闇の救済者戦争⑭〜きみにさよならをいわない
――大丈夫、痛くないから。
――大丈夫、痛いのには慣れているから。
――大丈夫、まだ生きているから。
だいじょうぶ、まだ。
ぼくはきみにさよならをいわない。
●死を赦されぬもの
「死にたいほど痛くて苦しくても、生きていたい理由はある?」
静かな声で問い掛けた宵雛花・千隼(エニグマ・f23049)は瞳を逸らすことなく、とてもつらい戦場へ行って貰うことになるわ、と続けた。
「あなたたちに倒してほしいのは、禁獣『デスギガス』の欠落の番人たるオブリビオン――それはデスギガスの改造で、|死ねない存在《・・・・・・》と化しているわ」
死んでも回帰を繰り返し、無限の苦痛を味わいながら既に理性もなく、デスギガスに植え付けられた命令のままに欠落の番人をしている。
激しく凄惨な戦火の続くダークセイヴァーの地で、なお凄絶なその存在。
「それを倒すには、何度も敵を殺し続けるしかないのだわ。そうすることで、やがて不滅をもたらしている不死の紋章がその体表に現れる。それさえ壊すことができれば、アナタたちの勝ちよ」
けれど。そこで一度言葉を切って、千隼は猟兵たちをどこか心配そうに見やる。
「敵はその場所で、地獄のような天国を作り出しているの。戦場に一歩踏み込めば、虚無の闇がアナタたちを呑み込むでしょう。けれどその中で、僅かな希望を与えられる。それはこの先にアナタたちが望む『一番幸せな瞬間』を見せるわ」
それは人それぞれに違うものだろう。
あるいは何気ない日常かもしれないし、探し人との再会かもしれない。
愛しい人と結ばれる待ち望んだ日かもしれないし、自分でも自覚しないしあわせかもしれない。
「――けれどその瞬間に、アナタは死ななければならない」
その作り出された『天国』から抜け出すには地獄へ堕ちる覚悟を示さねばならないのだと、千隼は目を伏せて告げる。
「それも一度ではないの。その『天国』は番人のオブリビオンそのもののようなもので、取り込まれたアナタたち自体が核となる。……だから繰り返し、不死の紋章が現れるまで、アナタは死を選び続けないとならないわ」
得難い幸福を前にして、何度でも。それは言葉にするより遥かに苦しいことだろう。だからこそはじめに問うたのだ。死にたいほど痛くて苦しくても、生きていたい理由はあるかと。
「いま、アナタにさよならを言いたくないものがあるなら――どうか、その想いの力を貸して」
そう頼んで、千隼は戦場への転送を始めた。
やがて光から闇へ体は落ちてゆく。
そうして見つけた一条の光の先に、誰もかれもが幸せを見るのだ。
柳コータ
お目通しありがとうございます。柳コータと申します。
こちらは一章のみのダークセイヴァー『闇の救済者戦争』シナリオとなります。
●傾向
心情
『一番幸せな瞬間』と、その幸せを前にどんな覚悟で死を選び続けるか、そんながっつりめの心情プレイングを頂けると嬉しいです。
一番幸せな瞬間がこの先でなく過去にしかない方は、過去のことでも構いません。
友人や家族、最愛のひと、誰かと一緒に乗り越えるのも良いと思います。
死んでも死なない強い想い、強い意志、強い絆で、地獄のような苦しみを乗り越え、紋章を破壊してください。
●プレイングボーナス
敵を何度も殺し続け、「不死の紋章」を破壊する。
※自ら死を選び続けることで、敵を殺し続けることができます。自分で、誰かと、その方法は問いません。
●プレイング受付について
【5/17(水)8:31~】から受付を開始します。断章はありません。
以降の受付状況はMSページでお知らせしますが、
先着順ではありません。気持ちのんびり受付・多めに採用する予定です。
プレの確認が受付以降になるので、オーバーロードも受付後に送っていただけると助かります。
ペアまでの参加がおすすめです。お連れ様がいる場合は呼称とID、あるいは合言葉をお忘れないようどうぞ。
クリアに至れない場合は、サポートで進行予定です。
それでは、皆様のプレイングをお待ちしております。
第1章 ボス戦
『ヘブンリーセイヴァー』
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POW : 全てを無に還す原初の楽園
全身を【溶かし原初の闇を広げ、戦場全体を虚無】に変える。あらゆる攻撃に対しほぼ無敵になるが、自身は全く動けない。
SPD : 終わる世界に現れる最後の救済
小さな【希望を見せ、人類を救える僅かな可能性】に触れた抵抗しない対象を吸い込む。中はユーベルコード製の【天国だが、自ら地獄に堕ちる覚悟を示す事】で、いつでも外に出られる。
WIZ : 荘厳たる死を与える天国への道標
戦場全体に、【『天国』への扉が出口となる、神の光】で出来た迷路を作り出す。迷路はかなりの硬度を持ち、出口はひとつしかない。
イラスト:烏鷺山
👑11
🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵🔵
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種別『ボス戦』のルール
記載された敵が「1体」出現します。多くの場合、敵は、あなたが行動に使用したのと「同じ能力値」の戦闘方法で反撃してきます。
それらを踏まえつつ、300文字以内の「プレイング」を作成してください。料金は★0.5個で、プレイングが採用されなかったら全額返金されます。
プレイングが採用されたら、その結果は400文字程度のリプレイと「成功度」で表現されます。成功度は結果に応じて変化します。
| 大成功 | 🔵🔵🔵 |
| 成功 | 🔵🔵🔴 |
| 苦戦 | 🔵🔴🔴 |
| 失敗 | 🔴🔴🔴 |
| 大失敗 | [評価なし] |
👑の数だけ🔵をゲットしたら、次章に進めます。
ただし、先に👑の数だけ🔴をゲットしてしまったら、残念ながらシナリオはこの章で「強制終了」です。
※このボスの宿敵主は
「ナギ・ヌドゥー」です。ボスは殺してもシナリオ終了後に蘇る可能性がありますが、宿敵主がボス戦に参加したかつシナリオが成功すると、とどめを刺す事ができます。
※自分とお友達で、それぞれ「お互いに協力する」みたいな事をプレイングに書いておくと、全員まとめてひとつのリプレイにして貰える場合があります。
コッペリウス・ソムヌス
アドリブ歓迎
一番幸せな瞬間ねぇ
今は姿なき片割れと共に居られた
嘗ての時間かもしれないけれど
倖いとは生の中に見出すものなり
…と信じてるところはあるから
何度生き返るのも構わないよ
それじゃあ…ともに逝こうじゃないか
焔の中で円舞曲を踊るのでも
海の底へと共に沈んでいくのも
出血多量は割と長引いたりするけど
眠るように終わりを迎える時もあるかもしれない
ヒトならざるものからしてみれば
幻想も現実も大差ないねぇ
あはははは
…………はぁ、
そうして生きる幸せ掻き集めては
いつかのキミに押しつけるつもりで
何度死んでもキミに逢うけれど
本当の再会は、本当の終わりの其の日に。
それまでは…偽りのサヨナラを告げようか
不死の紋章など不要だ
何も見えない。感じない。
五感の全てが鎖された闇の中に放り出されて、思考だけがからからと空虚に回っている。
一番幸せな瞬間ねぇ。コッペリウス・ソムヌス(Sandmann・f30787)は暗闇の中で唯一の、けれどもわざとらしい一条の光を見つけながら、嘗ての時間を思う。
その虚像と実像が重なって、光の中に片割れを見つけた。
「やあ、ひさしぶり」
どちらが喋った? キミの姿がなくなってから、こんなにぴったり声が重なることなんて本当に久しぶりだ。懐かしくて、酷く虚しい。何が虚しい。キミが隣で問い掛ける。だってさぁ。丁寧に感覚の戻った喉の奥がくつりと笑い引き攣れて、コッペリウスはやがて大きな息を吐く。
「倖いとは生の中に見出すものなり」
「なに、それ」
「そう信じてるところはあるからさ。何度生き返るのも構わないなって」
「それ、何度死んでも構わないって言ってるのと同じ」
「あはは、そうかもねぇ」
それじゃあ、ともに逝こうじゃないか。生きているキミを道連れに、眼前の生を謳歌して。
片割れの手を離さない。焔の中で踊り、海の底へ沈んで、互いの血の海に溺れて。ちゃんと熱い、ちゃんと苦しい、ちゃんと痛い。そんなものを分け合えるはずもないのに、コッペリウスは次の生で、また片割れの手を取っている。
「ああやだ、痛い痛い。ヒトならざるものからしてみれば、幻想も現実も大差ないねぇ。あはははは、」
…………はぁ。
繰り返し、繰り返し生きては死ぬ中で、『一番幸せな瞬間』は変わらない。キミが生きている。共にいる。それを嫌というほど思い知る。天国のような地獄の先で、本当にキミに逢える日はずっと先なのに。
眠るように死んで目覚める。また逢えた。手を伸ばした先に、自分の胸に浮かび上がった紋章にコッペリウスは気づいた。ああ、これで。
「じゃあ、これで」
何度も逢う片割れへ笑みを向ける。まともに笑えていただろうか。わからないけれど、それでも良かった。これは本当の再会ではない。わかっている。
本当の再会は、本当の終わりの其の日に。それまでは。
「サヨナラ」
偽りのサヨナラをキミへ。最後の死を自分と、不死の紋章へ。
大成功
🔵🔵🔵
栗花落・澪
それで、大切なものが守れるなら
この程度の命で済むなら、何度だって捧げてあげる
どうせなら、彼に殺してもらいたいけど
一番幸せな瞬間
彼が指輪と一緒に想いを、誓いを、心をくれた日
あぁ、そうだ
ここなら最期まで彼の傍にいられるね
服毒
焼死
転落死
彼との思い出を辿るような死因を
自らの魔法も駆使して
叫び声の一つもあげず笑顔で実行
不思議だね
彼の事考えながらだと
痛みすら麻痺しちゃうみたい
(本当は、ただの強がりだけど)
死ぬなら、ちゃんと本物の傍で死にたいから
あの人に胸張って頑張ったよって言って
褒めてもらえる最期でありたいから
それまではまだ…もっと、思い出が欲しいから
今はただ、生きるための死を
ちゃんと、帰るために
両手を開いて、落ちてゆく。無抵抗に、暗闇の底へ。
恐怖はなかった。栗花落・澪(泡沫の花・f03165)にとって、それで大切なものが守れるなら、行き先が地獄でも構わなかった。暗闇の底に見えた光に、微かに笑う。
「この程度の命で済むなら、何度だって捧げてあげる」
カメラのフラッシュを焚いたように、眩しいほどに光景が閃いた。
彼が指輪と一緒に想いを、誓いを、心をくれた日。一番幸せな瞬間。
目の前に彼がいる。手を伸ばせば触れられる。泣きたいほどやわらかな幸せが澪の目の前にあった。だけれども。
あぁ、そうだ。
幸せの中で笑顔を絶やさないまま、澪は毒を煽る。
「ここなら……最期まで傍にいられるね」
得難い幸福を前に死を選ぶ。彼の前で、彼の声を聴きながら、何度でも。炎に焼かれ、空を落ちる。どの死にざまも、彼との思い出を辿るようにひとつずつ。
叫び声ひとつあげなかった。だって彼が目の前にいるから。
痛みも苦しみも平気だった。だって彼の傍で死ねるから。
もういちど、笑え。
「……不思議だね」
彼のことを考えながらだと、痛みすら麻痺しちゃうみたい。それが強がりだと、自分でもわかっていたけれど。何度も死んで、何度も幸せに生きて戻って来る。
「死ぬなら、ちゃんと本物の傍で死にたいから」
気が遠くなるほど繰り返して、自分の胸に浮き上がった紋章に気づく。澪はひらいた手をきつく握りしめた。
「あの人に胸張って頑張ったよって言って、褒めて貰える最後でありたいから」
それまでは、まだ。――もっと、思い出が欲しいから。
死んでも死なない。今はただ、生きるための死を。
目の前で彼が笑う。どうせなら彼に殺してもらいたかったな。呟いた声で血を吐いて、澪は紋章と共に自分を殺す。
ちゃんと、帰るために。
大成功
🔵🔵🔵
ノイ・フォルミード
嗚呼、ルー!
色とりどりの花咲く園で、
君が笑顔で立っている!
金の髪が風にそよいで、
青い瞳が柔く煌めいて
コック、メイド、執事
機械人の友人達
ルーの誕生日に
皆で、キャロットケーキを焼いて
それから
突然振る火の雨の前に機体を晒して弾け飛ぶ
己のコアを取り出して自爆コードを起動させた
メモリーチップを握り潰して全ての記録を白紙化する
大丈夫
僕は元々、そうして犠牲になるために産まれた機械
商品名:廉価版護衛機№1
汎用型の初代機
なのに護るべき皆はもう居なくて
いつだってこうなって良い筈なんだ
……嗚呼、でも、
僕は、まだ
シィ、君があの館で待っていて
大事に育てた庭があって
友人がいつ来ても良いように館を整えなくちゃ
だから、まだ
花が咲いている。
見渡す限り、色とりどりの花咲く園にノイ・フォルミード(恋煩いのスケアクロウ・f21803)はいつもの鍬を持って立っていて。
「嗚呼、ルー!」
同じ花園で、君が笑顔で立っている。心地良い風に金の髪がそよいで、花を映す青い瞳が柔く煌く。その姿を見ることが、何よりノイは嬉しかった。
さあ、準備をしなくちゃ。コック、メイド、執事、機械人の友人たち。みんないるかい? そうだよ、今日は皆でキャロットケーキを焼くんだ。なんといったって、今日はルーの誕生日なんだから!
ああ、それから。
思い出したように、ノイは降り出す火の雨に機体を晒す。古びた機械の身体は当然、簡単に弾け飛んだ。
嗚呼、ルー。また逢えたね! うん? これは僕のコアさ。こうするとね。『自爆コードが起動されました』さあさあ、離れて!
ねえ、ルー。機械の死とはやっぱり、記録の死だと思うんだ。バックアップさえあれば、違う身体でもその記憶は起き上がるんだから。だから。
ガシャン。『メモリーチップが破損しています』
さて、次はどうしようか。美しい思い出の花園で、ノイは風に煌めく彼女を見ながら思案する。大丈夫だ、ノイは元々そうして犠牲になるために産まれた機械――“商品名:廉価版護衛機№1”なのだから。
既に護るべき皆もいない汎用型の初代機など、いつだってこうなって良いはずだった。それを改めて試行しているに過ぎない。
「……嗚呼、でも、」
それでも死なない。壊れない。何度もノイはこの花園へ戻って来る。当然の結末を繰り返し、それでもまだ。
「僕は、まだ」
シィ。君の名前を花園の中で呼んだ。機体に見たことのない模様――紋章が浮かび上がる。
君があの館で待っている。大事に育てた庭がある。友人がいつ来ても良いように館を整えなくちゃ。
『自爆コードが起動されました』
だから、まだ。
大成功
🔵🔵🔵
ジャガーノート・ジャック
一番幸せな瞬間。
何回も泣かせてしまった最愛の婚約者であり、自分が剣を捧ぐ姫が
何の曇りもなく
幸せそうな笑顔を見せてくれる未来
――きっと、子供もいて
血は繋がらないけど兄のように慕っている兄貴分もすぐ近くでパン屋でも開いてて
赤毛の相棒も時折家に寄ってくれて
それで、そうだな、晴
あとは君と他愛ない話でもしながら笑って過ごせたら、それ以上の幸せなんてない
『――けど』
『|Did not become so《そうはならなかったんだ》.』
何回も
何百回でも思い描いては
そうはならなかったと歯を喰いしばった予想図だ
そりゃあ辛い
叫びたくなる程
この幸せが欲しかった
けど、君はもういないんだ、晴
人としての君は僕の世界にはもういない
――だから、この話はこれで終わりだ。
僕が怪物にしてしまった君にもう一度逢う為にも
約束を果たす為にも
そして
君がいなくとも
それ以外、僕が思い描いた倖いを手に入れる為にも
此処で立ち止まる訳にはいかない。
鎧の胸元に、熱線銃を押し付け引金を引く。
生憎地獄は噛み締め慣れてるんだ。
さぁ、あと何回死ねばいい?
光の中に最愛の人がいた。
その姿を見つけて、ジャガーノート・ジャック(AVATAR・f02381)は知らず息を呑む。身体が強張ったのは、背を向けた彼女が振り向いたとき、どんな顔をしているか予想したからだ。だって、君は。
けれども、振り向いた彼女は笑っていた。何の曇りもなく、ただ幸せそうにジャガーノートに笑いかけてくれる。その笑顔だけで身体から余計な力が抜けるようだ。
どうかしたのかと、ジャガーノートの最愛の婚約者であり、剣を捧ぐたったひとりの姫が問う。
早くその武装を解いて子供たちに顔を見せてやれと、血の繋がらぬ兄貴分が自分のパン屋から顔を覗かせていた。
赤毛の相棒も、何気なくあとで家に寄ると肩を叩いて行って。
当たり前のような、なんでもない日常がそこにあった。
「――、」
「……晴?」
名前を呼ぶ声に振り向けば君がいる。あんまりに他愛ない話をするから、思わずジャガーノートも笑ってしまった。
ああ、これ以上の幸せなんてない。
――けど。呟く声が、掠れる。
『|Did not become so《そうはならなかったんだ》.』
何回も何百回も思い描いては、|そうはならなかった《・・・・・・・・・》と歯を食いしばった。それを誰より自分が知っている。重ねた時間が、経験が、いまジャガーノートを形作るものすべてが。今目の前にある『一番幸せな未来』を否定する。
「君はもういないんだ、晴」
笑う君に語り掛ける。不思議そうに首を傾げる仕草も変わらない。けど。
「人としての君は僕の世界にはもういない」
だって君は僕が怪物にしてしまった。その君にもう一度逢うために、約束を果たすために。そして。
「君がいなくとも、それ以外、僕が思い描いた倖いを手に入れるためにも」
ここで立ち止まるわけにはいかない。痛むほど握りしめた拳を開いて、ジャガーノートは熱線銃を鎧の胸元に押し付けた。
君が止める。ああ、辛い。そりゃあ辛い。だって、叫びたくなるほど、この幸せが欲しかった。
それでも。
引き金を、引く。衝撃が、熱が、痛みが全て大きく広がって、すぐに失せた。死んだとわかる最後の一瞬のあと。
また暗闇の先に、君を見つける。手を伸ばして掴み取りたい幸せがそこにある。
それでもまた、引き金を引く。
引く。引く。引く。引く。引く。引く。繰り返し、倖いよりも死を選ぶ。
「……生憎、地獄は噛みしめ慣れてるんだ」
何度目かの幸せの風景の中でまた、幸せそうに笑う笑顔を、記憶に焼き付けて。地獄のような最期を選ぶ。
「――さぁ、あと何回死ねばいい?」
やがて鎧に浮かび上がった不死の紋章と共に、躊躇なく。そうはならなかった未来と共に、全て壊して、進み行く。
大成功
🔵🔵🔵
シキ・ジルモント
ヴァシリッサ(f09894)と
不死の紋章を持つ者は何度も殺した
敵とはいえ他者にもそれを強いたのだから自分を“殺す”のは構わない
ヴァシリッサの同行は想定外、巻き込むつもりは無かったのだが…
『天国』はヴァシリッサと共にある日常
愛する人と共に生きる、求めて止まない未来
しかし今隣にいるヴァシリッサは天国の一部だ
待っているように告げて離れ、人目につかない場所で自害
師から継いだ銃は使わず短剣で首を掻き切る
体の痛みは耐えられるが、幸福を自ら棄てる苦しみは死ぬ度に増す
しかしヴァシリッサも同じ苦痛を繰り返していると思えば迷いは消えて
帰らなければと強く思い、心身の痛みを覚悟で超えて何度でも死に続ける
紋章を破壊後、ヴァシリッサの様子を確認
安堵から思わず抱き締めて、程なく後悔が湧く
彼女がどれだけ苦痛を受けたか…巻き込んですまないと詫びて
そしてヴァシリッサの言葉で自覚する
いつも寄り添ってくれる彼女の元に帰りたいという願いが、苦痛を受け入れてでも生きたいと思えた理由だと
…独りではない
お前が望んでくれる限り、傍にいる
ヴァシリッサ・フロレスク
シキ(f09107)と
なんでも歓迎
Hm…ッたく、行くと思ッてたよ
…|一人《・・》でね
でももう
|独り《・・》にはさせない
|天国《しあわせ》は
家族を奪われ、全てを奪った
この手には余りにも死が有触れて
そんな手で漸く掴んだ
何気無い、然し掛替えの無い日々
同志と
貴方と共に生きる未来だ
それを自ら棄てる選択
筆舌に尽くし難い悲痛
でも、その先に貴方がいるのなら
幾らこの手で果てようとも
地獄など笑止
終らない死など恐るに足らず
躊躇無く『クルースニク』で心臓を一突き
貴方には、悲愴も苦痛も絶望も決して見せるものか
だって、アタシが負けたら貴方は
本当にいなくなってしまう気がして
また逢える
否、また|逢ってみせる《・・・・・・》
繰返す度、寧ろ確信と想いは強く
―See ya♪
その果てに敵を|葬《おく》ることが出来れば
不意に抱き寄せられ、そこに共に在るしあわせをまた噛み締め
巻込む?Hm,アタシも見縊られたもンだねェ
何度でも言うケドさ
アタシは好きでやッてるの、OK?
でも貴方の温もりに留めていたものが抑え切れずに
独りは、もう
やだよ…
見果てぬ闇に自ら飛び込んだ。この暗闇そのものが敵であると聞いた通り、視覚も聴覚も利かぬのに、本能だけが警告を発している。
これもまた『不死の紋章』を持つ者か。シキ・ジルモント(人狼のガンナー・f09107)は幾度も対峙した敵を脳裏に過ぎらせた。何れも死ねない存在と成り果て、幾度も死を与えた。その殺し方はよく心得ている。だけれども、いま対峙する敵は目前にいない。なぜならば既にその中にシキがいて、敵の急所は己であるからだ。
敵とは言え、他者にもそれを強いたのだから、自分を“殺す”のは構わない。
ただ。
「……ヴァシリッサ」
聞こえぬままに呼んだ先、ヴァシリッサ・フロレスク(|浄火の血胤(自称)《エンプレス・オブ・エンバー》・f09894)が同じ闇の中にたゆたっていた。――彼女を巻き込むつもりはなかったのに。
「Hm……ッたく、行くと思ってたよ。|一人で《・・・》ね」
唇を読む。それだけで心底呆れられているのがわかった。当然だ、と言い返そうとした矢先、光を見つける。それが闇の底だと察するのに難はなく、それに取り込まれるのに抗う術もない。ただ互いに光に紛れる寸前に、|独り《・・》にはさせないと、ヴァシリッサがそう言ったのが、見えた。
光に満ちた|天国《しあわせ》の中で、二人は目を開ける。
目の前に、お互いがいた。互いに、眩しいほど真っ白な――純白のドレスとタキシードを着ていた。ひらひらと祝福する花びらが降っていて。互いの薬指に、揃いの指輪がある。
愛するひとと、家族になったのだ。
眩しい光の中でそれを理解して、ヴァシリッサの息が詰まった。
家族を奪われ、全てを奪った。そんな自分の手に、また――漸く掴んだ、かけがえのない日々。
シキ。茶化さず呼んだ声が震えて、彼と目が合う。ふと、シキが不器用に笑った。綺麗だと、そう言ってくれる。これも都合の良い光景だろうか。きっと違う、目の前にいるのは間違いなく彼そのものだ。
「……共に在ろう」
死にありふれたこの手を取って、戦いとも縁のない、何気ない日常を共に生きようと、そう。
そう、本当に言えたなら良かった。
シキは求めて止まない未来の光景から、静かに目を逸らす。手を離す。名残惜しいのは、きっと幻でもなんでもない。
「すこし、待っていてくれるか」
満ちた幸福をかたちどる彼女に告げて、シキは足早にその場を離れる。美しい教会の、人目につかぬ場所に至って。慣れた仕草で探れば師から継いだ銃にまず触れる。けれどそれを選ばずに、いつもの場所に仕舞ってあった短剣で、自分の首を掻き切った。
白が赤く染まる。
躊躇なく己の心臓に突き立てた『クルースニク』を、ヴァシリッサは見ていた。血が流れる。痛みがある。ただ、いま見えたしあわせを自ら棄てる選択より、悲痛なものはきっとない。言葉にならない喘鳴が、最期。
「……シキ」
また、シキは、ヴァシリッサは|天国《しあわせ》を繰り返す。
そうして、目の前の幸福をまた棄てる。
白を赤に。何気ない日々を触れなれた死の温度に染めて。
幾度目かの繰り返しで、シキはついに目の前の彼女の幸せそうな顔を真っ直ぐ見られなくなった。
体の痛みはどうということはない。けれど求めた幸福を、自ら棄てるのがこれほど苦しいとは、想像以上だった。
それでも、この苦痛はひとりのものではない。
ヴァシリッサも同じ苦痛を、繰り返しているはずだ。そう思えば、躊躇いを覚えた手もまた動く。首を切る。
まだ。まだ大丈夫だ。叫び出したいほど悲しい。苦しい。それでもその先にシキがいるのなら。あァ、幾らでも!
「終わらない死など恐るに足らず、ッてね」
また躊躇なく心臓を突く。倒れ逝く間に見える貴方に、苦痛も絶望も決して見せぬように。見せるものか。
だって。
「アタシが、負けたら」
貴方は本当にいなくなってしまう気がして。
血を吐く唇が、紅よりあかく染まってまた、終わる。
帰らなければ。――首を掻き切る。
また逢ってみせる。――心臓を突き通す。
苦しみを越えるほど、想いは強く、迷いは消える。
繰り返し、繰り返し。やがて浮かび上がった紋章を、自分ごと終わらせた。
気づけば、|本当に目の前に《・・・・・・・》お互いがいた。
ああ、やっと終わったのだ。そうヴァシリッサが理解するより、シキがその体を抱きしめるほうが早い。
「……巻き込んですまない」
やっと終わった。その安堵は、自分に対するそれより、彼女を伴わせてしまったことのほうが大きい。どれほど苦痛を与えたろう。けれども詫びた言葉には「Hm、」と呆れた声が返った。
「巻き込む? アタシも見縊られたもンだねェ」
腕の中に収まったまま、ヴァシリッサがシキを見上げる。
「何度でも言うケドさ、アタシは好きでやッてるの、OK?」
その言葉が偽りでないことは、シキが一番理解していた。繰り返された言葉だ。いつも寄り添ってくれる、その理由。
ああ、そうか。不意に気づいた。彼女の元に帰りたいという願いが、苦痛を受け入れてでも生きたいと思えた理由であると。
「独りは、もうやだよ……」
ふと張り詰めた糸が切れたように呟いたヴァシリッサを、強く抱きしめた。
「独りではない。……お前が望んでくれる限り、傍にいる」
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
マリアドール・シュシュ
【陽翼】アドリブ◎
…大丈夫よ
ここに来るのを選んだのはマリア自身ですもの(怯えつつも霞架の手を握り覚悟の貌
マリアが望む一番幸せな時(隣の彼を見る
今も、そう
けれど
赦されるならどうか
逢わせて
朧げに浮かぶ影
談笑
広がる眩い光景に目瞠る
育て親は一角獣の男獣人で堅物軍人ベルラと女人魚のクレーティア
二人に抱きつく
同時に心が悼む
「大きくなったな。ティアに似てきたかね」
「ふふ、私も嬉しいわ」
これはまやかし
もうマリアは忘れていない
痛みも哀しみも総て受け止めて
彼と歩む事を決めたから
…ありがとう
マリアを育ててくれて
どうか見守っていて頂戴(華水晶を刃で何度も割り、蜜金色が砕け
霞架と銀髪の女性を見て驚く
もしかして霞架の…お母様?(麗しく華やかな彼女と霞架を交互に見る
(嗚呼、違うのね
でもあなたは望んでいた)
…霞架(優しく抱きしめ
マリア達の絆は決して切れる事はないわ
死して尚
乗り越えられるもの!
二人ならきっと
竪琴で鎮魂歌を奏で、自身を狙う
再会を信じ紋章を破壊
ええ、ええ
霞架は?
解ってはいたけれど…良かったのよ(涙溢れさせ抱擁
斬崎・霞架
【陽翼】アドリブ◎
相手を殺すために、自ら死を選び続けなければならないとは
何とも趣味の悪い
マリアさん、お気をつけて
しかし、一番幸せな瞬間とは一体――
家族の団欒
愛しいマリアと、今は遠く離れている自分の育ての両親、マリアの育ての両親らしき二人
――そしてそこに、もう一人
その人に対し、愛情を感じる事などない
自分に対し、こんな“母親のような”微笑みを向ける事などない
その人は、オブリビオンとなったらしきその人は、自分たちを生み出したその人は
自分たちの事を、ただの実験成果としか見ていないのだから
だと言うのに、この光景を“一番幸せな瞬間”として見てしまっている
――嗚呼、自分は存外、普通の人間だったらしい
こうであったらよかったのに、と僅かにでも過ってしまった程には普通の
だからこそ、何度でも死を選べる
迷いはあった、故に迷いはない
――これは、存在し得ない未来(かこ)だから
死を繰り返し、現れた不死の紋章に死を齎す
ありがとうございます、マリアさん。ご無事ですか?
では行きましょう。――此処にはもう、何もありませんから
自ら呑まれた闇は、想像以上に深く果てがなかった。
ただ無機質に落ちてゆく。この闇そのものもオブリビオンだと知れば、不安に心が揺れているのを否が応でも自覚した。
「マリアさん」
斬崎・霞架(ブランクウィード・f08226)が名前を呼ぶ。まだ辛うじて声は聞こえたから、マリアドール・シュシュ(華と冥・f03102)は霞架を見上げ、差し出された手を、僅かに震える手で握る。大丈夫よ。口にした声も少し震えた。なぜならば。
この闇の先で、マリアドールは、霞架は、死なねばならない。
不死の紋章によって死ねぬ存在と化したオブリビオンを殺すために、自ら死を選び続けなければならない。そうと知って、ここに来たのだ。
「何とも趣味の悪い。……マリアさん、お気をつけて」
「大丈夫。ここに来るのを選んだのは、マリア自身ですもの」
どれほど恐ろしくとも、覚悟はできていた。当然だ。霞架と共に来たのだから。
やがて、闇は深くなり、音が消える。感覚が消える。果てにわざとらしい光が見えて察した。あそこに一番幸せな瞬間があるのだ。幸福と言えば、今隣にいる彼と共にいることも一番の幸福に違いない。だけれども。
赦されるならどうか――逢わせて。
気づくと、マリアドールはふたりの声を聞いていた。当たり前のように続く和やかな談笑は、どうしようもなく懐かしくて、息が詰まって目を大きく開く。ばっ、と立ち上がると、驚いたように二人がこちらを見た。
「ベルラ、クレーティア!」
育ての親の二人へ、子供みたいに抱きついた。一角獣の男獣人はベルラ。女人魚はクレーティア。二人とも驚いていたけれど、しっかりとマリアドールを受け止めて、抱きしめてくれる。あいたかった。ずっと逢いたかった。けれど、その確かなぬくもりが、悼い。
「大きくなったな。ティアに似てきたかね」
「ふふ、私も嬉しいわ」
嬉しそうなその声はどこまでも優しくて、しあわせだ。このふたりは、|天国《しあわせ》の中にいるのだと、マリアドールは知っていた。だから、これはまやかしだ。泣きたいほどに幸せでも。
「……ありがとう。マリアを育ててくれて」
笑って告げて、そっと離れる。忘れてはいない。忘れてはいけない。痛みも悲しみも総て受け止めて、彼と歩むことを決めたのだ。
そんな幸せな家族の団欒を霞架は見ていた。愛しい人が幸せそうにしている。それだけでも充分だのに、どうやらこの『天国』は過分に幸せを積み上げてくれるらしい。
霞架の育ての親もまた、その団欒の中にいる。――そしてそこに、もうひとり。
霞架、と名前を呼ぶ声に覚えがあるようでなかった。その顔を見て、やっと逢えたとマリアドールのように思うことはなかった。それでもその人を、霞架は“母親”として覚えていた。
違う。
あの人は自分にこんな“母親のような”微笑みを向けることなどない。自分たちを生み出したあの人は、自分たちのことをただの実験成果として見ていないのだから。
まさか、と喉の奥が引き攣れたように笑って、霞架はその人を信じられぬ思いで見ている。霞架へ向けて愛しげに笑うその微笑みを|一番幸せな瞬間《・・・・・・・》として見てしまっている。
オブリビオンに成り果てたそのひとは、ただの一度も自分たちを愛さなかったのに。
(――嗚呼、自分は存外、普通の人間だったらしい)
こうであったらよかったのに、と僅かにでも過ぎってしまったほどには、普通の。
「……もしかして、霞架の――お母さま?」
霞架と似通う面立ちをした華やかで麗しいその女性を、マリアドールも見た。けれど問うてから、すぐに気づく。ああ。
(違うのね。……でも、あなたは望んでいた)
こうあってほしい幸福を、心のどこかで。それでも、これはまやかしだ。いま目の前にいて、本物のように見えるあなたも、あるいはあなたの目に映る『マリア』も。
この幸福を、選びはしない。
マリアドールは自分の手で、華水晶を刃で砕く。蜜金色がぱっとはじけて。
死を齎す呪詛が霞架を殺す。迷いはあった。ゆえにこそ迷いはない。――これは、存在し得ない|未来《かこ》だからこそ。
見守っていてね、と育ての親へ笑ってもう一度。
終ぞ見ることのなかった“母親”の笑みを見ながら、もう一度。
この家族団欒は、決して叶うことのないしあわせだ。ふたりが望んだしあわせだ。ここでしかきっと、もう見ることさえ叶わない。そうわかって、それでも死を選び続ける。
もう何度目だろうか。わからない。ただしあわせの中に彼女もいて、彼もいる。
「……マリアたちの絆は、決して切れることはないわ」
何度死んでも。笑って華水晶を散らして、信じた。だって、二人ならきっと、乗り越えられるもの。
やがて自身に浮かび上がった紋章を、歌で、呪詛で迷わず怖し、自分を殺す。
最期まで見えた親たちの顔は、どこまでも優しげだった。
「――マリアさん、ご無事ですか?」
「……霞架」
やっと確かな声を耳に留めて、マリアドールは起き上がると同時に霞架の胸の中に飛び込んだ。ええ、大丈夫。よかった、と交わす声が、ぬくもりが消えないことを確かめると、涙があふれた。
「解ってはいたけれど……良かったのよ」
「ありがとうございます、マリアさん」
行きましょう、と泣きじゃくるマリアドールを抱き上げるようにして立ち上がり、霞架はそこを歩き出す。ここにはもう、何もありませんから。
その言葉通り、残ったのはたったふたりのぬくもりだけだ。だけれどもきっと、それだけでよかった。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
黎・万狼
「万禍」
友の術で蝶から人へ
あの頃と変わらぬ笑みで私を呼ぶ宇狼が居る
灼熱の罅走る骸ではなく、傷一つ無い人の姿
今なら二人で楽しめると酒瓶を手に、上機嫌に
そういえばお前は酔わない質だったな
酒を飲み、あの日失ったと思った幸福に告げて
刃を首筋に当て一気に引く
「万狼」
気付けば私の本体を腕に咲う皓湛が居た
肩に蝶の宇狼を乗せ、穏やかに、嬉しそうに
平穏の中に在るとわかる笑みで私を呼ぶ
いずれ、金華猫の男も加わるのだろう
お前の幸福が増えゆく事が、私の幸福にもなっていた
皓湛
私はお前を、裏切りはしない
告げ、再び首筋に刃を
得た幸福を手放すものか
別れも告げず離れるものか
あの日の誓いと友の為ならば、己を殺し続ける事なぞ容易い
誰かに呼ばれた気がして、光の中で目を開ける。伸ばした手は空を掴んだ。
今でこそ当然のようにできることは、嘗て神剣であった黎・万狼(花誓・f38005)には許されなかったことだ。
「万禍」
そう呼ぶ男が目の前にいる。その姿は己とよく似ていた。否、己がその男を、宇狼を模したのだ。剣であった頃、万狼はその男の手にあった。そして今、その男はひらひら飛ぶ蝶が常の姿であるはずだ。友の術で人の身になることはできると知ってはいるが。
「今なら二人で楽しめる。――そら、座れ座れ」
何を突っ立ってるんだ。気安く笑い、酒瓶を片手に宇狼はその場に腰を下ろす。そのまま何食わぬ顔で二人分の杯に酒を満たす宇狼の姿と、嘗て見た、見るだけしかできなかった記憶が重なった。
夥しいほどの傷。灼熱の罅が走るその骸こそ、万狼が覚えた宇狼の最期の姿だったはずだ。だけれどその記憶を塗り替えるように、上機嫌に男は笑って酒を差し出す。
「そういえばお前は酔わない質だったな」
「そう言うお前はどうだ。その体なら酔わないということも」
「……それを試すのも良いが」
僅かに唇に笑みを浮かべ、杯を一息に飲み干した。良い飲みっぷりだと笑う宇狼を目の前にしたまま、万狼は杯を置き刃を手にする。
それをどうするんだ。どこか寂しそうに笑う宇狼に、万狼は今度こそ笑った。あの日失ったはずの幸福へ。
「こうする」
自分の首筋に当てた刃を、一気に引いた。
「万狼」
次に気づくと、目の前に友がいた。その腕には万狼の本体である剣があり、蝶の姿の宇狼が肩にいる。
「万狼、随分と顔色が悪いな……悪い夢でも見たか?」
あちらで皆でお茶でもしよう。皓湛は穏やかに笑って、光の先を指差す。随分と嬉しそうな笑みは、それだけで友が平穏の中にあるとわかるものだ。
「――、も、もうすぐ、」
聞き取りそびれた名前が、かの金華猫の名前だとすぐにわかる。いずれあの男も加わるのだろう。
「……お前の幸福が増えゆくことが、私の幸福にもなっていたか」
ああ、知っていたことだ。こうして見せられずとも、充分に。だからこそ。
「皓湛。私はお前を、裏切りはしない」
誠実で生真面目な言葉と共に、友の前でまた首を切る。噴き出す赤に友の姿が見えなくなり、また光が差して、「万狼」「万禍」――呼ぶ声がする。
紛れもない幸福だ。けれどもそれ以上の幸福が続く日々を、万狼は知っている。
得た幸福を手放すものか。もう一度。
別れも告げず離れるものか。もう一度。
「あの日の誓いと友の為ならば、己を殺し続けることなぞ」
容易い、ともう一度。自ら死を選ぶことさえ、この身を得た幸福のひとつだ。
そうして、『不死の紋章』が現れるまで。繰り返される|天国《しあわせ》をまた己ごと殺し、繰り返す最期に呼ぶのは必ず、
大成功
🔵🔵🔵
汪・皓湛
「皓湛」
ずっと待っていた声に心が弾む
宵栄!宵栄なのだな!
想像しなかった形で結ばれた再会の続き
宵栄が廻り還る日はいつだろうかと私は日々楽しみで
「俺が戻った事が、そんなに嬉しいのか?」
勿論
子供かと誂う笑みも懐かしくて、嬉しくてたまらない
あの日の再会で宵栄とまた心を通わせられた
奇跡のような幸福を、これからも繋いでいける
様々な縁と万禍が繋いでくれた、私の望み
なあ宵栄
あれから私の方にも、色々と変化があったんだ
手にした万禍と傍を舞う黎先輩
二人を紹介したら宵栄は驚くのだろう
けれどそれが訪れるのは此処ではない
いつ訪れるかもわからない
故に万禍を首筋に当て自害を
私の幸せ
私の誓い
その為ならば、何度でも散って咲こう
「皓湛」
声がふたつ聞こえた気がして、汪・皓湛(花仙・f28072)は眩しい光を仰ぐ。
目を眇め首を傾げれば、今度こそ聞き違えぬ声がすぐ傍からした。
「皓湛、こちらだ」
「……宵栄?」
その名を口にして、その姿を目にして。彼の存在がやっと確かだとわかる。
「宵栄! 宵栄なのだな!」
そこにいたのは、ずっと待っていた彼だ。輪廻と円環の果てに、彼が廻り還る日をずっと楽しみにしていた。
弾む気持ちのままに駆け寄れば、呆れたように宵栄が肩を竦める。
「俺が戻ったことが、そんなに嬉しいのか?」
「勿論!」
「子供か」
衒いなく即答すれば、宵栄が笑う。その笑みも懐かしくて、嬉しくてたまらない。頬が緩む。
あの日。宵栄と再会したあの日、また心を通わせられた。それは奇跡のような幸福だった。そんな日々をこれからも紡ぎ、繋いでゆけたなら。
それは様々な縁と万禍が繋いでくれた、皓湛の望み――幸福そのものだ。
「なあ宵栄、あれから私の方にも、色々と変化があったんだ」
「変化?」
「ふふ、きっと驚くぞ」
万禍のこと。黎先輩のこと。語り始めればきりがなく、きっと宵栄も驚くのだろう。けれど。
なんだ、勿体ぶらずに教えろ。どこか拗ねたように言う宵栄に笑って、皓湛は首を横に振る。それをするべきは、此処ではない。それがいつ訪れるかもわかりはしないけれど。
「また、次に逢おう」
宵栄に笑って、万禍の刃を自分の首筋に当て、引く。
散った赤は花弁となって咲き廻り、また宵栄が名を呼ぶ。けれどその声に、既に在る誓いが揺らぐことはない。
――私の幸せ。私の誓い。
そのためならば、何度でも。
散り、咲く。繰り返し、繰り返し。不死の紋章が現れるまで。
「皓湛」
紋章諸共首を掻き切ったそのあとで。最後に呼んだその声は、紛れもない、消えもしない、友の声だった。
大成功
🔵🔵🔵
ヲルガ・ヨハ
笑みを敷く
今更だ
証左たる霊物質の総身
生き延びる為何もかもを喰らった
"おまえ"とよぶからくり人形
名も
顔も
忘れ果て、其れでも
われは|生きねばならなかった《・・・・・・・・・・》
生への執着
その理由さえ
もうわからぬ
どこにいる?
からくり人形の姿が無い
"おまえ"、否
誰だ
相対する"おまえ"
違う
土塊で無く生身の"それ"
何より龍面が無い
何故こんなにも
胸が熱いのだ
求め肉薄し
抱擁でなく龍尾で薙ぐ
"男"の眼に熾火が宿る
その奥に覚悟が見て取れた
嗚呼
"この時をどれほど待ちわびていただろう!"
其の歓喜は
虚神アルカディアの時より鮮烈に
さりとてこの腕は尾は
"それ"に届く事能わず
放たれた蹴撃がわれを打つ事は無い
流星の光刃に貫かれ
軛を断つ術は手ずから
繰返す
訳がわからない程
乾き、餓え、求めている
内側より突き動かす何かが
焦がれていた
この逢瀬を
命懸けの戦を
何故だ、何故こんなにも
魂が惹かれて止まない
"お前"は何だ
わからない
其れでも
ここで終わる訳にはいかなかった
幾度死を繰返そうとも
待っていろ、必ず――
※真の姿への変身なし、アドリブ歓迎
死んでも死ねぬ理由があるか。
今更だ。紅刷く唇で笑みを描いたまま、ヲルガ・ヨハ(片破星・f31777)は暗闇の底へと落ちてゆく。呑まれてゆく。絵に描いたような光がその先にあった。
光に焦がれはしない。そんな儚いひとごとは既に過ぎた。その証左こそ、霊物質で成された此の総身だ。
生き延びるために何もかもを喰らった。何もかもを忘れ果てた。
今傍らに在る"おまえ"と呼ぶからくり人形の名も顔すらも総て忘れ、それでも。
――われは|生きねばならなかった《・・・・・・・・・・》
その理由さえ忘れたくせに。なれどゆえにこそ、生への執着を疑わぬ。
今吞み込もうとする光の先に、どのような幸福が描き出されようとも。さぁ、"おまえ"。常のように呼びかけようとしたところで気づいた。いつも傍らにあるからくり人形の姿が、ない。
どこにいる。
呼び掛けようと視線を巡らせ、そうして気づく。
「"おまえ"――……、否」
光の果て。そこにいる、からくり人形と瓜二つの姿のその男は。土塊ではない。何より龍面がない。その、顔を。
「誰だ」
わけも知らず、胸が熱くなった。知らぬ感情だ。されど確かな高揚だ。思うままに勢いを増し、男の元へ迫る。風を切る音が大きくなるほど、その男に近づけば近づくほど、ヲルガの思考は冴えてゆく。嗚呼、待ちわびていた。この男を、――この時を。
ゴオッ、
風を切る音が止んだ刹那。肉薄した男を、龍尾で薙いだ。瞬間、龍面なき男の眼に熾火が宿る。その奥にあるのは、覚悟か。
『この時をどれほど待ちわびていただろう!』
歓喜の声だ。男の声であり、ヲルガの声でもある。同じ熱量で重なった待望の時。それはかの虚神アルカディアの時より鮮烈なものだ。
されど。抱擁のためでなく伸ばした腕はそれに届かず、二度目に薙いだ尾が男を打つこともない。男から放たれた蹴撃がオルガを打つこともなく、ふたりは触れ合うより先に、流星の光刃に貫かれた。
尾を引くままに、星が墜ちる。
そうしてまた繰り返す待ちわびた邂逅は、やはりヲルガの胸に熱を齎した。渇き、飢え、求めている。あの男を見ると、内側から突き動かす何かが込み上げる。
焦がれていたのだ。この逢瀬を、命懸けの戦を。それがヲルガにとっての幸福だった。そう知った。
「何故だ」
何故こんなにも。また男と拳を交える寸前で生を断ち、再び見えたその姿に、ヲルガは呟く。何故こんなにも魂が惹かれて止まないのか。
「"お前"は何だ」
問うたところでわからない。それでも、熱の求むるままに戦に応えて、ここで終わるわけには行かなかった。幾度も、幾度も邂逅を繰り返し、逢瀬の寸前で星を墜とす。これが己に眠る熱なのだとしたら。
「待っていろ、必ず――」
この夢の果て、不死の紋章を壊したその先で。"お前"を、必ず。
大成功
🔵🔵🔵
ディフ・クライン
凍りついたような闇の中で、幸福は幾つも明滅する
拾い育ててくれたヘラジカが
己を息子と呼んでくれた日
はじめて親友が出来た日
兄が名を呼んでくれた日
そして何より幸福だと思ったのは
彼女が愛していると告げてくれた日
自分もと答えたかった
けれども答えの代わりに差し出すのは
己の死
貴女に出会い
貴女に救われ
貴女に愛されて
共に生きたいと願われて
はじめて生きたいと思った
幻影とはいえそんな貴女に死を差し出す
こんな裏切りがあるか
これが方法だと割り切ってきた
全て幻影だと言い聞かせた
それでも
己のコアに氷刃を突き立てるよりずっと
こころが痛い
もう幾度壊れた
あと幾度裏切ればいい
まだオレはきちんと生きているか
まだオレに、貴女の傍に居る資格はあるか
死を選び続ける度に摩耗する精神の中
それでも
幾度だって貴女の笑みに救われている
愛してると告げてくれる声が
軋む心を支えてくれている
まだ、大丈夫
ああ、貴女に触れたいな
言葉も想いも返したい
愛してると告げて抱き締めたい
繰り返す死の末に紋章が見えたなら
どうか、王よ
貴方の剣で、この地獄を終わらせてくれ
音が消える。温度が消える。色はない。
まるで凍り付いた世界の終わりにディフ・クライン(雪月夜・f05200)は落ちてゆく。ああ、ここは酷く寒い場所だ。何も感じもしないのにそう思った。
闇に心が透かされている。
広い育ててくれたヘラジカが、己を息子と呼んでくれた日。
はじめて親友が出来た日。
兄が名を呼んでくれた日。
どれが『一番』であったかと確かめるように、幸福は幾つも明滅する。どれもかけがえのない幸せだ。一番など決めようもない。間違いなくそう思うのに、戯れるように記憶の裡を透かして、やがて闇の中に浮かんだ一つの光に呑まれてゆく。
その、先に。
凍える闇ばかりを覚えた視界の中に、鮮やかな夜明けの色を――彼女を見つけた。
音が戻る。あたたかい。鮮やかな色が、唯一胸に灯を灯すようで。この記憶を、ディフは鮮明に覚えていた。彼女のくちびるが、声が紡ぐ。
「――、」
彼女が愛していると告げてくれた日。
その日を、その言葉を。何よりの幸福だと思ったのだと。
息が詰まった。見透かされている。嫌というほど正しく、いまのディフの幸福が何であるか。きつく拳を握りしめた。
自分もと答えたかった。たとえ透かされた記憶であっても、彼女の想いに否を示したくなかった。だけれど、それに答えてはならない。わかっている。
差し出すべきは、己の死のみ。
微笑む彼女を前にして、ディフは己のコアに氷刃を突き立てる。氷が割れるような容易い音で死にゆく己を、彼女が見ている。その表情が、悲しげに揺れた気がした。
気づけば、ディフはまた彼女の目の前にいる。記憶をなぞるように、彼女が笑い、紡ぎ、愛をくれる。
(――共に生きたい)
そう願われ、はじめて生きたいと思った。貴女に出会い、貴女に救われ、貴女に愛されて、漸く生きることをディフは覚えた。そんな貴女に返すのが、己の死だ。
「こんな裏切りがあるか」
氷刃を持つ手が震え、声が掠れた。全て幻影だ。これが方法だと割り切って来たはずだった。それでも痛い。己のコアに刃を突き立てるよりずっと、こころが痛い。
それでもまた彼女の目の前で、死を選ぶ。繰り返し繰り返し、また。
「――、」
「……ぁ……ッ」
何度死んでも、死んでも。変わらぬ笑みで愛を告げてくれる彼女に応えそうになって、口を塞ぐ代わりに死ぬ。痛い。まだ終わらないのか。もう何度壊れた。――あと幾度裏切ればいい。
死に、戻るたびにこころが磨り減ってゆくのがわかる。次第に自分が生きているのか死んでいるのかがわからなくなった。ずっと、痛い。喘ぐように息をして死を選び、それでやっと生きていたことを知る。それでも、まだ。
(まだオレに、貴女の傍に居る資格はあるか)
また、彼女が笑いかけてくれる。染めた頬で愛していると告げてくれる。これは幻影だ。それでもその声が、笑みが、壊れそうな心を支えてくれていた。
まだ、大丈夫。
目を伏せてまた氷の刃を己に突き立てる。けれどぼたぼたと落ちるのは、赤ではない。死にゆきながら、はじめて己が泣いていたことに気づいた。
死の紋章がコアに浮かび上がったのは幾度目の死の後だったろう。見慣れぬそれを見つけて、漸くかと呟いた声は最早声にならず。声なきまま王を呼んだ。王よ。貴方の剣で、この地獄を終わらせてくれ。
願いを聞き届けた騎士王が、その剣でディフのコアごと紋章を貫く。そのさまを見ながら、ディフはゆっくりと目を閉じた。
瞼に浮かぶのは、まやかしでない彼女の姿だ。帰ったらまた、怒るだろうか。
――ああ、貴女に触れたいな。
言葉も想いも返したい。愛してると告げて、抱きしめたい。
幾度も死を繰り返したからこそ、改めて思う。
貴女とちゃんと、生きてゆきたい。
大成功
🔵🔵🔵
叶・灯環
【月環】
灯環
呼ぶ声に振り向く
桜色の髪と紫苑の瞳
魔術師一族で魔力を持たなかった俺と従兄の兄さん
現状を甘んじて受け入れるな
魔力がないなら武術を磨け
馬鹿にしてくる奴らを捩じ伏せろ
その術を教え…いや、兄さんの憂さ晴らしに付き合い自ずと剣術の腕は磨かれていった
今日こそ一本とってやるからな
『言ってろノロマ』
剣を交える時が楽しかった
他愛ない話ができる唯一の人だった
尊敬してる、今もずっと
でも解ってるさ
兄さんはもういない
魔術師の血と掟に縛られた家からひとり出ていって
知らないとこで死んだ
――だから俺はアンタが歩んだ跡を探してる
出ていくならさ
俺も連れてってほしかった
喚くほどもうガキじゃねえけど
そんじゃ──さよなら
昊兄さん
静かに俺を見つめる紫苑の眼
相変わらずの仏頂面
記憶に遺る表情と変わらなくて少し安堵した
さぁて、ユア
どうすれば良いか解ってますよね?
俺たちが成すべきこと
良き死を迎えましょうか
はは、お手伝いは…必要なさそうですね
首に刃を押し当て
彼女を見遣り
…ふ、肝が据わってる人だ
込上がる笑いを抑え
勢いよく斬り裂いた
月守・ユア
【月環】
月灯りに照らされて
冷たい宵空が見下ろしても
唯一奪われない熱があった
神より賜る恩恵を受けて日常を守る村があった
古いしきたりを守る事で
月の神より与えられる幸福が僕らを守っていた
――幸せだったかと言われたら
…今思えば”僕ら”の答えは否だ
月守の名を持つ一族は
神の遣い…兄妹はそう呼ばれていた
双子の妹は神聖なる力を秘めた巫女で
兄は一族と妹を守る長だった
僕は…
宵闇の昏い部分をもって生まれた忌みなる子
月の影でひっそりと兄妹たちを守る番人
兄妹と比べたら皆から絵に描いたように疎まれた
それでも兄妹共に嘗ての日常を守ったのは
”ユア”
ただ温かくこの名を紡ぐ兄の聲
心癒す妹の唄があったから
どんなに昏くても生きていられた
例えば皆が僕らを裏切ろうとも
一番幸せだった想い出す
二度とは戻れない過去
ははっ
誰に向かって言ってるんだい?
今更、死ぬコトは怖くない
むしろ自分達が死ぬ毎に敵が殺せるなんて
愉しみなくらいさ
”月鬼”の刃を首筋へ
不敵な笑みを彼に向ける
幸福と共に華々しく散ろうか?灯環さん
敵が死ぬまで何度でも|裂《わら》って
暗闇の底にぽっかりと浮かぶ光は、作り物の月みたいだった。
何気なく伸ばした叶・灯環(あまつかぜ・f38935)の指先が、月に届く。そう思ったとき、誰かが呼んだ。
「灯環」
振り向いたときにはもう灯環は暗闇にはいなかった。春でもないのに桜が咲いている。見事に狂い咲いた桜並木の中にその人はいた。
春の景色に溶けるような、桜色の髪と紫苑の瞳。忘れもしない、その青年は。
「……兄さん?」
口にすると同時に、足は走り出している。桜吹雪に撒かれて灯環の背丈はいつかのように小さくなり、手には剣があった。使い慣れた剣だ。
「今日こそ一本取ってやるからな」
「言ってろノロマ」
相変わらずの仏頂面のその手にも剣があり、軽々と灯環の剣は受け止められてしまう。言っただろうと、紫苑の瞳が灯環を映した。
「――魔力がないなら武術を磨け。馬鹿にしてくる奴らを捩じ伏せろ」
魔術師一族に生まれながら、灯環と従兄は魔力を持たなかった。だから灯環は剣の腕を磨いたのだ。その術を教えてくれたのが従兄だった。
教えられたって言うか、兄さんの憂さ晴らしに付き合ってただけな気はするけど。
呟いた口元で笑う。笑って、灯環は交えた剣を止めた。
剣を交える時が楽しかった。他愛ない話ができる唯一の人だった。それが一番の幸福だと思うくらいには。
「……尊敬してる、今もずっと」
けれども、解っている。兄さんはもういない。
魔術師の血と掟に縛られた家からひとり出て行って、知らないところで死んだ。灯環が知っているのはそれだけだ。
「――だから俺は、アンタが歩んだ跡を探してる」
出ていくならさ、俺も連れてってほしかった。ぽつりと零した頃にはもう、灯環の姿は嘗てではなく今のものへと変わっている。もうあの時は過ぎた。戻れないし、戻りはしない。
喚くほど、もうガキじゃねえけど。
へらり、覚えた笑みを口元に描き、灯環は片手にある刃を持ち上げる。従兄は記憶に遺る仏頂面のまま灯環を見ていて、それが変わらな過ぎて、いっそ安心した。
光の片側で、とある村が月灯りに浮かび上がっていた。
それは月守・ユア(月影ノ彼岸花・f19326)のよく知る村だ。神より賜る恩恵を受けて日常を守り、古いしきたりを守ることで、月の神より与えられる幸福がその村を、ユアたちを守っていた。
だけれど、その村で過ごした日々が幸せかと言われたら――その答えは、否だ。
ならどうして、自分はこの光景に辿り着いたのだろう。ユアは冷たいばかりの月灯りの下で、視線を巡らす。
「ユア」
ただ温かいばかりの声が名を呼んで、ユアは振り向いた。その先に、兄と妹の姿を見つけて息が詰まった。ああ、そうだ。“僕ら”は幸せなんかじゃなかった。けれどふたりがいたから、ユアは幸せだった。
月守の名を持つ一族は神の遣いと呼ばれていた。ユアの双子の妹は神聖なる力を秘めた巫女で、兄は一族と妹を守る長だったのだ。
けれど、ユアは違った。宵闇の昏い部分を持って生まれた忌み子。月の影でひっそりと兄妹たちを守る番人。――当然のように、ユアは疎まれた。
それでも兄妹と共に嘗ての日常を守ったのは、二人がいたからだ。
妹の唄が夜に響いて来る。心を癒すその唄が、大好きだった。光の真中にいながら、疎むことなく温かく名を呼んでくれる声が、なにより大切だから生きていられた。
「……たとえ、皆が僕らを裏切ろうとも」
幸せだったのだ。こうして思い出すほど、二度とは戻れぬあの日々が、いまでも一番に。
冴えた月光の下で、ユアは『月鬼』を持ち上げる。その刃が月光を反射して、ふと桜の花びらを映した。つられて見れば、すぐそこに灯環がいて、同じようにユアを見ている。
「おや、随分近くにいたんですねえ。気づきませんでした」
「お互いさまだよ。昼だか夜だかはっきりしてほしいね」
浅い笑いをそれぞれが湛えて見ゆる先。見えるものは、きっとそれぞれ違うのだとわかる。けれど。
「さぁて、ユア。どうすれば良いか解ってますよね?」
俺たちが成すべきこと。ここから出る方法。灯環が戯れるように言えば、ユアも笑った。
「ははっ、誰に向かって言ってるんだい?」
不敵に笑って、ユアは手にした刃を自分の首筋へと当てがった。赤い線が薄く走り、今更死ぬことは怖くないと笑う。本心だ。
「むしろ自分たちが死ぬ毎に敵が殺せるなんて、愉しみなくらいさ」
「はは、それは良かった。お手伝いは……必要なさそうですね」
なら。灯環も持ち上げた刃をそのまま、自分の首へと押し当てた。どちらの刃も、よく研がれている。どちらの瞳にも『幸福』が未だ映っている。
「幸福と共に華々しく散ろうか? 灯環さん」
「ええ、良き死を迎えましょうか」
では、またあとで。
ユアも灯環も笑うまま、勢いよく刃を引いた。凄絶に赤が散る。熱と痛み。鮮やか過ぎるその感覚のその後で、また二人はしあわせに逢う。
その度に。
「それじゃあ、」
「もう一回」
瞳を見交わして、込み上げる笑いを抑えながら自らを刃で斬り裂く。繰り返し、繰り返し。肝が据わってる人だ、と笑って一度。何を今更、と笑って一度――何度でも。
やがて現れた『不死の紋章』は、互いの首に浮かんで見えた。互いにそれを見て取って、重ねて笑う。迷いなく刃は己の首へ、紋章へ喰い込む。
これで、最後。笑ったふたりの瞳に、月と桜の色だけが残っていた。
大成功
🔵🔵🔵🔵🔵🔵
誘名・櫻宵
私にとっての一番幸せな一瞬──桜が舞い、目の前に浮かんだ光景
傍らで私を心配そうに見つめる師匠…神斬に咲いかける
師匠、私ね
ずっと……私にとっての一番の幸せが何かわからなかったの
飢えるままに恋喰らい殺すこと?
贅を尽くした着物に装身具、豊かな生活?
…どれも違う
満たされない
でもわかったの
目の前に浮かんだ幸せ、は
ついこの間の…いいえ、毎日巡る、愛する人たちとの日常だった
あなたが笑い
あなたが歌い
風に桜が踊って
当たり前になっていた愛にあふれた日々
私のしあわせは此処に咲いている
私の探していた愛は、然り此処にある
誰かのために死を選ぶなんて
そんな馬鹿げた事だと考えたこともなかった
だからあの子達が笑う明日の為なら何度だって
師匠の手を煩わせはしないわ
優しい厄神は傷ついてしまう
私は私を散らせることができる
守りたいってこういうことね
春の風を前に桜散るように潔く
私は私を散らせよう
この痛みはきっと嘗て私が重ねてきた罪の痛み
与えてきた痛み
受け入れて私の一部にする
咲いて、散って、けれども決して朽ちはしないのだと示してあげる
暗闇の中で目を開けた。そうわかったのは、光の一片が見えたからだ。
目を閉じているか開けているかもわからぬ闇の中に、ひらりと踊る。その光に誘名・櫻宵(咲樂咲麗・f02768)は手を伸ばした。
はらり、ひらり。伸ばした手の先で、美しく桜が咲き誇っていた。その桜舞う景色に目を瞠り、やがて細めて、櫻宵は傍らに立つ師匠――神斬に咲いかける。そんなに心配そうな顔をしないで。なんて、無理な話かもしれないけれど。言葉を探して、もう一度咲う。
「師匠、私ね。ずっと……私にとっての一番の幸せが何か、わからなかったの」
一番の幸せを見せる|天国《じごく》。それが櫻宵にとって何であるか。この場所に踏み入る前に、考えていた。
飢えるままに恋喰らい殺すこと? 贅を尽くした着物に装身具、豊かな生活? ――どれも違う。決してそんなことでは満たされない。渇きが癒えても、豪奢に飾っても、ずっと胸が埋まらなかった。
「でもわかったの」
ほら、見て。花綻ぶように咲って、櫻宵は神斬に桜の下の光景を指し示す。目の前に浮かんだ『一番の幸せ』は。
あなたが笑い、あなたが歌い、風に桜が踊っている。何気なく当たり前になっていた、愛する人たちとの日常。ついこの間も見たような、毎日変わらず見るような、当たり前で愛にあふれた光景が櫻宵の目の前にある。それこそが。
「私のしあわせは、此処に咲いている。……私の探していた愛は、此処にある」
わからない、だなんてそんなはずがなかったのに。当たり前すぎて、ずっと気づけなかった。だからこそ。
「誰かのために死を選ぶなんて、そんな馬鹿げたこと、考えたこともなかったの」
だけれども今、櫻宵はここにいる。幸福を前にして自らの死を選ばなければならないこの場所で、いとおしい幸福を見ている。その手に刃を携えて。
神斬がいまだ心配そうに櫻宵を見て、その手を伸ばしてくれる。けれど櫻宵は首を横に振った。
「だめ。師匠の手を煩わせはしないわ」
きっとまやかしでも優しい厄神は傷ついてしまうから。私はね、師匠。触れ慣れた刀を抜いて、櫻宵は自分の首に刃を押し当てる。
「私を散らせることができる」
春風ほどに強く、桜散るように潔く――刃を引いた。
ゴォ、鳴る風が桜吹雪ごと赤を舞い上げて櫻を散らす。鋭い熱と、痛みだけが鮮やかで、他のものは上手く見ることさえできなかった。愛しい日々にいたあの子たちはきっと気づいていない。けれどそれでいい。
「……守り、たいって、」
こういうことね。言葉は霞んで、血の味がした。
次の瞬きで、櫻宵はまた同じ光景に気づく。傷はない。痛みもない。刀はある。そして変わらず、しあわせな日々が目の前にある。櫻宵、と呼ぶ声に応えるようにして、刀を握った。神斬が首を横に振るのにも咲って、刃を己に突き立てる。痛い。苦しい。死んでゆく感覚だけが、酷く鮮明だ。それでも。
あの子たちが笑う明日のためなら、何度だって。
春風の中でもう一度。笑い声の中でもう一度。誰にも知られぬようにもう一度。幾度も幾度も繰り返すうち、何度目かもわからなくなった。ただ痛みの記憶だけが鮮明で、刀を持つ手が知らず震える。それすらも抑え込んで、もう一度。
この痛みはきっと、嘗て私が重ねて来た罪の痛み。誰かに与えてきた痛み。
「受け入れて、私の一部にする」
もう目を逸らさない。逃げ出しもしない。幾度でも咲いて散って、また咲いて。
やがて己の胸に浮かび上がった不死の紋章にさえ、櫻宵は笑って、その刃をまっすぐに突き立てる。何度咲いて散ろうとも。
「――決して、朽ちはしないわ」
大成功
🔵🔵🔵
尭海・有珠
一番幸せな瞬間を、過ぎた過去を見る
もういない、師匠であり恋人でもあった貴方と笑いあう日々、そのひととき
私が師匠の名を呼べば、アリス、と名前を呼んで笑顔を見せてくれる
体温を感じながら、名を呼ぶ声が聞こえる、
そんな何てことない日常の中にある瞬間が何よりも幸せだった
もう師匠がいない現実は変わらなくても
過去の現実と同じように、私の目の前で師匠が死ぬのを何度も見るよりは。
自死の方が余程マシだ
「今だけは、今くらいは、先に逝かせてよ、ジノ」
己が首の傷痕をなぞるように、自らナイフで深くひと薙ぎすれば良いのだ
幸せなときの中にずっといられれば良いのに
私は夢の終わりを経験している
この痛みにも覚えがある
けれど私は感じた幸せの侭、あの時のように笑えた侭命を絶ちたい
幻であれ貴方との時間を過ごせているのに違いないのだから
かつて貴方が私を守り、死の間際に向けた笑みに報いられるように
不死の紋章が現れる時まで何度だって死んでみせよう
その『先』の光景を、いつか果てで貴方に伝えるために。
眩暈でも起こしたかのように、足元は暗闇と消えた。
敵の裡に取り込まれたのだと尭海・有珠(殲蒼・f06286)が理解するのは容易く、その果てに光があった。
懐かしい。不思議とそう思った瞬間に、有珠はもう暗闇ではない場所にいた。知っている場所だ。懐かしい景色だ。
「……ジノ」
「アリス?」
どうかしたかと、何気なく笑顔を見せてくれるジノ。有珠にとって師匠であり、恋人でもあったそのひとだ。けれど本当は、もういない。よく知っている。嫌というほど、師匠が死んでしまったことを知っている。目の前で失ったのだから。
それでも今、師匠は有珠の前にいて、笑っていた。身を寄せれば体温が感じられて、名前を呼ばれて笑い合う。――そんな何でもない日常にある瞬間が、何よりも幸せだった。
やっぱり。小さく呟いて、有珠は師匠から身を離す。一番幸せな瞬間を見ると聞いて、きっと師匠に逢うと思った。思った通りだった。だからこそ。
「今だけは、今くらいは。……先に逝かせてよ、ジノ」
笑って、有珠は取り出したナイフを、自分の首筋に当てる。首筋には傷痕がある。それをなぞるように、深くひと薙ぎすれば良いだけの話だ。
もう師匠がいない現実は変わらない。それでも本当にあったいつかのように、師匠が目の前で死ぬのを何度も見るよりは、自分で死ぬ方が余程マシだ。
アリス。呼ぶ声を最後に、自分の首をナイフを薙いで。
また目を開ける。師匠が笑っていて、そのぬくもりにまた触れた。懐かしい匂いまで、本当のようだ。この幸せなときの中にずっといられれば良かった。
それでも身を起こし、有珠はまたナイフを掴む。幸福を目の前にして、再び死を選ぶ。その痛みにも覚えがあった。
――夢の終わりを、経験したことがあるからだ。
けれど。いま感じた幸せのまま、あのときのように笑えたまま、命を絶ちたかった。
「……幻であれ、貴方との時間を過ごせているのに違いないのだから」
ナイフを自分へ振り上げる。そうして、もう一度。
かつて貴方が私を守り、死の間際に向けた笑みに報いられるように、もう一度。
離れがたいぬくもりから離れて、笑って、もう一度。
繰り返し繰り返し、有珠は死を選び続ける。不死の紋章が現れるまで、何度でも。
数え切れぬほど繰り返して、不意に有珠は自分の首に浮き上がった見慣れぬ紋章に気づいた。ああ、これが。すぐに理解して、ナイフを傷痕に当てる。きっと、これで最後だ。
「――アリス」
「またね、ジノ」
いつかの貴方のように笑って、最後。紋章ごと、自分の首を薙ぐ。鮮やかな痛みと共に、繰り返されていた光景が消えてゆくのがわかった。
霞む意識のその向こうに、本当の光を見つける。手を伸ばす。
だいじょうぶ、まだ。
まだ、生きていく。その『先』の光景を、いつか果てで貴方に伝えるために。
大成功
🔵🔵🔵