トリニテートの色
●再会
いつだって再会というのは唐突なものである。
人と人との出会いがそうであるように。
「トーシロー様!?」
「おー、アキネ、久しぶり。部屋選べよー」
瑞波羅・璃音(元離反NPC・f40304)は、前回の配信を終えて炎蝶城へと連れられてきていた。そこで見たのは勝守・利司郎(元側近NPC・f36279)の姿だった。
互いに顔を見合わせるのはいつ振りだろうか。
璃音は目を丸くしていたが、逆に利司郎は落ち着いていた。
何故かと言えば、彼は主と璃音の生配信を見ていて知っていたからだ。時にモデレーター、即ち司会者として出演するからこそ、チェックしていたのだ。
「えっ、? なんで受入れているんです? えっ? えっ?」
利司郎の言葉に璃音はまだ現実を受入れられずに居た。
それもそうだ。
原作ゲームのことを考えればそうなのだ。そもそもラスボスである燐の元から離反して主人公側につくのが璃音なのだ。
きまずい。
とても、きまずい。
璃音としては、罵倒の一つや二つ飛んでくると思っていたのだ。
何せ、利司郎は燐の忠実な側近で配下。
「名前が
トーシローなのに玄人な兄貴分なのに
……!!」
「いや、いきなり何を言ってるんだ。此処は広いからな。空き部屋が沢山あるんだよ」
どうして、という璃音の言葉に利司郎は頭をかきながら、なんてことないというように告げる。
「だって、燐様がそう決めたからだよ」
そう。
こういうときの決め事に彼は反対しない。そうすると決めているのだ。間違ったことはしないとわかっているからこそ。
だからこそ、璃音のことも受け入れる。
「ああはい、なるほど。そうですねって……なるわけないでしょう!? 燐様が決めたことだからって!」
「いや、なるんだよ」
「いーえ、なりませんって! トーシロー、ダメだったら忠告とかしていたじゃないですか、苦言を呈していたじゃないですか! 諫言だって!」
「燐様は別に間違ったことを今しているわけじゃあないだろう。それにアキネ、今帰りたてで住まいないんだろ?」
オレもそうだったから、と利司郎は告げる。
幸いに彼の言う通り炎蝶城は空き部屋が多い。どこだって選び放題であると言う。それに、と過去のことにこだわっても仕方ないと言う。
そもそもが元々と変わっているのだ。
己の身だって神将へと変わっている。変わっていく。変わることを止められない。例え、原作ゲームで璃音が立ち位置を変えたことが彼女の心に禍根を残しているのだとしても、それでもそれさえも変わっていく。
「……それはそうですけど」
璃音は逆に諭されているようで落ち着かなかった。
別にキマイラフューチャーなら野宿でもいけなくはないのだ。それに、と思ったが、利司郎の言葉はきっと自分に彼が味わったのと同じ苦労をさせたくないと気遣ってくれているのだろうとわかる。
だから、余計に落ち着かない。
そういうところは変わっていないのだとわかるのだ。
「ああ、そうだ。バーチャルキャラクターなんだよな。なら、バックアップ部屋も教えておくわ。オレの身に封神台もあるし。ああ、あとは、うん。燐様チャンネルのモデレーター権も付与するか。となると痕はPCとスマホもいるな」
やることが多いな、と利司郎は流れで璃音を部屋に案内されてしまう。
「こういう所は本当に玄人で兄貴分なんだから……」
「コンコンコンしに行くか。ああ、そうだ。言っておくけど」
「なんです?」
「たまーに。本当にたまーになんだけど……別世界だと不届き者もいるから」
その言葉に璃音は頷く。
理解が速かった。
燐に関することだろうと、見当がつく。
「確かに燐様、お綺麗ですし。無理なからぬことかと。そこは確かに、と思います。動画配信のコメント見てもわかりますよ」
「此処で良いか?」
「ええ、お部屋、ありがとうございます」
それと、と璃音が頭を下げる。
なんのお礼? と利司郎が笑む。
「いいですから。後でコンコンコンしにいくのですよね?」
「ああ、後で声をかけてくれ。あと」
「……?」
「せっかくだからな、オレの願いも聞いてもらおうかな」
引き換えに、というわけではないけれど、と利司郎は人差し指を立てる。そして、拳の形を作る。
つまり、と璃音は今度こそ本当に微笑んだ。
「修行相手」
「になって欲しい」
「ですよね?」
同時に紡がれた言葉。
それは息があっている証明にも思えただろう。あまりにもタイミングが一緒だったから、二人は笑いあってしまう。
こんな時にタイミングぴったりなんて、と思った。
けれど、不快ではない。
かつては、共に燐に仕えていた。袂を分かつこともあった。
「いいか?」
「ええ、あたしなら。術なら負けてしまうますけど、属性関係ない修行というのなら」
「楽しみにしている。じゃあ、後でな」
そう言って利司郎と璃音は部屋の前で別れる。
彼の背中を見送って璃音は部屋に振り返る。
其処は水辺が見える部屋。
自分のことを考えればぴったりだった。案内してくれたのも、こういう気遣いをするためだったのかもしれない。
それに。
「なんだか原作ゲームのあたしの部屋に似ています」
本当に、と思う。
再び燐の元に集うことができたのだ。
形を為すバーチャルキャラクター。原作から乖離した存在ではあるけれど、その原点が失われてわけではない。
きっと利司郎も同じなのだろう。
同じ者がいる。また共に同じ道を歩むことができる。
その喜びはきっと、この再会の意味であったことだろう――。
●余談
あれから数日が過ぎた。
燐は絶好調で今日も動画配信を行っている。
璃音と一緒にカメラの前で楽しそうにしている。それを見て、利司郎は笑む。
チャンネルの管理も己の仕事だ。
時折、動画に引っ張り込まれたりするが、まあ、それだって楽しいと思えば楽しい。
チャンネルの登録者も順調に増えている。動画を配信すれば、視聴数はうなぎのぼりだ。
「けど、なんだろうな、このコメントタグ……」
訝しむ。
コメントの機能がついてくるのだが……。
「なになに……『信号機トリオ』?」
ああ、色か、と理解する。黄色、青、赤、まあ、たしかに、と思う。
けれど。
「『苦労する黄色』……『蝶に挟まれる草花』、『最後に残されるのは草花』……『狐じゃなくって犬』ってなんだよもー」
本当に、と思う。
キマイラたちはこういうのが好きなのだろうか。
わからない。わからないが、理解することをやめてはならない。
自分たちが生きていることに意味があるのならば、きっとこういうことなのだろうと思う。
元がゲームのキャラクターである。
人が楽しむために、人を愉しませるために。
エンターテインメントとして消費されるコンテツでしかなかったのだとしても。
「それでも生きているんだからな」
また一つ動画に書き込まれるコメントがある。
それは璃音と利司郎が修行する光景を納めた動画であった。
打ち据えられる拳と拳。蹴撃が交錯する。
散る汗。
浮かぶ表情は明るい。
だからこそ、利司郎は書き込まれたコメントに静かに同意するように笑む。
『拳で会話する二人』
『お似合い←修行的な意味で』
「……だろうな。ほんっと、よくみんな見てるよ」
こうしてはいられないと、利司郎は一つ伸びをする。
明日も動画の編集作業に追われることになるし、燐と璃音のモデレーターとして忙しくなるのだから――。
成功
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