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彼の烈火の尽きるとき

#サムライエンパイア #ノベル

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クロム・エルフェルト




 とあるグリモア猟兵が、火急で募った仕事があった。サムライエンパイアの片隅に強大なオブリビオンが発生し、いくつかの村が支配下に置かれたというのだ。それ以上の詳報はなく、敵の強力さだけが確かである――という、情報深度の浅い依頼である。
 当然ながら危険な戦いとなるであろうその依頼に、クロム・エルフェルト(縮地灼閃の剣狐・f09031)を含め、十数名の猟兵が応じて現場に急行した。

「――」

 クロムは転送された瞬間、自分の現在位置を確認しようとした。
 しかし視えぬ。何も見通せぬ。空中に揺蕩う煙霧が視界を遮り、十数メートル先から全ての景色が朧となっている。転送前の説明によれば、今まさに敵が支配を進めている村の只中に着地することになる、という事だったが――それが正しいのかさえも確かめられないほどだ。
 遠く、鯨波の声が聞こえてくる。剣戟、銃声。或いは悲鳴。
 その悲鳴の内に猟兵の声が含まれている事に気づき、クロムは青の瞳を刃めいて細めた。
「熾きて、憑紅摸」
 鋭く刃を呼ばわって、クロムは己の命を刀『刻祇刀・憑紅摸』に籠めた。轟ッ、と炎渦巻き、クロムの刃を灼熱の火炎が覆う。『灼落伽藍』――己の寿命を燃料に、過去を焼く大火を巻き起こすユーベルコードだ。命を直接削るが故に多用は出来ぬはずの技を、クロムは躊躇わず行使する。仲間を助け、人々を助け、敵を打破するために、彼女はあらゆる犠牲を惜しまない。
「焼き祓え」
 クロムは呟き、強く念じた。灼落伽藍は刀に炎を纏うだけではなく、戦場全域をオブリビオンに効果のある炎で覆い尽くし、有利な戦況を作り出す。それにより、この妖霧を払い散らそうというのだ!
 瞬く間に火炎広がり、視界が開けていく――しかし、戦場全域を包む筈の灼落伽藍の炎は、数十メートル四方を焼いたところで、ぴたりと停止した。クロムは目を見開く。炎の果てに目を懲らせば、より強い侵蝕を押し退けきれぬかのように、煙霧に押し留められている。
「この術……強度が高い」
「いかにも。ああ、焦臭いと思えば……その炎より、魔王の匂いがしますな」
「!」
 声は後ろから。クロムは身を返して刀を正眼に構える。振り向いた彼女の七~八間ばかり先に僧兵の姿一つあり。
「忌まわしき……第六天魔王の匂いがねえ」
 身体の其処彼処に数珠をあしらい、血に塗れた僧服を纏った美丈夫だ。顔は真っ白を通り越し青く、瞳は幽鬼のように青白く燃えている。色の抜け落ちた、或いは銀に煌めくような白髪。巨大な薙刀の石突きを地に預け、拝むように左掌を立てている――その威圧感、並々ならぬ。

 クロムは直感する。この僧こそが、此度の討伐対象であると。

『柚子頭よ。|努々《ゆめゆめ》気を付けい』
(御屋形様?)
 クロムの手の内で、憑紅摸が彼女にのみ聞こえる声を発した。――憑紅摸とは過去、本能寺を焼いた炎を封じ込めた焼身の刀。『織田信長』を焼き、その在り方を写し取った炎は、時折こうして彼の人格そのままに、念話でクロムに語りかける。
『あやつを覚えておるぞ。忘れるものかよ。焼けども殺せども信仰を杖に再起し、何度でも襲ってくる一向宗の農民共。『進むは極楽、退けば地獄』――くはッ、よく言ったものよな』
 刀の内側で信長が笑う。その声は憎々しげでもあり、しかし愉快げでもあった。
『そうして|進んだ先も地獄《・・・・・・・》とは。極楽浄土が聞いて呆れる、血迷うたか、|本願寺顕如《・・・・・》よ』
「あれが、顕如!」
 思わずと口から零れたクロムの声に、僧兵――顕如は美しく笑った。
「|拙僧《わたくし》を御存知ですか。いかにも、本願寺顕如、お目通り致しまする。――魔王の炎の方、貴方の名は?」
「クロム・エルフェルト。――村の人たちを如何したか、聞いてもいいか知ら」
 油断なく構え、毅然と問い返したクロムに、
「苗床になって頂きました」
 笑ったまま、顕如は応えた。その後ろから、首を奇妙な角度に傾けた村人が進み出る。――いや、不自然なのは首だけではない。
「「「「なむ、み、南無阿弥……陀仏……」」」」
「……!」
 クロムは目を瞠った。進み出た村人数名の手には血に塗れた鎌や鍬がある。首の角度、運足の不自然さ、拍動の不規則さ、瞳孔の開き、血色の失せた肌、異形の瘤――おそらくは、一名たりとて、『人として』生きていない。
「……苗床と、言ったの?」
「いかにも。信仰とははじめ、種のようなもの。であれば衆生は苗床にございます。ただ日々を欲のままに生きる哀れな衆生に、こうして教えを広めていくのが我が勤め」
 にこやかに語る顕如――否、『有り様を歪められた顕如という概念』は、狂気を隠さずにクロムに小首を傾げた。死せる肉塊が狂った経を唱え、|漫《そぞ》ろ歩く――それを信仰と呼ぶなど、何もかもが破綻している。
「ここで|逢《お》うたも何かの御縁。貴方にも拙僧の教えを授けましょう。大丈夫、何も恐れることはございません。阿弥陀様が全てをお救いになられます」
「――無用よ」
 クロムは毅然と声を張った。
 衆生を助けられなかったことを悔いる気持ちは無論ある。しかし、それ以上に、義憤が真ッ赤に燃えている。
「人が生きることを否定して、何が、神仏。神だろうと仏だろうと、そんなものは許さない」
「それでは、なんとします?」
「斬る」
 ごおッ!
 渦を巻くようにクロムを中心に、骸を焼く大火が巻き起こる!
「――ここで、その怨念を断つ」
「怨念などとはいかにも酷い言われよう。説法に耳を傾けて頂けないとあらば――自由を奪い耳に流し込むのみですな」
 からから笑って、どん、と顕如は命じるように石突で地を衝いた。それと同時に、全身の関節を出鱈目に撓らせ、十数人の元村人が襲いかかった。人の身では到底出し得ぬその速度は、今やこの村人達が顕如に狂わされ、変化し果てた化生であると教えている。
 クロムは鋭く飛び退り、納刀。焼身が鈍ったガラスのような鍔鳴りを奏でる。
 目を閉じ、一瞬の黙祷。開けば、既に敵は群を成し目の前だ。
 クロムは斬り裂くように息を吐き、鍔を左の親指で弾いた。

 宙に網目の如く剣閃が描かれる。

 憑紅摸が纏う炎が空中に残光してのことだ。剣閃の数は一瞬で一〇を軽く超えた。一歩とて動かず|剣舞《つるぎま》ったクロムの周りで、襲い来た村人の成れの果てが、一体残らず次々と|散《バラ》け、炎に捲かれて燃え尽きる。
『仙狐式抜刀術・朱八仙花』――鮮烈なり!
「なんたる撃剣! 貴方のような女戦士がいるとは、この世は実に広い――」
 燃え散る配下を見て、まるで花火か何かを見たかのように手を叩く顕如。
 しいッ、と呼気。肺腑を気魄と息で満たし、剣狐は怒りという名の砥石で研ぎ澄まされた刃が如く爆ぜ駆けた。ど、ど、ど、どうっ!!! ほぼ四つ、同時に聞こえたのは彼女が地を踏む音。縮地の境地に達したその|烈速《れっそく》の歩法は、まるで稲妻――『流水紫電』!
 しかしてその烈気を恐れることもなく、狂った僧が口が裂けたように嗤う!


 仙狐抜刀、悪鬼調伏!
 “縮地灼閃”クロム・エルフェルト 対 “魔想転生”異聞・本願寺顕如!
 いざ、尋常に――勝負!!


 じゃッ、と数珠をジャラつかせ、顕如が放つは遠間からの薙刀の突き! |射程《リーチ》で勝る薙刀は、同じ力量のものが持てば刀を圧倒する武器として知られている。ぼっ、と空気の爆ぜる音を立てて突き出された凄まじい突きがクロムの顔面を貫き徹す――否、残像! クロムは薙刀の刃をすれすれで回避しながら、突いた顕如の身体の外側、つまりは背中側に回り込み刀を振る。しかし顕如もまた突くと同時に身体を捌き始めている。引き戻した薙刀を立てて受け、後ろ脚を軸に身体を廻しながら首を薙ぐように迎撃の一閃。
「ッ!」
 クロムは憑紅摸をギリギリで立て、極力刀身に負担を掛けぬように顕如の一撃を受け流した。憑紅摸の刀身は焼け身の実休光忠、刀身に負荷を掛ければ折れる定め。故に真面に敵の攻撃を打ち弾くことが出来ない。憑紅摸の斬撃とは実のところ、通常の刃物と同じ『切断』ではなく、刀身に宿る『本能寺の焔』による『焼断』である。強度が無くとも敵が斬れるのはそうした理由によるものであり――
「おや、いかにも大事そうに扱われる。その刀を折れば貴方の心根も折れましょうか?」
「……!」
 こうした場合には、それが弱点にもなり得るのだ。
 顕如が加速した。
 突き一つ。クロムが躱せば斬撃三つ、流して|潜《くぐ》れば石突きでの刺突が来る。それも躱すが、突き出した刺突はブラフ。顕如は鋼鉄大薙刀をまるで木製の六尺棒かのような軽さで振り回し、高笑いと共にクロムを攻める。ブラフの勢いを殺さずに、頭上での大回旋から無数の斬撃と突きに派生する乱撃! クロムは束の間、呼吸することさえ許されなかった。憑紅摸の刀身を精妙に操作し攻撃を辛うじて捌くが、この難敵の連撃を受け流し続けるのは困難を極める。
 最早顕如の攻撃の苛烈さは、嵐に吹く大粒の驟雨のそれだ。防戦一方となるクロム。一瞬の隙を突き大きく跳び下がって『仙狐式抜刀術・彼岸花』の構えを取る――敵の隙と、動きの癖を解しつつ有効打を与えようとした、まさにその時。
 顕如が、右手の中指と人差し指をくいと宙を掻くように上げる。
 ぼこッ、と音がして地より亡者の手が突き出した。クロムの脚を掴み、その初動を阻む!
「……!」
 クロムはすかさず斬り払い自由を取り戻すが、
「第六天魔王の意趣返しと参りましょうぞ」
 顕如が薙刀を差し向けた瞬間、彼の背後に無明の闇が広がる。見通せぬ暗黒からずるりと、無数の骸骨が筒先を――|種子島《ひなわじゅう》を差し向けてくる!
「――!!」
 クロムは型を切り替え、今一度朱八仙花の構えを取った。凄まじい爆音の嵐と共に、無数の火縄銃が火を噴く。迫る無数の鉛弾を斬る斬る斬る斬る斬るッ、――しかし面的に尽きず放たれ続ける銃弾の嵐を一本の刀で焼き斬り続けるなど不可能!
 クロムの身体に次々と銃弾が突き刺さり、傷と口から真っ赤な血が迸る。
 それでも構え続けようとする彼女の身体を、――銃火と火薬の猛煙の中から飛び出した青白い光が貫く。
「かはっ……!」
 クロムは目を見開く。――煙の中から届いた青白く燃える一撃は、敵の薙刀から放たれた隠し球か。受けるのは間に合ったはず。しかし憑紅摸の刀身が欠けている。本能寺の焔さえもが侵徹され、防御の上から、身体ごと貫かれた。
 力が抜け、クロムはよろめく。目が霞む。失血による体温低下。酷く寒い。音が、遠い。
 倒れかけるクロムの身体を、不意に、大きな手が支えた。
「うつけが。気を付けいと言うたろうが」
「……御屋形、様?!」
「おお――ここでまた見えようとは。第六天魔王……織田信長!」
 クロムと顕如が口々に驚愕を上らせた。欠け、亀裂の走った憑紅摸――否、実休光忠より漏出した炎が信長の形を取った。奇しくもそれは『神刀解放・過炎』の様に似ていたが、しかし――出力が異常に高い。そしてそれに反して、憑紅摸が軽くなっていくかのような錯覚をクロムは覚える。
「そこで見ておれ。儂が此奴の躾け方を教えてやる故」
 頼もしき信長の背中を、――なぜだか、もう二度と見ること敵わぬ気がして、クロムは手を伸ばす。
 しかし届かぬ。信長は傲然と吼える。
「うぬを縊る機会に恵まれるとはな」
「拙僧こそ、貴方様に説法を解く機会に恵まれるとは。恐悦至極に存じます!」
「たわけ。念仏はこれよりまた死ぬ己に取っておけ。――地獄へ叩き返してやろうぞ、顕如ッ!」
 信長と顕如は、吸い寄せられるように相踏み込み、壮絶に刀と薙刀をぶつけ合う。煙霧さえ吹き飛び晴れるほどの衝撃――

 薄れゆく意識の中で、クロムはただ、その戦を最後まで見守っていた。
 ――そう、信長の残影が辛うじて、顕如の身体を大きく裂き。
 顕如が、地獄の洞めいた無明の闇を開いて、這々の体でそこに逃げ込む、その最後の一瞬まで。

「ハッ。人間五十年、下天の内をくらぶれば、夢幻の如く也――か。然らばだ、柚子頭よ」

 煙霧晴れていく村だった廃墟の中、余韻も無く、振り向いた信長が剛毅に笑った顔が、クロムのその夜最後の記憶となった。
 手を伸ばそうとして――けれど、その手が信長に届くことはない。
 膝をついて倒れ――クロムは、深く冷たい眠りの中に落ちていく。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年06月09日


挿絵イラスト