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高野山一泊二日ぶらり旅

#UDCアース #ノベル #不死蝶見聞録

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灰神楽・綾



乱獅子・梓




「ケーブルカーがさ、意外と面白かったよね」
「あー。確かに観光地来た感があったな」
 灰神楽・綾(廃戦場の揚羽・f02235)の言葉に乱獅子・梓(白き焔は誰が為に・f25851)がそう答えた。狭く、曲がりくねった道をバスは行く。右へ左へ、道が悪くカーブも多い。
「車で行くほうが楽かなあって思ったけど、こういうのも案外いいもんだねぇ」
「……そうだな」
 こんな山道を車で行く。梓は想像してほんの少し遠い目をした。自分で運転するのも勘弁してほしいし、綾の隣に乗るのもちょっとご遠慮したい。そんなことに思いをはせていると、山道は急に開けた。民家が立ち並び、整備された太い道が始まる。暫くバスから窓の外を見ると、目についてくるのは右にも左にも寺があることだ。
『次は、奥の院。奥の院前~』
「あっ。降りるよ梓。ボタン押すからね」
「はいはい」
 バスのアナウンスに従って、何が楽しいのかご機嫌で綾はバスのボタンを押す。ここで降りる人間は多い。お年寄りを優先して最後に二人が下りた時、飛び込んできたのは驚くほどの緑の匂いだった。
「ここが……高野山」
 梓は大きく息を吸い込む。何だろう……緑が、濃かった。バスターミナル付近は開けていて、大きな駐車場やお店があって、けれどもその向こう側には巨大な森が広がっている。
 ……涼しい。そして、空気が違う。何だろう。荘厳な……、
「ほらほら梓ー! あっちのお店の焼き餅! 焼き餅が美味しいって! 白とヨモギとどっちにする? 白が漉し餡でヨモギが粒あん」
 そんな梓の感慨をぶち壊すように、既に綾は走り出していた。梓は思わず半眼になった……が、
「ま、いっか」
 相棒竜の「焔」と「零」がいつの間にか現れて、綾の言葉に目を輝かせている。それに梓はちょっと肩を竦めて、綾の後を追いかけた。

「ほらほら、梓、蟻のお墓」
 行儀が少し悪いけれども、焼き餅は暖かいうちに食べたほうがいいという助言に従って、食べながら奥の院、聖地を目指す。背の高い気が並び天気が良くとも鬱蒼としたイメージを与えるその道は、夏場は大変涼しく心地よい。そして道中にある沢山の墓も、見どころの一つである。統一されたお墓が整然と並んでいるのではなく、多種多様の姿をしている。
「こっちはなんだろう……ロケット?」
「こら。触ったらダメだろ。……ダメだよな?」
「ほらほら二人とも、その上に乗って。写真撮ろうよ」
「お墓だから。お墓だから写真はダメだろ! ……ダメだよな?」
 ちょっと、自信なかった。綾の言葉にわーい、とロケットのてっぺんに飛んでいこうとする焔と零を梓は慌てて止める。撮影禁止の札はなかったけど、お墓の撮影とかなんかちょっと嫌だ。それがたとえシロアリ駆除業者が建てたシロアリの墓だったりしてもだ(なお、「御廟橋」より先は撮影や飲食が禁止されているが、この辺は一応禁止ではないらしい)。
「ほらほら、そんなことより。あっちの方に織田信長の墓があるってよ」
 あちこちにあるちょっと奇妙なお墓にはしゃいでいる綾の気を逸らすように、梓は事前に調べてきた資料を見ながら声をあげる。高野山に行ったらここだけは見とけラインナップの一つではある、のだが……、
「織田信長? 誰それ」
 対する綾はきょとんとしたものである。
「ええ? えーっと、昔の偉い人だよ」
「よく知らない昔の偉い人のお墓なんて見ても楽しくないしー。ねぇ?」
「キュー」
「ガウ」
 同意を求められて、焔と零も至極真っ当な顔で頷くので、
「え? そうか? そういうもん……かな?」
 そうかも? なんて若干困惑気味の梓であった。そうかもしれない。

 なお、灯篭堂とか弘法大師御廟とか一通り巡って本日は終わりとなる。梓の歴史とか、伝承とか物語を感心する回り方と、ひたすら綺麗な建物や写真映えしそうな景色にときめく綾の対比が周囲から見ていてもちょっと楽しかった、らしい。

「それで、当ホテルの閉門ですが……」
「ホテルって言った」
「ホテルって言ったねえ」
 いかにも古びた提灯の照らされた門をくぐり、季節の花々が植えられた庭園を抜け、そうしてたどり着いた今日のお宿はそう、「宿坊」であった。ロビーカウンターにいるのも、ぴっしりとした山吹色の衣に身を包んだ僧侶である。
「写経体験が20時よりありますが、参加なさいますか?」
「なさいます!」
「ちょ、おま、出来るのか!?」
「かしこまりました。では、それまでお酒はお召しになられませんよう……」
「正座だぞ。……正座だぞ?」
 とにかく何でもやってみる。軽く手をあげた綾に梓は突っ込む。えー。と梓は肩越しに振り返り、
「でも梓、やってみたいでしょう?」
「それは……まあ」
 でも梓一人だったら踏ん切りがつかなかった。そこまで言わなくとも、お互いにわかっている。ふふん、という顔をする綾に、梓はちょっぴり、感謝したいような、そうでもないような顔をしていた。
「それと、宜しければこちらに氏名と願い事を記載して夕食時に渡していただければ、朝のお勤めの際に焚き上げさせていただきますよ」
 二人の会話を暖かい目で見ていた僧が、一緒に紙とペンを渡す。多分綾みたいな観光客にも慣れているのだろう。写経は胡坐で結構ですよ。なんて穏やかに付け足してくれた。
「願い事か……」
 紙を受け取りながら、梓は思わず考え込む。
「ね、何書くの?」
「いや、そんなの口に出して言うことじゃないだろ……!」
 紙を覗き込んだ綾に、梓はまだ何も書いてない紙をなんとなくそっと隠したりするのであった。

「灰神楽、綾~。世界人類が~。平和でありますように~。乱獅子、梓~。綾と焔と零と~いつまでも楽しく過ごせますように~」
「ちょ、そんな、大勢の前で、読まなくても。読まなくても……!!」
「あはははははははは」
「声が大きい!!」
 翌朝。朝食前の朝の祈禱で願い事が読み上げられた時は梓は死ぬかと思った。なかなかの美声であった。願い事を読み上げながら、それを火にくべる。二人ががやがや言いながらした写経も一緒だ。一緒に来た外人と意気投合して喋りながらそのくせきれいに仕上がった綾の写経も、結構几帳面に書いたつもりだけど筆がうまく使えなくて秘かにリベンジを誓った梓の写経も焚き上げられる。後ろで座して梓たちも祈る。
「……いや、世界平和って何だよ」
 恥ずかしいついでに梓の願い事をなじる梓。
「読んでもらえるって知ってたら、世界征服にしたのにねぇ」
「なんでだ!」
「じゃあ、梓はなんにしたの?」
「……」
 でもやっぱり、
「家族が平和に過ごせますように、かな」
 でもやっぱり。それが一番だと。呟いた梓に、綾も楽しそうに笑ってうなずいた。

「精進料理はおいしかったけれどもお腹にたまらないねぇ」
「ほら。朝の行のときにもらった飴」
「それ、めちゃくちゃ苦いじゃないか~」
「贅沢言っちゃいけません」
 くそ苦い飴を舐めながらのチェックアウトである。さすが宿坊で、鍵はあってないようなものだし、料理は質素だし、壁は薄いから喋れないし、正座して写経とか意味が解らないし、朝は早いし、
「なんで旅行に来てまで苦行してるんだろう~」
「なんでって……そりゃ、そういうもんだからさ?」
「梓、ちょっとここに来てから哲学してるよ」
 そうだろう。……そうだろうか。梓は考える。
「でも、楽しかったかな」
 梓の言葉に笑う綾は、なんだか宿坊のお坊さんみたいに穏やかな顔をしていた。
 宿坊を出ても、街並みは不思議だ。右を見ても左を見ても寺があり、そしてなんというか、緑が濃い。こうして道を歩いているだけでも、違う場所に来たという空気がする。
「じゃあ、お腹空いたから、焼き餅買って生麩まんじゅう買って有名な釜めしのお店行ってお昼は高野山カレーにして、おやつに精進料理の高野豆腐食べて、お土産は柿の葉寿司……」
「食べることばっかだな!」
 それもつかの間。指折り勘定し始める綾に思わず脱力しながら梓はそう突っ込んだ。
「もっと行くところがあるだろう。金剛峯寺とか、壇上伽藍とか」
「あ。金剛峯寺は写真映えしそうだよね。行く行く」
「写真じゃなくてなあ。もっと……」
「もっと?」
 問い返されて、はたと梓は考える。
 別段信仰心があるわけでもないし、ここに来た目的はただの観光だ。観光に来たからには、美味しいものを食べて変わったものを見て綺麗なものの写真を撮ればそれでいい。
 確かに崇高な何かを求めているわけじゃないし、極楽なんて信じちゃいないから、
「そうだな。それでいいんだよな」
「そうだよぉ。そもそも梓は極楽に行きたいの?」
「む」
 すごい根本的なことを聞かれた。
 梓は足を止める。さわさわと少し冷たい風が吹いて木の葉を揺らしていく。
「そりゃ、地獄よりは極楽の方がいい。行けるなら」
「そっか」
「でも、綾は極楽には行けないだろ」
「……そっか」
 綾と焔と零といつまでも楽しく過ごせますように。
 それが梓の願いだから。
 場所はこの際、目を瞑ろう……なんて。口に出しては言わないけれど、
「さて、帰りのバスとケーブルカー考えたら、あんまりゆっくりしてらんないぞ」
 かわりに梓はそんなことを言って旅行鞄を持ち直した。その言葉に綾も笑う。
「そうだね。目指せ全制覇!」
「いや、どう見ても食べ過ぎだと思うけどな……」
 やる気満々の綾に、梓は肩を竦める……が、止めはしない。
 今日も、楽しい一日になりそうだ。

●後書
いつも楽しく書かせていただき、ありがとうございます。
折角だから大好きな高野山に二人が行ったら……と考えて始めたのですが、薀蓄ばっかりでもつまんないよな、という配分にちょっと悩んだりもしました。
アドベンチャーワールド(動物園)でパンダカチューシャしてパンダと写真撮りまくる綾さんとイルカショーで最前列に立って水かけられる梓さんにするかもちょっと悩みました。
ともあれ、楽しんでいただけたら幸いです。

成功 🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​🔴​



最終結果:成功

完成日:2023年06月01日


挿絵イラスト