【SecretTale】司令官と、いっぱいおはなし
「えっと、えっと……エルドレットさん、どこ……?」
キョロキョロと辺りを見渡すたからの現在地は、セクレト機関のロビーフロア。
司令官エルドレット・アーベントロートの手伝いをしたその日から、もっともっと、彼のお手伝いをしたいと考えて様子を見に来ていた。
……けれどセクレト機関は横にも縦にも広い構造をしている。
たからが見上げても天井ははるか先にあるほどに高く、左右に首を振っても突き当りの壁が遠いほど。
故に、まだ機関にやってきたばかりのたからはエルドレットの場所を知ることが出来なかった。
「あう、あうあう……」
自分の身体から涙は出ないとわかっていても、泣きそうになるたから。
現在地が何処にいて、エルドレットが何処にいるのか……それがわからないから、余計に混乱していく。
更には精神年齢が6歳と幼い故の恐怖がじわじわと滲み、彼女を支配していくのがよく分かる。
このまま誰も手を差し伸べなければ、彼女はトラウマを抱えてしまうことだろう。
――だから、そうなる前に。
「おーおー、可愛らしいお嬢ちゃんが泣いたらダメだぞ~?」
代赭色の髪の三つ編みがたからの目の前でゆらゆら揺れる。
顔を見上げてみれば、鋭い目つきの四白眼と左頬を伝う赤い紅。
エルドレット・アーベントロートその人が、たからの顔を覗き込んでいた。
――たからは骨の姿だが、どうやら彼には本質が見えているようで。
「エルドレットさん!」
「どしたん? 今日は特にリヒに何も言ってなかったと思うけど」
本来ならば猟兵であるたからには|燦斗《エーリッヒ》を通じて、手伝いや仕事が与えられる。
なのでたからも自由に施設を歩いて回っていいんだよ、とエルドレットは笑っていたが……たからはそれよりもやりたいことがあってここに来たと断言する。
「あのね、エルドレットさんとね、いっぱい、いっぱい、お話、したい!」
「なぬ」
突然の宣言に驚いたエルドレット。
まさか、司令官たる自分とお話したいなんて言われるとは思っていなかったようで、屈んでいた状態からゆっくりと立ち上がり、頭をかいた。
少しだけ恥ずかしいのか、たからから視線を逸らそうともしている。けれど、たからはとてとてと歩いてエルドレットを見上げた。
「エルドレットさん、お父さんみたい。だから、たから、いっぱいお手伝い、したい!」
「う、うおー……お父さんと来たかぁ……!」
「……だめ?」
こてん、と首を小さくかしげたたからの様子には、セクレト機関最高司令官であっても勝てなかったようで。
●
「おじゃま、します!」
「はいどーぞ。今、リアちゃんにお紅茶持ってきてもらうからね」
あれから、エルドレットはたからを自室に連れてくることにした。
お手伝いと言っても大体は脳を繋げているコンピューターが行ってくれるので、それほどやることは無い。
あったとしても、ほんの数分で終わってしまうことばかり。まだ年端も行かない彼女に手伝わせるものではないと判断していた。
だったら、今日ぐらいは休暇にしてもいいんじゃないかと閃いたエルドレット。
それならたからを帰すこともなく、楽しく会話も出来て万々歳じゃないかと気づいたのだ。
「わあ……」
たからが見渡せば、司令官という肩書とは裏腹に普通の部屋が広がっている。
と言っても休憩用の個室なのでそれほど広くはない。せいぜい人が横になれるベッドが1つと机が1つあるぐらいで、他には何も置いていなかった。
けれどたからは見つけてしまう。机の上に置かれた家族の写真を。
「これって、だれ?」
「ん? えーっとねえ……」
家族写真に映っている息子達――燦斗、エーミール、エミーリア、メルヒオールを紹介するエルドレット。
誰もが皆視線をカメラに向けている中で、エーミールただ1人が視線を逸らすように写真に写っている。それは、エルドレットと共に映るのが嫌だ、というような視線をしていた。
「エーミールさん、怒ってるの?」
「うん、まあね。……色々あってね、俺はミルに嫌われてるんだ」
「きらわれ……、どうして?」
「うーん、それは内緒。今は、ね」
人差し指を立てて、唇に当てたエルドレット。燦斗の同意を得ることなく語るのは、彼に失礼だと考えているのだろう。今は語れないと告げた。
それでもエルドレットは『自分は許されないことをした』と呟く。誰に許されないことなのか、それは今のたからに知る由はなく。
●
「さ、じゃあどんなお話がしたい?」
「えっと、えっと……好きなこと、苦手なものとか!」
「んー、そういうのでいいのかい? もうちょっと、いい感じにお話とか出来るけど」
「いいの! お父さんと、お話するみたいな、感じで!」
ニコニコの笑顔のままにエルドレットを見上げたたから。
今日のお話は堅苦しいものではなく、自然なものでいいよと笑った彼女に、彼はそれならと会話を続けてくれた。
「そっか。じゃあ、好きなものだけどねー」
「うん」
「やっぱり、家族だね。リヒ、ミル、リアちゃん、メルと……他にもいるね」
「家族、いっぱいいるの?」
「うん、そうだねえ。エレン、エヴァ、ハルト、アルト、リックも家族だからねえ」
「わー……」
いろんな名前が出てきてこんがらがってきたたからだったが、エルドレット曰く|燦斗《エーリッヒ》、エーミール、エミーリア、メルヒオールの4人以外はエルグランデにはいないため、猟兵であるたからと出会うことはないんじゃないかな、と考えているそうだ。
今回の事件は本当に複雑だ。そこに新たに子供達を投入する必要はない、というのがエルドレットの考えでもあると。
「じゃあ、じゃあ、苦手なものは?」
「苦手なものかー……そうだなー……」
眉間にシワを寄せたエルドレット。何度か悩む様子を見せては首を横に降ってを繰り返していたが、ようやく出てきた答えは『ヴォルフとフェルゼンの説教』だった。
「お説教?」
「もー、容赦なくお説教してくるの、あの2人。普段は意見食い違って喧嘩するくせに、俺に説教するときだけめちゃくちゃ連携するんだよぉ……」
「わあ……」
その光景をまだ見たことがないたからには想像がつかない。司令官と呼ばれるとても重要な人物が説教される光景なんて、6歳の精神では思い浮かべることが出来ない。
けれど苦手なものと言うからには、相当色々なことがあるのだろう。たからはベッドに伏せたエルドレットの頭をよしよしと撫でてあげていた。
●
それから暫く、色々なことを話した。
得意なことは独楽回しだと教わったり、お仕事はいつも空中に浮かぶウィンドウを使ってるんだよと教わったり、機関には不思議がたくさんあるんだよと教わったり。
そして、エルドレットの身体が機械であることを教わったりもした。
「あ、やっべ。油差さないと」
キシキシと音を立て始めたエルドレットの身体。機械の身体は定期的に油を差さないと動きも鈍くなるので、専用の油を机の引き出しから取り出す。
何をするんだろうと眺めていたたからだったが、やがてそれが『お手伝いできること』だと知ると、子供のようにおねだりしてきた。
「たから、油を差すお手伝い、したい!」
「おっと、助かる。首の後ろとか大変なんだよね~」
「まかせて!」
えっへん、と胸を張って油を受け取るたから。
丁寧に、丁寧に。父親を労るように差すべきところに油を差してあげましたとさ。
成功
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