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梅雨空の下の直向きさ

#アルダワ魔法学園 #ノベル

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ルル・ミューベリ




 通りがかりにふと見ただけでも主人の趣味が存分に詰まっていると分かる小さなアンティーク魔法雑貨店『*Spica』の朝。今日も今日とてルル・ミューベリ(黒猫の魔女見習い・f32300)は小鳥の鳴き声で目を覚まし、とたとたと店先に出て開店の準備を始める。
 店番に接客、時に郵便物の受け取りなんかも手慣れたものでテキパキこなすがルルはこの店の主人ではない。当の主人は人間の魔法使いで、趣味が高じて店を始めたはいいものの鳥のように自由な人物だった。それで、ひょんなことからルルが居座ったのをいいことにふらりと旅に出て、今はどこで何をしているのやら。
 便りが無いのは元気な証拠と言うし、ごくたまに便りはあるのでルルは別段気にしていない。客はほとんどやって来ないが、ルルは時折外を眺めて影の長さで時を知る。短くなったらお昼ご飯で、長く霞んだら夜ご飯。そんな日常の居心地が良くて、ルルは好きで主人の店を守っている。
 さて、春が過ぎて渡り鳥の雛が巣立ちを迎えるこの季節。ぴぃぴぃと可愛らしかった鳴き声が聞こえなくなる寂しさはあるも、感傷にばかり浸ってはいられないのだ。代わりにやってくる厄介者がいて、人はそれを梅雨と呼んでいる。
 今日はいつもより早い時間に目が覚めた。屋根を叩く雨音の仕業だ。窓の外を見ずともそれなりに激しい雨だと分かる。お客さんは万が一にも来なさそうだが、かと言って店を開けないのはサボったようで気分が塞ぐ。それでちょっとのんびり身支度をして、またいつものように開店中のプレートだけは掛けておく。
(よみかけの本はもうおわっちゃうし、おきゃくさんも来ないなら……きょうはアレ、やっちゃおうかしら)
 普段から時間に融通は利く方だが、お客が来るかもしれない時間帯は堂々とはやれないこと。店を閉めてからコツコツとやるにも途中で眠くなってしまい危なっかしく、かといって梅雨時期には必ずやっておかねばならぬこと。ルルは店の奥に戻り戸棚を開け、買い貯めておいたあるものを取り出してまた店に出てきた。
 一見すると少し柔らかそうな新品の雑巾。実際雑巾としての用途もあるのだが、それは強力な吸湿の魔法効果がある魔導具だった。使い方は至ってシンプル、吸湿していそうな物をそっと拭いてやるだけで、ルルは早速木製の陳列棚の足をくるくる拭いてみた。
「わぁ……もうまっくろ。そうよね、ここいっしゅうかんくらいで、きゅうにじめじめしてきちゃったから」
 棚の陰へ隠すように置いていた除湿の魔導具も、見てみると許容限界の赤を示していて換え時だった。吸湿の魔導具も湿気を吸うごとに黒みを増して、最後はブラックホールのような真っ黒に。
 湿気対策。それが梅雨の季節の、見えない敵との戦いだった。一般家庭ならまだしも、『*Spica』は曲がりなりにも店であるわけで、放っておいてカビでも生えようものなら客の信用を失ってしまう。ただでさえ懇意にしてくれるお客さんがいて成り立っている店だ。顔をよく知っているあの人達、この人達の悲しむ顔を想像すると心が締め付けられる思いがする。
 天気は雨だが蒸した分だけ暑さを感じる。それでも今日は、やると決めたらやるという強い意志でルルは店中の除湿の手入れを始めた。
 やることはとにかく拭き掃除である。普通の雑巾とは違って吸収した水分を吐き出すことは無いため、吸湿の魔導具は全体が真っ黒になるまでとにかく拭き続けて最後にゴミ袋へ。見た目には使い終わりが分かりやすいが如何せん強烈な黒のため客が見たら一瞬ハッとすることもあろう。同じような悩みを家庭内で持っているなら理解もされるが、イメージも商売道具の一つのためルルはこういった裏方作業をなるべく表に出さないようにしている。
 最初に使った一枚は、その棚の足を四本分拭き終わったところでお役御免となった。
「ことしは、なんだかすごくしつこそうね……」
 湿気が完全に抜け切っていることを二枚目の魔導具で確認してから、次は陳列棚を拭く。商品を一段ずつ別の場所に移動させ、撫でるように一面を拭いていくとまるで泉が湧くかのように魔導具に黒みが広がっていく。
 除けた商品、羽根ペンは棚と同じく湿気を含みそうだが下手に傷めてもいけないので、二枚の魔導具でサンドイッチにしてしばし放置。その上の棚にあったインク壷は外側を一つ一つ丁寧に拭いていく。材質の差はあるが魔導具はしっかり湿気を吸っているので、やはり一筋縄ではいかない作業だ。
 除湿用の魔導具も新しいものに取り換えて、これで棚が一つ分、真っ新なものに生まれ変わった。それでルルは次の棚に移り、また同じ作業に勤しむ。誰かに褒められるわけではない。ルルだって作業前と作業後の棚で見た目に何が変わったか分からないのだ。客の視点で気付くということは万が一にも有り得ない――のだが。
 それでも、初めて来てくれたお客さんが、雰囲気の良い店だとか、明るくて素敵な店だとか、それとなく感想を漏らしているのを聞くと自分が褒められたかのように嬉しくなる。笑顔で商品を手に取ってもらえるのが嬉しくて、また来るね、と帰り際に一言、声を掛けてくれるのが嬉しくて、それを思い出すとどんなに大変な作業も全く苦にならない。
 激しい雨音も気にならなくなり、ルルは黙々と店の手入れを続けた。やがて使い終わった魔導具のゴミ袋がいっぱいになって、新しいものを取りに行く。凡そ半分を終えた辺りで、ふとお腹が空いているのを感じ、時計を見ると正午を大きく回っていた。
「くぎりもいいし、ここからはおひるごはんのあとね」
 雨は一向に止む気配がない。今日はこのまま降り続きで、お客さんもいなくて、店の手入れが全部済んだ頃には夜で、店じまい。そんな風に一日を思い描いて、ルルは午後の作業に取り掛かった。やることは変わらないが、ふと少しだけ、明日は晴れて、一人くらいお客さんが来てくれたらいいなと思う。
 ルルが店の中をぐるりと一周して元の場所に戻ってきたのはやっぱり夜だった。少し弱まってきたような雨音を聞きながら、ルルはプレートを閉店にひっくり返して長い一日を終えたのだった。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年06月24日


挿絵イラスト