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約束の音が風に揺蕩うなら

#UDCアース #カクリヨファンタズム

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#UDCアース
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#カクリヨファンタズム


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●玉響

 紺碧の空にちりんゝと音色が透き通った。

「なんですかい? その妙な硝子細工は?」
「これはな、風鈴というものだ。この釣鐘の中から吊り下げた|舌《ぜつ》と短冊……これが風を受けて揺れた時に釣鐘に触れるとさっきみたいな爽快な音が響くんだ――ほれ」

 ちりんゝ

 瑞々しい木々に囲まれ、世間から切り離されたかのような寒村。その土地の一角にある古寺の縁側で住職と妖怪鴉が軒先に吊るされた浅青色の風鈴を見上げている。

「確かにこりゃ良い音色だ。人間ってのは面白い事を考える」

 紺碧の空を連なり、綿菓子のような雲が流れていく。風鈴越しにぼんやりと輝く陽に目を細めながら妖怪鴉は饅頭を1つ摘み上げ頬張ると餡子の味を噛み締めながら住職へ視線を向ける。

「しかしおやっさん。曲がりなりにも坊主だってのに俺みたいな妖怪を寺に上げていいんですかい? しかも世間じゃ忌み嫌われる鴉と来た。近頃じゃ妖怪寺なんて噂も立っているようですがね」
「構わんさ。見ての通り何も無い村だ、お前さんみたいな妖怪の1人や2人居た方が賑やかで良いってもんだ。皆も張り合いが在っていいだろうよ。ほれ、小童共がまたお前さんを見に来てるぞ」

 住職が顎で指した方向に視線を向ければ3人……いや、4人の子供が寺の門から縁側を覗き込んでいたかと思えば視線に気が付き、素っ頓狂な声を上げて蜘蛛の子を散らすように境内の外に広がる白い花畑の中を笑いながら駆けていった。

「それにお前さんも此処を気に入っているのだろう? いっその事此処に住み着いて村の守護神の真似事なんてどうだ?」

 豪快に笑う住職の言葉に妖怪鴉は驚いたように目を見開き、そして呆れたように息を漏らした。

「正気です? 俺みたいな妖怪を受け入れるだけじゃ飽き足らず守護神ですって? ……いや、まぁ悪くはない。この村は景色も花も人も……この風鈴の音色も心地いい。これらを護る為ってんなら俺もやぶさかではないですよ」
「あっはっは! あんま真面目に受け取りなさんな。儂からしてみれば話し相手になってくれるだけで十分ありがたいからな」
「なら、また明日も茶菓子を用意しといてくれたら助かりますがね」

 妖怪鴉が微笑むとその肌を優しく撫でるような風が吹く。

 ちりんゝ

 心地よい風鈴の音が風に揺蕩い空へと昇って行く。

●グリモアベース

 ちりんゝ

 予知した光景を猟兵達にふんわりと伝えた星凪・ルイナ(空想図書館司書補佐・f40157)が風鈴を指で弾けば爽やかな音がグリモアベースに響いた。

 「風鈴、ね。まだ少しその季節には早いかなぁ……さてと、今回の予知についての説明をするね」

 ルイナは風鈴をそっと机上に置くと抱えたクリップボードに視線を落とし、そして集まった猟兵達をぐるりと見渡してから言葉を続けた。

 「このUDCアースに於いて妖怪達は忘れ去られカクリヨファンタズムへ旅立った……筈なんだけど、未だにこの世界に残り続けている妖怪が見つかった。UDC-Nullの一種として組織の方では捜査のしようも無かった訳なんだけれど、とにかくこの妖怪は人に忘れられた飢えを満たす為にUDC怪物を喰らいながらこの世界のとある廃村のお寺に留まり続けている。……かつて誰かと交わしたこの村を護るという約束を果たす為に」

 約束を果たす為——その言葉に何か思う所のある者も居たかもしれない。それを感じ取ってか、それとも単なる偶然かルイナは暫く間を開け、そして言葉を紡ぐ。

 「もう、護るべき村も人もとっくに無くなっちゃったのにね―—だけど、その約束は今もその妖怪を一種の呪いのようにこの世界に縛り付けているみたいだね。今もUDC怪物を喰らい続けている妖怪は既に理性を失い、半分オブリビオンと化している、このままだといつかは約束も忘れてただの怪物になってしまう……だから彼と戦って救ってあげて欲しいの」

 「場所は廃村となった村跡地にあるお寺。今も彼は妖気でUDC怪物を誘い集めて喰らい続けてる。これ以上、彼にUDC怪物を食べさせない為にまずはこの怪物の群れ……パープル・フリンジと呼ばれる1mぐらいの蟲のような怪物を片付けてから、お寺の境内にいる妖怪鴉を倒して元の妖怪に戻して欲しいのだけれど……彼は長い間UDCアースに留まり続ける事の出来た強力な力を持つ妖怪、正面から戦うとなると勝つのは難しいかもしれない。だから、彼の約束に関係する事を語り掛けたりして彼の理性を呼び起こす必要があるの。初めに伝えた通り、彼が嘗てこのお寺の住職さんと交わしていた約束はこの村を護る事……とにかくそれに関る事を利用して彼に呼び掛けて欲しい。そしてもし彼が元に戻れたなら、彼がカクリヨファンタズムへ渡れるようにその為に必要な宴に付き合ってあげてね。宴と言っても本当に何も無い場所だからやる事なんて、その辺で寛ぎながら談笑でもするか散歩するかぐらいしか出来ないけどね。自然豊かな所でゆっくりするのもいいんじゃないかな……それに彼にとっては大切な約束の場所、その思い出話を聞いてあげるのもいいかもね」

 一通りの説明を終えるとルイナは一息吐いて、クリップボードを机上に放り投げると身体を翻して転移の準備に取り掛かる。

 「さてと、そろそろ出発の時間だね……ああ、そうだ。妖怪鴉、彼は風鈴の音がとてもお気に入りだったみたいだね。……確かにあの心地いい音、彼が気に入るのも分かる気がするな」

 転移の瞬間。俄かに風鈴の音がちりんと響いた―—


鏡花
 戦争お疲れ様でした。その圧倒的勢いに震えていた新人GMの鏡花です。

 今回のシナリオは戦闘がメインですが心情系要素も多分に含まれております。OPにもある通りに今回のボス戦では妖怪鴉の理性に訴えかける行動が最重要となっておりますので皆さんのお気持ちを思う存分に彼にぶつけてあげてください。

●クリア条件
「墓場のカラス」を撃破し、理性を取り戻させた上でカクリヨへ渡るのを見届ける。

●『墓場のカラス』
 遠き日の約束を護る為に半分オブリビオンと化してしまった男性の妖怪です。
 飄々としていながらも自然や人々を大切に想っていた妖怪で村人達からは妖怪鴉と呼ばれていました。
 今回のボス敵ではありますがシナリオでは彼を倒す事によって元の妖怪に戻す事が可能です。

●1章(集団戦)
 廃村(建物の残骸が残る開いた草原)で『パープル・フリンジ』との集団戦となります。
 光と影の境界線に住まう1m程の原始的な思考を持つ怪物です。
 物陰に潜む怪物である為、《奇襲を警戒する行動》によりプレイングボーナスが得られます。

●2章(ボス戦)
 廃寺の境内での、極めて強力な力を持つ妖怪鴉、通称『墓場のカラス』との戦闘です。
 大きい寺とは言えませんが、戦闘に支障はありません。
 建物は朽ちてはいるもののまだ形を保っており、また境内の奥には墓地があり。それとは別に真新しい白い花が手向けられた粗末なお墓が存在します。

 純粋な戦闘ではありますが、OPにもある通りに《『墓場のカラス』の村を護るという約束を踏まえ、理性に訴えかける行動》を取ればプレイングボーナスを得られます。

●3章(日常)
 戦闘後、理性を取り戻した『墓場のカラス』がカクリヨに渡る為の「宴」に参加する日常章です。
 宴と言っても酒盛りを行う必要はありません。自然豊かな彼の思い出の地であるこの廃村を探索するも良し、妖怪鴉と語り合うなり、談笑するもよし。ご自由に彼と楽しい時間を過ごしてあげてください。

 各章、断章追記後にプレイングを募集開始致します。
 では皆様のプレイングをお待ちしております!
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第1章 集団戦 『パープル・フリンジ』

POW   :    狩り
【視線】を向けた対象に、【群れ】が群がり【鋭い牙】でダメージを与える。命中率が高い。
SPD   :    存在しえない紫
対象の攻撃を軽減する【位相をずらした霞のような姿】に変身しつつ、【不意打ち】で攻撃する。ただし、解除するまで毎秒寿命を削る。
WIZ   :    「「「ゲッゲッゲッゲッゲッ」」」
【不気味な鳴き声】を発し、群れの中で【それ】を聞いて共感した対象全ての戦闘力を増強する。

イラスト:オペラ

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種別『集団戦』のルール
 記載された敵が「沢山」出現します(厳密に何体いるかは、書く場合も書かない場合もあります)。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 遥か昔に過ぎ去りし人の営みの残骸。草木に覆われ朽ちた家屋が立ち並ぶ廃村は、澄み渡る青空に燦々と陽が照りつける真昼にも関らずどこか薄ら寒い印象を受けさせる。
 猟兵達がその地に足を踏み出す――その瞬間にけたたましい羽ばたき音と共に鴉の大群が木々から飛び出したかと思えば、今までどこに潜んでいたのか、廃墟の中、生い茂る草木、枯れた井戸。ありとあらゆる物陰からソレは猟兵達を覗いていた。

 【パープル・フリンジ】。光と影に潜む怪物は虎視眈々とその大きな単眼を四方八方へと動かす。

 妖気に誘われ、村に集結していた怪物達は新たな獲物を目の前にし本来の目的など忘れたかのように、不気味な音を関節の節々から響かせながら猟兵達へとにじり寄っていく。村を飲み込まんとする程の夥しい数の怪物――しかし、これらを片付けなければ目的の場所である廃寺に辿り着く事は出来ないだろう。
睦月・伊久


……守りたい。
その気持ち、僕もわかるような気がします。
僕も、かつて守っていた村がありました。
彼らは僕を受け入れてくれて……だからなにか出来たらと、思っていたんです。

ですが、理性をなくしては守ることも出来ないでしょう。むしろ……誰かを傷つける存在になりかねません。止めなければ。

というわけで、そこをどいて頂きますよ。
【炎の障り】を使用します。視線を遮ることはできませんが……火傷を負わせて行動を制限し、群がって来るのを阻止します。瘴気をばらまく範囲も広くして、陰から来る個体にも対処しましょう。(【範囲攻撃】使用)



 俄かに通り過ぎる一陣の風が草木を揺らせば、赤い糸が絡まる想いの結びが宙に遊ぶ。その衣を纏うは植物と獣混じりの化け物、睦月・伊久(残火・f30168)。その双眸に映り込む光景は彼に望郷の念を抱かせた。

 ――あゝ、そうだ

 ――あの時と似ているんだ

 己を迎え入れ――共に過ごし――そして喪った大切な居場所。守る筈だった――守りたいと思っていた。今もなおこの胸の内に燻り続けるこの想いと妖怪鴉の境遇は余りにも似ていて、その無念も執念も締め付けられるような心の痛みでさえ分かるように思えた。

「彼らに――何か出来たら――そう思っていたんです。きっと貴方も同じ気持ちだったのでしょう。――今となっては虚しいだけですが、それでも……そう思わずにはいられない」

 少しでも気を緩めれば今にでも泣き出してしまいそうな、懐かしく暖かいその心象が思わず伊久の口から想いを零れさせ、どこか胸が空っぽになるような一抹の寂しさを覚えさせた。

「――ですが、理性を無くしては守ることも出来ないでしょう。むしろ……誰かを傷つける存在になりかねません。――止めなければ」

 望郷の念を今は置き去りに、確固たる意志を宿した伊久のその双眸は気味の悪い音を軋ませながら迫り来るパープル・フリンジの群れを凛と見据える。その刹那、空を流れる雲が煌めく太陽と重なり陽が陰る。それと伊久に狙いを定めたパープル・フリンジの群れが一斉に彼に飛び掛かったのはほとんど同時だった。

「という訳で、そこをどいて頂きますよ」

 |炎の障り《エンノサワリ》――群がるパープル・フリンジの第一波が伊久の体に鋭い牙を突き立てんと顎を軋ませた瞬間。伊久が神事の舞の如くに足を踏み鳴らせば霞の如く揺らめく霊障――霞禍が彼の体を瞬時に包み込み、そして苛烈な瘴気と成り彼を中心とした周囲一帯に解き放たれれば木の葉を散らすようにパープル・フリンジが吹き飛ばされ地面に転がった。

「グゲッ!?」

 瘴気を浴び転がる怪物たちのその身は焼け焦げ、甲殻は爛れている。その餌食となったのは転がる怪物だけでは無い。広範囲に撒き散らされた瘴気はその周囲一帯――物陰から伊久に狙いを定めていた怪物にすら重度の火傷を負わせその動きを鈍らせていた。
 火の気が一切ないにも関わらず、今なお瑞々しい草が生い茂る草原に焼け爛れた怪物の群れが転がる異様な光景は伝奇に伝わる怪奇現象を思わせる。

「焼かれる痛みは如何ですか?」

 太陽を覆う雲が流れ、再び燦々と陽が大地を照らす。陽に晒され地を転がるパープル・フリンジの群れを何事も無かったかのように淡々とした表情のままに見つめる伊久。その足下に蠢く影が一つ。――奇跡的にも瘴気から逃れた一体の怪物が、一矢報いんと伊久の足へ牙を突き立てんと飛び掛かる――筈だったその怪物は振り下ろされた伊久の足に踏み砕かれ地に沈む。

「おっと、すみません。つい足が出てしまいました」

 嘗て守り神と呼ばれた化け物。彼はかつて果たせなかった己の務めをやり直すかのように廃村を蝕む怪物を屠る。そんな彼の背を押すのか――それとも慰める為なのか、心地よい風が彼の髪を撫で通り過ぎて行く。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ナシム・オーヴァチュア
◯◎

いい天気なのに不穏な音しか聞こえないって、爽やかさに欠けるよねぇ。
まぁ場所も場所だしそりゃそうか……

虫って過食部少ないからあんまり好きじゃないんだよねぇ
まぁそもそも食えない虫か。
なるべく建物の側には寄らずに気配感知と索敵で周囲を探る。
あたりを付けたなら矢を放ち、地形利用・軽業、羽も使って立ち回る
出来るだけ奇襲の心配をしなくていい、開けた場所に誘導したい。
様子を見ながらUCを発動。
まぁ誘導しくじっても、動いて射ても射る数減るだけだし、構わないさ

しかしいちいち図体でかいね……どこに隠れてたのさ
隠密性は見習いたいくらいだよまったく。
とは言え、可能な限り射落とすよ
用事があるのはお前達にじゃない。



 紺碧の空を朝靄の如き雲が流れていく様は、平時であれば見る者の足を暫く止めるには十分な絶景である事に間違いなかっただろう。しかし、何処からともなく聞こえてくる、この光景には不釣り合いな音にナシム・オーヴァチュア(鳥喰らう鵺・f39144)の眉が僅かに顰められた。

「爽やかさに欠けるよねぇ……まぁ、場所が場所だしそりゃそうか」

 ナシムのべっこう飴色の瞳に映るのは打ち捨てられた家屋の残骸。人の営みを離れ植物達の新たな住処と成ったそれは寂しさとも虚しさとも言えぬ、何処か厭世的な感情を彼の胸中に思い起こさせる。そんな最中に不意に通り過ぎた風がナシムの痛んだ髪と襤褸けた服を揺らす――が、そんな事など気にも留めずにナシムは思考に耽っていた。

「虫かぁ……可食部が少ないからあんまり好きじゃないんだよねぇ。まぁ、そもそも食えない虫か」

 ぼんやりと、そんな事を考えるのはこの周囲一帯に潜む怪物についてだ。食べる事も使う事も出来そうにない其れを相手取るのは少々億劫にも思えるが兎にも角にもナシムは白と灰色の我楽多が彩る大弓・灰色牙を構え歩みを進める。宵の静寂の如きに音を殺し、廃屋の周囲を巡回するナシム。そんな彼が不意に足を止める。

「西側と北西部……東側にもかな」

 僅かな物音、気配を頼りにナシムはこの一巡の間に物陰に潜む怪物達の居場所に目星を付けた。今なお、何も知らずに獲物を待ち構える怪物達、それらに先手を打つべくしてナシムは行動を開始した。躊躇いもなく矢を番え、引き絞った弦を解き放ては風切り音と共に矢が翔ける。宙を穿ちながら飛ぶそれは崩れ落ちた廃屋の残骸と残骸のその僅かな隙間、それに飛び込み怪物の眼に牙を突き立てた。

「ゲッ!?」

 短い悲鳴が上がれば途端に周囲が騒がしくなり、どこに潜んでいたのか数多の怪物――パープル・フリンジが廃墟の物陰という物陰から姿を現した。怪物達はナシムの姿をその大きな瞳に捉えると不気味な鳴き声を上げ、その姿に霞を纏わせる。まるで空間との位相がずれたかのようなその姿こそ怪物達が影に潜む為の特性だ。
 迫る気味の悪い怪物の群れ、それを目の当たりにしてもなおナシムは表情を変えずに素早く後方に退き飛びながらも矢を装填し一匹、また一匹と怪物を撃ち落とすと一転、その身を翻し駆けだした。

「こっちだよ。着いておいで」

 この群れを相手に廃屋が立ち並ぶこの一帯では怪物の得意とする奇襲に対応しきれない。そう判断したナシムは開けた場所へと怪物を誘導すべく移動する。その最中、後方からも怪物が迫っていた事に気が付くとナシムは軽やかな動きで廃屋の壁を蹴り上げて屋根へと駆け上がる――と、その屋根で待ち構えていた怪物がナシムの喉元に喰らい付かんと大口を開けて迫る。

「残念、分かってたよ」

 先の索敵で凡その怪物の位置を把握していたナシム。ともすれば今回の奇襲も想定済み、刹那に抜き放たれた無骨なナイフ――葬送爪が怪物を抉る。墜ちていく怪物を蹴り、高く飛翔したナシムは翼を展開し、廃墟から距離の離れた草原へ着地した。背後を見渡せば、迫り来る村を埋め尽くす程の怪物の群れ。ナシムは静かに呼吸を整えると、そのべっこう飴色の瞳で怪物達をゆっくりと見据えた。

「しかしいちいち図体がでかいね……どこに隠れてたのさ」

 呆れたようにふっと息を吐く。その瞳が鮮やかに――力強い光を宿す。

「食べれそうにはないけど……数撃てば少しは喰らえるよねぇ……?」

 ナシムの|餓えた牙《ヒキチギルモノ》が怪物に狙いを定める。その大弓から放たれた無尽蔵の矢は流星の如く風に乗り、怪物達へとその牙を突き立て喰い破る。鮮やかで――艶やかに繰り出される目にも留まらぬその攻撃は瞬く間に数多の怪物を屠る。ナシムが次の矢を番えたその瞬間、他の怪物達を盾に距離を詰めて来た怪物が彼に飛び掛かる――既にナシムの弓に捉えられているとも知らずに。

「用事があるのはお前達にじゃない。引っ込んでてよ」

 灰色牙が、怪物のその身を穿ち喰らえば、その絶叫が風に押し流され空へと消える。

大成功 🔵​🔵​🔵​

上野・修介

この手の依頼に参加するのは3回目。
その度に感じるのは『妖怪』達が紛れもなく身近な存在であったことと、時の流れの残酷さだ。

「ともあれだ」

今は目の前の障害に専念する。

いつもの如くの調息、脱力、場と氣の流れを『観』据える。
先ずは周囲の地形状況を確認。

原着時点でUC起動。
UCで広げた氣を触覚の延長として用いて敵の奇襲を警戒しつつも、無手でぶらぶらと歩き表向きは無防備を装って影から釣り出す。

得物:徒手格闘
基本的にはカウンター狙い。
UC範囲内の敵の氣の流れを鈍化させて行動速度を阻害。
一度に相手をするのは極力3、4体程度にし、包囲が予想される状況になったら自身の氣を瞬間的に活性化させて急速離脱し仕切り直す



 風が過ぎれば木々が梢を鳴らし、何処か遠くで鴉が啼く。青い空を泳いだ綿菓子雲は相も変わらずゆったりと流れている。――三度目だ。上野・修介(吾が拳に名は要らず・f13887)が今回のような事件に関わるのは今回で三度目。空を見上げ修介は想い馳せる。彼ら『妖怪』達は確かに人々と共に在った。紛れもなく身近であった。彼らは共に生きていた――それも遠い過去の記憶。時の流れ、その残酷さがすきま風のように修介の心を吹き抜ける。

「ともあれだ」

 修介はゆっくりと視線を降ろし、そして力強く目の前に広がる過去の残照――その役目を終えた村の姿を見据える。

「今はやるべき事をやらないと――だな」

 瞼を閉じ、呼吸を整える。浅い呼吸音が微かに大気を揺らせば再び瞼が開かれ、氣の流れをその双眸に捉え見据える。それは|周天、或いは圏境《シュウテン・アルイハケンキョウ》――己の纏う氣を半径100m以上にも及ぶ範囲に纏わせ、周囲の状況を確かめつつ村跡地へと足を踏み入れた。
 嘗ては人が営んだ廃墟に暮らすのは哀愁ばかり。煩いぐらいに静まり返ったその場所には何も無い。しかし、修介はその周囲一帯に数多の気配を感じ取っていた。歩みを進めながらも視線を巡らせる。

「この辺りだけでもかなりの数がいるか……更に潜んでいるとなると骨が折れそうだ。ならば……」

 潜む怪物を一々探し出して叩くのはこちらの消耗も大きい、ならば向こうから出向いて貰うまでだ。修介は怪物を影から釣り出さんと無防備を装い村道を往く。
 主を喪った廃屋達は時折、隙間風が吹く度に啼いているかのように物音を立てる。修介が整然とその双眸で其れ等を望むのは感傷に浸る為では無い。感情の起伏が薄くとも静かな闘志を宿す瞳は張り巡らせた氣を持って視えざる怪物を見据えている。

「3体……いや、4体か」

 修介が不意に言葉を零す――刹那、修介は突然に後方へと飛び退く。ともすれば先程まで修介が立っていた其の場所には廃屋の壁を突き破り、木片と宙を噛み砕いた怪物が不気味な音を鳴らして口惜しそうにその目玉を動かしている。

「待っていたぞ。歓迎してやる」

 飛び退いた修介は着地の勢いのままに腰を落とし、短く――深く呼吸を行い、大地を砕く程に蹴りつけると反転――怪物へ肉薄し、強烈な拳を繰り出す。

「グゲッ!?」

 修介の拳は怪物の装甲へめり込み、乾いた枝が砕けるような音と共にいとも簡単に其れを打ち砕く。――其れと同時に周囲から3体の怪物が続けて飛び出した。
 問題無い――既に此処は修介が張り巡らせた氣の領域だ。奴らの氣の流れは既に支配し、その動きは見るからに鈍化している。
 膝を折り曲げ体を地に落とす如くにしゃがみ込み、飛び掛かる怪物を躱すと同時に折り曲げた膝をバネのように天へと拳を振り上げ怪物の顎を打ち砕くとその勢いのままに体を捻り間近に迫っていた別の怪物をその裏拳で叩き落とす。

「漸く体が温まって来たな……さぁ、掛かって来い」

 地に転がる怪物。呼吸を整え静かに構え直し闘志滾るその双眸で怪物を見据える修介。その光景に残された怪物は一瞬戸惑うように動きを止めたが、意を決したかのように修介に飛び掛かる。だが、そのような生半可な攻撃など意味を為さない。腰を据え、氣を体に循環させる――
 
「――そこだッ!!」

 それは拳。単なる拳だ。だが、正確無比に放たれる修介のその一撃。砲弾の如きそれが怪物へと着弾すれば轟音響かせ、大気を揺らし、怪物の装甲を粉々に打ち砕いた。その異常事態に気が付いた周辺の怪物が姿を現せば修介はその身一つで次々とそれらを地に沈めていく。不意に怪物達の視線が同時に修介一点に集まれば、取り囲まんと群れを成す。だが、そんな気配を察するかのように修介は己の氣を活性化させ即座にその場を離脱する。

「態々、一対多の戦いに付き合うつもりはないんでな。確実にやらせて貰う」

 獰猛に――然し、冷徹に戦いに身を投じる上野・修介。彼の磨かれた総合徒手格闘は確実に怪物を仕留めていく。俄かに活気づいた残照の原野。その遥か遠く、鴉が空へと羽ばたいた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

夜鳥・藍
◎○

どこか他人事ではない気がします。なぜだか胸の奥底で締め付けられるような、そんな気がします。
過去世の私も似たような経験があったのかしら?

彼の人は受け入れて貰えた事もあり、きっと拠り所となったのでしょう。
嬉しかったのでしょう。一人ではないって感じられる事、その気持ちはわかります。

白虎さんを呼びその咆哮でパープルフリンジの鳴き声の相殺と攻撃を行います。
咆哮の合間に寄ってくるものは私が青月を抜き相手をいたします。
白虎さんの影に目立たぬように立ち、近づいてきたものをなぎ払うように切り伏せ倒していきます。



 草露がきらりと滴れば、物哀しそうに梢が揺れる。夜鳥・藍(宙の瞳・f32891)の星々煌めく髪を一陣の清風がさらさらと撫でれば、その宙色の瞳がゆらりと揺れた。

(――どうしてだろう。胸が痛い……過去世の私も似たような経験があったのかしら?)

 今は人の姿無き廃村を目の当たりにし、忽然と抱いた想いは|彼《妖怪鴉》の事。他人事とは思えずに胸を締め付けられるような感覚を覚えれば、胸に触れる手のひらはぎゅうと心を包み込むように優しく閉じられた。その優しい痛みはきっと気のせいでは無かったのだと思う。
 
 嘗ての|影朧《私》の境遇は彼と同じものであったのだろうか。彼は今、同じ気持ちを抱いているのだろうか。どれだけ思考を巡らせても答えは出ない――

 風が凪ぎ、雲の間に間から覗いた陽が藍の横顔を照らし――仄かに懐かしむ微笑みを映し出す。

 ――あゝ、それでもきっと。彼は嬉しかったのでしょう。

 物の怪の身でありながら拠り所を得た彼はもう一人では無かった。人々に受け入れられた彼の心はどれほどの安らぎを得ただろうか。――その気持ちは切ないほどに理解できる。

「まずは……成すべき事を成さなければなりませんね」

 真っすぐに見据えた目前の影には星が灯るかのように数多の大目玉が開かれていく。光と影の境界に潜む怪物――其れは文字通り影の中から染み出した。獲物の到来を喜ぶかのように不気味が鳴声が響いたかと思えばそれは輪唱のように周囲の怪物に伝染し、群れを成して藍へと迫る。

「この喧騒は此処には似つかわしくありません」

 藍は静かに言葉を零すと宙を撫でるように片腕を揺らす。その軌道が光の弧を描けば一点に収束し、眩く光を放ち解き放たれる。

「――お願いします。――虎王招来!」

 藍の言葉に答え、その光の中から姿を現したのは輝く白い毛並みの神々しき白虎。水色の宝珠を携えた白虎が迫り来る怪物を一睨みしたかと思えば――天地を揺るがす咆哮が響いた。その咆哮は怪物達の気味悪い輪唱を靄を晴らすかのように散らし、それ自体がまるで質量を持つかのように迫り来る怪物達を吹き飛ばした。

「ゲッゲッゲッゲッグゲッ!?」

 白虎の咆哮。その暴風の如き力に大地に叩きつけられる同胞の姿を目の当たりにし、本能的に危機を察したのか群れは瞬く間に散りそれぞれが白虎を抑え込もうと移動する。が、それを阻止せんと白虎が吠えれば視界を埋め尽くさんとしていた怪物はその数を瞬く間に減らしていった。だが、全ての怪物を沈めるには至らない。数体の怪物が白虎の目前へと躍り出た。

「ありがとうございます。――あとは私にお任せを」

 凛と張り詰めた声が響く。白虎の陰から青白い光が浮かび上がったかと思えばそれはそこから飛び出し、怪物達の目前へ飛び出した。静寂――須臾の静寂。其れに見惚れるかのように怪物達の目玉が一点に集中したかと思えば一閃――月が咲いた。抜き放たれた青月の刃が煌めけば、藍の流れるような所作から繰り出される斬撃がその一撃の元に怪物を薙ぎ払う。崩れ落ちる怪物を背に藍がふわりと体を浮かせればそれに追従するようにひらりと衣がはためき、それは美しき演舞を想い起こさせる。一つ二つと青月を振るう度にその青白い切っ先の軌道が半月のように孤を描き怪物を斬り伏せていく。

「何者が立ち塞がろうとも、私達は進み続けます」

 凛と佇み白虎を撫でる。数多の怪物が塵と成り風に散っていくその景色の向こう側。藍の宙色の瞳に映り込んだ廃寺の門はどこか寂しげに煤けていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第2章 ボス戦 『墓場のカラス』

POW   :    オレの大事なもん、散らさないでくださいよ
骸魂【黒鴉の群れ】と合体し、一時的にオブリビオン化する。強力だが毎秒自身の【大切にしている白い花】を消費し、無くなると眠る。
SPD   :    結構痛いと思うんで
レベルm半径内の敵全てを、幾何学模様を描き複雑に飛翔する、レベル×10本の【様々な刃物】で包囲攻撃する。
WIZ   :    抵抗しないでくれます?
戦場内に【黒鴉の群れ】を放ち、命中した対象全員の行動を自在に操れる。ただし、13秒ごとに自身の寿命を削る。

イラスト:えな

👑11
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種別『ボス戦』のルール
 記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
 それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※このボスの宿敵主は💠宵雛花・千隼です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 妖気に惹き寄せられた怪物の群れに引導を渡した猟兵達は何者の気配も消え去った村を通り抜け、木造造りの門へと辿り着く。

 一瞬の静寂――風が通り過ぎる

 猟兵達は顔を見合わせ、門を開いた。

「随分と暴れてくれたようで」

 寺の境内は予想に反して荒れてはおらず、花壇には白い花が揺れている。嘗ての日常を再現するかのように穏やかな空には白雲が泳いでいた。その境内の奥、縁側の軒下に座る黒地の衣に身を包んだ黒髪の男こそが件の妖怪鴉だ。彼は境内に入って来た猟兵達を苛立ち気に見やるとゆっくりと立ち上がった。
 
 風が光る――風鈴の音は響かない

「こちとら、機嫌が悪いんですよ。毎日毎日、少しづつ記憶が薄れて――今じゃ殆ど思い出せない。だが、あの日の約束だけは覚えている。俺はこの約束だけは守らなきゃいけない。だから――邪魔しねーでくれますかね?」

 強烈な風が巻き上がったかと思えば数羽の黒鴉が彼の周りを巡廻する。同時に放たれた妖気は強力極まりなく、歴戦の猟兵を以てしても苦戦を予感させる。然し――其れは確かに寂しさの色を滲ませていた。
 妖怪鴉は猟兵達に鋭い視線を浴びせ掛け、さも不機嫌そうに喉を鳴らす。

「アンタらが何者かは存じあげませんが――手加減するつもりはねーんで、死んでも恨まないでくださいよ」

 彼の言葉は淡々としていて、その行動は理知的にも見えるが端から他者の言葉を聞き入れるつもりなど無く、破滅への道を進んでいるだけだ。とうに失われた筈の独りよがりの約束に今なお蝕まれている彼を救う為、猟兵達は彼の前へと歩みを進める。

 紺碧の空を連なり流れる綿菓子雲――風を受けた風車がカラカラと音を立てて廻っている。
ナシム・オーヴァチュア
◯◎

邪魔をする気はないんだけどさ……
その約束は、鴉のお兄さんが寂しい思いをする為のものなのかなぁ
在るべきを見失ってまで、かつてに縋る為のものだとでも言うのかな
多分違うよね
ただ、一緒に穏やかな日々を過ごす為の約束だった筈なのにね。

振り返る思い出が塵と消える前に
その胸中に宿る思い出が、ただ寂寥に塗り潰されてしまう前に
張り倒してでも君を止めたい。ただそれだけ。

UCに近接は任せるよ
飛来する刃物はなるべく射落とすから、頑張って
様子見て矢弾の雨でこちらも数を打つ
狩の基本は獲物を逃さないことだし、出来れば羽は穿ちたいね。
痛いのはお互い様ってことで、構わないよ

関係ないけどさ、お兄さん子供に好かれる手合いでしょ



 カラカラと風車が廻れば白い花びらが空へと舞い上がる。青色のキャンバスに白を滲ませたような空の下、妖怪鴉は明白な敵意と殺意を以て砂利を踏み鳴らし歩を進める。

「忠告はしましたがね。去る気が無いってんなら――容赦はしませんよ」

「邪魔をする気はないんだけどさ……」

 あゝ、なんて目をするんだろうか。憎悪、そして寂寥――其れに濡れた妖怪鴉の鋭い視線を受け、べっこう飴色の瞳が細められる。嘗ての約束――きっとそれは優しく穏やかなものであったのだろう。然し、今の彼を見ていると寂寞の風が体を通り抜けていくような感覚につまされる。

「――その約束は、お兄さんが寂しい思いをする為のものなのかなぁ」

 ナシムがひとひらの言葉を零せば、鴉の動きに|瑕疵《カシ》が纏う。

「在るべきを見失ってまで、かつてに縋る為のものだとでも言うのかな」

 風斬りの音が高らかに響けば冷たく輝く刃物がナシムの頬を掠り消えて行く。妖怪鴉は苛立たしそうに髪をかきあげる。

「黙ってくれませんかねぇ……そんな事、知ったこっちゃないんですよ。俺は唯、約束を果たすだけで――」

「違うよね」

 刃が頬を掠めても顔色一つも変えずにナシムはいつも通りの表情で妖怪鴉を見据えたままに縷々として語る。強い否定の言葉。だが其れは拒絶ではなく、彼の心に寄り添うようだった。

「ただ、一緒に穏やかな日々を過ごす為の約束だった筈なのにね」

 刹那、妖怪鴉の瞳に戸惑いが灯る。だが其れは瞬く間に憎悪に塗り潰された。――まるで心を押し殺すように。

「ごちゃごちゃうっせーんですよ。アンタが意地でも俺の邪魔をやめる気がねーのはよく分かりました。大人しく帰れば見逃すつもりでしたが――気が変わった。アンタは此処で殺す」

 妖怪鴉の枯れ果てぬ憎悪を纏った風が吹き荒べば無数の刃物が宙に踊る。

「あーあ……ほんとお兄さん頑固で困っちゃうよねぇ……俺は唯――」

 振り返る其の思い出が塵と消える前に

 其の胸中に宿る思い出が、ただ寂寥に塗り潰される前に

「張り倒してでも君を止めたい。ただそれだけ」

 透き通る青空に風が吹く。二人が動き出したのはほぼ同時だった。遥か頭上に灯る太陽の光をギラギラと反射させながら数多の刃物が宙を疾走れば、ナシムは其の大弓に矢を番える。

「行っておいでよ」

 そう言葉を浮かべれば|羽散る虚影《ウソトツメ》が地を走った。飛翔し迫りくる刃物を矢が弾き撃ち落とせば、もう一人のナシムが星燦くように火花散る間を駆け抜け妖怪鴉に刃を振るえば激しい剣戟へと縺れ込む。

「ちっ……面倒な技を……一対二ってのはちと卑怯ってもんじゃないですかい」
「戦いに卑怯もないでしょ。それに使えるものは何でも使うのが狩りの鉄則だからねぇ」

 時折、撃ち漏らしその身に届こうとする刃をナシムが軽やかに躱し、その合間を縫って五月雨の如き矢を浴びせ撃てば妖怪鴉は剣戟を繰り広げながらも反応する。

「やっぱ一筋縄ではいかないかぁ……でも――」

 この一連の応酬の間に、ナシムは妖怪鴉の心の微細を感じ取っていた。それは迷い。一見、微塵の隙すら見せない妖怪鴉ではあったが彼は確かに迷っているように見えた。苦しんでいるように見えた。――ならば、その迷いも、苦しみも、痛みさえも受け止めよう。灰色牙を握る手に力を込める。その瞬間に音もなく飛来した刃物がナシムの腕へ牙を立てた。

 ――あゝ、痛いなぁ。でも、きっと彼の痛みはこんなものじゃないんだろうね。

「はっ――漸く、当たりましたか。そろそろ限界なんじゃ……ッ!?」

 刃物がナシムの腕を血で濡らしたのと、夜鳥の牙が鴉の翼を穿ったのはほぼ同時だった。傷を、痛みを厭わないナシムのその一撃は、ついに鴉を捉えるまでに至った。その黒い翼を濡らし、妖怪鴉は苛立ち気にナシムに視線を浴びせる。

「傷なんか気しないって事ですか。――アンタ、正気ですかい?」

「それはお互い様って事で――だって君も『痛い』のは同じでしょ?――ああ、そうだ。関係無いんだけどさ。――お兄さん子供に好かれる手合いでしょ」

「――忘れた。そう言ったでしょう。そんな事、俺の知った事じゃないって」
 
 花びらを攫う風が吹く。風車がカラカラと音を立てれば、鴉の双眸は朧げに揺れていた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

上野・修介
◎○
調息、脱力、氣を練りつつ真正面から彼を観据える。
相手の視線と挙動より回避防御動作は最小に留め、先ずは声をかける。

「貴方が守っているその約束やこの場所については詳しくは知りません」
「貴方がそれらを守ってきた年月も義理堅さも、決して否定し得るものではないでしょう」
「……だがそれでも、|骸の海《そこ》に墜ちるのは見過ごせません」

詰めるは最短距離。
防御も回避も捨て、ただ持てる最速を以て間合いを殺す。

砕くは肉体に非ず。魂に非ず。
捉えるは骸の海へと堕ちる定め。

――貴方のその献身に慈しみと祈りを
――そして願わくば新たな道に旅立てるように

水鏡にて振るう拳に渾身と祈りを込めて。

「――ただ一撃、仕る」



 風が凪ぐ――静寂だけが世界を彩り、己の鼓動だけが響いている。妖怪鴉の刃物の如き視線を受けてなお、上野・修介(吾が拳に名は要らず・f13887)は整然と相対していた。浴びせ掛けられる殺意と憎悪。少しでも気を抜けば心臓が早鐘を打ち体の自由は奪われるだろう。即ち、勝機は永遠に失われる――それを理解しているからこそ修介は平然たる姿勢を崩さずにいられた。

 調息――問題ない。整えられた呼吸は全身に氣を巡らせ支配している。
 脱力――力から解放された神経は研ぎ澄まされて鎮まり、来るべき時を待っている。

 修介は正面から妖怪鴉を見据える。攻撃を、その全てを受け止めるべく対峙する。無駄な動き一つとて晒す気は無い。――そうで無ければきっと勝てない。その視線、挙動、その微動な空気の流れにさえ氣を張り巡らせる。

 「アンタも俺の邪魔をするつもりですかい――ああ、もう嫌になる」

 大気が揺らめき、風流れれば草の擦れる音がふわりと浮かぶ。風に流された其の言葉には敵へと向けられる憎悪のみならず、哀愁と後悔を孕んでいるようだった。彼の言わんとする事は何となく理解できる、その為に――守るべきものの為に彼は孤独に戦い続けてきたのだろう。だからこそ、修介は押し黙ったままにそれを受け止める。

「頼みますから――オレの大事なもん、散らさないでくださいよ」

 懇願にも近しい其の言葉――次の瞬間には其の妖力が爆発的に膨れ上がり、修介の本能が警鐘を鳴らす。バチンと何かが弾ける音が響けば風すら超える速度を以て妖怪鴉は修介に迫り、その頸を刈らんと手刀を振るう。超反応――頸が絶たれる直前に上体を逸らせば凄まじい風圧と共に目の前を手刀が通り過ぎる――続けて迫るはその勢いのままに放たれる回転蹴り。修介は咄嗟に身を屈めそれを避ければその反動を利用して後方へと飛び退いた。だが妖怪鴉は未だ止まらず、飛び退いた修介を穿たんと手刀を突き立てれば修介は敢えて前方に切り返し、軌道を外させすれ違えばお互いの黒い瞳の視線が交差した。立ち位置を入れ替えた二人はゆっくり振り返ると再び静かに向かい合う。

「はっ――やるじゃないですか。だが、次は――」

「貴方が守っているその約束やこの場所については詳しくは知りません」

 今まで無言を貫いていた修介が言葉を零す。静かで――力強く――真っすぐな言葉。妖怪鴉の眉が僅かに顰められる。

「貴方がそれらを守ってきた年月も義理堅さも、決して否定し得るものではないでしょう。――今、こうして拳を交わして分かりました。貴方の意思は本物だと。貴方が約束を違える事などありはしないと」

「分かってるんだったら、さっさと消えてくれませんかねぇ……アンタの言う通りに俺は約束を果たす為なら手段を選んじゃいられねー……すっこんだ方が身の為ってもんですよ」

「……だがそれでも、|骸の海《そこ》に墜ちるのは見過ごせません」

 そうだ――だからこそ俺は――全身全霊を以て彼に答えるのだ。

 刹那――修介は妖怪鴉に向かって飛び込んだ。防御も回避もかなぐり捨てた特攻――否、純然たる決意を以て全身全霊で彼に挑んだのだ。其の一歩は疾風の如く、其の一歩は迅雷の如く、其の一歩は烈火の如く――持てる最速を以て間合いを殺す。

「ちっ! まだそんなに動けるんですかい!」

 妖怪鴉の瞳に動揺の色が宿る。距離を詰められた事にではなく、修介の行動そのものに動揺が隠せなかった。故に僅かに反応が遅れた。取るに足りない数秒にも満たない時間ではあるが――修介にはそれで十分だった。既に此処は修介の間合い――

 ――その拳が砕くは肉体に非ず――魂に非ず
 ――真に拳が捉えるは骸の海へと堕ちる定め

 呼吸一つ。静かに――唯、静かに水面に灯るは祈りの拳。

 ――貴方のその献身に慈しみと祈りを
 ――そして願わくば新たな道に旅立てるように

 ――祈りを拳にて、貴方に想いを届けよう。

「――ただ一撃、仕る」

 其の姿を見据えるは黒き双眸。其の体を捉えるは祈りの拳。一陣の風が吹き、白い花が空に踊れば風車が賑やかにカラカラと笑う。グラリと揺れた妖怪鴉はよろめき後ろに退くと静かに修介へ顔を向けた。その表情には憎悪でも苦しみでも無い――唯、寂しさだけが映っている。

「――あゝ、よく効きやがる」

大成功 🔵​🔵​🔵​

睦月・伊久
……ご心配なく。既にこの身は死したる身ですので。
君を止めるまで、引き下がる気はありませんよ。

降ってくる刃物を【見切り】、【ダッシュ】【逃げ足】で素早く避けつつ刃物が減ってくる頃合いを見極めます。そして【赫鳥召喚】。赫鳥さんに刃物の隙間を縫うように飛んで妖怪鴉さんの方に向かってもらい火の【属性攻撃】をお願いします。……ああ、花などには当たらないようによく狙って頂けると。

そして僕は呼びかけましょう。
このまま化け物を喰らい続ければ理性が無くなってしまいます。君は、守りたかったのでしょう。人間が、好きだったのでしょう。理性をなくしてはいつかそれらすら傷つけてしまうことになりますよ。それでもうここにいない彼らに顔向けができますか。守護者殿!



 何も知らずに紺碧の空を漂う綿菓子雲は、空から揺れる白い花を望んでいる。寂しさと侘しさだけが残る廃寺には不釣り合いな憎悪と殺意が渦巻いていた。長い年月を得て積もり重なったその憎悪に塗れた視線を向けられた睦月・伊久(残火・f30168)はそれが決して安易に癒やされるものでは無い――厭、軽々しく癒されるべきでは無い事を理解していた。だからこそ、助けなければ――どれほどの憎悪を、殺意を向けられようとも退くわけにはいかない。伊久はその覚悟を以て、妖怪鴉の前へと歩を進めた。

「……ご心配なく。既にこの身は死したる身ですので。君を止めるまで、引き下がる気はありませんよ」

 深く、心を覗き込むような伊久の翡翠の如き双眸を向けられ、妖怪鴉はさも不機嫌そうに眉を顰めさせる。

「そりゃ良かった。なら、遠慮なくやらせて頂きますよ――さっさと消えやがれ」

 その冷然たる妖怪鴉の声は全てを拒む如くに鋭く――そして何処か苦しそうだった。何か一つでも違っていたら、自分もあの妖怪鴉のようになっていたのだろうか? 何か一つでも違っていたら、彼はこんなにも苦しまずに済んだのだろうか? 懐かしく切ない、遥か遠くの記憶を思い起こさせるように一陣の風が伊久の心を通り過ぎて行った。あゝ、でもそれは詮無き事。今、自分がやるべき事は彼を止める――それだけだ。

「分かっていますとも――必ず救ってみせる」

 伊久が空を見上げれば、真昼に浮かぶ星の様にギラギラと冷たく輝く数多の刃物が宙に浮かび、その全ての切先を伊久へと向けている。

「これ――結構痛いと思うんで、諦めて帰って頂いても構いませんよ」

 総毛立つ白刃が紺碧に燦めけば|玲瓏《レイロウ》足る五月雨が降り注ぐ。其れでも伊久は目を逸さない。呼吸は浅く、正確に――その身に白刃が突き立てられる直前まで引き付け体を翻す。体を掠める白刃の冷たさを肌に感じながら伊久は駆け出した。執拗にその身を穿たんと迫る刃の雨は地を飾るばかりで風切り疾走る伊久を捉える事は無い。

「ちょこまかと……いい加減にしてくれませんかねぇ」

 苛立たしげに、苦々しく声を上げる妖怪鴉。伊久は其の――僅かに攻撃の手が緩んだ瞬間を見逃さない。

「すみません赫鳥さん、御協力願えませんでしょうか」

 その声に呼応し、伊久の手にある杖が煌めいた。宙に朱色が疾走れば焔の華が咲く。杖は炎の如き赫鳥に姿を変え、降り注ぐ白刃の間に間を縫うように翔け抜け妖怪鴉に迫ると揺蕩う篝火の様に鮮やかなもらい火を弾いた。宙舞い躍る炎の花弁が周囲を優しく照らせば白い花が仄かに顔を赤らめる。そんな様子に妖怪鴉は更に苛立ちを募らせた。

 ――あゝそんな顔をしないで下さい。貴方はきっと、そんな人じゃない。胸の奥に仄かに宿る記憶の燈火が揺れて、秘めた言葉が溢れでる。

「このまま化け物を喰らい続ければ理性が無くなってしまいます。――君は守りたかったのでしょう。人間が好きだったのでしょう」

 縷々として溢れる伊久の思いの丈が妖怪鴉へと流れれば、彼は大きく目を開け息を飲む。然し、彼を纏う呪いの約束は彼の言葉を詰まらせて、怨嗟の言葉を吐き出させた。

「アンタは何も分かっちゃいない。俺が何の為にこんな事をしているのかも、俺が今までどんなふうに此処で過ごして来たのかも――アンタに分かる筈も無い。――これ以上、俺を苛立たせる前に黙って消えてやくれませんかねぇ」

 ――ええ、きっと僕には分からないのでしょう。君の苦しみも想いも其れは全て君のもの。僕達にはきっと届かない。其れでも僕は知っている。何時までも憶えている。心の中に宿っている。人の――人々の優しさを。君を救った優しさを――君が救おうとした彼らの優しさを――

「理性を無くしてはいつかそれらすらも傷つけてしまう事になりますよ。それでもうここにいない彼らに顔向けができますか――守護者殿!!」

 祈り――其の叫びは祈りだ。白い花びらを誘う風に想い結びの朱色が揺れれば伊久の翡翠の瞳が仄かに色めいた。彼の約束を――嘗ての人々の想いを――この地に残る記憶を――其の全てを穢させてなるものか。紺碧の空高くに伊久のその言葉が響けば、空翔ける赫鳥が答えるように燃え上がる。弧を描き旋回する赫鳥は廃寺を取り巻く風に――募る想いに体を乗せ。妖怪鴉目掛けて一直線に宙を翔ける。

「違う――! 俺は――!」

 己の身に迫る赫鳥。妖怪鴉は其れを避ける素振りを見せない。厭、避けられなかった。戯言だと切り捨てるべきその言葉――伊久の言葉の一片がその判断を鈍らせた。果たして、今の自分は彼らが望んだものだろうか。果たして、守るべき約束はこんな形であっただろうか。――自分はこのままでいいのだろうか。

「守護者殿!! 目を醒ましてください!」

 ふいに吹き上がった風が白い花びらを空へと舞い上げれば、どこか懐かしい匂いが記憶を擽る。想いを纏った縁を結ぶ朱色の閃光が妖怪鴉の体を貫いた。

大成功 🔵​🔵​🔵​

夜鳥・藍
◎○

うまく言葉にできないのですが、その方を覚えている限り真の死は訪れないと聞いた事があります。
約束を覚えていても、どうして約束をしたのか覚えてないのでは中身のない約束ではないですか。
それでは、それでは、あなただけでなく約束を交わした相手の方も真に死んでいるようなものではないのですか?

鳴神を投擲かつ念動力で操作し、かするだけでも良いので確実に当てていきます。
そうすれば竜王さんが来てくださいますので雷撃で本命の攻撃をします。
雷撃の余波で黒鴉を少しでも減らしたい所です。
そしてなるべく早めに決着を付けなくては。長引いてあの白い花に影響があっては困りますから。



 真昼にも関らず、夜の水底の様に静まり返っている。風が廃寺の朽ちた壁板を鳴らせば其れは嘆きの声にも似ていた。眩んだように覚束ない其の脚で立つ妖怪鴉は戸惑うように肩で息をする。其れは痛みでも、疲労でも無い。彼の心の奥底に沈んでいる記憶の残照が苛ませる――夜鳥・藍(宙の瞳・f32891)の藍晶石の如き宙色の瞳にはそう映っていた。

「どいつもこいつも好き勝手言ってくれやがって――ああ、嬢さん。アンタもその口ですかい? ならもう間に合ってますんでどうぞお引き取りを……と言いたいところだが行き掛けの駄賃だ。――相手、してやりますよ」

 彼の体はとっくに限界だったのかもしれない。其れでも彼は未だに約束と共に在った。意味など既に無くした約束を胸に彼は今なお戦いに赴いて行く。其れを藍は滑稽とも、哀れとも思わない。――唯々、寂しいと思った。

「私は――」

 言葉が詰まれば宙色の瞳が幽かに揺れる。藍の陶器の如く艶やかなその拳に仄かな力が籠る。ふと、空を揺蕩う静風がその髪を撫でれば白銀の川を流れる星々が煌めくように宙に遊ぶ。ああ、それでも伝えるべき言葉がある。

「うまく言葉にできないのですが……その方を覚えている限り真の死は訪れない――そう聞いた事があります」

 宙色の瞳が捉えるのは漆黒に沈んだ鴉の双眸。梢が俄かにざわめけば、境内を彩る影が瞬く。白色の花びらが風に踊る刹那の静寂――確かに二人の視線は交わった。

「約束ある限り、想いは死なず……然し、どうして約束をしたのか、それが失われてしまったら――覚えていないのなら中身のない約束ではないですか」

「……知りませんよそんな事。俺は約束を果たす為にずっとやってきたんだ、どうこう言われようと今更改める気なんてありゃしませんよ。――変えられる訳ないじゃないですか」

「――それでは! ……それでは悲しすぎます。あなただけではなく約束を交わした相手方も、真に死んでしまうのではないのですか? 思い出してください、あなたと彼らの約束は、きっとそんなものでは無かった筈です」

 その力強く慈愛に満ちた言葉は妖怪鴉の胸を抉る。外傷無くとも鋭い痛みを伴うそれは血の代わりにドクドクと、胸の中に募り微睡んでいた何かが流れ出していくようだった。何か正しいのか、何をすればいいのか、妖怪鴉にはもう分からない。藍を睨む鋭い黒き双眸はまるで助けを求める子供のようにすら感じられる。

「もう放っておいてくれませんかねぇ……これ以上、俺を苦しませないでくれ」

 激しい風が巻き起これば黒鴉の群れが彼の身を包んだ。漆黒に染め上げられたその体はまるで表情を気取られない為なのか――最後の悪足掻きと言わんばかりに妖怪鴉は藍へと迫り来る。そんな膨大な妖気に晒されても藍は目を逸らさない。

「ええ、分かっていますとも。必ず救ってみせる」

 次々と飛来し地面を穿つ黒鴉の一撃をひらりと躱せば、その|円舞曲《ワルツ》の軌道を描く体の回転から【鳴神】の名を冠する三鈷剣が妖怪鴉に向かって放たれる。無数の黒鴉に付け狙われながらも狙い澄まされた三鈷剣はその名の通り、雷の如く真っすぐに妖怪鴉の体を捉える。だが紙一重、鳴神は妖怪鴉の真横を掠め過ぎていく。

「――まだです」

 刹那、通り過ぎた筈の鳴神が宙を旋回しまるで何かに引き寄せられるように背後から妖怪鴉へと迫れば瞬時に彼を守るかのように纏わり付いていた黒鴉を貫いた。

「妖術の一種ですかい。こりゃまた面倒な事で」
「ご杞憂ですとも、すぐに決着を着けます。……あの花たちに影響があっては困りますから」

 翔ける鳴神を手繰るのは藍の念動力。彼女は黒鴉の激しい攻撃の中にその身を晒しながらも巧みに鳴神を操り変則的な大立ち回りを披露する。だが、彼女の真の目的は別にある――時、|滿《ミ》たれり。

「竜王招来!」

 凛とした声が響けば、応えるは鳴神の繋ぐ縁。大気揺らめき雷鳴と共に現れたるは水色の宝珠の黒き竜。嵐の王たる竜王の双眸が静かに藍へと向けられたかと思えば、其れは次第に妖怪鴉へと向けられる。

「これで――終わりです」

 眩む光、轟く雷鳴、奔る稲妻――妖怪鴉が黒鴉を差し向ける、然し竜王の雷撃が放つ閃光は其の全てを飲み込んだ――

 光が収まれば、後に残るのは嵐明けの穏やかな空。風車を廻す緑の風が白い花を揺らせば、其れ等に囲まれるように地に伏せた妖怪鴉が綿菓子雲漂う紺碧の空を望んでいた。藍がそんな彼に近寄ると鴉妖怪は空を見上げたまま口を開いた。

「――本当は分かってんですよ。――どうして人ってのはこうも儚いんでしょうかねぇ……」
 
 寂しそうに――だが、何処か清々しい彼の問に、空を流れる雲は答えない。

大成功 🔵​🔵​🔵​




第3章 日常 『つかの間の休息を』

POW   :    全力で遊具で遊ぶ!

SPD   :    公園内をジョギング

WIZ   :    ゆっくりと原っぱに寝そべって休む

イラスト:aQご飯

👑5
🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​🔵​

種別『日常』のルール
「POW・SPD・WIZ」の能力値別に書かれた「この章でできる行動の例」を参考にしつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
 プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。

 大成功🔵🔵🔵
 成功🔵🔵🔴
 苦戦🔵🔴🔴
 失敗🔴🔴🔴
 大失敗[評価なし]

👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
 ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。

※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。


 白雲流るる碧空に小鳥たちが羽ばたいて行く。先ほどまでの喧噪がまるで夢でもあったかのように廃寺は穏やかな雰囲気に包まれていた。地に倒れ伏せたまま暫く空を仰ぎ見ていた妖怪鴉は、ゆっくりと立ち上がると衣服の裾を払いながら猟兵たちの方へと向き直る。風に誘われた花びらがひらりと遊ぶその向こう側、黒き双眸には今度こそ猟兵達の姿が映る。

「随分と世話になったようで……すっかり目ぇ醒めましたよ」

 申し訳なさそうに髪を掻く妖怪鴉はぎこちなくはにかむと、花壇を彩り風に揺れる白い花、そして誰も居ない縁側を一瞥して静かに息を吐いた。以前のような触れる全てを穿つ如き殺気はもう既に見る影も無い。

「辺鄙な所だがゆっくりして行ってください、と言いたいところだが……ええ、分かってますって。俺には行かなきゃいけない場所がある――本当はもっと早くそうすべきだったんですがね。アンタらもそれが目的で来たんでしょう?」

 妖怪鴉は猟兵達をぐるりと見渡すと「いたた……」とわざとらしく腰に手を添えながらゆっくりと廃寺の縁側へと腰を下ろした。

「申し訳ねーですけど、あと少しだけお付き合いして頂きますよ。他の|奴ら《妖怪》が居るのはカクリヨ……でしたっけ。そこに渡るには宴だかなんだかしなきゃいけねーらしいですけど……小難しい話はもう懲り懲りだ。この場所を離れる覚悟はもう出来てる――唯、僅かに残った未練を断ち切る為に、残りの時間を此処でゆっくり過ごさせて欲しいっつー訳です」

 縁側から望める空は相も変わらず呑気に白い雲が流れていく。花壇では白い絨毯のような花たちが咲き乱れ、奥では楽し気にくるくると廻る色とりどりの風車に彩られた墓標が静かに佇んでいる。妖怪鴉の視線に釣られて空を仰いでいた猟兵たちがふと視線を下ろすと縁側に座った妖怪鴉は揶揄うような笑みを向けている。

「ま、お話でもしましょうや。――茶菓子でも用意してくれるんなら助かりますがね」
上野・修介
○◎
宴が始まるまでには幾らから時間があるだろう。
先ずは周囲の確認。
警戒しながら村の中を一周して残敵や不審な物がないか確認し、携帯電話でグリモア猟兵さんに一先ずの現状報告を済ませる。

「さて、やるか」

見回りが終わったら、時間の許す限り境内とお墓の周りを掃除する。
彼が旅立てば、いずれは完全に荒れ果ててしまうだろう。
それでも彼の献身にわずかでも報いるためにも可能な限りそれに努める。

宴が始まったら、鴉さんに一言伝える。

「長い間、お疲れ様でした。どうかあちらに行ってもお元気で」



 淡い色彩が描く空に昇る陽はまだ高い。僅かに冷たさを帯び始めた風をその身に受けながら上野・修介(吾が拳に名は要らず・f13887)は視線を巡らせる。晴々しい顔付きで景色を眺める妖怪鴉を視界の端に捉えたままに修介は歩を進めた。

 彼を見送る刻まで幾分か猶予はある。ならば、それまでの間に自分がやれるだけの事をやっておこう。煤けた寺の門を抜けた修介が足を運んだのは原っぱに遺された村跡地。氣を巡らせたままに残敵や不審物を警戒するその双眸に映るのは先程と変わらぬ人々の営みの残照。怪物の気配すら消え失せた其れは一層の事、寂しく見えた。だが、寒々しい印象は薄れ、どこか叙情的な温かみが感じられるのもまた事実だ。

「彼にここまで想わせた場所……其処で共に過ごした人々はどんな人たちだったんだろうか」

 修介はふと立ち止まり、静かに目を伏せる。想いを馳せるはこの地の記憶。風がふわりと心をざわつかせると、何処からか人々の声が、足音が、在りし日の記憶の鼓動が聴こえてくる。風が通り過ぎれば子供たちの笑い声が駆けていく。ハッと目を開ければ緑の混じる薄茶の村道が何処迄も続いている景色だけが其処にはあった。

 村を一巡し終えた修介は端末を手に取った。暫く間が開いたのち通話が繫がると女性の声が聴こえてくる。修介たちをこの地に転移させたグリモア猟兵、ルイナの声だ。修介は彼女に一先ずの現状報告を行った。

「お疲れ様でした。――うん、もう脅威が無い事を確認した。みんな無事で良かったよ。帰りの準備はこっちで進めておくから――あと少しだけ彼に付き合ってあげてね」

 その言葉を最後に通話が切れる。連絡を終え、漸く肩の荷が降りた修介は息を吐く。

「……ああ、当然だ」

 群青の空を見上げれば真上に浮かんでいた筈の太陽は僅かに下がり、遊惰に流れる雲は地に大きな影を描く。村道を抜け廃寺へと戻った修介は境内を一通り見回すと呼吸を1つ。

「さて、やるか」

 修介は口数少なく、おもむろに境内の掃除を始めた。敷かれた砂利が乱れていれば敷直し、石段が崩れていれば瓦礫を除いて組み直す。探せば探す程に瑕疵は見つかり、その途方も無い作業を呼吸も乱さずに淡々と修介は繰り返す。この寺は妖怪鴉――彼が旅立てば今度こそ、いつか荒れ果ててしまうだろう。その事を思うと胸の隙間を風が抜けるような一抹の寂しさを覚える。……だとしても修介の手が止まる事はない。妖怪鴉が守り続けて来たこの場所を少しでも遺す事ができるのならば――彼に報いる事ができるのならば、それでいい。
 風が誘う白い花の仄かな香りに包まれながら作業を続けていくとふいに目の前に小さな墓標が現れる。それは墓標と呼ぶにはあまりにも粗末な造りではあったが一目見ただけで丁重に扱われていた事が見て取れた。ああ、きっとこの墓も彼の庇護の元、長い間共に在ったのだろう。修介はその場で身を屈ませるとその小さな墓石をまるで子供を撫でるかのように優しく手ぬぐいで拭う。ふと、背後から近づいてきた足音に修介は立ち上がり振り返る、そこにいたのは妖怪鴉だ。

「こんな荒れ寺を掃除するなんて奇特なお方も居たもんだ」

「手を出さない方がよかったですか?」

 真剣な表情でそんな冗談を放った修介に妖怪鴉はさも愉快気に目を細める。

「はっ――ご冗談を……名前をお聞きしても?」

「上野……上野修介です」

「上野の旦那か。いやいや、文句なんかありゃしませんよ。むしろ礼を言わなきゃバチが当たるってもんだ。――っと、そろそろ時間みたいだ。いや、ほんとすみませんね上野の旦那。こんな事に付き合わせちまって」

 草花は頭を振り、風車はカラカラと騒ぎ立てる。気が付けば侘しいだけだった境内は俄に活気付いていた。不意に修介が言葉を零す。

「長い間、お疲れ様でした。どうかあちらに行ってもお元気で」

 口数少なくとも妖怪鴉を見据える双眸はその献身を讃えるべく雄弁に語る。驚いたとばかりに目を見張った妖怪鴉は気恥ずかしさを誤魔化すように笑う。

「なんだかこそばゆいもんですね。旦那こそご達者で――旦那の一撃、効きましたよ」

「……光栄です」 

 修介が黙って拳を妖怪鴉に向かって突き出せば、彼も呼応し拳と拳を突き合わせる。人と妖怪、時の流れは違えど想いは同じ。きっと彼らもそうだったのだろう。紺碧の空の下、変わらぬ風が吹いている。

大成功 🔵​🔵​🔵​

ナシム・オーヴァチュア
茶菓子ねぇ……生憎待ち合わせはポケットの中にあるなけなしの飴玉だけだねぇ。
それでもよければ。
一緒に『遊んだ』仲だし、ボクの貴重な糖分だけど召し上がれ?

悪い夢から醒めたみたいだし、思い出した事もあるのかな。
……この村は、きっと穏やかな場所だったんだろうね
空は広いし、いい風が吹く。
風に遊ぶ風車も元気に回ってるし……今ここには見当たら無いけど、風鈴の音も、涼やかに響いたことだろうね。
今は何もなくとも、お兄さんの目にはきっと視えるものがあるんだろうねぇ。

一生の内に、心から大切に思えるものに出会える確率ってそんなに高くないと思うんだよねぇ
だから、ちょっと羨ましい。
楽しくもあったんだろうし、それ故に辛くもあったんだろうけど、それら総てを内包しても尚。羨ましいよ。ボクにはあんまり解んない感覚だからねぇ。
だから話して聞かせて。
その心の一端をお裾分けして貰えたなら嬉しく思うよ。

この旅立ちの行末が、幸いなるものであるように。
思い出を共に連れて行けば、心を残して行かなくて済むよね。



 喧騒が夢であったかのような静けさだ。今、この時こそが微睡む夢ではないか? そう思えるほど穏やかな時の流れの中で、縁側に腰掛け空游ぐ雲を仰ぐ妖怪鴉の隣に影が一つ。隣に腰掛けたナシム・オーヴァチュア(鳥喰らう鵺・f39144)の双眸が妖怪鴉に静かに向けられる。

「ああ、アンタですか。茶菓子でも持ってきてくれたんですかい?」

 彼がからかう様に笑えば、ナシムは僅かに口角を上げてポケットを探る。

「茶菓子ねぇ……生憎持ち合わせはこれだけだねぇ。それでも良ければ一緒に『遊んだ』仲だし、僕の貴重な糖分だけど召し上がれ?」

 ナシムの差し出した手のひらには彼の瞳と同じ色をした夕暮れの木漏れ日のような淡橙のべっこう飴が転がっている。

「こりゃ懐かしい。ちび共が好き好んで良く口に含めてましたよ。そのまま走り回るもんだから随分と冷や汗をかかされたもんだ」

 ああ、悪い夢から醒めたんだね。なんて嬉しそうに笑うんだろうか。大事な思い出を思い出せたのかな。妖怪鴉と一緒に飴を口の中へ放り込めば、透き通るような素朴な甘みが口いっぱいに広がった。

「どうです此処は? 驚くほど何もないでしょう?」

「そうだねぇ。びっくりするぐらい何もないねぇ――だけど」

 水に溶けた色彩が透き通る様な空に疾走るは心地よい薫風。風に遊ぶ風車は楽しげにいつまでも回っている。――ああ、きっといつかの風鈴の音も、涼やかに響いたことだろうね。ふと空を仰げば不意に風鈴の音が響くのではないだろうか。そんな想いと共に情景が思い浮かぶ。

「――この村は、きっと穏やかな場所だったんだろうね」

「――ええ、そりゃもう呆れるぐらいに穏やかで」

 そう言って細められた妖怪鴉の双眸に灯るのは望郷の念。その終始柔らかい眼差しはきっとあの日の面影を見つめているのだと思う。今は何もなくとも彼には視えているのだろう。

「一生の内に、心から大切に思えるものに出会える確率ってそんなに高くないと思うんだよねぇ」

 景色を眺めたまま零れたナシムの言葉はまるで独白のようにさり気なく、そのまま宙に溶けてしまうかのように儚く、次の言葉が続かなければきっと聴き逃してしまいそうだった。

「だからちょっと羨ましい」
「俺がですかい?」
「――うん、そうだよ」

 愛しい人たちと出会い、かけがえのない時を過ごし、そして別れた――それは楽しくもあり、そして苦しかったであろう哀歓が混ざりあったそれら総てを内包しても色鮮やかな記憶のようで羨ましく思えた。

 ――それは一体どんな感覚なんだろうね

 この世に絶対的な幸せなんてないのだろう。それはきっと仮初で、真昼に見る夢のように気が付けば消えてしまうのだろう。だけど、それでいい。自由に生きて、好きな物を食べて、今を享受し漂っていければそれで良い――けれどもし、心に刻まれる想いが褪せない幸せを運ぶのなら――僕もそれを知りたいな。そんな矛盾を抱え込み、ナシムは柔らかく寂しげな微笑みを妖怪鴉に向ける。

「ねぇ、キミの思い出を話して聞かせてよ」
「思い出ですかい? 別にそんな人に聞かせる程面白いもんでもないですが」
「それでいいよ――だからこそ聞かせて欲しい」

 べっこう飴色の瞳を向けられて、妖怪鴉が照れくさそうに髪を掻けばその口からは銀沙のように仄かに燦く言葉が紡がれる。やれ、童共に纏われつかれて一苦労だの、柄でもないのに祭に引っ張り出されただの、誰それの作る料理が美味かっただの他愛もない話ばかり、その一つ一つを噛む締めるようにナシムは時折頷いて耳を傾けていた。

「本来なら俺は墓場と墓場を渡り歩く不吉な旅鴉。安住の地なんかとは無縁だったんですがね。気が付いたら此処に入り浸ってたっつー訳で。いや、不思議な事もあるもんだ」
「んー……お兄さん。本当に心からこの村が好きだったんだねぇ、その言葉の一語一語、嬉しそうに話すお兄さんの顔。それだけでその想いが伝わって来るよ。痛いほどにね。みんなに慕われる訳だ、守護神って言われてたのも分かる気がするよ」

 陽だまりの暖かさにも似た温み、それがナシムの心を包めば同時に微かな痛みにも似た感情が芽吹く。それは一体なんだったのだろうか。答えも分からぬままに緑風が梢を揺らせば妖怪鴉は、はにかんだ。

「守護神……ねぇ。見ての通り何も無くなった今となっては虚しいだけですが――俺は約束をちゃんと守れてたんですかねぇ」

 白雲游ぐ空の大海を望めばその太陽の光に妖怪鴉の目が細められ皮肉る様に言葉が漏れる。そんな彼に合わせてナシムも空を仰げば、風に運ばれるような優しい言葉を巡らせた。

「――守れてるよ。だって、全部ちゃんと遺ってるじゃない。お兄さんの大切なものはちゃんとある」

 向けられたべっこう飴色の瞳に妖怪鴉は微笑みで答える。

「――そうですかい」

 ふいに風が凪ぎ、妖怪鴉が立ち上がる。

「時間のようだ。世話になりましたね。えっと……」
「ナシムだよ」
「ああ、ナシムの旦那。アンタらに止めて貰わなければ、俺は二度とあの人たちに顔向け出来なくなる所でしたよ。――ほんと、ありがとうございました」

 砂利が擦れる小気味良い音と共に妖怪鴉は一歩二歩とその歩みを進める。縁側から少し離れた白い花が彩る花壇の前で立ち止まると、廃寺から見える景色をその目に焼き付けようとぐるりと視線を一巡させる。そして、ほっと息を1つ吐くとその身を翻しナシムへと向き合った。

「もう少しゆっくりしていけばいいのに」
「そうしたいのは山々なんですがね――」

 妖怪鴉のその体は淡く黄金色の光を放ち、その端からはさらさらと砂が風に攫われるようにキラキラと光の粒が散っている。

「それに、あまり長くいるとまた未練が生まれそうですからね」
「それもそうか。――短い間だったけどお話出来て良かったよ。それじゃ……元気でね」
「そちらこそ――では、縁があったらまた何処かでお会いしましょうや」

 妖怪鴉が身を屈め、地面を蹴ると同時に巻起こった風に乗り空へ空へと登っていく。白い花は手を振るように一斉に身を揺らし、風車は別れを惜しむようにカラカラと音を鳴らす。ナシムが縁側に腰掛けたままに彼を見送ると、妖怪鴉は遥か空からナシムに笑いかけると淡い蛍の光が散るように宙に消えた。

「この旅立ちの行末が、幸いなるものであるように。思い出を共に連れて行けば、心を残して行かなくて済むよね」

 そっと手のひらに舞い降りた仄かに輝く鴉の羽は弾けて光の粒となる。ナシムは彼が消えた空へもう一度視線を向ける。
 
 ちりんゝ

 何処からか風鈴の心地よい音色が響き、風に揺蕩い空へと溶けて行った。

大成功 🔵​🔵​🔵​



最終結果:成功

完成日:2023年06月24日


挿絵イラスト