アリサ・シリアスの最後の誕生日
2023年5月11日。カビパン・カピパン、本名アリサ・シリアスの25歳の誕生日。
生誕を祝福されるべきその日に、彼女は死を迎えようとしていた。
「そう……ついにこの時が来たのね」
カビパン自身に驚きは無かった。なぜなら彼女はとうに死んでいるのだから。
ではなぜ今更になってと問われれば、それはもう「死期を悟った」としか言いようがない。
悪霊としての死。すなわち自分の魂が消える時が分かってしまった。
幸か不幸か、彼女の死に場所に居合わせた者はいない――いや、一人だけいた。
姿も形も見えないが、声と視線だけは感じる。
『ありがとうアリサ。今まで楽しかったわ』
それは人ではなく、名も知れぬ一柱の女神。
永遠を生きるかの者は、25年前の今日、己の加護と祝福を一人の女に与えた。
生まれながらに女神の加護を受けた者。その者こそアリサ・シリアスであった。
アリサはやがてカビパンを名乗り、女神の思惑とは全く違う不条理で理不尽でハチャメチャな活躍をした。
初めはただの退屈しのぎだった。だが何時からだろう、女神は人の織りなす物語と可能性に強く惹かれていることに気づいた――そして気がつけば、その女を好きになっていた。
神としては失格だろう。個に肩入れして己の使命を蔑ろにするような神は。
だが、それでもいいと思った。アリサという女の成長を見守るのも悪くないと。
しかし――神にすら予想のできなかった女も、己の命運にだけは逆らえない。
あの世から拒否られて悪霊として留まってはいたが、あの世としてもこのままずっと拒否り続けるわけにはいかない。25歳の誕生日、ついに世の理に抗い続けた報いが来てしまったのだ。
(消える……)
そして今『アリサ・シリアス』は、自分と言う存在が消えていくのを感じていた。
だが、肉体にはまだやるべき使命があるのだろう。トマトや紋章といった摩訶不思議な状況から、普通の人間の肉体として元に戻っていく。
魂の浄化というか転生というのか。今までの『アリサ』はここで死に、新たな存在として生まれ変わる。
彼女はジタバタする事なく現実を悟り、受け入れ、宝物を見つめるように新しい自分の姿を見つめる。
「皆、頭の片隅でもいいから覚えておいてくれますように。フリーダムに好き勝手過ごしていたギャグキャラが居た時期もあったって……」
もうじき新しい自分が目覚める。けれど自分がその姿を見る事はないだろう。
これから先の人生を過ごすのは、自分であって自分ではない誰かだ。
「……あぁ」
自分の姿を見つめ。慈愛の想いをこめて言葉を紡ぐ『アリサ』。
新しい彼女がこの言葉を聞くことはないだろう。
「今まで、楽しかった~」
暗い言葉や別れの言葉なんかよりも、一番コレのが似合うだろうから。
『アリサ・シリアス』はそう言って、無邪気な少女のような笑顔を見せながら消滅した。
●
その瞬間『カビパン』は目覚めた。今までのどの目覚めよりも最悪な目覚めであった。
視覚的に大きな変化があった訳ではない。また『アリサ』の記憶と知識も引き継がれている。
知らない他人の日記を覗き見るような感覚に、彼女はひどく困惑したが、訳も分からず涙を流してしまった。
「……さようなら」
洗面台の前に行き、鏡に映る"自分"の顔を見ながら、長く伸びた髪をハサミでばっさりと切り捨てる。
それが新しい彼女からの、見えない知らない人物への弔いだった。
「今日から私は……カビパン・カピパン」
2023年5月11日。この日は『アリサ・シリアス』の命日となり、『カビパン・カピパン』の誕生日となった。
生まれ変わった彼女の未来は、女神でさえ知り得ない――。
成功
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