい……。というかもっと飲みてえ……」
「ふふ。気持ちは分かりますが、スシはまだ先です。抑えてください」

 一つ一つは細やかな量。けれども確かな旨味と満足感を舌の上に残していく。
 素材の味、調理人の腕。細工、火の入れ方、味の足し方あるいは引き方。
 膳の順番にも意味がある。緩急を付けて飽きさせないように。伝統という基本からは極力外さず、しかし新しい創意工夫を加えて古めかしさを与えないよう――

「うまい、うまい」
「染み渡るようです……」
 ……といった細かい技術は、しかし客にとって意識するようなものでもない。

 見た目が綺麗で、箸で摘まみやすくて、口に入れると幸せになる。それだけでよい。
 心底美味しそうに食べてくれるなら、それに越したことはないのだ。

 そして。
「お待たせ致しました」
 運ばれてくる、本命たち。

「わぁ……!」
「これぞ……!」
 狐と竜は息を呑む。
 ふんわりと匂う甘い酢の香。綺麗に握られたシャリ。それを覆い隠すかのように大きなネタ。
 妥協という文字が一切窺えない、旅館の握った江戸前寿司。
 下駄の上で、堂々と部屋の灯りを照り返していた。

「どれから、どれから行く!?」
「ふふ、焦らないでください。スシは逃げません」
 赤身か、白身か、光り物か。それとも貝か、煮ものか。敢えて玉子から行くのか。
 箸が迷う――のは嫌い箸なので自重するとして、それにしたって目移りする。
「んー、やっぱりマグロ!」
 軽く醤油を付けて口に運ぶ。
 新鮮な赤身から旨味と脂が溶け出し、まろやかな酢味と絡み合う。つん、とわさびが香って引き締める。
 一口ごとに押し寄せてくる多幸感。それはきっとこの場の雰囲気も無関係ではない。
「ああ……やはりスシはいいものです……」
 現世のことはいったん忘れて。
 郷愁に微睡みながら。
 美味しいものに、舌鼓を打つ。

「あー、たまらん……!」
「やはりスシは……よいものです……」

 ああ、なんて幸福――!

■■

 たらふく食べて満足したら、後は眠るだけである。
 スタッフは当然別部屋だ。よってここもカメラの外。
 後は明日の朝を撮影したら動画は終わり。構成としてはそんなところ。

「うーむむ」
 灯りを消して布団に転がりながら、しかし智依子は唸った。
「どうかしましたか? 何か不手際でも?」
 ふくふくと幸福感を残したまま、チルが訊ねる。
「いやー、満足してる。これ以上ないってくらいの最高の休日。寝ちゃうのがもったいないくらい」
 何も不満はない。あるわけがない。こんな贅沢な時間の使い方、今の彼女のライフスタイルでは考えられない。
 それでもなお、考えることがあるとしたら。

「オチをね……どうしようかとね……」
 己の、キャラについてである。

「オチ?」
「そ、オチ。|ち《・》|ょ《・》|こ《・》|た《・》|ん《・》|は《・》バラドルだからさ。このままなんもなーく平和に終わりました、はキャラ的にねー」
 言って、小さくきゃらきゃら笑う狐。
「やっぱこう、身体張ってナンボっていうかさ。そういう見所を求めてくるわけですよ、うちの視聴者は」
 穏やかな口調だ。そこに悲哀のようなものは感じられない。
「あ、違うよ。笑われて辛いとかそういう話じゃないよ。そういうキャラを積み上げてきたのはちょこ自身だからね。むしろプロ意識みたいなもんだと思ってほしい」
 いや、そんな上等なもんじゃないけど、とはにかんで付け足す。
「…………」
 竜の女は黙って聞いている。それを確認すると、智依子はぽつりぽつりと続けた。

「かといって、旅館に迷惑をかけるような行為は御法度だし。それこそまた燃えるし。突発的なアクシデントを願うのもまあ、大概失礼だし?」
 むつかしいよねえ、と小さく零す。
「どうしよっかなあ。どうしよっかなー……。むしろここまでの流れ的に、なんもない方がまとまりがいい気がすんだよなー……」
 コンセプトは休暇である。ならば、何事もない方が|そ《・》|れ《・》|ら《・》|し《・》|い《・》。
 智依子はふうと息を吐いた。

「よく、分かりませんが」
 配信者としては智依子の方が遙かに先輩だ。彼女が何を重んじ、案じているのか、チルにはまだ分からない。
 けれど、この旅行の提案者として言えることはある。

「今日はもう、寝ませんか」

 そういう煩わしい諸々はうっちゃって、ゆっくりしよう。
 美味しいスシを心ゆくまで味わった。その幸福を抱きしめて、のんびりしよう。

「そうだねえ」
 桜咲智依子は苦笑した。


 こうして、何事もなく旅行及び撮影は終了した。
 アマビエの女将一同に見送られるシーンをスタッフロールとして、実に平和な仕上がりとなったのである。

『たまにはこういうのもいいんじゃない』
『ゲストによっては平和なんだな……』
『ちょこたんが平和にしているシーンでしか得られない栄養素、発見さる』

『てか、アバン普通に可愛くね?』
『俺は知っている。悉く断られていた過去を……』
『え、昔炎上キャラだったのってマジなん?』

 ――その他諸々。

■■

 余談。

「あの、智依子さん。この振り込みは一体」
 後日、寿司屋『ザ・ゴールデン・スシ』にて。チルは自分の口座履歴の一部分を見せた。
「それ? こないだのお礼」
 もっきゅもっきゅとバッテラ寿司を頬張りながら、智依子は事もなげに答える。
「……費用は私が全て負担する、とお伝えしたはずですが」
 困ったように眉を下げる竜の女に、狐の女は苦笑した。
「やー、それはもちろん乗っかったけど。スタッフ分まで遠慮なく」
 ――いや、それは流石に二人分という意味ではなかろうか――というツッコミはさておく。実際チルは全てを余裕で支払ってみせたのだから。

「それはそれとして、|ギ《・》|ャ《・》|ラ《・》は支払うよ。ゲストなんだから」
 撮影が絡む以上、配信者としての責任がある。みこーん☆ちょこたんはそう言った。
「だからー、また美味しいところ見つけたら連れてってね。行けてない世界、色々あるから」
 でへへぇ。
 だらしない笑みを浮かべる彼女は、確かにいつものちょこたんなのであった。

「そういうことでしたら」
 納得したところで、改めてスシに向き直る。

 この小さな一塊は、無限の幸せを秘めている。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年06月25日


挿絵イラスト