それは、ご飯を食べている時だったり、好きなことをしている時かもしれないし。
あとは、そう……大好きな誰かと一緒にいること?
でも――『しあわせ』って、そう感じる瞬間はきっと、人それぞれで。
これは、ささやかながらもそれを知ったかもしれない、或る少女の『もしも』のお話。
🌸
幽遠・那桜(輪廻巡る霞桜・f27078)は、裕福とは言えないが生活に困る事もない、ごく普通の家に生まれて育って。
両親が離婚し、一時期は大変だった時もあったけれど……大人の助けを得ながらも今、姉と一緒に暮らしている。
今も時折、母親がヒステリックになることもあるものの、過去に感じていた『恐怖』を抱くほどの行為はもうそれほどなくなっていて。
それは勿論、助けてくれている大人達のおかげでもあるのだけれど。
「那桜ー? おーい、那桜ちゃんー? 起きなきゃ遅刻するよー?」
姉の那紀の存在が、何より心の支え。
お姉ちゃんと一緒ならがんばれるって、那桜はそう思ってやってきたし。
それは、那紀にとっても同じで……ふたりだから、お互いが大切だから、何とか頑張ってこられたのだ。
そんな姉妹は今、13才と17才。
同じ帝都の一貫校に通う、現代地球の学年で言えば、中学2年生と高校3年生。
「那桜ー、今日はお弁当作っていくんでしょー?」
「……あ、そうだ、お弁当!」
お布団からなかなか離れられなかった那桜は、姉のその言葉に、飛び起きるように身体を起こして。
セミロングの黒髪を急いで梳いてから、きゅっとひとつ結びにして。
エプロンをつければ気合十分、今日は姉に教わりながらも……いざ、お弁当作り!
だって『彼』と、前に約束したから。
でも、このことはまだ秘密。
彼がお弁当持参ではない日は密かにリサーチ済で、それが今日だから。
くるりと教わった通りに慎重に玉子焼きを巻いて、ウインナーはタコさんに。
ハムの桜を咲かせて飾って、バランス良く旬の野菜の副菜も加えて、並べて詰めれば。
「那桜は優秀だねー。将来料理人かな?」
「えへへ、それはお料理の先生が優秀だからかな、なんてね♪」
自分の分ともうひとつ……完成したふたつのお弁当を那桜はカバンに入れてから。
「朝ごはんもついでに作ってみようかな?」
「目玉焼き、きれいな半熟に出来たねー、那桜」
妹の料理の上達具合は、そう満足気に頷く姉もお墨付きの、花丸です!
そして那紀は、那桜へと笑って声を掛けて。
「那桜、もう行ける? ほら、遅刻するよー?」
「あっ、待って、お姉ちゃん!」
学校へと登校するべく、家を出る。いつものように、ふたり一緒に。
何とか遅刻せずに学校に到着した後も、那桜はつい、そわそわ。
午前中の授業が終わるのが、待ち遠しくて。
そしてようやくチャイムがなれば、同じクラスの彼の元へとうきうきと歩み寄って。
「ねぇ、海斗君、今日は桜を見ながら食べようよ!」
「ち、ちょっと待って! そんな急に言われても」
那桜に声を掛けられた少年――柊・海斗は、深い海の瞳をぱちりと瞬かせるけれど。
「……ダメ、かな?」
「いや、ダメって訳でもないけど……今日は、売店にパンを買いに行かないとだし……」
「それなら大丈夫! ね、行こうよ!」
元々誰にでも優しい性格であるし、初めて出会ってからもう数年の付き合いになる今、那桜に振り回されることにも慣れた様子で。
海斗は手招く彼女と共に、昼休みを迎えた賑やかな校舎を歩き出す。
あまり異性と話すのは得意ではないのだけれど――でも。
那桜と話す時だけは、不思議と違って。
初めて彼女に声をかけた時だって、思えば、そうでもなかったのだ。
それに海斗も、密かに嬉しいから。こうやって彼女とふたりでいることが。
そしてやって来たのは、桜が咲き誇る学校の中庭。
那桜はそこで満を持して、彼へと差し出す。
「はい、これ、海斗君の分お弁当!」
「えっ、僕の分も?」
「約束したの覚えてる? いつかお弁当作るね、って」
そう――今朝作った、お弁当を。
そんな思いがけぬサプライズのお弁当に、驚いた表情を浮かべた海斗だけれど。
すぐに、那桜へと向けた深い海色を細めて告げる。
「ありがとう、じゃあ……いただこうかな」
そしてぱかりとお弁当を開けて、まずは玉子焼きをはむり。
そんな様子を、ドキドキしながらじいと那桜は見つめて、彼の言葉を待つけれど。
何だか、海斗はちょっぴり困っている様子。
那桜はその姿に、美味しくなかったかな……なんて、一瞬不安になるけれど。
「えっと、その……どう伝えたらいいかな」
彼が困っているのは、お弁当が美味しくなかったからではなくて……苦手だから。
内気で奥手な性格故に、自分が思っていることを、そのまま言葉にすることが。
でも、彼はいつか教えてくれたその名前の通り、海のように包み込むような優しい少年だから。
「とても、美味しい。見た目もすごく、綺麗に出来てるし……僕の好みの甘さだし」
もう一度、那桜へと言の葉を咲かせる――ありがとう、って。
そんな彼の声に、ぱあっと那桜も笑顔を咲かせて。
「美味しいっ? よかった……!」
「うん、那桜ちゃんも食べてみて。一緒に食べようよ」
サプライズ大成功、ふたりで楽しいお花見ランチタイムを。
お互い……特別な感情を抱く相手との時間を、とても嬉しく思いながら。
それから海斗は、ふと遠慮気味にその手を伸ばして、そっと那桜へと手渡す。
彼女の黒髪に舞い降ってきた、桜のひとひらを。
そして放課後、待ち合わせして一緒に歩く帰り道。
「今日のお弁当作戦はどうだった? 那桜ちゃんー?」
「うんっ、ばっちり大成功! お姉ちゃんのおかげだよ!」
姉妹の話題は勿論、今朝作ったお弁当のこと。
自分の事のように那紀も喜びつつ、妹の報告に大きく頷いて。
「よかったね! でも那桜の作ったお弁当だもの、美味しいし嬉しいに決まっているわ」
那桜は、桜花弁舞降る中――妹のことが過保護なくらい大切な姉へと、こう告げる。
「那紀お姉ちゃん。居てくれてありがとう」
……大好き、って。
いつだって抱いている同じその気持ちを、満開に咲かせながら。
成功
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